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王宮の一室で、リリアは目の前に置かれた一杯のハーブティーを、探るような目で眺めていた。
琥珀色に輝く液体から、ふわりと優しい花の香りが立ち上る。
「これが、あの噂のお茶ですって? 見た目は、ただの草を煎じただけに見えますわね」
侍女が淹れたそれを、リリアは半信半疑のまま、一口だけそっと口に含んだ。
「……!」
花の香りの奥に広がる、複雑で豊かな味わい。そして、体の中にじんわりと染み渡っていくような、不思議な温かさ。
その夜、リリアは驚くほどぐっすりと眠ることができた。
そして翌朝。鏡の前に立った彼女は、自分の目を疑った。
「まあ……!」
そこに映っていたのは、いつもの自分とは比べ物にならないほど、艶やかで血色の良い肌を持つ自分だった。どんな高価な化粧品を使っても得られなかった、内側から輝くような美しさ。
しかし、その驚きと喜びも束の間、彼女の心を支配したのは、黒く渦巻く激しい感情だった。
嫉妬。
「こんなものを……辺境の、得体のしれない薬師が作っているですって……?」
許せなかった。
この王都で、いや、この国で最も美しく、最も注目されるべき存在は、自分であるはずだった。それなのに、どこの馬の骨とも知れない田舎の薬師が、自分以上の賞賛を浴びている。
その事実が、リリアのプライドを深く傷つけた。
そこへ、エドワードに命じていた調査の結果が届けられた。
「リリア、例の店の件だが、どうやら店主は『アール』と名乗る若い女らしい」
「アール……?」
聞き覚えのある名前に、リリアの心臓がどきりと跳ねた。
「まさかな。あの氷のように冷たい女が、薬草店などという泥臭い商売をやるはずがない。同名の別人だろう」
エドワードはそう言って笑い飛ばしたが、リリアの胸には、黒い確信に近い疑惑が芽生えていた。
アール・フォン・クライネルト。
あの、忌々しい女。
もし、あの女が追放先で生き延びて、自分を差し置いて人々の称賛を浴びているとしたら。
「……許さない」
リリアは扇を握りしめ、その指先が白くなるほど力を込めた。
彼女はすぐさま、父であるアイリス男爵を自室に呼びつけた。
「お父様、お願いがございますの」
リリアは猫なで声で、父に媚びるように切り出した。
「北の辺境にある『森の薬草店』という忌々しい店を、今すぐ潰してくださらない?」
「おお、我が愛しいリリア。お安い御用ですとも。して、何か口実は必要ですかな?」
娘に甘いアイリス男爵は、二つ返事で頷いた。
「『薬に有害な成分が含まれている』『王家の許可なく営業している不届き者』……口実など、何でもよろしいわ! さっさと役人を送り込んで、あの店を閉鎖させてしまいなさい!」
「承知いたしました。すぐに手配させましょう」
権力を私物化した親子の間で、邪悪な企みが静かに成立した。
その数日後、辺境の『森の薬草店』は、いつものように穏やかな賑わいを見せていた。
その平穏を破るように、店の前に一台の豪華な馬車が止まった。王家の紋章が入ったその馬車から降りてきたのは、いかにも尊大な態度の役人たちだった。
彼らは土足で店に踏み込むと、周囲を威圧するように見回した。
「ここが『森の薬草店』か! 店主はどこだ!」
客として来ていた村人たちが、恐怖におののいて道を開ける。その中から、アールが静かに前に進み出た。
「私ですが、何か御用でしょうか?」
「ほう、貴様が店主か。我々は王都より査察に来た!」
役人のリーダー格の男が、一枚の羊皮紙をアールの目の前に突きつけた。
「貴様らの売る薬には、人体に有害な成分が含まれているとの報告があった! よって、店内の薬品を全て押収する! また、王家の許可なくこのような商売を行うことも違法である! ただちに店を閉鎖し、店主である貴様を王都まで連行する!」
突然突きつけられた罪状に、アールは目を見開いた。
「お待ちください! 私の薬に、有害なものなど入っているはずがありません!」
「やかましい! 罪人が何を言うか! 者ども、やれ!」
役人たちが、乱暴に棚の商品を床に叩きつけ始める。村人たちの悲鳴が上がった。
絶体絶命のその時だった。
「……待ってもらおうか」
店の奥から、静かだが、有無を言わせぬほどよく通る声が響いた。
声の主は、カイルだった。彼はゆっくりと前に進み出ると、役人たちの前に立ちはだかった。
「その査察、いささか手順がおかしいのではないか? 証拠もなしに商品を破壊し、一方的に罪人扱いする。それが王都の役人のやり方か?」
その静かな迫力に、あれほど威勢の良かった役人たちが思わずたじろいだ。
琥珀色に輝く液体から、ふわりと優しい花の香りが立ち上る。
「これが、あの噂のお茶ですって? 見た目は、ただの草を煎じただけに見えますわね」
侍女が淹れたそれを、リリアは半信半疑のまま、一口だけそっと口に含んだ。
「……!」
花の香りの奥に広がる、複雑で豊かな味わい。そして、体の中にじんわりと染み渡っていくような、不思議な温かさ。
その夜、リリアは驚くほどぐっすりと眠ることができた。
そして翌朝。鏡の前に立った彼女は、自分の目を疑った。
「まあ……!」
そこに映っていたのは、いつもの自分とは比べ物にならないほど、艶やかで血色の良い肌を持つ自分だった。どんな高価な化粧品を使っても得られなかった、内側から輝くような美しさ。
しかし、その驚きと喜びも束の間、彼女の心を支配したのは、黒く渦巻く激しい感情だった。
嫉妬。
「こんなものを……辺境の、得体のしれない薬師が作っているですって……?」
許せなかった。
この王都で、いや、この国で最も美しく、最も注目されるべき存在は、自分であるはずだった。それなのに、どこの馬の骨とも知れない田舎の薬師が、自分以上の賞賛を浴びている。
その事実が、リリアのプライドを深く傷つけた。
そこへ、エドワードに命じていた調査の結果が届けられた。
「リリア、例の店の件だが、どうやら店主は『アール』と名乗る若い女らしい」
「アール……?」
聞き覚えのある名前に、リリアの心臓がどきりと跳ねた。
「まさかな。あの氷のように冷たい女が、薬草店などという泥臭い商売をやるはずがない。同名の別人だろう」
エドワードはそう言って笑い飛ばしたが、リリアの胸には、黒い確信に近い疑惑が芽生えていた。
アール・フォン・クライネルト。
あの、忌々しい女。
もし、あの女が追放先で生き延びて、自分を差し置いて人々の称賛を浴びているとしたら。
「……許さない」
リリアは扇を握りしめ、その指先が白くなるほど力を込めた。
彼女はすぐさま、父であるアイリス男爵を自室に呼びつけた。
「お父様、お願いがございますの」
リリアは猫なで声で、父に媚びるように切り出した。
「北の辺境にある『森の薬草店』という忌々しい店を、今すぐ潰してくださらない?」
「おお、我が愛しいリリア。お安い御用ですとも。して、何か口実は必要ですかな?」
娘に甘いアイリス男爵は、二つ返事で頷いた。
「『薬に有害な成分が含まれている』『王家の許可なく営業している不届き者』……口実など、何でもよろしいわ! さっさと役人を送り込んで、あの店を閉鎖させてしまいなさい!」
「承知いたしました。すぐに手配させましょう」
権力を私物化した親子の間で、邪悪な企みが静かに成立した。
その数日後、辺境の『森の薬草店』は、いつものように穏やかな賑わいを見せていた。
その平穏を破るように、店の前に一台の豪華な馬車が止まった。王家の紋章が入ったその馬車から降りてきたのは、いかにも尊大な態度の役人たちだった。
彼らは土足で店に踏み込むと、周囲を威圧するように見回した。
「ここが『森の薬草店』か! 店主はどこだ!」
客として来ていた村人たちが、恐怖におののいて道を開ける。その中から、アールが静かに前に進み出た。
「私ですが、何か御用でしょうか?」
「ほう、貴様が店主か。我々は王都より査察に来た!」
役人のリーダー格の男が、一枚の羊皮紙をアールの目の前に突きつけた。
「貴様らの売る薬には、人体に有害な成分が含まれているとの報告があった! よって、店内の薬品を全て押収する! また、王家の許可なくこのような商売を行うことも違法である! ただちに店を閉鎖し、店主である貴様を王都まで連行する!」
突然突きつけられた罪状に、アールは目を見開いた。
「お待ちください! 私の薬に、有害なものなど入っているはずがありません!」
「やかましい! 罪人が何を言うか! 者ども、やれ!」
役人たちが、乱暴に棚の商品を床に叩きつけ始める。村人たちの悲鳴が上がった。
絶体絶命のその時だった。
「……待ってもらおうか」
店の奥から、静かだが、有無を言わせぬほどよく通る声が響いた。
声の主は、カイルだった。彼はゆっくりと前に進み出ると、役人たちの前に立ちはだかった。
「その査察、いささか手順がおかしいのではないか? 証拠もなしに商品を破壊し、一方的に罪人扱いする。それが王都の役人のやり方か?」
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