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役人たちが嵐のように去った後、店の中は酷い有様だった。
割れた瓶、床に散らばった薬草、めちゃくちゃに倒された棚。私とカイルは、黙々と後片付けを始めた。
村人たちが手伝うと申し出てくれたが、私は丁重に断った。これ以上、彼らを巻き込むわけにはいかない。
重い沈黙の中で、ただ箒が床を掃く音だけが響いていた。
今回の事件で、敵の正体ははっきりした。命令書にあったアイリス男爵の名。その背後にいるのは、間違いなくリリア、そしてエドワード殿下だろう。
彼らは、私がここで生きていることが許せないのだ。
だが、それ以上に私の心を占めていたのは、隣で黙々と作業をする男の存在だった。
「カイル」
片付けが一段落した時、私は意を決して彼の名を呼んだ。
「今日のあなたを見て、確信したわ。あなたは、ただの旅人ではないでしょう?」
カイルの手が、ぴたりと止まる。彼はゆっくりと顔を上げ、私を見つめた。その黒い瞳は、いつもよりずっと深く、静かだった。
「あの役人たちを追い返すための知識……法や貴族社会への深い理解。あれは、普通の人が持てるものではないわ。あなたは一体、何者なの?」
もう、はぐらかすことは許さない。私の真剣な眼差しに、彼は観念したように息を吐いた。
「……話せば、お前は驚くかもしれない。あるいは、俺を拒絶するかもしれない」
「それでも、聞きたい。私は、あなたのことを知りたいの」
カイルはしばらくの間、何かを逡巡するように目を伏せていたが、やがて顔を上げ、私の目をまっすぐに見つめ返した。
「……わかった。全て話そう」
彼の声は、静かだが覚悟を決めた響きを持っていた。
「俺の名は、カイル・エル・レオンハルト」
彼は一度そこで言葉を切り、そして続けた。
「隣国、レオンハルトの第一皇太子だ」
「……え?」
時が、止まった。
皇太子? レオンハルトの?
レオンハルトといえば、アルストロメリア王国とは比較にならないほどの軍事力を持つ、大陸最強の帝国。
目の前にいるこの男が、その帝国の、皇太子?
「嘘……でしょう?」
「嘘ではない。我が国と、このアルストロメリア王国との間には、長年緊張関係が続いている。俺は、その内情を探るために、身分を隠してこの国に潜入していた」
彼の言葉が、頭の中で反響する。
「森で怪我をしていたのも、実は王都の密偵からの追手から逃れる最中だったんだ」
全ての辻褄が、合った。
彼の持つ気品、教養、そしてあの役人たちを圧倒した威圧感。その全てが、彼のその立場を示すものだったのだ。
「……皇太子、様」
私の唇から、か細い声が漏れた。
「その呼び方はやめろ」
カイルは、苦い顔で言った。
「俺は、お前にとってはただのカイルだ。これからも、そう呼んでほしい」
しかし、私の心は混乱の極みにあった。
ただの居候だと思っていた相手が、一国の皇太子。身分の差は、かつての婚約者であるエドワード様とは比べ物にならない。
私が呆然と立ち尽くしていると、カイルはさらに一歩、私に近づいた。
「お前に、もう一つ、伝えなければならないことがある」
彼の真剣な眼差しに、私の心臓が大きく跳ねた。
「アール。俺は、君に惹かれている」
それは、静かだが、紛れもない愛の告白だった。
「最初に君に会った時、ただの興味だった。だが、君を知るうちに、その感情は変わっていった。君の持つ深い知識、見返りを求めず人を助ける優しさ、そして、今日のような困難に屈しないその強さ。その全てに、俺は心を奪われた」
彼は、私の手を取り、その力強い瞳で私を射抜いた。
「俺のそばにいてほしい。俺が、君を守る」
二つの、あまりに大きすぎる告白。
皇太子という彼の正体。
そして、彼からの真っ直гуな想い。
私の頭は、もう真っ白だった。
嬉しい。
けれど、それ以上に怖い。
だって、私は「悪役令嬢」として国を追われた身なのだ。そんな私が、隣国の皇太子殿下に愛されるなど許されるはずがない。
「待って……待ってください。私には、そんな資格は……」
私は混乱のあまり、彼の手を振りほどいて後ずさった。
そんな私を見て、カイルは悲しげに目を細めた。しかし、彼はそれ以上近づこうとはしなかった。
「……答えは、急がない。だが、俺の気持ちは変わらないということだけは覚えておいてくれ」
そう言い残すと、彼は静かに部屋を出て行った。
一人残された私は、その場に崩れ落ちた。
激しく揺れる心をどうすることもできないまま。ただ、彼の告白の言葉だけがいつまでも私の胸の中で熱く響いていた。
割れた瓶、床に散らばった薬草、めちゃくちゃに倒された棚。私とカイルは、黙々と後片付けを始めた。
村人たちが手伝うと申し出てくれたが、私は丁重に断った。これ以上、彼らを巻き込むわけにはいかない。
重い沈黙の中で、ただ箒が床を掃く音だけが響いていた。
今回の事件で、敵の正体ははっきりした。命令書にあったアイリス男爵の名。その背後にいるのは、間違いなくリリア、そしてエドワード殿下だろう。
彼らは、私がここで生きていることが許せないのだ。
だが、それ以上に私の心を占めていたのは、隣で黙々と作業をする男の存在だった。
「カイル」
片付けが一段落した時、私は意を決して彼の名を呼んだ。
「今日のあなたを見て、確信したわ。あなたは、ただの旅人ではないでしょう?」
カイルの手が、ぴたりと止まる。彼はゆっくりと顔を上げ、私を見つめた。その黒い瞳は、いつもよりずっと深く、静かだった。
「あの役人たちを追い返すための知識……法や貴族社会への深い理解。あれは、普通の人が持てるものではないわ。あなたは一体、何者なの?」
もう、はぐらかすことは許さない。私の真剣な眼差しに、彼は観念したように息を吐いた。
「……話せば、お前は驚くかもしれない。あるいは、俺を拒絶するかもしれない」
「それでも、聞きたい。私は、あなたのことを知りたいの」
カイルはしばらくの間、何かを逡巡するように目を伏せていたが、やがて顔を上げ、私の目をまっすぐに見つめ返した。
「……わかった。全て話そう」
彼の声は、静かだが覚悟を決めた響きを持っていた。
「俺の名は、カイル・エル・レオンハルト」
彼は一度そこで言葉を切り、そして続けた。
「隣国、レオンハルトの第一皇太子だ」
「……え?」
時が、止まった。
皇太子? レオンハルトの?
レオンハルトといえば、アルストロメリア王国とは比較にならないほどの軍事力を持つ、大陸最強の帝国。
目の前にいるこの男が、その帝国の、皇太子?
「嘘……でしょう?」
「嘘ではない。我が国と、このアルストロメリア王国との間には、長年緊張関係が続いている。俺は、その内情を探るために、身分を隠してこの国に潜入していた」
彼の言葉が、頭の中で反響する。
「森で怪我をしていたのも、実は王都の密偵からの追手から逃れる最中だったんだ」
全ての辻褄が、合った。
彼の持つ気品、教養、そしてあの役人たちを圧倒した威圧感。その全てが、彼のその立場を示すものだったのだ。
「……皇太子、様」
私の唇から、か細い声が漏れた。
「その呼び方はやめろ」
カイルは、苦い顔で言った。
「俺は、お前にとってはただのカイルだ。これからも、そう呼んでほしい」
しかし、私の心は混乱の極みにあった。
ただの居候だと思っていた相手が、一国の皇太子。身分の差は、かつての婚約者であるエドワード様とは比べ物にならない。
私が呆然と立ち尽くしていると、カイルはさらに一歩、私に近づいた。
「お前に、もう一つ、伝えなければならないことがある」
彼の真剣な眼差しに、私の心臓が大きく跳ねた。
「アール。俺は、君に惹かれている」
それは、静かだが、紛れもない愛の告白だった。
「最初に君に会った時、ただの興味だった。だが、君を知るうちに、その感情は変わっていった。君の持つ深い知識、見返りを求めず人を助ける優しさ、そして、今日のような困難に屈しないその強さ。その全てに、俺は心を奪われた」
彼は、私の手を取り、その力強い瞳で私を射抜いた。
「俺のそばにいてほしい。俺が、君を守る」
二つの、あまりに大きすぎる告白。
皇太子という彼の正体。
そして、彼からの真っ直гуな想い。
私の頭は、もう真っ白だった。
嬉しい。
けれど、それ以上に怖い。
だって、私は「悪役令嬢」として国を追われた身なのだ。そんな私が、隣国の皇太子殿下に愛されるなど許されるはずがない。
「待って……待ってください。私には、そんな資格は……」
私は混乱のあまり、彼の手を振りほどいて後ずさった。
そんな私を見て、カイルは悲しげに目を細めた。しかし、彼はそれ以上近づこうとはしなかった。
「……答えは、急がない。だが、俺の気持ちは変わらないということだけは覚えておいてくれ」
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