謹んで、婚約破棄をお受けいたします。

パリパリかぷちーの

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マーブルとアリスティードが、雨宿りの軒下で、互いへの想いを自覚し始めていたちょうどその頃。
王宮の一室では、一人の少女が己の勝利を噛み締めていた。

「まあ、綺麗……!この輝き、まさにわたくしに相応しいわ」

クララ・シュミットは、鏡の前でうっとりと首元で輝く豪奢なネックレスを眺めていた。
数日前にジュリアン王子にねだって買わせた、最新作の宝石だ。

マーブルとの婚約が破棄されて以来、クララの毎日は夢のようだった。
次期国王であるジュリアン殿下の寵愛を一身に受け、高価なドレスや宝石を好きなだけ与えられる。これまで自分を馬鹿にしてきた令嬢たちも今ではすり寄ってくるようになった。

(計画通り……。これで、わたくしが次期王太子妃になるのも時間の問題ね)

全ては、この可憐な容姿と涙という武器を巧みに使って計算し尽くした結果だ。
あの愚かな公爵令嬢、マーブル・デュクロワは、まんまと悪役に仕立て上げられ舞台から去った。
今頃、屋敷で一人泣き暮らしているに違いない。

そう思うと、胸がすくような思いだった。

「クララ様、お茶の用意ができましたわ」

侍女の声に、クララはにこりと振り返る。

「ありがとう。そちらへ置いてちょうだい」

完璧な淑女の笑みを浮かべ、庭園に面したテラス席へと移動する。
侍女がお茶の準備をする間、耳に入ってきたのは少し離れた場所で雑談に興じる若い貴族の令嬢たちの声だった。

「ねえ、お聞きになって?デュクロワ公爵家のマーブル様のこと」

(まあ、あの女の噂話かしら。いい気味だわ)

クララは、紅茶を飲むふりをしながら聞き耳を立てる。
きっと、婚約破棄されてどれだけ惨めな思いをしているかという内容だろう。

「ええ、もちろん!なんでも少しも落ち込んでいらっしゃらないとか」

「え?」

予想外の言葉に、クララは思わずカップを持つ手を止めた。

「それどころか、最近はあのアリスティード公爵様とよくお会いになっているんですって」

「まあ!『氷血公爵』の!?信じられないわ!」

「なんでも、アリスティード様が、傷心のマーブル様を慰めていらっしゃるのだとか……」

「素敵!ジュリアン殿下よりも、ずっと知的で格上の方だわ!」

「マーブル様も、殿下と別れてかえって幸せになられるのかもしれないわね」

キャッキャ、と楽しげに囁き合う声がクララの耳にはまるで呪いの言葉のように聞こえた。

ガチャン!という、耳障りな音。
クララは、持っていたティーカップをソーサーに叩きつけるように置いていた。

(なんですって……?あのアバズレが……アリスティード様と……!?)

腹の底から、黒い感情がぐらぐらと煮えたぎるのを感じる。
マーブルが、落ち込んでいない?
それどころか、ジュリアンよりも格上のあの近寄りがたい氷血公爵と親しくしている?

(ありえない……!ありえないわ!)

わたくしが、あれだけ苦労して舞台から引きずり下ろした女が、自分より幸せになるなど断じて許せることではなかった。
それは、クララの勝利を根底から覆すものだ。

「……失礼するわ」

クララは、侍女たちに一言だけ告げると足早にその場を立ち去った。
向かう先は、ジュリアン王子の執務室だ。

顔は、悲しげな表情を完璧に作り上げている。瞳にはうっすらと涙の膜を張らせて。

「ジュリアン様……!」

執務室の扉を開けるなり、クララは今にも泣き崩れそうな様子でジュリアンに駆け寄った。

「どうしたんだい、クララ!誰か君をいじめたのか!?」

ジュリアンは、慌ててクララを抱きしめる。

「いいえ……、そうでは、ないのですけれど……。悲しい噂を耳にしてしまって……」

「噂?」

「はい……。マーブル様のことでございます」

その名を聞いた瞬間、ジュリアンの眉がぴくりと動いた。

「マーブルが、どうかしたのか」

「その……。わたくしへの当てつけなのかもしれません。……マーブル様が、近頃アリスティード騎士団長を誘惑なさっていると……」

クララは、さも言いにくそうにジュリアンの胸に顔をうずめた。

「なんだと……!?」

ジュリアンの声に、怒りの色が宿る。

「婚約者であったわたくしを捨てた殿下よりも、素晴らしい殿方を見つけたと、見せつけたいのかもしれません……。全て、わたくしのような身分の低い女が、殿下の隣にいるのが、気に入らないせいですわ……。ううっ……」

ジュリアンの腕の中で、クララはわざとらしくしゃくりあげてみせた。
その姿を見て、ジュリアンの単純な頭は完全に怒りで支配された。

(あの女……!僕を捨て駒にしたばかりか、今度はアリスティードに乗り換えようというのか!僕への当てつけのために!)

元婚約者が、自分と別れてすぐに自分より格上の男と親しくしている。
その事実は、ジュリアンのプライドをいたく傷つけた。

「許せん……!マーブルも、そして僕の元婚約者に手を出すアリスティードも……!」

「ジュリアン様……」

クララは、ジュリアンの服の裾を握りしめながら心の中でほくそ笑んでいた。

(それでいいのですわ、殿下。もっと怒って。もっとあの女を憎んで)

あの女が、幸せになるなんて絶対に許さない。
ならば、もう一度徹底的にその評判を地に堕としてやるまで。

クララの美しい顔に、一瞬だけ悪魔のような昏い笑みが浮かんだのを怒りに燃えるジュリアンは気づくはずもなかった。
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