婚約破棄されたので、心置きなく殿下×騎士を推します!

パリパリかぷちーの

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「……話が違います、閣下」

「何も違わない。これも『特別資料整理係』の重要な任務だ」

宰相執務室の隅に新設された、私のデスク。

そこには今、私の身長を超えんばかりの書類の山が積み上げられていた。

私は羽ペンを握りしめ、恨めしげに主君(キース閣下)を睨みつける。

「私は『人間観察』や『諜報活動』を期待していたのです! エリック殿下の動向を探るとか、ルーカス様の休日の過ごし方を尾行するとか! なぜ、延々と古びた議事録の整理をしなければならないのですか!」

「基礎を知らずして応用なし、だ。それに、お前が余計な妄想を膨らませないよう、物理的に忙しくさせる必要もある」

キース閣下は書類から目を離さず、さらりと残酷なことを言う。

再就職から三日目。

私は「元・悪役令嬢」から「宰相閣下の地味な部下」へとジョブチェンジを果たしていた。

服装も、目立たないグレーの事務服だ(メアリーには『囚人服のようです』と泣かれた)。

「ブツブツ言わずに手を動かせ。それが終わらなければ、約束していた『エリックとルーカスの幼少期・お風呂での背中流し合いエピソード』は無しだ」

「やります!!! 喜んで!!!」

私は即座に書類の山へとダイブした。

餌の釣果が強すぎる。

お風呂での背中流し合い……それは、信頼と親愛の証。肌と肌の触れ合い……ゴクリ。

私は凄まじい速度で書類を分類し、要約を書き込んでいく。

「……ふん。処理能力だけは一流だな」

しばらくして、キース閣下が感心したように呟いた。

「当然です。締め切り前の作家の集中力を舐めないでください」

「作家ではない、事務官だ」

閣下は手元の書類を一枚、私のデスクに放り投げた。

「では、休憩がてら少し頭を使ってもらおうか。……これを読んでみろ」

「?」

渡されたのは、豪奢な装飾が施された一通の手紙だった。

差出人の名前は、西の国境付近を治めるヴァイオレット伯爵。

「『親愛なる宰相閣下へ。近頃、我が領地ではイノシシの被害が多発しており、王都への納税が遅れる見込みです。つきましては、軍の派遣を要請したく……』……ふむ、ただの陳情書ですね」

私は読み上げて首を傾げた。

「字面だけ見ればな。だが、この伯爵は古くからの狸だ。裏がある」

キース閣下は眼鏡を押し上げた。

「軍を呼ぶということは、中央の介入を許すということだ。独立心の強い彼が、たかがイノシシ如きでそれを望むと思うか? ……アイビー、お前の『行間を読む力』で、この手紙の真意を妄想してみろ」

「えっ、私のフィルターを通していいんですか?」

「許可する。存分に歪曲しろ」

「御意!」

私は手紙を顔に近づけ、クンクンと匂いを嗅ぎ(インクの匂いしかしない)、そして文章をねっとりと見つめた。

私の脳内変換回路がスパークする。

「……なるほど。これは『構ってちゃん』のラブレターですね」

「……は?」

キース閣下のペンが止まった。

「解説しよう。まず、『イノシシの被害』というのは、自分の無力さをアピールする『弱さの見せつけ』です。つまり、『俺を守ってくれ』という受け身の誘いです」

「ほう」

「しかし、彼はプライドが高い。だから『納税が遅れる』という脅しをかけて、相手(国)の気を引こうとしている。これは、ツンデレ特有の『別にあんたのことなんか好きじゃないんだからね! でもこっちを見て!』という高度な心理戦です!」

私は机をバンと叩いた。

「結論! ヴァイオレット伯爵は、中央政府に対して反乱を起こす気はありません。むしろ、もっと中央と繋がりたい、パイプを太くしたいと願っている。軍を派遣してほしいというのは、『俺の領地にお前の手勢を入れてもいいぞ』という、言わば『合鍵を渡す』行為に等しいのです!」

一気にまくし立てると、執務室に沈黙が降りた。

キース閣下はポカンとしていたが、やがて低い声で呻いた。

「……合鍵、か」

「はい。つまり、厳しく取り立てるのではなく、優しく『よしよし、寂しかったんだな』と包容力を見せれば、彼はイチコロで閣下の軍門に降ります。……ちょろい受けですね」

「…………」

閣下はしばらく沈黙した後、手紙を回収した。

そして、信じられないことに、私の分析をメモし始めたのだ。

「……あながち、間違いではないかもしれん」

「えっ、当たってます?」

「ヴァイオレット伯爵が中央との繋がりを求めているという線は、他の諜報員からの報告とも一致する。だが、その動機が『寂しさ(孤立への不安)』であるという視点は抜けていた。……脅しではなく、求愛(SOS)か」

キース閣下はニヤリと笑った。

その笑顔は、背筋が凍るほど悪い顔だった。

「面白い。ならば、とびきり甘い『返事』を書いてやろう。……軍ではなく、文官による慰問団を送る。彼のプライドをくすぐりつつ、懐柔する」

「おおっ! さすが閣下、スパダリの手腕!」

「変な呼び方をするな」

デコピンが飛んできた。

痛い。

けれど、どこか心地よい距離感だ。

「役には立ったようだな。……褒美だ」

閣下は引き出しから、小さな紙片を取り出した。

「約束の『お風呂エピソード』のメモだ。……エリックが五歳の時、アヒルのおもちゃを取り合ってルーカスと喧嘩し、最終的に二人で一つの湯船にギュウギュウに浸かって仲直りした話だ」

「ブフォッ!!!!」

私は鼻血を噴き出しそうになりながら、そのメモをひったくった。

「神よ……! 狭い湯船! 密着! 肌色成分過多! ありがとうございます、一生ついていきます!」

「……汚い顔をするな。ハンカチで拭け」

キース閣下は呆れつつも、自身のハンカチを投げてよこした。

最高級のシルクのハンカチだ。

「洗って返します!」

「捨てていい。……さて、仕事に戻れ。次は来月の夜会の招待客リストのチェックだ」

「イエッサー!」

私はメモを懐(心臓の上)にしまい、再び書類の山に向き合った。

なんだかんだで、この職場、悪くないかもしれない。

ネタは提供されるし、私の妄想が国の役に立つ(らしい)し、何より目の前には眼鏡の美形がいる。

(……まあ、閣下の性格は最悪だけど、観賞用としては一級品よね)

私がチラリと視線を送ると、閣下と目が合った。

「……なんだ。まだ何か言いたいことでも?」

「いえ! 閣下の指先が綺麗だなーって思ってただけです!」

「……戯言を」

閣下はフンと鼻を鳴らしたが、その耳がほんの少しだけ赤くなっているのを、私は見逃さなかった。

(あら? もしかして……?)

新たな観察対象としての興味が湧き上がった、その時。

コンコン、とドアがノックされた。

「入れ」

入ってきたのは、顔面蒼白の若い文官だった。

「し、失礼いたします宰相閣下! き、緊急のご報告が!」

「なんだ、騒々しい」

文官は震える声で告げた。

「エリック殿下が……その、新しい婚約者のミシェル様と喧嘩をされまして……」

「喧嘩? 痴話喧嘩なら勝手にやらせておけ」

「それが……ミシェル様が『もう殿下とはやっていけません!』と泣き出し、あろうことか……」

文官は私の方をチラリと見た。

嫌な予感がする。

「あろうことか、『アイビー様の方がマシでした!』と叫んで、こちらへ向かっているそうです!」

「はぁ!?」

私が叫ぶと同時に、廊下からバタバタという足音が近づいてくるのが聞こえた。

「アイビーお姉様ぁぁぁぁぁ!!」

ドアがバーンと開かれる。

そこには、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったヒロイン、ミシェル嬢が立っていた。

「助けてくださいぃぃ! エリック殿下が、私の書いたポエムを馬鹿にするんですぅぅぅ!」

「……は?」

ポエム?

ミシェル嬢、あなたもそっち側の人間だったの?

呆然とする私と、頭を抱えるキース閣下。

平穏な職場体験は、どうやらここで終了のようだ。
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