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「嫌です! 死んでも行きません! あそこは私の黒歴史の埋葬地なんです!」
公爵邸の朝食の席で、メフィアの悲痛な叫びが響き渡った。
テーブルの上には、金箔押しの豪奢な招待状が置かれている。
『王立学園創立百周年記念祭 特別招待状』
差出人は、学園長……ではなく、第二王子セドリックの名前がデカデカと記されていた。
メフィアはフォークを握りしめたまま、ガタガタと震えている。
「だ、旦那様……ご存知ですよね? 私が学園でどう呼ばれていたか……」
「ああ。『怒れる悪役令嬢』だろう?」
リュカは優雅にコーヒーを啜りながら答えた。
「違います! 裏では『歩く呪いの藁人形』とか『校舎裏の女帝』とか呼ばれてたんですよ!?」
メフィアにとって、学園は青春の場所ではない。
人見知りと緊張のせいで友達が一人もできず、ただ図書室とトイレを往復していた孤独な戦場だったのだ。
「卒業パーティーであんな騒ぎ(婚約破棄)を起こして追い出されたのに、どの面下げて戻れって言うんですか! 石を投げられます!」
「安心しろ。石を投げてくる奴がいたら、投げる前にその腕をへし折ってやる」
「過激派! 余計に怖がられます!」
リュカはカップを置き、楽しげに目を細めた。
「それに、今回の招待は『卒業生代表』としての名目もあるらしいぞ」
「何の代表ですか!? 『反面教師』代表ですか!?」
「フッ……。まあ、私の愛しいペットがかつて過ごした『飼育箱』を見てみたいという興味はある」
「学校を飼育箱って呼ばないでください!」
結局、リュカの好奇心(とセドリックからの挑発)には勝てず、メフィアは再び地獄の門をくぐることになった。
*
当日。
メフィアは鏡の前で絶句していた。
「……あの、旦那様。これは一体……」
「制服だ」
リュカが用意したのは、王立学園の女子制服だった。
しかも、なぜかサイズが微妙にタイトで、スカート丈も若干短い気がする。
「卒業生なんだから、ドレスで良くないですか? なんでコスプレさせるんですか?」
「現役の生徒に紛れて、目立たないようにするための配慮だ」
「絶対嘘だ! 旦那様の趣味ですよね!?」
「……似合っているぞ。現役時代より色気がある」
リュカはメフィアの姿を上から下まで眺め、満足げに頷いた。
「このまま学園ではなく、私の寝室に連れ込みたいくらいだ」
「通報しますよ!?」
抵抗虚しく、メフィアは制服姿(首輪付き)で、リュカと共に馬車に乗り込んだ。
リュカの方も、いつもの堅苦しい格好ではなく、少し崩したジャケットスタイルだ。
それがまた、「学園に視察に来た若き理事長」か「女生徒を惑わす危険な教育実習生」のような背徳的な魅力を放っている。
(うぅ……この人と歩くの、本当に心臓に悪い……)
馬車は王立学園の正門前に到着した。
お祭り騒ぎで賑わう校内からは、楽しげな音楽や歓声が聞こえてくる。
しかし、リュカの馬車が止まり、中から二人が降り立った瞬間。
ピタッ。
付近の空気が凍りついた。
「お、おい……あれ……」
「リュカ公爵様だ……! キャー素敵!」
「いや、その隣! 見ろよ、あの制服!」
「げっ……! メフィア様だ!」
「伝説の『裏番長』が帰ってきたぞ!」
ざわめきが波紋のように広がっていく。
メフィアはリュカの袖を掴み、背中に隠れるようにして俯いた。
(帰りたい。今すぐ回れ右してダッシュで帰りたい……!)
その震える姿と、リュカの背中に隠れる(=背後から指示を出す)ポジショニングが、在校生たちの恐怖を煽る。
「見ろ……あの震え……」
「獲物を探知しているんだ……」
「今日は祭りだぞ? まさか『血祭り』にする気か……?」
物騒な単語が飛び交う中、リュカは悠然と歩き出した。
「行くぞ、メフィア。……はぐれるなよ」
リュカの手が、メフィアの手をしっかりと握る。
いわゆる「恋人繋ぎ」だ。
「ひゃうっ! だ、旦那様、手汗が……!」
「構わん。お前の怯えが直に伝わってきて心地よい」
「変態!」
二人が校門をくぐると、そこにはやはり「モーゼの道」が出来上がっていた。
屋台を楽しんでいた生徒たちが、焼きそばやクレープを持ったまま、道を開けて敬礼(?)している。
「あ、あ、あの……こんにちは……」
メフィアは精一杯、友好的な挨拶をしようと試みた。
しかし、引きつった笑顔と、蚊の鳴くような声は、
『……(命が惜しければ)……退け……』
という呪詛に変換されて伝わったらしい。
「「「ヒッ! 失礼しましたぁぁ!」」」
生徒たちは脱兎のごとく逃げ出した。
「なんでぇぇぇ!?」
メフィアが心の中で絶叫する。
「人気者だな、メフィア」
リュカがクククと笑う。
「違います! 妖怪扱いされてるだけです!」
*
「さて、まずは挨拶回りか?」
「いえ、絶対に行きたくありません。……あ、あそこ! 図書室に行きましょう!」
メフィアは人混みを避けるため、自分の唯一の聖域だった図書室を指差した。
「あそこなら静かだし、人も少ないはずです!」
「ふむ。お前の『根城』か。案内しろ」
二人は校舎の奥へ進み、図書室へと入った。
予想通り、祭りの喧騒から離れた図書室は静まり返っていた。
「はぁ……落ち着く……」
本の匂いに包まれ、メフィアはようやく呼吸を取り戻した。
「私、在学中はここが家みたいなものでした。昼休みも放課後も、ずっとここで本を読んで……」
「友達はいなかったのか?」
「いませんよ! 禁句です!」
メフィアは懐かしそうに本棚を撫でた。
「特にこの奥の『黒魔術史』のコーナーが落ち着くんです。人が絶対に来ないので」
「……なるほど。お前の趣味の原点はここか」
リュカが妙に納得する。
「違います! 場所が隅っこで落ち着くだけで、黒魔術には興味ないです!」
その時だった。
本棚の陰から、数人の女子生徒がヒソヒソと話している声が聞こえてきた。
「ねえ、聞いた? メフィア様が来てるって」
「聞いたわ! なんでも、今日は公爵様を生贄に捧げる儀式をするとか……」
「嘘!? あんな素敵な公爵様を!?」
「だって、あのメフィア様よ? きっと公爵様を洗脳して、学園の地下に封印された邪神を復活させる気だわ!」
(設定が壮大すぎる!)
メフィアは白目を剥いた。
「……おい、メフィア」
リュカが耳元で囁く。
「お前、いつの間に邪神使いになったんだ?」
「なってません! 冤罪です!」
「だが、生贄という響きは悪くないな。……お前に食われるなら本望だ」
「そういう意味じゃありませんんん!」
リュカがわざとらしくメフィアの首筋に顔を埋めたため、メフィアは「ひゃん!」と変な声を上げてしまった。
ガタン!
その声に驚いた女子生徒たちが、本を落とす音がした。
「っ!? 誰かいる!」
「今の声……まさか、儀式が始まった!?」
「逃げて! 魂抜かれるわよ!」
ドタドタドタ!
女子生徒たちは悲鳴を上げながら逃げ去っていった。
「あーあ……。また誤解が……」
メフィアはがっくりと項垂れた。
「まあいいではないか。……邪魔者はいなくなった」
リュカはニヤリと笑い、メフィアを本棚に押し付けた。
「せっかくの静かな場所だ。……かつてのお前の『聖域』を、私の色で上書きしてやろうか」
「えっ、ちょ、ここ学校ですよ!? 神聖な学び舎ですよ!?」
「だからこそ燃える」
リュカの顔が近づく。
キスされる――!
そう思った瞬間。
「見つけたぞ、メフィアァァァ!!」
空気を読まない大声が、静寂をぶち壊した。
「……チッ」
リュカが舌打ちをして離れる。
図書室の入り口に立っていたのは、セドリック王子とリリー、そして数名の取り巻き(生徒会メンバー)だった。
「やはりここか! 陰気な貴様のことだ、どうせカビ臭い本の陰に隠れていると思ったぞ!」
セドリックが勝ち誇ったように叫ぶ。
「せ、セドリック様……! (助かった……けど、また面倒なのが来た……!)」
「リュカ! 貴様も貴様だ! こんな神聖な場所で、何やら不純なことをしようとしていたな!?」
「……不純? 愛の語らいですが」
リュカは平然と言い放つ。
「黙れ! 今日こそは、全校生徒の前で貴様らの化けの皮を剥いでやる!」
セドリックは指をバチンと鳴らした。
「連れて行け! メインステージへ!」
生徒会役員の男子生徒たちが、怯えながらもジリジリと近づいてくる。
「あ、あの……抵抗しないでくださいね……呪わないでくださいね……」
「しませんよ! 歩きますよ!」
メフィアは抵抗する気力もなく、大人しく連行されることを選んだ。
リュカはといえば、
「やれやれ。……まあ、余興にはなるか」
と、完全に楽しんでいる様子だ。
*
連れて行かれたのは、校庭に設置された巨大な特設ステージだった。
数百人の生徒や保護者が集まっている。
「さあ、皆さん! 注目してください!」
セドリックがマイク(魔道具)を持って叫ぶ。
「今日、この記念すべき日に、ある『疑惑』に決着をつけたいと思います!」
観衆がざわめく。
ステージの中央に立たされたメフィアは、数千の視線に晒され、もはや立っているのが奇跡な状態だった。
(吐きそう……。胃がねじれる……。誰か透明マントをください……)
ガタガタガタガタ。
その震えは、マイクスタンドを通して「ゴゴゴゴ……」という地響きのようなノイズとしてスピーカーから流れていた。
「ここにいる元・公爵令嬢メフィアは、かつて多くの生徒を恐怖に陥れ、私との婚約破棄後も、あろうことか宰相リュカを黒魔術で洗脳し、公爵邸を乗っ取ったという噂があります!」
「乗っ取ってません! 掃除婦として雇われただけです!」
メフィアの心の叫びは届かない。
「そこで! 今から彼女の本性を暴くための『公開裁判』を行います!」
セドリックは、ステージの袖から何かを運ばせた。
それは、水晶玉のようなものがついた巨大な魔道具だった。
「これは『真実の口』ならぬ『真実の魔鏡』! 手を触れれば、その者の心の闇を映像として映し出すアーティファクトだ!」
(うそ!? そんなハイテクなものが!?)
「さあ、メフィア! この鏡に手を触れろ! 貴様の心がドス黒い闇に包まれているなら、鏡には悪魔や怨霊が映し出されるはずだ!」
会場が固唾を飲んで見守る。
メフィアはリュカを見た。
リュカは腕を組み、「やってみろ」と目で合図している。
(やるしかないの……? でも、私の心の中なんて……『帰りたい』とか『布団に入りたい』とか『キノコになりたい』とかしかないけど……)
メフィアは震える手を、ゆっくりと水晶へと伸ばした。
「うぅ……どうなっても知りませんよ……」
指先が、冷たい水晶に触れる。
カッ!
水晶が眩い光を放った。
そして、空中に巨大なホログラム映像が浮かび上がる。
そこに映っていたのは――。
『もふもふした大量のウサギと戯れるメフィア』
『暖かい布団に包まって幸せそうに寝るメフィア』
『美味しいケーキを食べてほっぺたを落とすメフィア』
そして、
『リュカに頭を撫でられて、真っ赤になって喜ぶメフィア』
そんな、平和で、可愛らしく、乙女チックな映像の数々だった。
「…………は?」
セドリックの声が裏返った。
会場中がシーンと静まり返る。
映し出された映像の中のメフィアは、普段の「死神顔」とは似ても似つかない、とろけるような笑顔を見せていた。
特に、リュカに撫でられている映像の破壊力は凄まじかった。
「……か、可愛い……」
誰かが呟いた。
「えっ、なにあの笑顔……天使?」
「普段の震えてる姿とのギャップがすごい……」
「尊い……」
予想外の反応に、セドリックは狼狽えた。
「な、なんだこれは!? 故障か!? こんな……こんなファンシーな脳内であるはずがない!」
「故障ではありません」
リュカが静かにマイクを取った。
「これが彼女の『真実』です」
リュカはメフィアの肩を抱き寄せ、観衆に向かって言った。
「彼女はただ、平和と睡眠と、甘いものを愛する……臆病で愛らしい少女なのです。悪役令嬢? 黒魔術? ……すべては君たちの勝手な妄想だ」
リュカの言葉と、空中に浮かぶ「幸せそうなメフィア」の映像。
これが決定打となった。
「メフィア様……誤解してた……」
「ただの人見知りの可愛い子だったんだ……」
「なんか、守ってあげたくなる……」
会場の空気が、一瞬にして「恐怖」から「萌え」へと反転した。
「そ、そんな……馬鹿な……!」
セドリックが膝から崩れ落ちる。
「嘘だぁぁぁ! 私の断罪計画がぁぁぁ!」
リリーが、セドリックの背中をポンポンと叩いた。
「セドリック様、残念でしたね。でも、お姉様の寝顔、とってもキュートでしたわ!」
*
こうして、公開裁判はまさかの「メフィアの好感度爆上げイベント」となって幕を閉じた。
帰り道。
馬車の中で、メフィアは顔を両手で覆ってうずくまっていた。
「死にたい……。私の恥ずかしい脳内が全校生徒に……」
「最高だったぞ、メフィア」
リュカは上機嫌だ。
「特に、私に撫でられて喜んでいる映像。……あれは保存できないのか?」
「できません! 忘れてください!」
「ふむ。……だが、これで学園での悪評も少しは晴れただろう」
「その代わりに、『実は可愛いもの好きのギャップ萌えキャラ』として変なファンクラブができそうです……」
「ファンクラブだと? ……潰すか」
「やめてください!」
メフィアの平穏な日常(?)は、まだまだ遠い。
だが、学園を去る彼女の背中には、以前のような暗い影はなく、ほんのりと夕焼け色に染まっていたのだった。
公爵邸の朝食の席で、メフィアの悲痛な叫びが響き渡った。
テーブルの上には、金箔押しの豪奢な招待状が置かれている。
『王立学園創立百周年記念祭 特別招待状』
差出人は、学園長……ではなく、第二王子セドリックの名前がデカデカと記されていた。
メフィアはフォークを握りしめたまま、ガタガタと震えている。
「だ、旦那様……ご存知ですよね? 私が学園でどう呼ばれていたか……」
「ああ。『怒れる悪役令嬢』だろう?」
リュカは優雅にコーヒーを啜りながら答えた。
「違います! 裏では『歩く呪いの藁人形』とか『校舎裏の女帝』とか呼ばれてたんですよ!?」
メフィアにとって、学園は青春の場所ではない。
人見知りと緊張のせいで友達が一人もできず、ただ図書室とトイレを往復していた孤独な戦場だったのだ。
「卒業パーティーであんな騒ぎ(婚約破棄)を起こして追い出されたのに、どの面下げて戻れって言うんですか! 石を投げられます!」
「安心しろ。石を投げてくる奴がいたら、投げる前にその腕をへし折ってやる」
「過激派! 余計に怖がられます!」
リュカはカップを置き、楽しげに目を細めた。
「それに、今回の招待は『卒業生代表』としての名目もあるらしいぞ」
「何の代表ですか!? 『反面教師』代表ですか!?」
「フッ……。まあ、私の愛しいペットがかつて過ごした『飼育箱』を見てみたいという興味はある」
「学校を飼育箱って呼ばないでください!」
結局、リュカの好奇心(とセドリックからの挑発)には勝てず、メフィアは再び地獄の門をくぐることになった。
*
当日。
メフィアは鏡の前で絶句していた。
「……あの、旦那様。これは一体……」
「制服だ」
リュカが用意したのは、王立学園の女子制服だった。
しかも、なぜかサイズが微妙にタイトで、スカート丈も若干短い気がする。
「卒業生なんだから、ドレスで良くないですか? なんでコスプレさせるんですか?」
「現役の生徒に紛れて、目立たないようにするための配慮だ」
「絶対嘘だ! 旦那様の趣味ですよね!?」
「……似合っているぞ。現役時代より色気がある」
リュカはメフィアの姿を上から下まで眺め、満足げに頷いた。
「このまま学園ではなく、私の寝室に連れ込みたいくらいだ」
「通報しますよ!?」
抵抗虚しく、メフィアは制服姿(首輪付き)で、リュカと共に馬車に乗り込んだ。
リュカの方も、いつもの堅苦しい格好ではなく、少し崩したジャケットスタイルだ。
それがまた、「学園に視察に来た若き理事長」か「女生徒を惑わす危険な教育実習生」のような背徳的な魅力を放っている。
(うぅ……この人と歩くの、本当に心臓に悪い……)
馬車は王立学園の正門前に到着した。
お祭り騒ぎで賑わう校内からは、楽しげな音楽や歓声が聞こえてくる。
しかし、リュカの馬車が止まり、中から二人が降り立った瞬間。
ピタッ。
付近の空気が凍りついた。
「お、おい……あれ……」
「リュカ公爵様だ……! キャー素敵!」
「いや、その隣! 見ろよ、あの制服!」
「げっ……! メフィア様だ!」
「伝説の『裏番長』が帰ってきたぞ!」
ざわめきが波紋のように広がっていく。
メフィアはリュカの袖を掴み、背中に隠れるようにして俯いた。
(帰りたい。今すぐ回れ右してダッシュで帰りたい……!)
その震える姿と、リュカの背中に隠れる(=背後から指示を出す)ポジショニングが、在校生たちの恐怖を煽る。
「見ろ……あの震え……」
「獲物を探知しているんだ……」
「今日は祭りだぞ? まさか『血祭り』にする気か……?」
物騒な単語が飛び交う中、リュカは悠然と歩き出した。
「行くぞ、メフィア。……はぐれるなよ」
リュカの手が、メフィアの手をしっかりと握る。
いわゆる「恋人繋ぎ」だ。
「ひゃうっ! だ、旦那様、手汗が……!」
「構わん。お前の怯えが直に伝わってきて心地よい」
「変態!」
二人が校門をくぐると、そこにはやはり「モーゼの道」が出来上がっていた。
屋台を楽しんでいた生徒たちが、焼きそばやクレープを持ったまま、道を開けて敬礼(?)している。
「あ、あ、あの……こんにちは……」
メフィアは精一杯、友好的な挨拶をしようと試みた。
しかし、引きつった笑顔と、蚊の鳴くような声は、
『……(命が惜しければ)……退け……』
という呪詛に変換されて伝わったらしい。
「「「ヒッ! 失礼しましたぁぁ!」」」
生徒たちは脱兎のごとく逃げ出した。
「なんでぇぇぇ!?」
メフィアが心の中で絶叫する。
「人気者だな、メフィア」
リュカがクククと笑う。
「違います! 妖怪扱いされてるだけです!」
*
「さて、まずは挨拶回りか?」
「いえ、絶対に行きたくありません。……あ、あそこ! 図書室に行きましょう!」
メフィアは人混みを避けるため、自分の唯一の聖域だった図書室を指差した。
「あそこなら静かだし、人も少ないはずです!」
「ふむ。お前の『根城』か。案内しろ」
二人は校舎の奥へ進み、図書室へと入った。
予想通り、祭りの喧騒から離れた図書室は静まり返っていた。
「はぁ……落ち着く……」
本の匂いに包まれ、メフィアはようやく呼吸を取り戻した。
「私、在学中はここが家みたいなものでした。昼休みも放課後も、ずっとここで本を読んで……」
「友達はいなかったのか?」
「いませんよ! 禁句です!」
メフィアは懐かしそうに本棚を撫でた。
「特にこの奥の『黒魔術史』のコーナーが落ち着くんです。人が絶対に来ないので」
「……なるほど。お前の趣味の原点はここか」
リュカが妙に納得する。
「違います! 場所が隅っこで落ち着くだけで、黒魔術には興味ないです!」
その時だった。
本棚の陰から、数人の女子生徒がヒソヒソと話している声が聞こえてきた。
「ねえ、聞いた? メフィア様が来てるって」
「聞いたわ! なんでも、今日は公爵様を生贄に捧げる儀式をするとか……」
「嘘!? あんな素敵な公爵様を!?」
「だって、あのメフィア様よ? きっと公爵様を洗脳して、学園の地下に封印された邪神を復活させる気だわ!」
(設定が壮大すぎる!)
メフィアは白目を剥いた。
「……おい、メフィア」
リュカが耳元で囁く。
「お前、いつの間に邪神使いになったんだ?」
「なってません! 冤罪です!」
「だが、生贄という響きは悪くないな。……お前に食われるなら本望だ」
「そういう意味じゃありませんんん!」
リュカがわざとらしくメフィアの首筋に顔を埋めたため、メフィアは「ひゃん!」と変な声を上げてしまった。
ガタン!
その声に驚いた女子生徒たちが、本を落とす音がした。
「っ!? 誰かいる!」
「今の声……まさか、儀式が始まった!?」
「逃げて! 魂抜かれるわよ!」
ドタドタドタ!
女子生徒たちは悲鳴を上げながら逃げ去っていった。
「あーあ……。また誤解が……」
メフィアはがっくりと項垂れた。
「まあいいではないか。……邪魔者はいなくなった」
リュカはニヤリと笑い、メフィアを本棚に押し付けた。
「せっかくの静かな場所だ。……かつてのお前の『聖域』を、私の色で上書きしてやろうか」
「えっ、ちょ、ここ学校ですよ!? 神聖な学び舎ですよ!?」
「だからこそ燃える」
リュカの顔が近づく。
キスされる――!
そう思った瞬間。
「見つけたぞ、メフィアァァァ!!」
空気を読まない大声が、静寂をぶち壊した。
「……チッ」
リュカが舌打ちをして離れる。
図書室の入り口に立っていたのは、セドリック王子とリリー、そして数名の取り巻き(生徒会メンバー)だった。
「やはりここか! 陰気な貴様のことだ、どうせカビ臭い本の陰に隠れていると思ったぞ!」
セドリックが勝ち誇ったように叫ぶ。
「せ、セドリック様……! (助かった……けど、また面倒なのが来た……!)」
「リュカ! 貴様も貴様だ! こんな神聖な場所で、何やら不純なことをしようとしていたな!?」
「……不純? 愛の語らいですが」
リュカは平然と言い放つ。
「黙れ! 今日こそは、全校生徒の前で貴様らの化けの皮を剥いでやる!」
セドリックは指をバチンと鳴らした。
「連れて行け! メインステージへ!」
生徒会役員の男子生徒たちが、怯えながらもジリジリと近づいてくる。
「あ、あの……抵抗しないでくださいね……呪わないでくださいね……」
「しませんよ! 歩きますよ!」
メフィアは抵抗する気力もなく、大人しく連行されることを選んだ。
リュカはといえば、
「やれやれ。……まあ、余興にはなるか」
と、完全に楽しんでいる様子だ。
*
連れて行かれたのは、校庭に設置された巨大な特設ステージだった。
数百人の生徒や保護者が集まっている。
「さあ、皆さん! 注目してください!」
セドリックがマイク(魔道具)を持って叫ぶ。
「今日、この記念すべき日に、ある『疑惑』に決着をつけたいと思います!」
観衆がざわめく。
ステージの中央に立たされたメフィアは、数千の視線に晒され、もはや立っているのが奇跡な状態だった。
(吐きそう……。胃がねじれる……。誰か透明マントをください……)
ガタガタガタガタ。
その震えは、マイクスタンドを通して「ゴゴゴゴ……」という地響きのようなノイズとしてスピーカーから流れていた。
「ここにいる元・公爵令嬢メフィアは、かつて多くの生徒を恐怖に陥れ、私との婚約破棄後も、あろうことか宰相リュカを黒魔術で洗脳し、公爵邸を乗っ取ったという噂があります!」
「乗っ取ってません! 掃除婦として雇われただけです!」
メフィアの心の叫びは届かない。
「そこで! 今から彼女の本性を暴くための『公開裁判』を行います!」
セドリックは、ステージの袖から何かを運ばせた。
それは、水晶玉のようなものがついた巨大な魔道具だった。
「これは『真実の口』ならぬ『真実の魔鏡』! 手を触れれば、その者の心の闇を映像として映し出すアーティファクトだ!」
(うそ!? そんなハイテクなものが!?)
「さあ、メフィア! この鏡に手を触れろ! 貴様の心がドス黒い闇に包まれているなら、鏡には悪魔や怨霊が映し出されるはずだ!」
会場が固唾を飲んで見守る。
メフィアはリュカを見た。
リュカは腕を組み、「やってみろ」と目で合図している。
(やるしかないの……? でも、私の心の中なんて……『帰りたい』とか『布団に入りたい』とか『キノコになりたい』とかしかないけど……)
メフィアは震える手を、ゆっくりと水晶へと伸ばした。
「うぅ……どうなっても知りませんよ……」
指先が、冷たい水晶に触れる。
カッ!
水晶が眩い光を放った。
そして、空中に巨大なホログラム映像が浮かび上がる。
そこに映っていたのは――。
『もふもふした大量のウサギと戯れるメフィア』
『暖かい布団に包まって幸せそうに寝るメフィア』
『美味しいケーキを食べてほっぺたを落とすメフィア』
そして、
『リュカに頭を撫でられて、真っ赤になって喜ぶメフィア』
そんな、平和で、可愛らしく、乙女チックな映像の数々だった。
「…………は?」
セドリックの声が裏返った。
会場中がシーンと静まり返る。
映し出された映像の中のメフィアは、普段の「死神顔」とは似ても似つかない、とろけるような笑顔を見せていた。
特に、リュカに撫でられている映像の破壊力は凄まじかった。
「……か、可愛い……」
誰かが呟いた。
「えっ、なにあの笑顔……天使?」
「普段の震えてる姿とのギャップがすごい……」
「尊い……」
予想外の反応に、セドリックは狼狽えた。
「な、なんだこれは!? 故障か!? こんな……こんなファンシーな脳内であるはずがない!」
「故障ではありません」
リュカが静かにマイクを取った。
「これが彼女の『真実』です」
リュカはメフィアの肩を抱き寄せ、観衆に向かって言った。
「彼女はただ、平和と睡眠と、甘いものを愛する……臆病で愛らしい少女なのです。悪役令嬢? 黒魔術? ……すべては君たちの勝手な妄想だ」
リュカの言葉と、空中に浮かぶ「幸せそうなメフィア」の映像。
これが決定打となった。
「メフィア様……誤解してた……」
「ただの人見知りの可愛い子だったんだ……」
「なんか、守ってあげたくなる……」
会場の空気が、一瞬にして「恐怖」から「萌え」へと反転した。
「そ、そんな……馬鹿な……!」
セドリックが膝から崩れ落ちる。
「嘘だぁぁぁ! 私の断罪計画がぁぁぁ!」
リリーが、セドリックの背中をポンポンと叩いた。
「セドリック様、残念でしたね。でも、お姉様の寝顔、とってもキュートでしたわ!」
*
こうして、公開裁判はまさかの「メフィアの好感度爆上げイベント」となって幕を閉じた。
帰り道。
馬車の中で、メフィアは顔を両手で覆ってうずくまっていた。
「死にたい……。私の恥ずかしい脳内が全校生徒に……」
「最高だったぞ、メフィア」
リュカは上機嫌だ。
「特に、私に撫でられて喜んでいる映像。……あれは保存できないのか?」
「できません! 忘れてください!」
「ふむ。……だが、これで学園での悪評も少しは晴れただろう」
「その代わりに、『実は可愛いもの好きのギャップ萌えキャラ』として変なファンクラブができそうです……」
「ファンクラブだと? ……潰すか」
「やめてください!」
メフィアの平穏な日常(?)は、まだまだ遠い。
だが、学園を去る彼女の背中には、以前のような暗い影はなく、ほんのりと夕焼け色に染まっていたのだった。
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