「怒れる悪役令嬢」として婚約破棄されました。

パリパリかぷちーの

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「……旦那様?」

朝の執務室。

いつもなら、書類の山をものともせず、氷のような冷徹さで捌いているはずのリュカが、今日は机に突っ伏していた。

メフィアは恐る恐る近づいた。

「あ、あの……生きてますか……?」

そっと指先で、リュカの肩をツンツンとつつく。

反応がない。

「ひぃっ! し、死んでる!? 過労死!?」

メフィアがパニックになりかけたその時、リュカがゆっくりと顔を上げた。

「……うるさいぞ、メフィア」

「あ、生きてた! よかったぁ……」

しかし、その顔色は明らかに悪かった。

いつもは蒼白なほど白い肌が、少し赤みを帯びており、目はとろんと潤んでいる。

そして何より、あの完璧超人から漂うオーラが、なんとなく「ふにゃん」としているのだ。

「旦那様、顔が赤いです。……もしかして、お酒飲みました?」

「仕事中に飲むわけがないだろう。……ただ、少し体が熱いだけだ」

「それが熱ですよ!」

メフィアは慌ててリュカの額に手を伸ばそうとし、寸前で止めた。

(ま、待って。私が触れたら、冷たすぎてショック死するんじゃ……?)

「……何を迷っている。早くしろ」

リュカに急かされ、メフィアはおずおずと手を伸ばし、彼の額に触れた。

「っ……!」

熱い。

火傷しそうなほどの高熱だ。

「熱っ! これ、フライパンくらいありますよ! 目玉焼き焼けますよ!」

「大げさな奴だな……」

リュカはふらりと立ち上がろうとして、よろけた。

「あっ、危ない!」

メフィアは咄嗟に体を滑り込ませ、リュカを支えた。

ズシリとした重みが、小柄なメフィアの肩にかかる。

「お、重い……! 旦那様、しっかりしてください!」

「……すまん。少し、めまいがした」

リュカはメフィアに寄りかかったまま、熱い吐息を彼女の首筋に吐きかけた。

「ひゃうっ!」

「……いい匂いがするな。お前」

「へ、変態発言してる場合ですか! 病人なんですから大人しく寝てください!」



公爵邸は上を下への大騒ぎになった。

「あ、あの『鉄人』旦那様が風邪!?」

「天変地異の前触れか!?」

「医者を呼べ! いや、祈祷師も呼べ!」

使用人たちがパニックになる中、リュカは寝室の巨大な天蓋付きベッドに運び込まれた。

診断の結果は、単なる「過労による発熱」。

ここ最近、メフィア関連のトラブル処理(王子の暴走、将軍の襲来、ファンクラブ対応など)で激務が続いていたのが原因らしい。

(うぅ……私のせいだ……)

メフィアは罪悪感でいっぱいになりながら、ベッドの脇に正座していた。

「……メフィア」

ベッドの中から、掠れた声が聞こえる。

「は、はいっ! ここにいます!」

「……水」

「はい、お水ですね!」

メフィアはサイドテーブルの水差しを持ち上げ、グラスに注ごうとした。

カチャカチャカチャカチャ!

当然、手は震えている。

「あ、あれっ、入らない……水が逃げていく……」

「……貸せ」

リュカは震える手からグラスを奪い取ると、一気に飲み干した。

「ふぅ……。お前に頼んだ私が馬鹿だった」

「す、すみません……。看病スキルがゼロで……」

メフィアがしょんぼりしていると、リュカの手が伸びてきて、彼女の手首を掴んだ。

「……行くな」

「え?」

「ここにいろ。……私の熱が下がるまで、そばにいろ」

熱のせいだろうか。

いつもの命令口調ではなく、どこか甘えるような響きがある。

メフィアはドキッとして、顔を赤くした。

「わ、わかりました……。逃げませんから……」

「……手が冷たくて気持ちいい」

リュカはメフィアの手を自分の額に当てさせ、目を閉じた。

「お前は極度の緊張で、常に末端が冷え切っているからな。……最高の冷却シートだ」

「褒めてるんですかそれ!?」

「……静かにしろ。頭に響く」

リュカはそのまま、メフィアの手を握りしめて眠りに落ちてしまった。

(ね、寝ちゃった……)

メフィアは動けなくなった。

手を握られたまま、ベッドの端に座り続ける。

目の前には、無防備なリュカの寝顔。

長い睫毛が影を落とし、整った鼻筋、薄い唇が、今は穏やかに呼吸を刻んでいる。

(……こうして見ると、本当に綺麗なお顔……)

普段のドSで意地悪な表情が消えると、まるで天使のようだ。

(いや、中身は悪魔だけど)

メフィアは、握られている自分の手を見た。

リュカの手は大きく、熱い。

その熱が、冷え性のメフィアの手をじんわりと温めていく。

(……なんだか、落ち着くなぁ)

いつもは恐怖で震える心臓も、今は少しだけ静かなリズムを刻んでいた。



数時間後。

「……ん」

リュカが目を覚ました。

「あ、起きましたか? 旦那様」

メフィアが覗き込む。

「……どれくらい寝ていた?」

「三時間くらいです。……汗、すごいですけど、着替えますか?」

リュカのパジャマは寝汗でぐっしょりと濡れていた。

「ああ。……手伝ってくれ」

「は、はい?」

「体が重くて動かん。……ボタンを外せ」

「えええええ!?」

メフィアは悲鳴を上げた。

「む、むりむり無理です! 男性の着替えなんて! 裸を見るってことですよね!?」

「……お前、私のメイドだろう? それくらい仕事のうちだ」

「ハードルが高すぎますぅぅ!」

「早くしろ。……風邪が悪化してもいいのか?」

その言葉に脅され、メフィアは震える手でリュカのパジャマのボタンに手をかけた。

(み、見ない……なるべく肌を見ないように……)

プチッ。

震えすぎて、第一ボタンがいきなり弾け飛んだ。

「あ」

「……破壊工作か?」

「ち、違います! 不可抗力です!」

なんとかボタンをすべて外し、パジャマを脱がせる。

露わになったのは、引き締まった筋肉質の肉体美だった。

無駄な脂肪が一切なく、腹筋は綺麗に割れている。

(ひぃぃっ! 彫刻!? これ彫刻ですよね!?)

メフィアは顔から火が出るほど赤くなり、目を回しそうになった。

「……何を呆けている。体を拭け」

リュカはお湯で絞ったタオルをメフィアに渡した。

「えっ、拭くんですか!? 私が!?」

「他に誰がいる」

「執事さんとか……」

「嫌だ。むさ苦しい」

「わがまま!」

メフィアは覚悟を決め、タオルでリュカの体を拭き始めた。

(背中……広いなぁ……)

ゴシゴシ。

「……力が強い。皮が剥ける」

「す、すみません! 緊張で力加減が!」

「……そこじゃない。もう少し下だ」

「ひゃっ! 変な声出さないでください!」

地獄のような(天国のような?)着替えタイムを終え、新しいパジャマを着せ終わる頃には、メフィアの方が汗だくになっていた。

「はぁ……はぁ……。寿命が縮まりました……」

「……ふぅ。さっぱりした」

リュカは満足げに息を吐く。

「礼を言うぞ、メフィア。……お前の震える手でのマッサージ(のような拭き方)、悪くなかった」

「もう二度としませんからね!」



夕方になり、リュカの熱も少し引いてきた頃。

「腹が減ったな」

「あ、お粥作らせてきました! 料理長特製の……」

「いや。……お前が作れ」

「はい?」

リュカは子供のように駄々をこね始めた。

「お前の手料理が食いたい」

「えっ、でも私、料理なんて……。切ると指を切りそうだし、炒めると火事になりそうだし……」

「簡単なものでいい。……卵粥くらい作れるだろう」

「……やってみますけど、味の保証はしませんよ?」

メフィアは厨房へ向かった。

(卵粥……卵粥……)

厨房のシェフたちが、ハラハラしながら見守る中、メフィアは鍋と格闘した。

「卵を割って……」

グシャッ。

殻ごと鍋に入った。

「ああっ! 殻が! カルシウム強化ってことでいいかな……」

「塩を少々……」

バサッ!

手が滑って大さじ三杯くらい入った。

「ひぃっ! 高血圧一直線! み、水で薄めなきゃ!」

そんなこんなで完成した、特製(?)卵粥。

見た目は少しドロドロしているが、香りは悪くない。

「……お待たせしました」

メフィアはお盆を持って寝室に戻った。

「……見た目は悪いな」

リュカが正直な感想を述べる。

「文句言うなら食べないでください!」

「食う。……食べさせろ」

「はあ!?」

「病人は甘やかされるものだ」

「どの口が言いますか!」

結局、メフィアはスプーンでお粥をすくい、リュカの口へと運ぶことになった。

「あーん、してください……」

「あーん」

リュカが素直に口を開ける。

(……なんか、この人、熱がある時の方が可愛いかも)

メフィアはスプーンを口に入れた。

パクッ。

リュカが咀嚼する。

「…………」

沈黙。

メフィアはゴクリと唾を飲み込んだ。

(ま、マズイかな……? 殻が入ってるし、味薄まってるし……)

「……美味い」

リュカがぽつりと呟いた。

「えっ? 嘘ですよね?」

「いや、美味い。……塩加減が絶妙だ(偶然です)」

「それに、殻のジャリジャリした食感が、良いアクセントになっている(ポジティブすぎます)」

リュカは次々と口を開けて催促した。

「もっとくれ」

「は、はい……」

あっという間に完食。

「……ごちそうさま。美味かったぞ、メフィア」

リュカは満足げに笑った。

その笑顔は、普段の計算された笑みではなく、無防備で柔らかいものだった。

メフィアの心臓が、トクンと大きく鳴った。

(……うっ。反則だ……)

こんな顔を見せられたら、看病の疲れなんて吹き飛んでしまう。

「……早く治してくださいね。旦那様がいないと、屋敷が静かすぎて怖いですから」

「フッ……。そうか。なら、明日には治す」

リュカはそう宣言すると、再び眠りについた。

メフィアは、安らかな寝顔を見つめながら、そっと布団を掛け直した。

「……おやすみなさい。……リュカ様」

初めて、彼を名前で呼んだ気がした。

もちろん、本人には聞こえないように、小声で。



翌朝。

「メフィアァァァ!!」

怒号と共に、リュカが完全復活していた。

「ひぃっ! お、おはようございます!?」

「昨日の粥! あれは何だ!」

「えっ? 美味いって……」

「殻だらけじゃないか! おかげで腹を壊したぞ!」

「ええええ!? 昨日は褒めてくれたのに!」

「熱で味覚がおかしくなっていただけだ! ……責任を取って、今日は一日私の世話をしろ!」

「前言撤回ですか! やっぱり悪魔だこの人!」

結局、元気になったリュカに振り回される日常が戻ってきた。

しかし、メフィアは逃げ回りながらも、心のどこかでホッとしていた。

やっぱり、この公爵様には、弱った顔より意地悪な笑顔の方が似合っている。

そう思いながら、今日もメフィアは元気に(?)悲鳴を上げるのだった。
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