残念、元王子様。追放された悪役令嬢は、幸せになります!

パリパリかぷちーの

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私の予想外の挨拶に、広間の空気は、まるで時間が止まったかのように静まり返った。
アルフレッド殿下は、何かを言いかけたまま、唇を固く結んでいる。
その隣で、リリアナ嬢は、憎々しげに私を睨みつけていた。

その沈黙を破ったのは、私の隣に立つ、カシウス公爵だった。

「王子殿下。我々は、貴殿の要請に応じ、はるばるこの地までやって来た。早速、問題の患者を診せていただきたい」

その声には、臣下としての敬意よりも、対等な立場からの要求、という響きがあった。
アルフレッド殿下は、はっと我に返ると、悔しそうに顔を歪め、そして、小さく頷いた。

「…こちらへ」

私たちは、殿下に案内され、宮殿の一室へと足を踏み入れた。
そこは、臨時の病室として使われているらしく、いくつものベッドが並べられている。
ベッドの上では、貴族や侍女と思われる人々が、生気のない顔で横たわっていた。

部屋の隅には、宮廷侍医たちが数人、苦虫を噛み潰したような顔で控えている。
その中の一人、侍医長らしき老人が、一歩前へ進み出た。

「お初にお目にかかります、ナナリー様。私が侍医長のオズワルドと申します。ここにいる者たちは、皆、原因不明の不眠症に、もうひと月も悩まされております」

その口調は、丁寧なようでいて、どこか私を試すような響きがあった。

「我々も、あらゆる手を尽くしました。脈拍、体温、いずれも正常。毒物の反応もなし。これは、我々の医学的知識を超えた、呪術的な何かとしか、考えられませんな」

暗に、「お前のような素人に何が分かる」と言っているのだ。
私は、そんな彼の挑発には乗らなかった。

「そうですか。ご高説、ありがとうございます」

私は、ただ短くそう答えると、侍医たちには目もくれず、まっすぐに患者たちの元へと歩み寄った。

「こんにちは。少し、お話を伺ってもよろしいかしら?」

私が一人の若い侍女に声をかけると、彼女は億劫そうに、ゆっくりとこちらを向いた。
目の下には、私の知るどんな隈よりも、深く、濃い影が落ちている。

私は、侍医たちがするような、形式的な問診はしなかった。

「最近、何か、変わったものを口にしませんでしたか? 例えば、新しく流行り始めたお菓子とか、遠い地方から取り寄せた珍しい香辛料とか」

「さあ…。わたくしたちは、皆、宮廷の食堂で、同じものをいただいておりますから…」

「そうですか。では、最近、特に好んで食べているものはありますか? パンでも、スープでも、何でも構いませんわ」

私の質問の意図が分からないのか、侍女だけでなく、周りで見守るアルフレッド殿下たちも、訝しげな顔をしている。

侍女は、しばらく考え込んだ後、ぽつりと呟いた。

「…そういえば、最近、南の地方から献上された小麦で焼いたパンが、とても美味しくて…。毎食、いただいておりますわ」

その言葉に、他の患者たちも、次々に頷いた。
「ええ、あのパンは香ばしくて、本当に美味しいのよ」「わたくしも、大好きですわ」

パン、か。
私は、心の中で一つの仮説を組み立てていた。

「殿下」

私は、診察を終えると、アルフレッド殿下に向き直った。

「その、南から来たという小麦と、それを挽いた粉を、すぐにここへお持ちくださいな」

「小麦だと…? ナナリー嬢、我々が今、話しているのは、眠れなくなるという奇病なのだぞ! 食あたりなどでは…!」

侍医長が、呆れたように声を上げた。
私は、そんな彼を、初めて、冷ややかに一瞥する。

「わたくしは、わたくしのやり方で、診察をさせていただいております。それが、お気に召さないのであれば、どうぞ、ご自分の研究室へお戻りになって、呪いの解き方でも研究なさっていてくださいな」

私の言葉に、侍医長はぐっと言葉を詰まらせ、顔を真っ赤にした。
アルフレッド殿下は、しばらく逡巡した後、やがて、側近に命じた。

「…すぐに、現物を持ってまいれ」

ほどなくして、一袋の小麦と、鉢に入れられた小麦粉が、私の前に置かれた。
私は、まず小麦粉を手に取り、指でその感触を確かめ、香りを嗅ぐ。
次に、袋の中の小麦を、一掴み、手のひらに広げた。

そして、見つけた。
いくつかの粒に付着している、ごく微細な、青黒い斑点。
それは、素人目には、ただの汚れか、シミにしか見えないだろう。

私は、その一粒を指でつまみ上げると、広間の全員に見えるように、高く掲げた。

「皆様。この度の奇病の原因は、呪いでも、悪霊の仕業でもございませんわ」

広間は、水を打ったように静まり返っている。

「原因は、これです。この小麦に付着した、ごく小さなカビの一種。毒性はありませんが、強い興奮作用を持っております。少量ならば体に活力を与えますが、毎日摂取し続ければ、その作用が体内に蓄積し、脳を覚醒させ続け、眠りを妨げるのです」

私の静かな声が、部屋の隅々まで響き渡った。
侍医たちは、信じられない、といった顔で、呆然と私を見つめている。
アルフレッド殿下とリリアナ嬢もまた、言葉を失い、ただ、立ち尽くすだけだった。
まるで、自分たちが追放した女が、見たこともない魔法を披露しているのを、目の当たりにしているかのように。
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