「おめでとうございます、婚約破棄ですね!」

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
4 / 28

4

翌朝、午前五時三十分ジャスト。

私は、目覚まし時計が鳴る〇・一秒前に目を見開いた。

(レム睡眠とノンレム睡眠の周期を計算し、最適な起床時間を設定。脳の覚醒率は九十八パーセント。素晴らしいわ。今日も私は冴えている)

シーツを撥ね除け、ベッドから立ち上がる。

着替え、洗顔、髪のセット。これらすべての工程を同時並行で行うための「動線」は、昨晩のうちに完璧にシミュレーション済みだ。

私が部屋を出たのは、起床からわずか十二分後のことだった。

「おはようございます、セバスさん。予定より三秒遅れました。廊下のワックスがけが丁寧すぎて、摩擦係数が想定より低かったのが原因ですわ」

廊下で鉢合わせた執事のセバスさんが、驚きに目を見開く。

「お、おはようございます、ラジーナ様。まだ夜も明けきらぬうちから……。朝食は七時からの予定ですが」

「七時? それでは午前中のゴールデンタイムを無駄にしてしまいます。今すぐ厨房へ案内してください。給仕のプロセスを最適化すれば、十五分は前倒しできるはずです」

私は困惑するセバスさんを突き動かし、戦場――もとい厨房へと乗り込んだ。

厨房では料理人たちが朝食の準備に追われていたが、私の目には改善の余地しか見えなかった。

「そこの料理人! 卵を割る動作に無駄なスナップを効かせすぎです。もっと直線的に、かつ鋭くボウルに当てなさい。一回につき〇・五秒の短縮になります」

「えっ、あ、はい!?」

「野菜を切る方! まな板の端からボウルまでの距離が遠すぎます。配置を十五センチ右へ。移動距離の蓄積は疲労の蓄積。効率的な調理こそが、最高の味を生むのですわ!」

私が厨房を「指揮」し始めてから十分後。

そこには、一糸乱れぬ動きで調理を行う、プロフェッショナル集団の姿があった。

「よし、予定通りですわ。セバスさん、閣下をお呼びして。今なら、焼きたてのパンが最も美味しい『黄金の三分間』に朝食を開始できます」

ダイニングルームに現れたアルリック閣下は、いつも以上に整然としたテーブルを見て、眉をひそめた。

「……ラジーナ。なぜ貴様がここにいる。セバス、朝食の時間は七時ではなかったか?」

「閣下、おはようございます。時間の変更は私の判断です。朝の六時台に高タンパクな食事を摂取することで、脳のパフォーマンスを最大化し、午前中の事務効率を二十パーセント向上させる狙いがあります」

私は閣下の椅子を引き、座るように促した。

「さあ、召し上がってください。今日のメニューは、咀嚼回数を考慮し、消化吸収効率を極限まで高めた『合理主義者のフルコース』ですわ」

アルリック閣下は無言で席に着き、差し出されたオムレツを口に運んだ。

「……美味いな。心なしか、いつもより味が鮮明だ」

「それは、料理人の集中力が一点に収束した結果です。迷いのない動作は、食材へのストレスを最小限に抑えますから。ところで閣下、食事をしながら失礼いたします」

私はドレスのポケットから、一枚の図面を取り出した。

「これは?」

「この屋敷の『物流改善計画書』です。メイドたちの清掃ルート、洗濯物の運搬経路、そして閣下の移動ルート。これらすべてを重ね合わせた結果、三箇所の廊下をショートカットするための隠し扉を作るのが最も合理的であると判明しました」

「……屋敷を改築しろと言うのか」

「はい。初期投資はかかりますが、メンテナンスコストと人件費の削減効果により、十四ヶ月で元が取れます。その後は純利益として領地経営に還元される計算ですわ」

閣下はスープを飲み込み、じっと私を見つめた。

「貴様は……本当に一秒も止まらないのだな。昨日の今日で、よくそこまで考えが回る」

「止まることは後退と同じです。閣下、私は婚約破棄をされたことで、これまで王子の尻拭いに費やしていた莫大なリソースをすべて解放できました。今の私は、人生で最も生産的な状態なのです」

「……ふ。いいだろう。改築の件、予算を組め。ただし、工事の間も事務作業の効率を落とすことは許さん」

「もちろんですわ。工事の騒音をBGMにして、事務官たちのタイピング速度を上げる訓練も並行して行います」

閣下は呆れたように、しかし口角をわずかに上げて笑った。

「ラジーナ。貴様、少しは『娯楽』というものを知っているのか?」

「娯楽? もちろん知っていますわ。私にとっての最高の娯楽は、カオスな現状に秩序をもたらし、数値がピタリと一致する瞬間です。それ以上の快楽がこの世に存在するとは思いません」

「……そうか。ならば、いずれ私がそれを教えてやる必要があるな」

閣下の一言に、私は首を傾げた。

「? 閣下、何か新しい効率化のテクニックをご存知なのですか?」

「いや、効率とは真逆のものだ。だが……今の貴様には必要かもしれん」

「非効率なものに割く時間はありませんわ。さて、閣下! 完食まであと三十秒! その後、一分以内に着替えて執務室へお越しください。本日は領内の道路舗装計画の『見直し(殲滅)』が待っておりますわよ!」

「……やれやれ。ボスは私のはずなのだがな」

アルリック閣下は、最後の一口を飲み干すと、私の指示通りに席を立った。

その足取りは、昨日よりもどこか力強く、期待に満ちているように見えた。

(よし、今日も幸先がいいわ。午前中に道路計画を終わらせて、午後は市場の視察……。分刻みのスケジュール、最高ですわ!)

私は、閣下の背中を見送りながら、手元のストップウォッチを力強くクリックした。
感想 2

あなたにおすすめの小説

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

奪われる人生とはお別れします 婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました

水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。 それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。 しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。 王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。 でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。 ◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。 ◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。 ◇レジーナブックスより書籍発売中です! 本当にありがとうございます!

あなたには彼女がお似合いです

風見ゆうみ
恋愛
私の婚約者には大事な妹がいた。 妹に呼び出されたからと言って、パーティー会場やデート先で私を置き去りにしていく、そんなあなたでも好きだったんです。 でも、あなたと妹は血が繋がっておらず、昔は恋仲だったということを知ってしまった今では、私のあなたへの思いは邪魔なものでしかないのだと知りました。 ずっとあなたが好きでした。 あなたの妻になれると思うだけで幸せでした。 でも、あなたには他に好きな人がいたんですね。 公爵令嬢のわたしに、伯爵令息であるあなたから婚約破棄はできないのでしょう? あなたのために婚約を破棄します。 だから、あなたは彼女とどうか幸せになってください。 たとえわたしが平民になろうとも婚約破棄をすれば、幸せになれると思っていたのに―― ※作者独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

心の中にあなたはいない

ゆーぞー
恋愛
姉アリーのスペアとして誕生したアニー。姉に成り代われるようにと育てられるが、アリーは何もせずアニーに全て押し付けていた。アニーの功績は全てアリーの功績とされ、周囲の人間からアニーは役立たずと思われている。そんな中アリーは事故で亡くなり、アニーも命を落とす。しかしアニーは過去に戻ったため、家から逃げ出し別の人間として生きていくことを決意する。 一方アリーとアニーの死後に真実を知ったアリーの夫ブライアンも過去に戻りアニーに接触しようとするが・・・。

嘘ばかりの貴方を愛すなんて誰が出来るの?

夏見颯一
恋愛
「お姉様の婚約者、聖女様の妹君の婚約者になっておりますよ!」 互いに交流する気のない婚約者同士だった。 政略的にも意味がなく、転生伯爵令嬢フロスティアとその父親は時間で婚約を解消する可能性も考えていた。 だが、何の話もないまま時間だけが過ぎ、ある時帰宅したフロスティアの妹が王都で婚約者ソリウスが勝手に聖女の妹の婚約者になっていると言った。 いくらほとんど意味のない婚約だったとしても、きちんと解消した後ではないと単なる不義でしょう? 聖女の周りには神殿と王家。 ソリウスの嘘に巻き込まれる事を恐れたフロスティア達は動き出すも、ソリウスは何が悪いのか理解しないまま騒動を引き起こす。 異世界から連れてこられた聖女とその妹は異なる世界の常識に翻弄された末、フロスティアとカレーを食べる事になります。 ※タグは増えたり減ったりします。体調の関係もあり、更新時間がかなり時間が不定期です。 カオス度★★★ 後半のカオス具合は危険ですので、ご注意下さい。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)