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翌朝、午前五時三十分ジャスト。
私は、目覚まし時計が鳴る〇・一秒前に目を見開いた。
(レム睡眠とノンレム睡眠の周期を計算し、最適な起床時間を設定。脳の覚醒率は九十八パーセント。素晴らしいわ。今日も私は冴えている)
シーツを撥ね除け、ベッドから立ち上がる。
着替え、洗顔、髪のセット。これらすべての工程を同時並行で行うための「動線」は、昨晩のうちに完璧にシミュレーション済みだ。
私が部屋を出たのは、起床からわずか十二分後のことだった。
「おはようございます、セバスさん。予定より三秒遅れました。廊下のワックスがけが丁寧すぎて、摩擦係数が想定より低かったのが原因ですわ」
廊下で鉢合わせた執事のセバスさんが、驚きに目を見開く。
「お、おはようございます、ラジーナ様。まだ夜も明けきらぬうちから……。朝食は七時からの予定ですが」
「七時? それでは午前中のゴールデンタイムを無駄にしてしまいます。今すぐ厨房へ案内してください。給仕のプロセスを最適化すれば、十五分は前倒しできるはずです」
私は困惑するセバスさんを突き動かし、戦場――もとい厨房へと乗り込んだ。
厨房では料理人たちが朝食の準備に追われていたが、私の目には改善の余地しか見えなかった。
「そこの料理人! 卵を割る動作に無駄なスナップを効かせすぎです。もっと直線的に、かつ鋭くボウルに当てなさい。一回につき〇・五秒の短縮になります」
「えっ、あ、はい!?」
「野菜を切る方! まな板の端からボウルまでの距離が遠すぎます。配置を十五センチ右へ。移動距離の蓄積は疲労の蓄積。効率的な調理こそが、最高の味を生むのですわ!」
私が厨房を「指揮」し始めてから十分後。
そこには、一糸乱れぬ動きで調理を行う、プロフェッショナル集団の姿があった。
「よし、予定通りですわ。セバスさん、閣下をお呼びして。今なら、焼きたてのパンが最も美味しい『黄金の三分間』に朝食を開始できます」
ダイニングルームに現れたアルリック閣下は、いつも以上に整然としたテーブルを見て、眉をひそめた。
「……ラジーナ。なぜ貴様がここにいる。セバス、朝食の時間は七時ではなかったか?」
「閣下、おはようございます。時間の変更は私の判断です。朝の六時台に高タンパクな食事を摂取することで、脳のパフォーマンスを最大化し、午前中の事務効率を二十パーセント向上させる狙いがあります」
私は閣下の椅子を引き、座るように促した。
「さあ、召し上がってください。今日のメニューは、咀嚼回数を考慮し、消化吸収効率を極限まで高めた『合理主義者のフルコース』ですわ」
アルリック閣下は無言で席に着き、差し出されたオムレツを口に運んだ。
「……美味いな。心なしか、いつもより味が鮮明だ」
「それは、料理人の集中力が一点に収束した結果です。迷いのない動作は、食材へのストレスを最小限に抑えますから。ところで閣下、食事をしながら失礼いたします」
私はドレスのポケットから、一枚の図面を取り出した。
「これは?」
「この屋敷の『物流改善計画書』です。メイドたちの清掃ルート、洗濯物の運搬経路、そして閣下の移動ルート。これらすべてを重ね合わせた結果、三箇所の廊下をショートカットするための隠し扉を作るのが最も合理的であると判明しました」
「……屋敷を改築しろと言うのか」
「はい。初期投資はかかりますが、メンテナンスコストと人件費の削減効果により、十四ヶ月で元が取れます。その後は純利益として領地経営に還元される計算ですわ」
閣下はスープを飲み込み、じっと私を見つめた。
「貴様は……本当に一秒も止まらないのだな。昨日の今日で、よくそこまで考えが回る」
「止まることは後退と同じです。閣下、私は婚約破棄をされたことで、これまで王子の尻拭いに費やしていた莫大なリソースをすべて解放できました。今の私は、人生で最も生産的な状態なのです」
「……ふ。いいだろう。改築の件、予算を組め。ただし、工事の間も事務作業の効率を落とすことは許さん」
「もちろんですわ。工事の騒音をBGMにして、事務官たちのタイピング速度を上げる訓練も並行して行います」
閣下は呆れたように、しかし口角をわずかに上げて笑った。
「ラジーナ。貴様、少しは『娯楽』というものを知っているのか?」
「娯楽? もちろん知っていますわ。私にとっての最高の娯楽は、カオスな現状に秩序をもたらし、数値がピタリと一致する瞬間です。それ以上の快楽がこの世に存在するとは思いません」
「……そうか。ならば、いずれ私がそれを教えてやる必要があるな」
閣下の一言に、私は首を傾げた。
「? 閣下、何か新しい効率化のテクニックをご存知なのですか?」
「いや、効率とは真逆のものだ。だが……今の貴様には必要かもしれん」
「非効率なものに割く時間はありませんわ。さて、閣下! 完食まであと三十秒! その後、一分以内に着替えて執務室へお越しください。本日は領内の道路舗装計画の『見直し(殲滅)』が待っておりますわよ!」
「……やれやれ。ボスは私のはずなのだがな」
アルリック閣下は、最後の一口を飲み干すと、私の指示通りに席を立った。
その足取りは、昨日よりもどこか力強く、期待に満ちているように見えた。
(よし、今日も幸先がいいわ。午前中に道路計画を終わらせて、午後は市場の視察……。分刻みのスケジュール、最高ですわ!)
私は、閣下の背中を見送りながら、手元のストップウォッチを力強くクリックした。
私は、目覚まし時計が鳴る〇・一秒前に目を見開いた。
(レム睡眠とノンレム睡眠の周期を計算し、最適な起床時間を設定。脳の覚醒率は九十八パーセント。素晴らしいわ。今日も私は冴えている)
シーツを撥ね除け、ベッドから立ち上がる。
着替え、洗顔、髪のセット。これらすべての工程を同時並行で行うための「動線」は、昨晩のうちに完璧にシミュレーション済みだ。
私が部屋を出たのは、起床からわずか十二分後のことだった。
「おはようございます、セバスさん。予定より三秒遅れました。廊下のワックスがけが丁寧すぎて、摩擦係数が想定より低かったのが原因ですわ」
廊下で鉢合わせた執事のセバスさんが、驚きに目を見開く。
「お、おはようございます、ラジーナ様。まだ夜も明けきらぬうちから……。朝食は七時からの予定ですが」
「七時? それでは午前中のゴールデンタイムを無駄にしてしまいます。今すぐ厨房へ案内してください。給仕のプロセスを最適化すれば、十五分は前倒しできるはずです」
私は困惑するセバスさんを突き動かし、戦場――もとい厨房へと乗り込んだ。
厨房では料理人たちが朝食の準備に追われていたが、私の目には改善の余地しか見えなかった。
「そこの料理人! 卵を割る動作に無駄なスナップを効かせすぎです。もっと直線的に、かつ鋭くボウルに当てなさい。一回につき〇・五秒の短縮になります」
「えっ、あ、はい!?」
「野菜を切る方! まな板の端からボウルまでの距離が遠すぎます。配置を十五センチ右へ。移動距離の蓄積は疲労の蓄積。効率的な調理こそが、最高の味を生むのですわ!」
私が厨房を「指揮」し始めてから十分後。
そこには、一糸乱れぬ動きで調理を行う、プロフェッショナル集団の姿があった。
「よし、予定通りですわ。セバスさん、閣下をお呼びして。今なら、焼きたてのパンが最も美味しい『黄金の三分間』に朝食を開始できます」
ダイニングルームに現れたアルリック閣下は、いつも以上に整然としたテーブルを見て、眉をひそめた。
「……ラジーナ。なぜ貴様がここにいる。セバス、朝食の時間は七時ではなかったか?」
「閣下、おはようございます。時間の変更は私の判断です。朝の六時台に高タンパクな食事を摂取することで、脳のパフォーマンスを最大化し、午前中の事務効率を二十パーセント向上させる狙いがあります」
私は閣下の椅子を引き、座るように促した。
「さあ、召し上がってください。今日のメニューは、咀嚼回数を考慮し、消化吸収効率を極限まで高めた『合理主義者のフルコース』ですわ」
アルリック閣下は無言で席に着き、差し出されたオムレツを口に運んだ。
「……美味いな。心なしか、いつもより味が鮮明だ」
「それは、料理人の集中力が一点に収束した結果です。迷いのない動作は、食材へのストレスを最小限に抑えますから。ところで閣下、食事をしながら失礼いたします」
私はドレスのポケットから、一枚の図面を取り出した。
「これは?」
「この屋敷の『物流改善計画書』です。メイドたちの清掃ルート、洗濯物の運搬経路、そして閣下の移動ルート。これらすべてを重ね合わせた結果、三箇所の廊下をショートカットするための隠し扉を作るのが最も合理的であると判明しました」
「……屋敷を改築しろと言うのか」
「はい。初期投資はかかりますが、メンテナンスコストと人件費の削減効果により、十四ヶ月で元が取れます。その後は純利益として領地経営に還元される計算ですわ」
閣下はスープを飲み込み、じっと私を見つめた。
「貴様は……本当に一秒も止まらないのだな。昨日の今日で、よくそこまで考えが回る」
「止まることは後退と同じです。閣下、私は婚約破棄をされたことで、これまで王子の尻拭いに費やしていた莫大なリソースをすべて解放できました。今の私は、人生で最も生産的な状態なのです」
「……ふ。いいだろう。改築の件、予算を組め。ただし、工事の間も事務作業の効率を落とすことは許さん」
「もちろんですわ。工事の騒音をBGMにして、事務官たちのタイピング速度を上げる訓練も並行して行います」
閣下は呆れたように、しかし口角をわずかに上げて笑った。
「ラジーナ。貴様、少しは『娯楽』というものを知っているのか?」
「娯楽? もちろん知っていますわ。私にとっての最高の娯楽は、カオスな現状に秩序をもたらし、数値がピタリと一致する瞬間です。それ以上の快楽がこの世に存在するとは思いません」
「……そうか。ならば、いずれ私がそれを教えてやる必要があるな」
閣下の一言に、私は首を傾げた。
「? 閣下、何か新しい効率化のテクニックをご存知なのですか?」
「いや、効率とは真逆のものだ。だが……今の貴様には必要かもしれん」
「非効率なものに割く時間はありませんわ。さて、閣下! 完食まであと三十秒! その後、一分以内に着替えて執務室へお越しください。本日は領内の道路舗装計画の『見直し(殲滅)』が待っておりますわよ!」
「……やれやれ。ボスは私のはずなのだがな」
アルリック閣下は、最後の一口を飲み干すと、私の指示通りに席を立った。
その足取りは、昨日よりもどこか力強く、期待に満ちているように見えた。
(よし、今日も幸先がいいわ。午前中に道路計画を終わらせて、午後は市場の視察……。分刻みのスケジュール、最高ですわ!)
私は、閣下の背中を見送りながら、手元のストップウォッチを力強くクリックした。
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