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「楽団、演奏開始。テンポは毎分六十拍。私の歩幅は正確に七十二センチ。閣下、重心を三ミリ前方に。さあ、私という精密機械と共鳴してくださいな」
第一声とともに、私は閣下のリードに従って滑るようにフロアの中央へと躍り出た。
金色のドレスが、私の旋回に合わせて完璧な円を描き、会場の光を効率的に集めて周囲に散布する。
観客たちの息を呑む音が、会場の音響特性によって増幅され、私の耳に心地よいノイズとして届いた。
(……よろしい。摩擦係数を計算して塗り直させた床は、私のステップに最高の反発力を与えてくれている。これならエネルギー損失を最小限に抑えつつ、最高速の旋回が可能だわ)
「ラジーナ、そんなに床ばかり見るな。今の貴様のパートナーは、ワックスではなくこの私だろう?」
アルリック閣下が私の腰を力強く引き寄せ、回転の遠心力を利用して私を自分の胸元へと閉じ込めた。
密着した体温。閣下の銀色の瞳が至近距離で私を射抜き、私の脳内計算機に「致命的なシステムエラー」の警告が乱舞する。
「か、閣下、密着面積が広すぎますわ。これでは二体の剛体としての独立した運動が阻害され、熱の滞留による不快指数が上昇して……」
「黙れ。不快なはずがあるまい。今の貴様の鼓動、私の手のひらにまで伝わっているぞ。……このリズムこそが、今夜の真のテンポだ」
閣下は私の反論を、強引かつ優雅なスピンで封じ込めた。
周囲の貴族たちは、私たちが描く、あまりにも正確で、それでいて激しい軌跡に言葉を失っている。
「……信じられない。あんなに高速で回転しながら、一分の隙もない。まるで星の運行を見ているようだ」
「あれが、あの悪役令嬢……? 冷酷だなんて嘘だ。あの瞳、あんなに熱く燃えているじゃないか」
(……熱いのは瞳ではありません。閣下との接触面における摩擦熱と、アドレナリン放出による生理的反応ですわ!)
私は心の中で必死に弁解しながらも、閣下の導きに従って、自分の体がかつてないほど「自由」に動いているのを自覚していた。
閣下のリードは、私の計算を裏切り、常に予想を少しだけ上回るエネルギーを私に叩き込んでくる。
だが、それが不思議と心地よい。
(……。……。計算、修正。閣下の情熱という名の変数を、私の数式に組み込みます。……。よし、これで全感覚が閣下のリズムに同期しましたわ!)
私は思考のスイッチを切り替え、肉体の反射速度を限界まで高めた。
音楽がクライマックスに向かうにつれ、私たちのダンスはもはや一つの「物理現象」へと昇華していく。
ドレスの裾が光のカーテンのように揺らめき、私たちの足跡がフロアに目に見えない幾何学模様を刻みつける。
「……ラジーナ。今、最高に美しいぞ」
閣下の囁きが、耳元を熱く撫でた。
「……。閣下、その評価は客観性を欠いています。……ですが、私の多幸感指数が現在、上限値を突破しようとしていることだけは、お伝えしておきますわ」
最後の一音。
閣下が私を大きく抱き上げ、完璧な静止ポーズで演奏が終了した。
会場を支配したのは、一瞬の静寂。
そして――。
割れんばかりの喝采が、津波のように押し寄せた。
「素晴らしい! これぞ真の芸術だ!」
「ヴォルフラム公爵! 貴公は最高の宝を手に入れたな!」
私は肩で息をしながら、閣下の腕の中で、自分の頬がかつてないほど赤らんでいるのを感じた。
(……。……。心拍数、計測不能。多幸感による脳内物質の過剰分泌を確認。……。このままでは、私の合理的な人格が崩壊してしまいます……!)
「ラジーナ。これが『無駄』が生み出す、最高の景色だ。どうだ、計算通りか?」
アルリック閣下は、勝利した将軍のような笑みを浮かべ、私をそっと床に下ろした。
私は乱れた髪を整えるふりをして、閣下から視線を逸らした。
「……いいえ。一ミリも、一マイクロ秒も、計算通りではありません。……。私の計算式は、閣下という巨大なバグのせいで、完全に壊れてしまいましたわ」
「ふ……。ならば、これからは二人で新しい式を作ればいい」
閣下は私の手をとり、手の甲に深く、誓いのようなキスを落とした。
婚約破棄から、わずか半月。
私の人生という名の航海は、正確な羅針盤を失い、代わりに「恋」という名の荒れ狂う嵐の中へ、最高速度で突き進もうとしていた。
(……よし、次は立食パーティの栄養摂取効率の監視ですわ! ……そうよ、仕事に戻れば、この動悸も収まるはず……!)
私は必死に自分に言い聞かせ、熱を持った顔を隠すように、次の戦場(パーティフロア)へと歩き出した。
第一声とともに、私は閣下のリードに従って滑るようにフロアの中央へと躍り出た。
金色のドレスが、私の旋回に合わせて完璧な円を描き、会場の光を効率的に集めて周囲に散布する。
観客たちの息を呑む音が、会場の音響特性によって増幅され、私の耳に心地よいノイズとして届いた。
(……よろしい。摩擦係数を計算して塗り直させた床は、私のステップに最高の反発力を与えてくれている。これならエネルギー損失を最小限に抑えつつ、最高速の旋回が可能だわ)
「ラジーナ、そんなに床ばかり見るな。今の貴様のパートナーは、ワックスではなくこの私だろう?」
アルリック閣下が私の腰を力強く引き寄せ、回転の遠心力を利用して私を自分の胸元へと閉じ込めた。
密着した体温。閣下の銀色の瞳が至近距離で私を射抜き、私の脳内計算機に「致命的なシステムエラー」の警告が乱舞する。
「か、閣下、密着面積が広すぎますわ。これでは二体の剛体としての独立した運動が阻害され、熱の滞留による不快指数が上昇して……」
「黙れ。不快なはずがあるまい。今の貴様の鼓動、私の手のひらにまで伝わっているぞ。……このリズムこそが、今夜の真のテンポだ」
閣下は私の反論を、強引かつ優雅なスピンで封じ込めた。
周囲の貴族たちは、私たちが描く、あまりにも正確で、それでいて激しい軌跡に言葉を失っている。
「……信じられない。あんなに高速で回転しながら、一分の隙もない。まるで星の運行を見ているようだ」
「あれが、あの悪役令嬢……? 冷酷だなんて嘘だ。あの瞳、あんなに熱く燃えているじゃないか」
(……熱いのは瞳ではありません。閣下との接触面における摩擦熱と、アドレナリン放出による生理的反応ですわ!)
私は心の中で必死に弁解しながらも、閣下の導きに従って、自分の体がかつてないほど「自由」に動いているのを自覚していた。
閣下のリードは、私の計算を裏切り、常に予想を少しだけ上回るエネルギーを私に叩き込んでくる。
だが、それが不思議と心地よい。
(……。……。計算、修正。閣下の情熱という名の変数を、私の数式に組み込みます。……。よし、これで全感覚が閣下のリズムに同期しましたわ!)
私は思考のスイッチを切り替え、肉体の反射速度を限界まで高めた。
音楽がクライマックスに向かうにつれ、私たちのダンスはもはや一つの「物理現象」へと昇華していく。
ドレスの裾が光のカーテンのように揺らめき、私たちの足跡がフロアに目に見えない幾何学模様を刻みつける。
「……ラジーナ。今、最高に美しいぞ」
閣下の囁きが、耳元を熱く撫でた。
「……。閣下、その評価は客観性を欠いています。……ですが、私の多幸感指数が現在、上限値を突破しようとしていることだけは、お伝えしておきますわ」
最後の一音。
閣下が私を大きく抱き上げ、完璧な静止ポーズで演奏が終了した。
会場を支配したのは、一瞬の静寂。
そして――。
割れんばかりの喝采が、津波のように押し寄せた。
「素晴らしい! これぞ真の芸術だ!」
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私は肩で息をしながら、閣下の腕の中で、自分の頬がかつてないほど赤らんでいるのを感じた。
(……。……。心拍数、計測不能。多幸感による脳内物質の過剰分泌を確認。……。このままでは、私の合理的な人格が崩壊してしまいます……!)
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「……いいえ。一ミリも、一マイクロ秒も、計算通りではありません。……。私の計算式は、閣下という巨大なバグのせいで、完全に壊れてしまいましたわ」
「ふ……。ならば、これからは二人で新しい式を作ればいい」
閣下は私の手をとり、手の甲に深く、誓いのようなキスを落とした。
婚約破棄から、わずか半月。
私の人生という名の航海は、正確な羅針盤を失い、代わりに「恋」という名の荒れ狂う嵐の中へ、最高速度で突き進もうとしていた。
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