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翌日。
王城の謁見の間は、昨夜の戦争騒ぎとは打って変わって、静謐(せいひつ)な空気に包まれていた。
玉座には、病み上がりで顔色の悪い国王陛下が座っている。
その足元には、罪人として縄で縛られたカイル王太子と、なぜか「被害者ですぅ」という顔で端に立っているリナ男爵令嬢。
そして、その前に立つ私と、アレクシス公爵。
「……まずは、大儀であった」
国王陛下が、重苦しい口を開いた。
「アレクシス、そしてメモリア嬢。其方らの迅速な対応がなければ、我が国は今頃、ガレリア帝国の業火に焼かれていたであろう。……礼を言う」
「勿体なきお言葉です、兄上」
公爵が恭しく頭を下げる。
私もそれに倣って礼をした。
「して、カイルよ」
陛下の視線が、縛られた息子に向けられる。
その目は、怒りというよりは、深い失望に彩られていた。
「条約書を焚き火にしたそうだな」
「ち、違います父上! あれは……リナが寒がっていたので、つい魔が差して……!」
「女のせいにするか。……情けない」
陛下はため息をついた。
「お前の王太子としての資質には、以前から疑問を持っていた。……だが、今回の件でハッキリした。お前には国を任せられん」
「そ、そんな……! 廃嫡ですか!? 嫌です、僕は王になりたいんです!」
カイル殿下が泣き叫ぶ。
その見苦しさに、周囲の臣下たちも目を背ける。
「黙れ。……だが、廃嫡すれば国が揺れるのも事実。そこでだ」
陛下は視線を私に移した。
「メモリア・アッシュ嬢」
「はい」
「其方の能力、素晴らしいと聞いている。カイルの至らぬ点を補い、影で国を支えていたのは其方だともな」
「恐縮です。単なる事務処理ですので」
「そこで相談だ。……カイルとの婚約を、元に戻してはくれぬか?」
「……はい?」
私は耳を疑った。
この期に及んで、復縁?
「無理を承知で頼んでいる。カイルは愚かだが、其方が手綱を握れば、あるいはマシな王になるかもしれん。……国のために、この通りだ」
国王陛下が、玉座の上で頭を下げた。
王が臣下に頭を下げる。
これは異例中の異例だ。
臣下たちがざわめく。
「陛下がそこまで……」
「メモリア嬢、受けるべきでは?」
「国の安定のためだ……」
同調圧力が私にのしかかる。
普通なら、ここで涙を流して「謹んでお受けします」と言うのが、美談なのだろう。
しかし。
私はメモリア・アッシュ。
合理性の権化だ。
「……お断りします」
私はハッキリと告げた。
静まり返る謁見の間。
「なぜだ? 王妃になれるのだぞ? 栄華が約束されるのだぞ?」
陛下が顔を上げる。
「陛下。私は『投資家』のような視点で物を見ます」
私は眼鏡を直した。
「カイル殿下という物件は、基礎構造(人間性)が腐っており、修繕費(教育コスト)が莫大にかかる割に、収益(成果)が見込めない『不良債権』です。これに私の人生という資産を投資するのは、ドブにお金を捨てるよりも非効率です」
「ふ、不良債権……」
「それに、生理的に無理です」
「……」
トドメの一言。
陛下が絶句する。
「な、ならば……命令だとしたら?」
陛下の声が低くなる。
「王命として、カイルとの婚姻を命じるとしたら? ……拒否すれば、反逆罪で処刑もあり得るぞ」
脅しだ。
国を守るために、一個人の犠牲を強いる。
王としては正しい判断かもしれない。
しかし、私は一歩も引かなかった。
「どうぞ、処刑してください」
「なっ……」
「カイル殿下の妻になって、一生ストレスで胃に穴を開けながら過労死する未来と、今ここでギロチンにかかる未来。……計算しましたが、後者の方が苦痛の総量が少ないようです」
私は涼しい顔で言い放った。
「即死の方が、コストパフォーマンスが良いので」
「し、死を選ぶと言うのか……?」
「はい。喜んで死を選びます」
狂気すら感じる私の合理性に、陛下は恐怖したように後ずさった。
その時。
「――そこまでだ、兄上」
アレクシス公爵が、私を庇うように前に出た。
「これ以上、私のパートナーを困らせないでいただきたい」
「ア、アレクシス……しかし、国の安定が……」
「国の安定なら、私が保証しよう」
公爵は力強く宣言した。
「カイルがダメなら、別の者が王になればいい。……例えば、私とメモリアの子とかな」
「は?」
私も陛下も、全員が声を上げた。
「な、何を言っている……?」
「聞こえなかったか? 私はメモリアを妻にするつもりだ」
公爵は私の肩を抱き寄せ、高らかに宣言した。
「彼女は、私の『運命の相手』であり、最強の『戦友』だ。……カイルになど、指一本触れさせん」
「つ、妻だと!? 公爵夫人にすると言うのか!?」
「不服か? 彼女なら、公爵家どころか、国母としても十分にやっていける。……カイルの介護役より、よほど建設的だ」
公爵は陛下を真っ直ぐに見据えた。
「もし、それでも彼女をカイルに縛り付けると言うなら……。私は公爵位を返上し、彼女と駆け落ちして、他国へ亡命する」
「ぼ、亡命!?」
「ガレリア帝国あたりがいいかな。昨日のボルグ将軍も、我々を歓迎していたしな」
これは最強の脅しだ。
「冷徹公爵」と「超有能事務官」が揃って敵国に寝返る。
そうなれば、この国は終わりだ。
陛下は顔面蒼白になった。
「ま、待て! 早まるな! わかった、わかったから!」
陛下は両手を振った。
「カイルとの復縁の話は撤回する! 忘れてくれ! だから亡命だけは勘弁してくれ!」
「……言質は取りましたよ」
公爵がニヤリと笑う。
「では、メモリアは私が貰い受ける。異論はないな?」
「う、うむ……。其方らが結ばれるなら、それもまた国益か……」
陛下はガックリと項垂れた。
「やったな、メモリア」
公爵が私を見てウインクする。
「……閣下。亡命の準備、本当にするつもりでした?」
「半分本気だ。お前がいない国になど、未練はない」
サラリと言われた言葉に、また胸が高鳴る。
この人は、本当に心臓に悪い。
私たちは、縛られたまま呆然としているカイル殿下(と、悔しそうに爪を噛んでいるリナ嬢)を尻目に、悠々と謁見の間を後にした。
完全勝利。
これで、私を縛るものは何もない。
……はずだったが。
帰り道の馬車の中で、公爵から更なる「爆弾発言」が飛び出すことになる。
王城の謁見の間は、昨夜の戦争騒ぎとは打って変わって、静謐(せいひつ)な空気に包まれていた。
玉座には、病み上がりで顔色の悪い国王陛下が座っている。
その足元には、罪人として縄で縛られたカイル王太子と、なぜか「被害者ですぅ」という顔で端に立っているリナ男爵令嬢。
そして、その前に立つ私と、アレクシス公爵。
「……まずは、大儀であった」
国王陛下が、重苦しい口を開いた。
「アレクシス、そしてメモリア嬢。其方らの迅速な対応がなければ、我が国は今頃、ガレリア帝国の業火に焼かれていたであろう。……礼を言う」
「勿体なきお言葉です、兄上」
公爵が恭しく頭を下げる。
私もそれに倣って礼をした。
「して、カイルよ」
陛下の視線が、縛られた息子に向けられる。
その目は、怒りというよりは、深い失望に彩られていた。
「条約書を焚き火にしたそうだな」
「ち、違います父上! あれは……リナが寒がっていたので、つい魔が差して……!」
「女のせいにするか。……情けない」
陛下はため息をついた。
「お前の王太子としての資質には、以前から疑問を持っていた。……だが、今回の件でハッキリした。お前には国を任せられん」
「そ、そんな……! 廃嫡ですか!? 嫌です、僕は王になりたいんです!」
カイル殿下が泣き叫ぶ。
その見苦しさに、周囲の臣下たちも目を背ける。
「黙れ。……だが、廃嫡すれば国が揺れるのも事実。そこでだ」
陛下は視線を私に移した。
「メモリア・アッシュ嬢」
「はい」
「其方の能力、素晴らしいと聞いている。カイルの至らぬ点を補い、影で国を支えていたのは其方だともな」
「恐縮です。単なる事務処理ですので」
「そこで相談だ。……カイルとの婚約を、元に戻してはくれぬか?」
「……はい?」
私は耳を疑った。
この期に及んで、復縁?
「無理を承知で頼んでいる。カイルは愚かだが、其方が手綱を握れば、あるいはマシな王になるかもしれん。……国のために、この通りだ」
国王陛下が、玉座の上で頭を下げた。
王が臣下に頭を下げる。
これは異例中の異例だ。
臣下たちがざわめく。
「陛下がそこまで……」
「メモリア嬢、受けるべきでは?」
「国の安定のためだ……」
同調圧力が私にのしかかる。
普通なら、ここで涙を流して「謹んでお受けします」と言うのが、美談なのだろう。
しかし。
私はメモリア・アッシュ。
合理性の権化だ。
「……お断りします」
私はハッキリと告げた。
静まり返る謁見の間。
「なぜだ? 王妃になれるのだぞ? 栄華が約束されるのだぞ?」
陛下が顔を上げる。
「陛下。私は『投資家』のような視点で物を見ます」
私は眼鏡を直した。
「カイル殿下という物件は、基礎構造(人間性)が腐っており、修繕費(教育コスト)が莫大にかかる割に、収益(成果)が見込めない『不良債権』です。これに私の人生という資産を投資するのは、ドブにお金を捨てるよりも非効率です」
「ふ、不良債権……」
「それに、生理的に無理です」
「……」
トドメの一言。
陛下が絶句する。
「な、ならば……命令だとしたら?」
陛下の声が低くなる。
「王命として、カイルとの婚姻を命じるとしたら? ……拒否すれば、反逆罪で処刑もあり得るぞ」
脅しだ。
国を守るために、一個人の犠牲を強いる。
王としては正しい判断かもしれない。
しかし、私は一歩も引かなかった。
「どうぞ、処刑してください」
「なっ……」
「カイル殿下の妻になって、一生ストレスで胃に穴を開けながら過労死する未来と、今ここでギロチンにかかる未来。……計算しましたが、後者の方が苦痛の総量が少ないようです」
私は涼しい顔で言い放った。
「即死の方が、コストパフォーマンスが良いので」
「し、死を選ぶと言うのか……?」
「はい。喜んで死を選びます」
狂気すら感じる私の合理性に、陛下は恐怖したように後ずさった。
その時。
「――そこまでだ、兄上」
アレクシス公爵が、私を庇うように前に出た。
「これ以上、私のパートナーを困らせないでいただきたい」
「ア、アレクシス……しかし、国の安定が……」
「国の安定なら、私が保証しよう」
公爵は力強く宣言した。
「カイルがダメなら、別の者が王になればいい。……例えば、私とメモリアの子とかな」
「は?」
私も陛下も、全員が声を上げた。
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公爵は私の肩を抱き寄せ、高らかに宣言した。
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公爵は陛下を真っ直ぐに見据えた。
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陛下は両手を振った。
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公爵がニヤリと笑う。
「では、メモリアは私が貰い受ける。異論はないな?」
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陛下はガックリと項垂れた。
「やったな、メモリア」
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サラリと言われた言葉に、また胸が高鳴る。
この人は、本当に心臓に悪い。
私たちは、縛られたまま呆然としているカイル殿下(と、悔しそうに爪を噛んでいるリナ嬢)を尻目に、悠々と謁見の間を後にした。
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