スパイ令嬢は婚約破棄されたい! 王子が甘すぎて任務になりません!

パリパリかぷちーの

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昨夜の断罪パーティーという名の「公開ノロケ儀式」から一夜明け、私は公爵邸の自室で頭を抱えていた。
朝日が目に沁みる。いや、昨夜の王子の笑顔の輝きが網膜に焼き付いて離れないのだ。

「……アーニー、いつまで布団の中でのたうち回っているんですか。早く起きなさい、この恋煩いスパイ」

冷ややかな声とともに、カーテンが勢いよく開けられた。
そこに立っているのは、我が国の優秀な諜報員であり、現在は私の侍女を務めるセシルだ。
彼女の手には、昨夜の失態を記したであろう分厚い報告書が握られている。

「セシル……聞いて。殿下が、殿下が私を『愛おしい』って……。しかも、私の嫉妬を『可愛らしい照れ隠し』だなんて……!」

「はいはい、ご馳走様でした。その幸せそうな顔を本国に見せたら、即座に暗殺対象に切り替えられますよ」

セシルの毒舌が、私の浮かれた脳を現実に引き戻す。
そうだった。私は、バルマ王国の重要機密を盗み出し、婚約破棄されて国外追放されるという重大な任務の途中なのだ。

「昨夜の失敗は、あなたの『悪役令嬢ムーブ』が甘すぎたせいです。嫉妬をぶつけるなんて、ただの可愛い婚約者じゃないですか」

「そんなこと言ったって、あれが私の限界だったのよ! あんな至近距離で見つめられたら、語彙力なんて霧散するわ!」

「言い訳はいいです。次の作戦に移りましょう。次なるテーマは『強欲』です」

セシルが差し出した計画書には、恐ろしい文字が並んでいた。
王家に多大な財政的負担を強いるような、無理難題を突きつける。
それによって「この女を妃に迎えたら国が傾く」と思わせる作戦だ。

「いいですか、アーニー。今日のお茶会で王子にこう言うのです。『お庭に世界中の珍しい宝石を散りばめたバラ園を作ってほしい』と。当然、そんな無茶な要求をすれば、王子もあなたの本性に愛想を尽かすはずです」

「なるほど……。宝石のバラ園ね。それは確かに、正気の沙汰とは思えないわ。よし、やってやるわよ!」

私はスパイとしての矜持を取り戻し、気合を入れて準備を整えた。
……まあ、本当は王子に会えるのが楽しみで仕方ないだけなのだが。

数時間後。王宮の美しい庭園で、私とアルフレッド殿下のお茶会が始まった。
今日も殿下は、彫刻のように完璧な横顔でティーカップを傾けている。
その仕草一つひとつが絵になりすぎて、私は呼吸を忘れてしまいそうだ。

「どうしたんだい、アーニー。今日の紅茶は君の好きなアールグレイだよ。口に合わなかったかな?」

「い、いえ! そんなことはありませんわ! ……あ、コホン。殿下、実はお話があるのです」

私はわざと傲慢な態度で、扇子をテーブルに叩きつけた。
周囲の控えている侍従たちがビクリと肩を揺らす。よし、悪役っぽい。

「なんですの、この庭園は。緑ばかりでちっとも華やかさが足りませんわ! 私、もっとキラキラしたものが大好きなんですの!」

「キラキラしたもの……? 花だけでは不満かな?」

「当たり前ですわ! 私、このお庭のバラをすべて、本物の宝石に植え替えてほしいんです! ダイヤモンド、ルビー、サファイア……! 世界中の希少な宝石を散りばめた、贅沢の極みのようなバラ園を作ってくださいまし! もしできないと言うのなら、私、明日から一歩も家を出ませんわ!」

ふふん、と言わんばかりに鼻を鳴らす。
これだ。王国の予算を私利私欲のために使い込もうとする、稀代の毒婦。
これなら、さすがの殿下も引くに違いない。
早く私に「君という女は……!」と呆れ果てた言葉を投げかけてほしい。

しかし、アルフレッド殿下は数秒の間を置いたあと、ポンと手を叩いた。

「なるほど! 宝石のバラ園か。それは素晴らしいアイデアだね!」

「……えっ?」

「君はいつも、僕に新しい視点を与えてくれる。最近、我が国の魔石産業が飽和状態でね。余剰在庫の宝石をどう有効活用するか悩んでいたんだ。それを庭園の装飾に使い、視察に来た他国の外交官に見せつける。……これほど効果的な国力のアピールはないよ!」

殿下は目を輝かせ、私の手を取った。
その表情は、まるで最高の軍師を見つけたかのような尊敬の念に満ちている。

「君は、僕が財政のことで悩んでいるのを察して、あえて『贅沢』という形を借りて提案してくれたんだね? ああ、なんて賢明で、なんて献身的なんだ……!」

「ち、違いますわ殿下! 私はただ、自分の欲のために言っただけで……!」

「謙遜しなくていい。君の言葉で決まったよ。この国に、君の名を冠した世界最高の宝石庭園を作ろう。そして、その中心で君に新しいティアラを贈らせてほしい」

殿下の熱い視線が、私の心臓を直撃する。
献身的? 賢明? どこをどう解釈したらそうなるの!?
私はただの強欲な女を演じたはずなのに、なぜか国を救う賢女扱いされている。

「通信機から、セシルの氷のような声が聞こえる。
『アーニー……。今すぐ自分の頭をテーブルに叩きつけて、全部嘘ですって言いなさい。このままではあなたが国の英雄になってしまいます』」

無理よ! こんなにキラキラした目で「愛してる」と言われながら、自分の非を認めるなんて、スパイ以前に乙女として不可能ですわ!

「殿下、あ、あの……宝石は……本物の宝石でよろしくてよ……?」

「もちろんだとも。君の美しさに釣り合う最高級のものを用意させよう。ああ、君と一緒にいると、未来が明るい光に満ちているように感じるよ」

殿下は幸せそうに私の手を引き、そのまま庭園を散歩し始めた。
私の悪行(予定)は、すべて王子の超絶ポジティブ変換フィルターによって、深い愛情へと変換されていく。

(どうして……! どうして嫌われないの!?)

私は空を見上げた。
青い空に浮かぶ白い雲が、なんだか王子の笑顔に見えてくる。
スパイとしての私の評価は、今日もまた「本国の期待」から遠ざかり、「王子の本命」へと一直線に突き進んでいくのだった。
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