スパイ令嬢は婚約破棄されたい! 王子が甘すぎて任務になりません!

パリパリかぷちーの

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「……おはようございます、アーニー。昨夜、あなたが提案した『泥風スープ』ですが、あまりの反響に王都の噴水からスープを流そうという計画が持ち上がっています。もはやあなたは聖女を超えて、バルマ王国の生命線ですね」

セシルの声は、もはや朝の挨拶というより、死刑宣告に近い響きを持っていた。
私は鏡の前で、自分の目の下に刻まれた色濃い隈を、高級なコンシーラーで必死に塗り潰していた。

「嫌よ……もう嫌だわ。どうして私が善行を積むたびに、私の大切な干し肉たちが死に近づくの? 十日間よ、セシル! あと十日で、私の愛した『熟成ガーリック風味』も『ピリ辛ペッパー味』も、みんな消えてしまうのよ!」

「本国の爆破担当班も、あなたの『聖女伝説』が届くたびに、火薬の量を増やしているそうです。……いいですか、アーニー。もう時間はありません。品位を捨て、慈悲を捨て、ついには『人間性』すら捨てた暴挙に出る時です」

セシルが私の前に置いたのは、一本の豪華な鞭と、何故か「犬の首輪」……に見える、最新のファッションアイテム(という名目の嫌がらせ道具)だった。

「……セシル。流石にこれは、王家に対する侮辱が過ぎるんじゃないかしら?」

「ええ。これこそが今回の作戦、『王子の奴隷化・徹底服従・大作戦』です。バルマ王国の誇り高き第一王子を、公衆の面前であなたの『下僕』として扱いなさい。荷物持ち、靴磨き、果ては椅子代わり……。王族をここまで愚弄すれば、流石に国家の威信にかけて、あなたは即刻追放されるはずです」

「……わかったわ。殿下を……あんなに優しくて尊い殿下を椅子にするなんて心が痛むけれど……。干し肉蔵のため、私は心を鬼にするわ!」

数時間後。王都の中心にある、賑やかな大通り。
今日は年に一度の収穫祭で、街は多くの市民で溢れかえっていた。
私は計画通り、アルフレッド殿下との「お忍びデート(という名の嫌がらせ)」に出発した。

「アーニー、今日は街の様子が見たいと言ってくれて嬉しいよ。君と一緒に歩けるなんて、最高の休日だね」

殿下は平民の格好をしていても、その隠しきれない気品とオーラで、道ゆく人々が思わず振り返るほどの輝きを放っている。
私はそんな殿下をあえて冷たい目で見下し、手に持った扇子で彼の肩を叩いた。

「あら、殿下。何を勘違いしていらっしゃいますの? 今日の貴方は、私の『婚約者』ではなく、私の『便利な持ち運び用什器』ですわよ」

「……持ち運び用、什器……?」

殿下がキョトンとしている間に、私は用意していた巨大な荷物の山を、次々と彼の腕に積み上げた。
重さにして数十キロはある、重厚な絨毯や、わざとらしく買った鉄製の置物だ。

「さあ! それを全部持ちなさい! 私、歩くのが疲れましたの。次は、私の靴の汚れが気になりますわ。殿下、ここで跪いて、私の靴を磨いてくださいまし! さあ、早く!」

私は大通りのど真ん中で、高飛車な声を張り上げた。
周囲の市民たちが「えっ、あの美形な青年をあんな風に……?」「あの方はもしかして王子様では……?」と、ざわつき始める。

(……よし! これよ! 王国の象徴である王子を、道端で靴磨きさせる傲慢な悪女! これなら、市民の暴動すら起きかねないわ!)

私は勝ち誇ったように殿下を見下した。
しかし、アルフレッド殿下は、一瞬だけ目を見開いた後、何故かその頬をバラ色に染め、瞳を潤ませ始めたのだ。

「……ああ! アーニー! 君はそこまで、僕の『肉体的な衰え』を心配してくれていたんだね……!」

「……はぁ? 肉体的な……なんですって?」

殿下は、重い荷物を軽々と持ち直すと、あろうことか大勢の前で私の足元に跪いた。
そして、自分の絹のハンカチを出し、丁寧に私の靴の先を拭き始めたのである。

「……気づかなかった。最近、政務に追われて、騎士としての鍛錬が疎かになっていたことを。君はあえて僕に『過酷な負荷』を与え、さらに『謙虚さ』を思い出させることで、僕を真の覇道へと導こうとしているんだね!」

「……違いますわ殿下! 私はただ、殿下を犬のように扱いたかっただけで……!」

「隠さなくていい! この荷物の重さは、僕が背負うべき『国民の期待』の重さだ! そしてこの靴磨き……王たる者、最も低き場所にいる者の痛みを知れという、君からの無言の教えだね! ああ、なんて深い……なんて厳しくも温かい愛なんだ!!」

殿下は靴を磨き終えると、そのまま私を軽々と横抱き(お姫様抱っこ)にした。
腕にはまだ数十キロの荷物を抱えたままだというのに、その足取りは羽のように軽い。

「アーニー! 君の期待に応えるため、僕は今日、このまま王宮まで走り抜けてみせるよ! これが僕の、君への忠誠の証だ!!」

「「「うおおおおおぉぉ!!」」」

その瞬間、大通りを埋め尽くしていた市民たちから、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。

「……素晴らしい! 王子様自ら荷物を運び、婚約者の足を清めるとは!」「これこそ真の愛の形だ!」「アーニー様は、王子様を甘やかさない最高の教育者だ!」

市民たちの目は、もはや私を「悪女」ではなく、「厳しい愛で王子を鍛え上げる名軍師」として見ていた。
挙句の果てには、街の男たちが「俺も妻の靴を磨いて、愛を証明するぞ!」と叫び出し、王都中に「靴磨きによる愛の告白」という奇妙な流行が生まれてしまった。

「ち、違いますわ皆様! 私はただ、殿下のプライドをズタズタにしたかっただけで……!」

「わかっているよ、アーニー。君の瞳に映る僕は、まだ未熟なんだろう? もっと僕を使い倒してくれ。君の奴隷(しもべ)として扱われることが、これほどまでに僕の心を強くしてくれるなんて……!」

殿下は幸せそうな笑顔で、私を抱えたまま、猛烈なスピードで王宮への坂道を駆け上がり始めた。

通信機から、セシルの死人のような声が響く。
『アーニー。おめでとうございます。あなたの「奴隷化作戦」により、王都の離婚率が激減し、夫婦仲を改善するための「アーニー式・夫のしつけ講座」の開講が決定しました。……というか、あなた、殿下にお姫様抱っこされて、無意識に彼の首に腕を回して幸せそうに顔を埋めてどうするんですか。……この、欲求不満スパイめ』

「……そんな……、私はただ、殿下の情けない姿を晒したかっただけなのに……」

私は殿下の鍛え上げられた胸板の鼓動を感じながら、再び絶望の淵に立たされた。
私の「屈辱の奴隷化計画」は、いつの間にか「王子の男気を覚醒させ、国民の連帯感を高める、究極の夫婦愛」へと昇華されてしまったのである。

そして翌日、バルマ王国の広場には、『跪く王子と、それを導く女神アーニー』の銅像を建てるための募金箱が設置された。
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