スパイ令嬢は婚約破棄されたい! 王子が甘すぎて任務になりません!

パリパリかぷちーの

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「……おはようございます、アーニー。昨日の『スパイ自白』によって、我が帝国のスパイ養成所には『私もアーニー様のような愛の隠密になりたい!』という入所希望者が殺到し、定員が五百年先まで埋まったそうです。局長は爆破予定の干し肉蔵の前で、もう爆弾を抱きしめて寝ているそうですよ」

セシルの声は、もはやこの世の喜怒哀楽をすべて削ぎ落とした、絶対零度の風のようだった。
私は王宮の執務室の豪華な椅子に沈み込み、窓の外で『スパイ万歳!』と行進の練習をする新人騎士たちを眺め、ついに魂が口から半分はみ出していた。

「……もう、どうしてなの。スパイだって言ったのよ? 国を壊しに来たって、はっきり、一文字ずつ丁寧に叫んだのよ。どうしてそれが『新時代のプロポーズ』になっちゃうのよぉぉ!」

「王子の『神域級ポジティブ・フィルター』の出力が、ついに物理法則を歪め始めた結果です。……アーニー、あと二日です。四十八時間後には、あなたが幼少期から守り続けてきた『幻の黒豚干し肉・特製蜜漬け』が、局長の涙と共に宇宙の藻屑となります」

「二日! 四十八時間! もう猶予がないわ!」

私は机を叩いて立ち上がった。
干し肉蔵には、私がこれまで任務の報奨としてコツコツ貯めてきた、国宝級の干し肉コレクションが眠っている。
それを失うことは、私のこれまでの人生の半分を失うことと同義だ。

「……やりましょう、セシル。もう、言葉も工作も通用しないなら。……物理的な『反乱』よ! 名付けて『アーニーの独裁革命・王権簒奪(さんだつ)大作戦』!」

「ほう。ついに武力行使ですか」

「ええ。私は今日、王宮を封鎖し、近衛騎士たちを(賄賂で)手なずけ、国王陛下を地下室に閉じ込めるフリをするわ! そして『今日からこの国は私のものよ! 私は残虐な女帝として、国民に重税と干し肉の強制徴収を課しますわ!』と宣言するの!」

セシルは一瞬、私の正気を疑うような目をした後、静かに頷いた。

「王族への直接的な反乱。流石に、これを見逃せばバルマ王国の法は死にます。死罪、あるいは永久追放は確実。……いいでしょう。最後にふさわしい、ド派手な花火を打ち上げましょう」

その日の午後。王宮の玉座の間。
私はセシルが手配した(実はスパイ仲間の)偽の兵士たちを引き連れ、国王陛下とアルフレッド殿下の前に立ちはだかった。
手に持つのは、鋼鉄をも断ち切る(と見せかけた、よくしなるゴム製の)大剣だ。

「……そこまでですわ、国王陛下! そして、愚かなアルフレッド殿下!」

私は大剣を床に叩きつけ(ボヨン、と跳ねたが無視した)、冷酷な笑みを浮かべた。

「この王宮は、すでに私の私兵が制圧いたしました! 貴方たちの穏やかな統治は今日で終わりですの! 今日からこの国は、私、女帝アーニーの一党独裁国家となりますわ! 逆らう者は、すべて帝国の地下牢へ送り込んであげますわよ!」

私はわざとらしく陛下を指差し、傲慢な態度を崩さない。
さあ、殿下! 婚約者が父親を脅かし、王権を奪おうとしているのよ!
今こそ剣を抜き、私を『大逆人』として国外へ放逐しなさい!

しかし。アルフレッド殿下は、その光景をじっと見つめた後、感極まった表情で膝をついたのだ。

「……ああ! アーニー! 君という人は……どこまで……どこまで『親孝行』なんだ……!」

「……はぁぁぁ!? 今、国王陛下を地下に閉じ込めるって言いましたわよ!? 革命ですわよ!?」

「いいんだ、隠さなくて。……気づかなかった。父上が長年の激務で、心身ともに限界を迎えていたことに……!」

殿下は涙を流しながら、私の足元に縋り付いた。

「君は、あえて『革命』という荒療治を行うことで、父上を王位という重圧から強制的に解放し、隠居生活という名の『長期休暇』を与えようとしてくれたんだね! 『女帝』という言葉……それは、僕が王として一人前になるまでの間、一時的に泥を被って国政を支えてくれるという、究極の献身なんだろう!?」

「……違いますわ殿下! 私、本気で独裁者になって、贅沢三昧するつもりで……!」

「わかっているよ、アーニー! 国王陛下を地下室へ連れて行く……それは、地下にある最新の『王室専用スパ施設』で、ゆっくりと疲れを癒やしてほしいという願いだね! ああ、なんて……なんて慈悲深い娘なんだ!!」

殿下は立ち上がり、周囲で呆然としていた(偽の)兵士たちに向かって、感動の声で叫んだ。

「諸君! 見たか! アーニーは自ら『悪役』となり、王家の世代交代を円滑に進めようとしてくれている! 彼女こそ、バルマ王国の未来を照らす、不滅の女王だ!!」

「「「アーニー女帝陛下! 万歳! 親孝行万歳!!」」」

その瞬間、偽の兵士たちどころか、本物の近衛騎士たちまでが乱入してきて、一斉に涙を流して私を担ぎ上げた。

「……素晴らしい! 国王陛下の健康まで考えての革命とは!」「アーニー様、なんという大胆かつ繊細な配慮!」「陛下、さあ地下のスパへ! アーニー様がおっしゃるなら間違いありません!」

国王陛下までもが「……そうか、アーニー。わしのことをそんなに心配してくれていたのか。……よし、今日からわしは引退し、釣りと盆栽に明け暮れることにするよ」と、晴れやかな顔で玉座を降りてしまった。

「ち、違いますわ皆様ぁぁ! 私、ガチで権力を奪いに来ましたのよぉぉ!」

「わかっているよ、アーニー。君のその『独裁』……。それは、僕が立派な王になるまで、片時も離れずそばで導いてくれるという誓いなんだろう? さあ、これからは二人で、新しいバルマ王国の形を作っていこう。……君が望むなら、毎日三食、干し肉を国食に指定してもいいよ」

殿下は幸せそうな笑顔で、私の腰を抱き寄せ、国民への「共同統治」を宣言した。

通信機から、セシルの死人のような声が響く。
『アーニー。おめでとうございます。あなたの「クーデター」により、王国の世代交代が平和裏に完了し、あなたは実質的な最高権力者になりました。……というか、あなた、殿下に「干し肉を国食にする」と言われて、尻尾を振って喜んでどうするんですか。……この、チョロすぎスパイめ』

「……そんな……、私はただ、国家を転覆させたかっただけなのに……」

私は殿下の手によって「新時代の救世女王」として讃えられ、そのまま徹夜で「国王陛下の退位式典と、新女王の即位パレード」の計画書を作成させられることになった。

私の「クーデター計画」は、いつの間にか「王家の健康を守り、国の未来を切り開く、伝説の世代交代」へと昇華されてしまったのである。
そして翌日、王宮の広場には、『国王を支える聖女アーニー』の巨大なモニュメントが制作開始された。
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