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「……おはようございます、アーニー。いえ、もはや『この世界の支配者』とお呼びすべきでしょうか。あなたが執筆した『死生観の教科書』が、隣国どころか海を越えた異国で聖典として崇められています。局長は爆破予定の干し肉蔵の中で、導火線を抱きしめながら『アーニー……お前が帰ってくるのが先か、俺が悟りを開くのが先か……』と、白目を剥いて震えています」
セシルの声は、もはやこの世の物質的な響きを失い、天界からの啓示のように透き通っていた。
私は豪華な女王の天蓋付きベッドの中で、抜け殻のような顔で天井を見つめていた。
「……セシル。あと、二十時間。あと二十時間で、私の人生の目的……『ガーリック・ハーブ熟成・黄金干し肉』が、局長の悟りと共に爆散するのね。もう、小細工も不敬も、処刑ごっこも通用しなかった。私は、どうすればいいの……?」
「手段は、ただ一つしか残されていません。……『本物の戦争』です。あなたが手引きして、我が帝国の軍をこの王宮へ直接招き入れるのです。王土を敵軍の軍靴で汚し、自ら先導して国王を捕らえる。これこそ、どんなに前向きな王子でも『愛だ』とは言えない、取り返しのつかない大罪です」
私は震える手で起き上がった。
そうだ。私が個人で何をしても、殿下の愛という名のブラックホールに飲み込まれてしまう。
なら、国家規模の『暴力』という現実を突きつけるしかない。
「……わかったわ。今すぐ帝国に合図を送りなさい。私の女王権限で王宮の門をすべて開き、帝国の軍勢を無血開城で迎え入れるわ。私は、この国を敵国に捧げる、史上最悪の売国女王として歴史に泥を塗るわ!」
その日の夕暮れ。王宮の正門。
バルマ王国の国民たちが、女王アーニーの「特別な儀式」が始まると聞いて、広場を埋め尽くしていた。
私は黒い軍服を纏い、冷酷な眼差しで城壁の上に立っていた。
「……来ましたわね、帝国の軍勢が!」
地平線の彼方から、砂煙を上げて迫り来るのは、帝国の精鋭五万。
彼らは私の合図を受け、バルマ王国を完全に制圧し、私を『功労者』として強制送還するためにやってきたのだ。
王宮の門が、重々しい音を立てて開かれる。
軍靴の音が響き、武装した帝国兵たちが、抜刀した状態で広場へと雪崩れ込んできた。
「おーっほっほっほ! 見なさい、アルフレッド! そして国民たちよ! これこそが私の真の目的! この国を、私の祖国ガルディア帝国の属国にして差し上げますわ! さあ、私を売国奴と呼んで石を投げなさい! 殿下、貴方も今すぐ私を裏切り者として捕らえなさい!」
私は勝ち誇ったように、隣に立つアルフレッド殿下を指差した。
さあ、殿下! 目の前で自国が他国に飲み込まれる光景を見て、絶望の絶叫を上げなさい!
しかし。アルフレッド殿下は、迫り来る帝国軍の先頭に立つ将軍(実はセシルの知り合い)と、その背後の大軍勢をじっと見つめた後、ハッとしたように顔を輝かせたのだ。
「……ああ! アーニー! 君という人は……どこまで……どこまで『人類の融和』を願っているんだ……!」
「……はぁぁぁ!? 今、敵軍が攻めてきてますわよ!? 剣を抜いてますわよ!?」
「いいんだ、隠さなくて。……気づかなかった。国境という名の壁が、人々の心をどれほど狭めていたのかということに……!」
殿下は涙を流しながら、あろうことか自らも剣を捨て、丸腰で帝国軍の前に歩み出た。
「君は、あえて『侵攻』という形を借りることで、両国の間にあった古い因縁をすべて洗い流し、今日ここで『地球連邦(バルマ・ガルディア共同体)』を設立しようとしているんだね! この軍勢……それは侵略のためではなく、新しい平和の時代を祝うための、世界最大の『合同パレード』の参列者なんだろう!?」
「……違いますわ殿下! 彼ら、ガチでこの国を占領しに来たんですのよ!? 略奪とかする気満々ですわよ!?」
「わかっているよ、アーニー! 『属国にする』という言葉……それは、二つの国が一つになり、互いに支え合う『究極の家族』になるという誓いだね! ああ、なんて……なんて壮大で、なんて美しい平和へのステップなんだ!!」
殿下は帝国軍の将軍の前に立つと、あろうことか彼を力いっぱい抱きしめた。
「将軍! よく来てくれた! アーニーの導きにより、僕たちは今日から兄弟だ! さあ、武器を捨て、酒樽を開けよう! 今日は世界が一つになった記念日だ!!」
「「「……えっ!?」」」
帝国軍の兵士たちが、一斉に困惑の声を漏らした。
彼らは略奪と占領を命じられてきたはずだった。
しかし、目の前で王国の王子が、無防備な笑顔で自分たちを『兄弟』と呼び、国民たちが『アーニー様が世界を一つにした!』と花吹雪を撒き始めたのだ。
「……素晴らしい! 戦わずして帝国を飲み込み、世界平和を実現するとは!」「アーニー様、なんという平和の錬金術師!」「帝国兵の皆様、さあ、我が家の特製パイを召し上がれ!」
国民たちが帝国兵に駆け寄り、剣を奪う代わりにパンや酒を押し付け、涙を流して彼らを歓迎し始めた。
帝国兵たちも、あまりの熱狂的な歓迎と、王子の底抜けの善意に毒気を抜かれ、「……俺たちは、略奪に来たんじゃなかったのか?」「いや、こんなに歓迎されて、略奪なんてできるわけないだろう……」と、次々に剣を収め始めた。
「ち、違いますわ皆様ぁぁ! 私、本当に! この国を売り渡して、祖国へ帰ろうとしただけなんですのよぉぉ!」
「わかっているよ、アーニー。君のその『売国』……。それは、特定の国に縛られず、すべての民を愛するという、宇宙規模の慈愛なんだろう? さあ、これからは『バルマ・ガルディア超連邦』の初代総統として、世界を導いていこう。……君が望むなら、帝国の干し肉を連邦の聖なる遺物に指定してもいいよ」
殿下は幸せそうな笑顔で、私の腰を抱き寄せ、国民と元帝国軍の前で「世界統一」を宣言した。
通信機から、セシルの死人のような声が響く。
『アーニー。おめでとうございます。あなたの「全面侵攻」により、大陸から戦争という概念が消滅し、あなたは人類史上初の「世界皇帝」として即位することが決定しました。……というか、あなた、帝国兵に「干し肉の配給はどうなっていますの?」なんて詰め寄ってどうするんですか。……この、干し肉皇帝スパイめ』
「……そんな……、私はただ、戦火に紛れて帰りたかっただけなのに……」
私は殿下の手によって「平和の母、世界皇帝アーニー」として讃えられ、そのまま徹夜で「新連邦の統合憲法と、多国籍通貨の発行計画」の策定を命じられることになった。
私の「帝国軍侵攻計画」は、いつの間にか「戦わずして世界を統一し、万民を救済する、神話的偉業」へと昇華されてしまったのである。
そして翌日、帝国の局長からは『アーニー、おめでとう。爆弾はもう、お祝いの花火として打ち上げることにしたよ。俺は、お前の像を彫る作業に入る』という、完全に諦めた通信が届いた。
セシルの声は、もはやこの世の物質的な響きを失い、天界からの啓示のように透き通っていた。
私は豪華な女王の天蓋付きベッドの中で、抜け殻のような顔で天井を見つめていた。
「……セシル。あと、二十時間。あと二十時間で、私の人生の目的……『ガーリック・ハーブ熟成・黄金干し肉』が、局長の悟りと共に爆散するのね。もう、小細工も不敬も、処刑ごっこも通用しなかった。私は、どうすればいいの……?」
「手段は、ただ一つしか残されていません。……『本物の戦争』です。あなたが手引きして、我が帝国の軍をこの王宮へ直接招き入れるのです。王土を敵軍の軍靴で汚し、自ら先導して国王を捕らえる。これこそ、どんなに前向きな王子でも『愛だ』とは言えない、取り返しのつかない大罪です」
私は震える手で起き上がった。
そうだ。私が個人で何をしても、殿下の愛という名のブラックホールに飲み込まれてしまう。
なら、国家規模の『暴力』という現実を突きつけるしかない。
「……わかったわ。今すぐ帝国に合図を送りなさい。私の女王権限で王宮の門をすべて開き、帝国の軍勢を無血開城で迎え入れるわ。私は、この国を敵国に捧げる、史上最悪の売国女王として歴史に泥を塗るわ!」
その日の夕暮れ。王宮の正門。
バルマ王国の国民たちが、女王アーニーの「特別な儀式」が始まると聞いて、広場を埋め尽くしていた。
私は黒い軍服を纏い、冷酷な眼差しで城壁の上に立っていた。
「……来ましたわね、帝国の軍勢が!」
地平線の彼方から、砂煙を上げて迫り来るのは、帝国の精鋭五万。
彼らは私の合図を受け、バルマ王国を完全に制圧し、私を『功労者』として強制送還するためにやってきたのだ。
王宮の門が、重々しい音を立てて開かれる。
軍靴の音が響き、武装した帝国兵たちが、抜刀した状態で広場へと雪崩れ込んできた。
「おーっほっほっほ! 見なさい、アルフレッド! そして国民たちよ! これこそが私の真の目的! この国を、私の祖国ガルディア帝国の属国にして差し上げますわ! さあ、私を売国奴と呼んで石を投げなさい! 殿下、貴方も今すぐ私を裏切り者として捕らえなさい!」
私は勝ち誇ったように、隣に立つアルフレッド殿下を指差した。
さあ、殿下! 目の前で自国が他国に飲み込まれる光景を見て、絶望の絶叫を上げなさい!
しかし。アルフレッド殿下は、迫り来る帝国軍の先頭に立つ将軍(実はセシルの知り合い)と、その背後の大軍勢をじっと見つめた後、ハッとしたように顔を輝かせたのだ。
「……ああ! アーニー! 君という人は……どこまで……どこまで『人類の融和』を願っているんだ……!」
「……はぁぁぁ!? 今、敵軍が攻めてきてますわよ!? 剣を抜いてますわよ!?」
「いいんだ、隠さなくて。……気づかなかった。国境という名の壁が、人々の心をどれほど狭めていたのかということに……!」
殿下は涙を流しながら、あろうことか自らも剣を捨て、丸腰で帝国軍の前に歩み出た。
「君は、あえて『侵攻』という形を借りることで、両国の間にあった古い因縁をすべて洗い流し、今日ここで『地球連邦(バルマ・ガルディア共同体)』を設立しようとしているんだね! この軍勢……それは侵略のためではなく、新しい平和の時代を祝うための、世界最大の『合同パレード』の参列者なんだろう!?」
「……違いますわ殿下! 彼ら、ガチでこの国を占領しに来たんですのよ!? 略奪とかする気満々ですわよ!?」
「わかっているよ、アーニー! 『属国にする』という言葉……それは、二つの国が一つになり、互いに支え合う『究極の家族』になるという誓いだね! ああ、なんて……なんて壮大で、なんて美しい平和へのステップなんだ!!」
殿下は帝国軍の将軍の前に立つと、あろうことか彼を力いっぱい抱きしめた。
「将軍! よく来てくれた! アーニーの導きにより、僕たちは今日から兄弟だ! さあ、武器を捨て、酒樽を開けよう! 今日は世界が一つになった記念日だ!!」
「「「……えっ!?」」」
帝国軍の兵士たちが、一斉に困惑の声を漏らした。
彼らは略奪と占領を命じられてきたはずだった。
しかし、目の前で王国の王子が、無防備な笑顔で自分たちを『兄弟』と呼び、国民たちが『アーニー様が世界を一つにした!』と花吹雪を撒き始めたのだ。
「……素晴らしい! 戦わずして帝国を飲み込み、世界平和を実現するとは!」「アーニー様、なんという平和の錬金術師!」「帝国兵の皆様、さあ、我が家の特製パイを召し上がれ!」
国民たちが帝国兵に駆け寄り、剣を奪う代わりにパンや酒を押し付け、涙を流して彼らを歓迎し始めた。
帝国兵たちも、あまりの熱狂的な歓迎と、王子の底抜けの善意に毒気を抜かれ、「……俺たちは、略奪に来たんじゃなかったのか?」「いや、こんなに歓迎されて、略奪なんてできるわけないだろう……」と、次々に剣を収め始めた。
「ち、違いますわ皆様ぁぁ! 私、本当に! この国を売り渡して、祖国へ帰ろうとしただけなんですのよぉぉ!」
「わかっているよ、アーニー。君のその『売国』……。それは、特定の国に縛られず、すべての民を愛するという、宇宙規模の慈愛なんだろう? さあ、これからは『バルマ・ガルディア超連邦』の初代総統として、世界を導いていこう。……君が望むなら、帝国の干し肉を連邦の聖なる遺物に指定してもいいよ」
殿下は幸せそうな笑顔で、私の腰を抱き寄せ、国民と元帝国軍の前で「世界統一」を宣言した。
通信機から、セシルの死人のような声が響く。
『アーニー。おめでとうございます。あなたの「全面侵攻」により、大陸から戦争という概念が消滅し、あなたは人類史上初の「世界皇帝」として即位することが決定しました。……というか、あなた、帝国兵に「干し肉の配給はどうなっていますの?」なんて詰め寄ってどうするんですか。……この、干し肉皇帝スパイめ』
「……そんな……、私はただ、戦火に紛れて帰りたかっただけなのに……」
私は殿下の手によって「平和の母、世界皇帝アーニー」として讃えられ、そのまま徹夜で「新連邦の統合憲法と、多国籍通貨の発行計画」の策定を命じられることになった。
私の「帝国軍侵攻計画」は、いつの間にか「戦わずして世界を統一し、万民を救済する、神話的偉業」へと昇華されてしまったのである。
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