スパイ令嬢は婚約破棄されたい! 王子が甘すぎて任務になりません!

パリパリかぷちーの

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「……おはようございます、アーニー世界皇帝皇后陛下。本日は『愛の紀元』最初の日。世界中の干し肉工場がフル稼働し、空からは祝杯の代わりのガーリックパウダーが舞っています。局長からは『もう何も言うことはない。末永く爆発しろ』という、最高級の祝電が届きましたよ」

セシルの声は、もはや天上の音楽のように穏やかで、一抹の諦観と深い慈しみに満ちていた。
私は、かつて隣国のスパイとして潜入した際の「悪役令嬢」のドレスではなく、世界中の職人が愛を込めて織り上げた、純白のウェディングドレスに身を包んでいた。

「……セシル。結局、こうなっちゃったわね。私、あんなに頑張って嫌われようとしたのに。毒を盛り、国を売り、刃を向け、挙句の果てにはスパイだと自白までしたのに……」

鏡の中の私は、スパイとしての鋭い眼光をどこかに置き忘れ、まるで絵画の中の聖女のように、幸せそうに頬を染めていた。

「あなたの『悪意』という名の種が、この国の……いえ、この世界の土壌が良すぎたせいで、すべて『愛の花』として開花してしまった。スパイとしては大敗北ですが、一人の女性としては、宇宙史上最大の勝利と言えるでしょうね」

セシルが私のベールを整え、ふっと微笑んだ。その瞳には、かつての冷徹な同僚ではなく、一人の友としての温かさが宿っていた。

「さあ、行きなさい、アーニー。殿下が……いえ、あなたの旦那様が、世界中の国民と共に待っていますよ」

教会の重厚な扉が開かれた。
そこには、プラチナブロンドを輝かせ、誰よりも誇らしげに胸を張るアルフレッド殿下が立っていた。
バージンロードを歩く私の耳に、数えきれないほどの国民の歓声が届く。

「アーニー! 今日という日を、僕は一生忘れない。君が僕にくれた、数えきれないほどの『愛の試練』。それを乗り越えて、ようやく僕たちは一つになれるんだ」

アルフレッドは私の手を取り、その甲に熱いキスを落とした。
彼の蒼い瞳は、出会ったあの日から変わらず、真っ直ぐに私だけを映し出している。

「……殿下。いえ、アルフレッド様。私、もう一度だけ言っておきますわ。私は隣国のスパイで、貴方を破滅させるために近づいたんですのよ? これからも、隙があれば貴方の寝首を掻くかもしれませんわよ?」

私は最後の悪あがきとして、ベールの下で不敵に微笑んでみせた。
すると、アルフレッドは声を上げて笑い、私を力いっぱい抱き寄せた。

「ああ、望むところだ! 君が僕の命を狙い続ける限り、僕は君に愛されていると実感できる。君という名の『スパイ』から、一生逃げられないように、僕も全力で君を監禁(愛)し続けるからね」

「……もう。本当に、救いようのないお花畑王子様ですわ」

私は溜息をつき、そして、彼にしか聞こえない小さな声で囁いた。

「……でも、そんな貴方を誰よりも愛してしまったことが、私のスパイ人生で唯一にして最大の『ミス』でしたわ」

「ははは! そのミス、一生かけて償ってもらうよ」

神父の前で、私たちは誓いのキスを交わした。
その瞬間、世界中の教会から鐘の音が響き渡り、空には局長が打ち上げた「特大干し肉型花火」が豪華に花開いた。

こうして、隣国のスパイとして婚約破棄されるはずだったアーニー・フォン・ベルシュタインは、歴史上もっとも愛された「悪役(聖女)令嬢」として、世界を一つに結んでしまった。

彼女の任務(スパイ)は終わった。
しかし、彼女の新しい任務(愛)は、まだ始まったばかり。
世界皇帝となった彼女の執務机には、今日も「殿下を困らせるための新しいいたずら(愛の鞭)」の計画書が山積みになっているという。

「……おーっほっほっほ! 見ていなさいアルフレッド! 明日こそは、貴方を本気で驚かせて差し上げますわよ!」

「ああ、楽しみだね、アーニー。君の愛なら、どんなものでも受け止めるよ!」

バルマ王国の空は、今日もどこまでも青く、そして、ほんのりと香ばしい干し肉の香りに包まれていた。
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