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「昨日の反省を活かさなければなりませんわ。サラ、いい? 愛とは時に残酷なもの。私は今日、アリステア様に『なんて身勝手な女だ!』と幻滅させてみせますわ」
豪華絢爛なオーブライト公爵家の自室で、私は朝から鼻息を荒くしていました。
鏡に映る私は、今日も今日とて絶好調に可愛らしい。
艶やかな髪、ぱっちりとした瞳、血色の良い唇。
これではアリステア様が私を手放したくないのも無理はありません。罪な美貌ですわ、自分でも嫌になります。
「……お嬢様。鏡を見ながらうっとりするのは止めてください。それで、今日は具体的にどのような『悪事』を働くおつもりで?」
サラが死んだ魚のような目で、私に今日のドレスをあてがいながら尋ねました。
「フッフッフ、よくぞ聞いてくれましたわ! 名付けて『わがまま放題!国家財政を揺るがす贅沢三昧作戦』ですわ!」
「名前が物騒ですね。ギロチンが近付いてくる音が聞こえます」
「アリステア様に、ありとあらゆる無理難題を突きつけるの。例えば『今すぐ隣国の幻の青いバラを1万本集めてきて』とか、『私のために専用の黄金の劇場を建てて』とか! そんな強欲な女、いくら顔が良くても嫌気がさすでしょう?」
「……なるほど。お嬢様の頭の中では、王子はそんな要求で嫌いになってくれると」
「ええ! いくら慈悲深いアリステア様でも、度が過ぎた贅沢には愛想を尽かすはず。そうして私への愛が冷めたところで……運命のヒロインが登場し、慎ましく彼を支えるの。完璧なシナリオだわ!」
私は自分の天才的な閃きに、高笑いを上げました。
「オーッホッホッホ!」という悪役令嬢特有の笑い声も練習済みです。
数時間後。
私は王宮の私的な談話室で、アリステア様と対峙していました。
彼は今日も、世界を救う勇者のような輝きを放っています。
ただ座って紅茶を飲んでいるだけなのに、その所作一つ一つが絵画のように美しい。
ああ、網膜に焼き付けて、そのまま家宝として持ち帰りたい。
「メティ、今日は一段と気合が入っているね。その挑戦的な目付き、嫌いじゃないよ」
「……っ! そ、そんな甘言には惑わされませんわ! アリステア殿下、今日私がここに来たのは、あなたに大事なお願いがあるからですの!」
私はガタンと椅子を鳴らして立ち上がりました。
これです。この礼儀知らずな態度。
王子、早く私の不作法に呆れてちょうだい!
「お願い? 何だい、私の愛しい婚約者。君の願いなら、星を掴んでくること以外なら何でも叶えよう」
「その言葉、後悔させてあげますわ! いいですか、私は……私は、今すぐにでも世界で一番高いと言われる『人魚の涙のダイヤモンド』が欲しいんですの! それも百個! 今すぐ揃えられないような甲斐性なしは、私との婚約を解消してくださっても構わなくてよ!」
言いました。言ってやりましたわ。
あんな高価な宝石を百個もなんて、公爵令嬢としても分をわきまえない暴挙。
さあ、アリステア様。今すぐ「黙れ、この強欲女!」と私を罵倒して!
アリステア様は一瞬、目を丸くしました。
そして、フッと口元を緩めたのです。
「……なるほど。百個か」
「ええ、そうですわ! 揃えられないでしょう!? 無理でしょう!?」
「いや。ちょうど良かった。実は、君の誕生日に何を贈るか悩んでいたんだ。人魚の涙のダイヤモンドを百個使ったシャンデリアを贈ることにしよう。君の瞳の輝きに比べれば、ダイヤモンドなんてただの石ころに等しいけれどね」
「……は?」
「それと、君専用の宝石展示館も建てよう。君がそれほど宝石に興味があるなんて知らなかった。もっと早く言ってくれれば、すでに国中の名品を買い占めておいたのに。私の配慮が足りなかったね、許してほしい」
アリステア様は私の手を取り、甲に優しくキスを落としました。
その時の彼の瞳は、獲物を追い詰める肉食獣のような……いえ、蕩けるような甘い情熱を孕んでいました。
「ち、違うんですの! 私が言いたいのはそういうことじゃなくて……!」
「分かっているよ、メティ。君は私に、もっと自分を頼ってほしいと伝えたかったんだね? 健気な人だ。そんなに愛を試さなくても、私の心は最初から君だけのものだよ」
「ぎゃふん!」
私はあまりのときめきに、変な声を上げてその場にへたり込みました。
おかしいですわ。
どう考えても私のわがままは「悪逆非道」だったはずなのに、なぜか「愛の確認」に変換されています。
「殿下……。あ、あの……不躾ながら、私はこれ以上にないほど性格の悪い女を演じ……じゃなくて、性格の悪い女ですのよ!? 国家のお金を湯水のように使わせる、恐ろしい女ですのよ!?」
「メティ、君は勘違いしている。私の個人資産だけで、ダイヤモンドを千個買ってもお釣りが出る。君が贅沢をしてくれるおかげで、経済が回るんだ。君は存在しているだけで、この国の救世主なのさ」
「……ああああ、尊い。そんな聖母のような考え方……! アリステア様が今日も聖人すぎて、私の悪意が浄化されてしまう……!」
私は顔を覆い、ガタガタと震えました。
嫌われるどころか、さらに深く愛されてしまった気がします。
しかも、彼の「愛の重さ」が地味に私の上を行っているような気がしてなりません。
「お嬢様、作戦は大失敗ですね。というか、むしろ火に油を注いでいますよ」
控えていたサラが、ため息混じりに耳打ちしてきました。
「うるさいわね! 次は……次こそは、もっと彼が絶対に許せないことをしてやるんだから!」
「次は『浮気』でも偽装しますか? まあ、その前に相手の男性が王子に消されそうですけど」
サラの不吉な予言を背に受けながら、私は甘い紅茶を啜るアリステア様を盗み見ました。
彼が私に向ける微笑みは、どこまでも深く、どこまでも逃がしてくれないような執着に満ちていて。
……婚約破棄までの道のりは、果てしなく遠そうです。
豪華絢爛なオーブライト公爵家の自室で、私は朝から鼻息を荒くしていました。
鏡に映る私は、今日も今日とて絶好調に可愛らしい。
艶やかな髪、ぱっちりとした瞳、血色の良い唇。
これではアリステア様が私を手放したくないのも無理はありません。罪な美貌ですわ、自分でも嫌になります。
「……お嬢様。鏡を見ながらうっとりするのは止めてください。それで、今日は具体的にどのような『悪事』を働くおつもりで?」
サラが死んだ魚のような目で、私に今日のドレスをあてがいながら尋ねました。
「フッフッフ、よくぞ聞いてくれましたわ! 名付けて『わがまま放題!国家財政を揺るがす贅沢三昧作戦』ですわ!」
「名前が物騒ですね。ギロチンが近付いてくる音が聞こえます」
「アリステア様に、ありとあらゆる無理難題を突きつけるの。例えば『今すぐ隣国の幻の青いバラを1万本集めてきて』とか、『私のために専用の黄金の劇場を建てて』とか! そんな強欲な女、いくら顔が良くても嫌気がさすでしょう?」
「……なるほど。お嬢様の頭の中では、王子はそんな要求で嫌いになってくれると」
「ええ! いくら慈悲深いアリステア様でも、度が過ぎた贅沢には愛想を尽かすはず。そうして私への愛が冷めたところで……運命のヒロインが登場し、慎ましく彼を支えるの。完璧なシナリオだわ!」
私は自分の天才的な閃きに、高笑いを上げました。
「オーッホッホッホ!」という悪役令嬢特有の笑い声も練習済みです。
数時間後。
私は王宮の私的な談話室で、アリステア様と対峙していました。
彼は今日も、世界を救う勇者のような輝きを放っています。
ただ座って紅茶を飲んでいるだけなのに、その所作一つ一つが絵画のように美しい。
ああ、網膜に焼き付けて、そのまま家宝として持ち帰りたい。
「メティ、今日は一段と気合が入っているね。その挑戦的な目付き、嫌いじゃないよ」
「……っ! そ、そんな甘言には惑わされませんわ! アリステア殿下、今日私がここに来たのは、あなたに大事なお願いがあるからですの!」
私はガタンと椅子を鳴らして立ち上がりました。
これです。この礼儀知らずな態度。
王子、早く私の不作法に呆れてちょうだい!
「お願い? 何だい、私の愛しい婚約者。君の願いなら、星を掴んでくること以外なら何でも叶えよう」
「その言葉、後悔させてあげますわ! いいですか、私は……私は、今すぐにでも世界で一番高いと言われる『人魚の涙のダイヤモンド』が欲しいんですの! それも百個! 今すぐ揃えられないような甲斐性なしは、私との婚約を解消してくださっても構わなくてよ!」
言いました。言ってやりましたわ。
あんな高価な宝石を百個もなんて、公爵令嬢としても分をわきまえない暴挙。
さあ、アリステア様。今すぐ「黙れ、この強欲女!」と私を罵倒して!
アリステア様は一瞬、目を丸くしました。
そして、フッと口元を緩めたのです。
「……なるほど。百個か」
「ええ、そうですわ! 揃えられないでしょう!? 無理でしょう!?」
「いや。ちょうど良かった。実は、君の誕生日に何を贈るか悩んでいたんだ。人魚の涙のダイヤモンドを百個使ったシャンデリアを贈ることにしよう。君の瞳の輝きに比べれば、ダイヤモンドなんてただの石ころに等しいけれどね」
「……は?」
「それと、君専用の宝石展示館も建てよう。君がそれほど宝石に興味があるなんて知らなかった。もっと早く言ってくれれば、すでに国中の名品を買い占めておいたのに。私の配慮が足りなかったね、許してほしい」
アリステア様は私の手を取り、甲に優しくキスを落としました。
その時の彼の瞳は、獲物を追い詰める肉食獣のような……いえ、蕩けるような甘い情熱を孕んでいました。
「ち、違うんですの! 私が言いたいのはそういうことじゃなくて……!」
「分かっているよ、メティ。君は私に、もっと自分を頼ってほしいと伝えたかったんだね? 健気な人だ。そんなに愛を試さなくても、私の心は最初から君だけのものだよ」
「ぎゃふん!」
私はあまりのときめきに、変な声を上げてその場にへたり込みました。
おかしいですわ。
どう考えても私のわがままは「悪逆非道」だったはずなのに、なぜか「愛の確認」に変換されています。
「殿下……。あ、あの……不躾ながら、私はこれ以上にないほど性格の悪い女を演じ……じゃなくて、性格の悪い女ですのよ!? 国家のお金を湯水のように使わせる、恐ろしい女ですのよ!?」
「メティ、君は勘違いしている。私の個人資産だけで、ダイヤモンドを千個買ってもお釣りが出る。君が贅沢をしてくれるおかげで、経済が回るんだ。君は存在しているだけで、この国の救世主なのさ」
「……ああああ、尊い。そんな聖母のような考え方……! アリステア様が今日も聖人すぎて、私の悪意が浄化されてしまう……!」
私は顔を覆い、ガタガタと震えました。
嫌われるどころか、さらに深く愛されてしまった気がします。
しかも、彼の「愛の重さ」が地味に私の上を行っているような気がしてなりません。
「お嬢様、作戦は大失敗ですね。というか、むしろ火に油を注いでいますよ」
控えていたサラが、ため息混じりに耳打ちしてきました。
「うるさいわね! 次は……次こそは、もっと彼が絶対に許せないことをしてやるんだから!」
「次は『浮気』でも偽装しますか? まあ、その前に相手の男性が王子に消されそうですけど」
サラの不吉な予言を背に受けながら、私は甘い紅茶を啜るアリステア様を盗み見ました。
彼が私に向ける微笑みは、どこまでも深く、どこまでも逃がしてくれないような執着に満ちていて。
……婚約破棄までの道のりは、果てしなく遠そうです。
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