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「……猛省しておりますわ。まさか、レオン卿をあそこまで追い詰めてしまうなんて。私の計算では、殿下は『不実な女だ、顔も見たくない!』と仰るはずでしたのに」
オーブライト公爵邸の私室で、私は深いため息と共に、特注のアリステア様抱き枕(非公式・自作)に顔を埋めました。
「お嬢様、その抱き枕、本人にバレたら即刻『実物を使ってください』って言われるだけですよ。それより、殿下からお手紙が届いています。……なんだか、いつもより香水の香りが強いような?」
サラが銀のトレイに乗せて持ってきたのは、王家の紋章が刻印された美しい封筒。
そこから漂うのは、アリステア様愛用のサンダルウッドに、少しだけ甘いバニラを混ぜたような、官能的な香りでした。
「な、なな、なんですのこの香りは!? 嗅いだだけで脳が溶けて、婚約破棄どころか婚姻届を今すぐ提出しに走りたくなりますわ!」
「落ち着いてください。内容は『昨日の非礼を詫びたい。今夜、離宮の温室で二人きりで会いたい』とのことです。……これ、罠じゃないですか?」
「罠!? アリステア様が私に罠を!? ……ああ、なんて尊い。あの清廉潔白な殿下が、私を捕まえるために策を弄するなんて。それはもはや、私への愛という名の牢獄。喜んで収監されますわ!」
「主旨がブレてますよ。嫌われるために行くんでしょう?」
「そうですわ! 今夜こそ、殿下の優しさに付け込み、最悪な態度を取って『君には失望した』と言わせてみせますわ!」
私は鼻息も荒く、夜の離宮へと向かいました。
月明かりに照らされた離宮の温室は、夜にしか咲かない花々が妖しく香り、幻想的な雰囲気に包まれていました。
その中央。
白大理石のテーブルの傍らに、アリステア様は立っていました。
今日の彼は、普段の正装ではなく、胸元が少し開いたラフなシルクのシャツを纏っていました。
月光に透ける金の髪。
微かに微笑む唇。
そして、暗闇の中でサファイアのように光る瞳。
「……ひっ(尊さによる窒息)」
「メティ、来てくれたんだね。……昨日は少し、独占欲を出しすぎてしまった。レオン卿のことも含めて、君を怖がらせたなら謝るよ」
アリステア様は私に歩み寄り、私の手を取って、指先を優しくなぞりました。
その感触だけで、私の背筋に電流が走ります。
「い、いえ、そんな……! レオン卿はきっと自業自得ですわ! じゃなくて……殿下! 私は、あのように束縛されるのは真っ平ごめんですのよ! もっと自由奔放に、男の人たちと遊び歩きたいんですの!」
言ってやりました。
清純さを重んじる王族にとって、これほど不道徳な発言はありません。
さあ、今すぐ私を「不潔な女だ」と突き放してください!
ところが、アリステア様は表情を一切崩しませんでした。
それどころか、私を壁の方へとジリジリと追い詰め始めたのです。
「……自由、か。そうだね。私の愛が、君を窮屈にさせていたのかもしれない」
「そ、そうですわ! だから……」
「だったら……他の男に目移りする暇もないくらい、私が君を甘やかしてあげればいいんだね?」
トン、と私の耳の横で手が壁を叩きました。
世に言う「壁ドン」ですわ!
それも、本物の王子様による、最高級の壁ドン!
「殿、殿下……? お顔が、お顔が近すぎますわ……! あなたの美貌をこの距離で浴び続けると、私の網膜が焼き切れてしまいます!」
「いいよ、焼き切れても。君の瞳には、私だけが映っていればいいんだから」
アリステア様は空いた方の手で私の顎をくいと持ち上げ、その熱い吐息が私の唇にかかるほどの距離まで顔を近づけました。
「メティ。君が最近、わざと私に嫌われようとしているのは知っているよ。……婚約破棄、したいんだろう?」
「……っ! バレて……!?」
「だが、残念だったね。君が奇行に走れば走るほど、私は君を手放したくなくなるんだ。君のその必死な姿も、愛を隠そうとして漏れ出ている熱情も、全てが愛おしくてたまらない」
アリステア様の瞳に、ドロリとした濃密な執着が宿りました。
これは「光の王子」の顔ではありません。
私を永遠に閉じ込めておこうとする、「捕食者」の顔ですわ!
「あ……あぅ……(尊すぎて脳が情報処理を拒否)」
「今日は、私を失望させるためのわがままを言いに来たんだろう? ……さあ、言ってみて。どんなわがままも、愛の鞭として受け止めてあげるから」
アリステア様は私の首筋に顔を埋め、深く、深く、香りを吸い込みました。
耳元で囁かれる低音。
肌に触れる唇の熱。
私の「悪役令嬢としてのプライド」は、王子の「甘すぎる攻撃」の前に、跡形もなく溶け去ってしまいました。
「で、殿下……。わがまま……言いますわ。……あの……も、もう少しだけ……このままでいてくださいまし……」
「……ふふ。それはわがままじゃない。私の願いだよ、メティ」
アリステア様は満足げに喉を鳴らし、さらに強く私を抱き寄せました。
結局、その夜の私は、一言も彼を罵倒することなどできず。
それどころか、彼の「甘い罠」にどっぷりと浸かり、月が沈むまで熱烈に愛を囁かれ続けるという、最高に幸せな拷問を受けたのでした。
翌朝。
公爵邸に戻った私の顔は、誰が見ても「愛されて幸せな乙女」そのものでした。
「……お嬢様。……作戦は?」
サラが、手にした掃除道具を床に落としながら尋ねました。
「……完敗ですわ、サラ。……殿下が、殿下がエロ……いえ、妖艶すぎて、私、ただの溶けたチーズになってしまいましたの……」
「……だろうと思いましたよ。殿下、最近吹っ切れてますからね」
「でも……でも……! あの執着に満ちたアリステア様、控えめに言って宇宙の真理でしたわ……! 婚約破棄される前に、私が尊さで爆発してしまいそうですわ……!」
私の計画は、アリステア様の「反撃」によって完全に封殺されたのです。
しかし、私はまだ諦めません。
愛ゆえに。
彼を輝かせるための「踏み台」になるという夢を、私はまだ捨ててはいないのです!
「次は……次は夜会ですわ! 大勢の前で、彼を辱めるような大醜態を晒してみせますわ!」
頬を赤らめ、王子の残り香に悶絶しながら誓う私の姿は、どこからどう見ても末期の重症患者なのでした。
オーブライト公爵邸の私室で、私は深いため息と共に、特注のアリステア様抱き枕(非公式・自作)に顔を埋めました。
「お嬢様、その抱き枕、本人にバレたら即刻『実物を使ってください』って言われるだけですよ。それより、殿下からお手紙が届いています。……なんだか、いつもより香水の香りが強いような?」
サラが銀のトレイに乗せて持ってきたのは、王家の紋章が刻印された美しい封筒。
そこから漂うのは、アリステア様愛用のサンダルウッドに、少しだけ甘いバニラを混ぜたような、官能的な香りでした。
「な、なな、なんですのこの香りは!? 嗅いだだけで脳が溶けて、婚約破棄どころか婚姻届を今すぐ提出しに走りたくなりますわ!」
「落ち着いてください。内容は『昨日の非礼を詫びたい。今夜、離宮の温室で二人きりで会いたい』とのことです。……これ、罠じゃないですか?」
「罠!? アリステア様が私に罠を!? ……ああ、なんて尊い。あの清廉潔白な殿下が、私を捕まえるために策を弄するなんて。それはもはや、私への愛という名の牢獄。喜んで収監されますわ!」
「主旨がブレてますよ。嫌われるために行くんでしょう?」
「そうですわ! 今夜こそ、殿下の優しさに付け込み、最悪な態度を取って『君には失望した』と言わせてみせますわ!」
私は鼻息も荒く、夜の離宮へと向かいました。
月明かりに照らされた離宮の温室は、夜にしか咲かない花々が妖しく香り、幻想的な雰囲気に包まれていました。
その中央。
白大理石のテーブルの傍らに、アリステア様は立っていました。
今日の彼は、普段の正装ではなく、胸元が少し開いたラフなシルクのシャツを纏っていました。
月光に透ける金の髪。
微かに微笑む唇。
そして、暗闇の中でサファイアのように光る瞳。
「……ひっ(尊さによる窒息)」
「メティ、来てくれたんだね。……昨日は少し、独占欲を出しすぎてしまった。レオン卿のことも含めて、君を怖がらせたなら謝るよ」
アリステア様は私に歩み寄り、私の手を取って、指先を優しくなぞりました。
その感触だけで、私の背筋に電流が走ります。
「い、いえ、そんな……! レオン卿はきっと自業自得ですわ! じゃなくて……殿下! 私は、あのように束縛されるのは真っ平ごめんですのよ! もっと自由奔放に、男の人たちと遊び歩きたいんですの!」
言ってやりました。
清純さを重んじる王族にとって、これほど不道徳な発言はありません。
さあ、今すぐ私を「不潔な女だ」と突き放してください!
ところが、アリステア様は表情を一切崩しませんでした。
それどころか、私を壁の方へとジリジリと追い詰め始めたのです。
「……自由、か。そうだね。私の愛が、君を窮屈にさせていたのかもしれない」
「そ、そうですわ! だから……」
「だったら……他の男に目移りする暇もないくらい、私が君を甘やかしてあげればいいんだね?」
トン、と私の耳の横で手が壁を叩きました。
世に言う「壁ドン」ですわ!
それも、本物の王子様による、最高級の壁ドン!
「殿、殿下……? お顔が、お顔が近すぎますわ……! あなたの美貌をこの距離で浴び続けると、私の網膜が焼き切れてしまいます!」
「いいよ、焼き切れても。君の瞳には、私だけが映っていればいいんだから」
アリステア様は空いた方の手で私の顎をくいと持ち上げ、その熱い吐息が私の唇にかかるほどの距離まで顔を近づけました。
「メティ。君が最近、わざと私に嫌われようとしているのは知っているよ。……婚約破棄、したいんだろう?」
「……っ! バレて……!?」
「だが、残念だったね。君が奇行に走れば走るほど、私は君を手放したくなくなるんだ。君のその必死な姿も、愛を隠そうとして漏れ出ている熱情も、全てが愛おしくてたまらない」
アリステア様の瞳に、ドロリとした濃密な執着が宿りました。
これは「光の王子」の顔ではありません。
私を永遠に閉じ込めておこうとする、「捕食者」の顔ですわ!
「あ……あぅ……(尊すぎて脳が情報処理を拒否)」
「今日は、私を失望させるためのわがままを言いに来たんだろう? ……さあ、言ってみて。どんなわがままも、愛の鞭として受け止めてあげるから」
アリステア様は私の首筋に顔を埋め、深く、深く、香りを吸い込みました。
耳元で囁かれる低音。
肌に触れる唇の熱。
私の「悪役令嬢としてのプライド」は、王子の「甘すぎる攻撃」の前に、跡形もなく溶け去ってしまいました。
「で、殿下……。わがまま……言いますわ。……あの……も、もう少しだけ……このままでいてくださいまし……」
「……ふふ。それはわがままじゃない。私の願いだよ、メティ」
アリステア様は満足げに喉を鳴らし、さらに強く私を抱き寄せました。
結局、その夜の私は、一言も彼を罵倒することなどできず。
それどころか、彼の「甘い罠」にどっぷりと浸かり、月が沈むまで熱烈に愛を囁かれ続けるという、最高に幸せな拷問を受けたのでした。
翌朝。
公爵邸に戻った私の顔は、誰が見ても「愛されて幸せな乙女」そのものでした。
「……お嬢様。……作戦は?」
サラが、手にした掃除道具を床に落としながら尋ねました。
「……完敗ですわ、サラ。……殿下が、殿下がエロ……いえ、妖艶すぎて、私、ただの溶けたチーズになってしまいましたの……」
「……だろうと思いましたよ。殿下、最近吹っ切れてますからね」
「でも……でも……! あの執着に満ちたアリステア様、控えめに言って宇宙の真理でしたわ……! 婚約破棄される前に、私が尊さで爆発してしまいそうですわ……!」
私の計画は、アリステア様の「反撃」によって完全に封殺されたのです。
しかし、私はまだ諦めません。
愛ゆえに。
彼を輝かせるための「踏み台」になるという夢を、私はまだ捨ててはいないのです!
「次は……次は夜会ですわ! 大勢の前で、彼を辱めるような大醜態を晒してみせますわ!」
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