婚約破棄されたので、自由気ままに生きていこうと思います。

パリパリかぷちーの

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きらびやかなシャンデリアが天井からいくつも吊り下げられ、磨き上げられた大理石の床を煌々と照らしている。王立アカデミーの卒業記念パーティーは、まさにその熱気が最高潮に達していた。

「フィア・ランチェスター公爵令嬢!」

不意に、ホールに響き渡る大きな声。音楽が止み、談笑していた令嬢や子息たちの視線が一斉に声の主へと集まる。そこに立っていたのは、この国の第二王子であるエリアス。そして、その腕にはか弱そうに寄り添う男爵令嬢、リナ・ミルフィールドの姿があった。

「エリアス殿下、いかがなさいましたか?」

声をかけられたフィアは、表情一つ変えずに優雅なカーテシーをしてみせる。内心では、ようやく来たか、と安堵のため息をついていた。壁際でひたすら気配を消し、この面倒なパーティーが終わることだけを願っていたところだったのだ。

「とぼけるな! お前がこれまで、このリナにしてきた数々の嫌がらせ、全て知っているんだぞ!」

エリアス王子は、正義のヒーロー気取りでフィアを指差す。彼の隣でリナがびくりと肩を震わせた。

「まあ、殿下……わたくしのことはもう……」

か細い声でうつむくリナ。その姿は、満場の同情を誘うには十分すぎるほど可憐だった。

「いいや、ダメだ! リナ、君は優しすぎる! こいつの悪行をこれ以上見過ごすわけにはいかない!」

王子は声を荒らげ、まるで罪人を断罪するかのごとく、フィアの「罪状」を並べ立て始めた。

「リナの教科書を隠したのも、ドレスにわざとジュースをこぼしたのも、階段で突き飛ばそうとしたのも全部お前なんだろう!」

次々と挙げられる罪状に、周囲の貴族たちから「まあ、なんてこと」「ひどいわ」と囁きが漏れる。しかし、糾弾されている張本人のフィアは全く別のことを考えていた。

(教科書を隠す? そんな面倒なこと、わたくしがするはずもないのに。それより、そろそろ月光草の露が切れそうだったかしら。明日の朝一番で採取に行かないと)

「何か言うことはないのか、フィア!」

王子の怒声で、フィアは思考の海から引き戻される。

「ございません。わたくしには、いずれも身に覚えのないことでございますので」

あくまでも冷静に、淡々と事実を告げる。その態度が、エリアスの怒りの炎にさらに油を注いだ。

「まだ白を切るか! この期に及んでなんと往生際の悪い女だ! リナはこんなにもお前に怯えているというのに!」

「そんな……わたくしは……」

リナが涙を浮かべ、エリアスの腕にしがみつく。完璧な被害者の構図が出来上がっていた。フィアは内心、その見事な演技力に感心すらしていた。

(あの涙を流すタイミング、素晴らしいわね。涙の量を自在にコントロールできる魔法薬でも開発したら、劇団に高く売れるかもしれないわ)

そんなことを考えているうちに、エリアス王子はついに、今日一番の大声を張り上げた。

「もうたくさんだ! フィア・ランチェスター! 貴様のような冷酷で嫉妬深い女を、私の妃として迎えるわけにはいかない! よって今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」

その言葉がホールに響き渡った瞬間、フィアの心は歓喜に打ち震えた。

(来た! やっと来たわ! 婚約破棄! なんて素晴らしい響きでしょう!)

これでようやく、退屈な妃教育からも、気の進まないお茶会からも、意味不明な派閥争いからも解放される。これからは、朝から晩まで大好きな魔法薬作りに没頭できるのだ。新しく開発中の「どんなシミでも一瞬で消し去る魔法の洗浄液」の最終調整もできるし、かねてから試してみたかった「爆発性の触媒を使った新素材の研究」にだって着手できる。

(ああ、自由! 素晴らしい! ありがとう、エリアス殿下! ありがとう、リナさん!)

心の底から湧き上がる感謝を、フィアは満面の笑みで表現したい衝動に駆られたがかろうじて理性で抑え込む。ここで笑ってしまってはいらぬ憶測を呼ぶだけだ。

フィアは背筋をすっと伸ばし、公爵令嬢として叩き込まれた完璧な作法で、深く優雅にカーテシーをした。

「――謹んで、お受けいたします」

凛とした声が、静まり返ったホールに響く。

「エリアス殿下。これまで、本当にありがとうございました。殿下とリナ様の未来に、幸多からんことをお祈り申し上げます」

予想外の反応だったのだろう。エリアスは目を丸くして固まっている。フィアの瞳に涙はなく、むしろその口元には微かな笑みさえ浮かんでいるように見えたからだ。

周囲の貴族たちも、泣き叫ぶでもなく取り乱すでもなくあまりにも堂々と婚約破棄を受け入れたフィアの姿に呆気に取られている。

フィアはそんな彼らを一瞥すると、すっと背を向け磨き上げられた床にコツ、コツ、とヒールの音を響かせながら毅然とした足取りでホールを後にした。

その足取りは、絶望に打ちひしがれた者のものではなく、むしろ輝かしい未来へと続く希望の道を歩むかのように驚くほど軽やかだった。
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