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王宮の大広間は、数千本の蝋燭が灯るシャンデリアの光と、着飾った貴族たちの熱気で満たされていました。
今夜は隣国の使節団を迎える歓迎舞踏会。
そして、私とアレン王子の「代理戦争」の決戦の地でもあります。
「……緊張していますか? ギルバート様」
私は隣を歩くパートナーの腕を、そっと突っつきました。
「いや。戦場に比べれば、こんなもの……」
ギルバート様は強がっていますが、その腕の筋肉は岩のように硬直しています。
「肩の力を抜いてくださいな。ロボットみたいになっていますわよ」
「善処する。だが、視線が多すぎる」
彼の言う通り、会場に入った瞬間から、私たちには無数の視線が突き刺さっていました。
それもそのはず。
「おい、見ろよ……あれが噂の『氷の騎士』か?」
「なんて凛々しいんだ。正装姿は初めて見たぞ」
「隣にいるのはニナリー様よね? 婚約破棄されたって聞いたけど、以前より美しくなってない?」
「あの二人、お似合いすぎないか? 絵画みたいだ」
囁かれるのは、称賛と驚嘆の声ばかり。
私は扇を開き、ギルバート様に耳打ちしました。
「聞こえまして? 皆様、貴方に夢中ですわ」
「……貴殿に見惚れているだけだろう」
「ふふっ、謙遜はおやめなさい。今日の貴方は、この会場で一番素敵ですわ」
私たちが優雅に会話を楽しんでいると、会場の入り口が騒がしくなりました。
ファンファーレが鳴り響き、儀礼官が高らかに宣言します。
「アレン王太子殿下、ならびにミューア男爵令嬢のご入場です!」
ざわっ、と会場の空気が変わりました。
扉が開き、現れたのは……。
「……ぷっ」
私は思わず吹き出しそうになり、慌てて扇で口元を隠しました。
アレン様は、昨日の宣言通り、燃えるような唐辛子色の燕尾服。
そしてその腕にしがみついているミューア様は、全身フリルのついたショッキングピンクのドレス。
二人が並ぶと、色彩の暴力としか言いようがありません。
まるで、激辛スープにマシュマロを浮かべたような不協和音。
「……目が痛いな」
ギルバート様が眉を顰めました。
「同感ですわ。あれでは『私を見て!』と叫んでいるようなものですもの」
周囲の貴族たちも、引きつった笑みを浮かべています。
「あれが殿下の新しいお相手?」
「ちょっと……派手すぎないか?」
「TPOという言葉をご存じないのかしら」
しかし、当の二人はそんな冷ややかな視線に気づく様子もなく、レッドカーペットの上を我が物顔で歩いてきました。
そして、私たちを見つけるなり、一直線に向かってきます。
「ニナリー! 来ていたのか!」
アレン様が鼻息荒く仁王立ちしました。
「ごきげんよう、殿下。招待状を頂いたので参りましたの。……とても『情熱的』な装いですわね」
「ふん、皮肉はよせ。私の輝きに目が眩んだのだろう?」
彼は髪を掻き上げ、キザなポーズを決めました。
「見ろ、この会場の注目を。全て私が独り占めだ」
(ええ、別の意味で注目されていますけれど)
私は心の中でツッコミを入れつつ、その隣にいるミューア様に視線を移しました。
彼女は私を見るなり、にんまりと笑いました。
その目は、明らかに敵意と悪巧みの色を帯びています。
「お久しぶりですぅ、ニナリー様ぁ☆」
猫なで声。
しかし、その奥にはベルンシュタイン領での「馬小屋生活」と「荷台搬送」への恨みが煮えたぎっています。
「あら、ミューア様。無事に王都に戻れたようで何よりですわ。お肌の調子も戻ったようですわね?」
「ええ! おかげさまで! アレン様が高級エステに連れて行ってくださいましたから!」
彼女はアレン様の腕に頬を擦り付けました。
「やっぱりぃ、女性は愛されてこそ輝くものですものねぇ。……あ、ニナリー様は『愛より仕事』がお好きでしたっけ? 可哀想に」
マウントを取ってきました。
私は扇をパチリと閉じました。
「ええ。私は自分の力で輝くのが好きですので。他人の光を反射するだけの『お月様』にはなりたくありませんの」
「むっ……!」
ミューア様の眉がピクリと跳ねました。
「生意気ね……。いいわ、今日こそ貴女に恥をかかせてやるんだから」
彼女が小声で呟いたのを、私は聞き逃しませんでした。
音楽が変わり、歓談の時間になります。
給仕たちがトレイにワインやシャンパンを乗せて行き交い始めました。
ミューア様が、通りがかりの給仕から赤ワインの入ったグラスを手に取ります。
そして、アレン様に目配せをしました。
(……来るわね)
私は直感しました。
悪役令嬢ものの定番イベント、「ドレスにワインをかける嫌がらせ」です。
あまりにもベタすぎて、あくびが出そうになります。
ミューア様はグラスを持って、私の目の前へとにじり寄ってきました。
「ねえ、ニナリー様ぁ。せっかくですから、乾杯しましょうよぉ」
「乾杯、ですか?」
「ええ! 和解の印に! 私、ニナリー様と仲良くしたいんですぅ!」
嘘八百を並べながら、彼女は距離を詰めてきます。
その足取りは、わざとらしいほど不安定です。
そして、私のドレスの裾が届く距離に入った瞬間。
「あっ! 足がぁ!」
ミューア様が何もない床で躓く演技をしました。
彼女の手から、なみなみと注がれた赤ワインのグラスが宙を舞います。
軌道は正確に私の胸元を狙っていました。
真っ赤な液体が、スローモーションのように迫ってきます。
「きゃあああ! ごめんなさぁい!」
勝ち誇った顔で叫ぶミューア様。
しかし。
私は一ミリも動じませんでした。
なぜなら、最初から予測していたからです。
私は右足を半歩引き、上半身を優雅に捻りました。
ダンスのステップのように軽やかに。
サッ。
ワインの赤い放物線は、私の鼻先数センチを空しく通過していきました。
「え?」
ミューア様の顔が凍りつきます。
私のドレスには一滴のシミもつきませんでした。
しかし、物理法則に従って飛び出したワインは、消滅するわけではありません。
私の背後にいた「誰か」に向かって、そのまま飛んでいきます。
運悪く、そこには私のエスコート役であるギルバート様が立っていました。
(あっ、しまった!)
私が思った時には、もう遅く。
バシャッ!!
「……む?」
ギルバート様の純白の礼服の胸元に、赤ワインが直撃しました。
見事なまでの赤いシミが広がります。
会場が一瞬、静まり返りました。
「あ……」
ミューア様の顔から血の気が引きました。
相手は「氷の騎士」にして「近衛騎士団総長」。
しかも、今はアレン様よりも怖いオーラを纏っているギルバート様です。
「……やってくれたな」
低い声。
ギルバート様は、胸元のシミを指で拭うと、ゆっくりとミューア様を見下ろしました。
「あ、あわわ……ち、違うんですぅ! ニナリー様が避けるからぁ!」
ミューア様はパニックになって責任転嫁しました。
「私が避ける? 当たり前でしょう」
私は冷ややかに言い放ちました。
「ナイフが飛んできたら避けますわよね? 私にとって、貴女の持つワインは凶器と同じですもの」
「ひどぉい! わざとじゃないのにぃ!」
「わざとではない? では、なぜグラスを持つ手が、躓く前にスナップを利かせて投げる動作をしていましたの?」
「うぐっ……!」
「それに、足元は何もない平らな床です。ここで転ぶような運動神経なら、ダンスなんて踊れませんわよ?」
私が理詰めで追い詰めると、ミューア様は涙目になってアレン様に縋り付きました。
「アレン様ぁ! ニナリー様がいじめるぅ! わざとギルバート様にかけさせたのよぉ!」
「そ、そうだ! ニナリー、お前が動かなければ、ギルバートの服は汚れなかったんだぞ!」
アレン様がトンチンカンな擁護を始めました。
「私のドレスが汚れればよかったと仰るの?」
「そうだ! ギルバートの服より、お前のドレスの方が……いや、違う! とにかく、ミューアは悪くない!」
支離滅裂です。
周囲の貴族たちが、冷ややかな目でアレン様とミューア様を見てヒソヒソと話し始めました。
「今の、わざとよね?」
「完全に狙ってたわね」
「殿下の言い訳、苦しすぎるだろう……」
「それに比べて、ニナリー様の身のこなし、美しかったわ」
形勢は明らかにこちらに有利です。
しかし、ギルバート様の礼服が汚れてしまったのは事実。
私はハンカチを取り出し、彼の胸元を拭こうとしました。
「申し訳ありません、ギルバート様。私のせいで……」
「いや、気にするな」
ギルバート様は私の手を取り、優しく微笑みました。
「貴殿が汚れなかったのなら、私の服など雑巾で構わない」
「ギルバート様……」
「それに、これは勲章のようなものだ。貴殿を守った証だからな」
なんてカッコいいことを言うのでしょう。
私は胸がキュンとしましたが、同時に怒りも湧いてきました。
私の大切な人の晴れ姿を、こんな安いワインで台無しにしたことへの怒りが。
「……ミューア様」
私は扇を閉じ、切っ先を彼女に向けました。
「私の婚約者の服を汚した代償、高くつきますわよ?」
「な、なによぉ! クリーニング代くらい払うわよ!」
「お金の問題ではありません」
私はニヤリと、悪役令嬢らしい笑みを浮かべました。
「この落とし前は、ダンスでつけていただきますわ。……逃げませんわよね?」
「だ、ダンスぅ!?」
「ええ。今から始まるファーストダンス。どちらが主役にふさわしいか、実力で勝負しましょう」
私はアレン様にも視線を向けました。
「殿下も、望むところでしょう? 『格の違い』を見せつける絶好の機会ですわ」
「の、望むところだ!」
アレン様は売り言葉に買い言葉で叫びました。
「見ていろ! 私とミューアの愛の舞で、お前たちをギャフンと言わせてやる!」
「楽しみにしておりますわ」
私はギルバート様の腕を取り、フロアの中央へと歩き出しました。
「行けますか? ギルバート様」
「ああ。……シミがついたままだが、恥ずかしくはないか?」
「いいえ。世界一カッコいいシミですわ」
私たちは顔を見合わせて笑いました。
音楽が始まります。
さあ、本当の勝負はここからです。
ステップ一つ、ターン一つで、彼らのプライドを粉々に粉砕して差し上げますわ。
今夜は隣国の使節団を迎える歓迎舞踏会。
そして、私とアレン王子の「代理戦争」の決戦の地でもあります。
「……緊張していますか? ギルバート様」
私は隣を歩くパートナーの腕を、そっと突っつきました。
「いや。戦場に比べれば、こんなもの……」
ギルバート様は強がっていますが、その腕の筋肉は岩のように硬直しています。
「肩の力を抜いてくださいな。ロボットみたいになっていますわよ」
「善処する。だが、視線が多すぎる」
彼の言う通り、会場に入った瞬間から、私たちには無数の視線が突き刺さっていました。
それもそのはず。
「おい、見ろよ……あれが噂の『氷の騎士』か?」
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「隣にいるのはニナリー様よね? 婚約破棄されたって聞いたけど、以前より美しくなってない?」
「あの二人、お似合いすぎないか? 絵画みたいだ」
囁かれるのは、称賛と驚嘆の声ばかり。
私は扇を開き、ギルバート様に耳打ちしました。
「聞こえまして? 皆様、貴方に夢中ですわ」
「……貴殿に見惚れているだけだろう」
「ふふっ、謙遜はおやめなさい。今日の貴方は、この会場で一番素敵ですわ」
私たちが優雅に会話を楽しんでいると、会場の入り口が騒がしくなりました。
ファンファーレが鳴り響き、儀礼官が高らかに宣言します。
「アレン王太子殿下、ならびにミューア男爵令嬢のご入場です!」
ざわっ、と会場の空気が変わりました。
扉が開き、現れたのは……。
「……ぷっ」
私は思わず吹き出しそうになり、慌てて扇で口元を隠しました。
アレン様は、昨日の宣言通り、燃えるような唐辛子色の燕尾服。
そしてその腕にしがみついているミューア様は、全身フリルのついたショッキングピンクのドレス。
二人が並ぶと、色彩の暴力としか言いようがありません。
まるで、激辛スープにマシュマロを浮かべたような不協和音。
「……目が痛いな」
ギルバート様が眉を顰めました。
「同感ですわ。あれでは『私を見て!』と叫んでいるようなものですもの」
周囲の貴族たちも、引きつった笑みを浮かべています。
「あれが殿下の新しいお相手?」
「ちょっと……派手すぎないか?」
「TPOという言葉をご存じないのかしら」
しかし、当の二人はそんな冷ややかな視線に気づく様子もなく、レッドカーペットの上を我が物顔で歩いてきました。
そして、私たちを見つけるなり、一直線に向かってきます。
「ニナリー! 来ていたのか!」
アレン様が鼻息荒く仁王立ちしました。
「ごきげんよう、殿下。招待状を頂いたので参りましたの。……とても『情熱的』な装いですわね」
「ふん、皮肉はよせ。私の輝きに目が眩んだのだろう?」
彼は髪を掻き上げ、キザなポーズを決めました。
「見ろ、この会場の注目を。全て私が独り占めだ」
(ええ、別の意味で注目されていますけれど)
私は心の中でツッコミを入れつつ、その隣にいるミューア様に視線を移しました。
彼女は私を見るなり、にんまりと笑いました。
その目は、明らかに敵意と悪巧みの色を帯びています。
「お久しぶりですぅ、ニナリー様ぁ☆」
猫なで声。
しかし、その奥にはベルンシュタイン領での「馬小屋生活」と「荷台搬送」への恨みが煮えたぎっています。
「あら、ミューア様。無事に王都に戻れたようで何よりですわ。お肌の調子も戻ったようですわね?」
「ええ! おかげさまで! アレン様が高級エステに連れて行ってくださいましたから!」
彼女はアレン様の腕に頬を擦り付けました。
「やっぱりぃ、女性は愛されてこそ輝くものですものねぇ。……あ、ニナリー様は『愛より仕事』がお好きでしたっけ? 可哀想に」
マウントを取ってきました。
私は扇をパチリと閉じました。
「ええ。私は自分の力で輝くのが好きですので。他人の光を反射するだけの『お月様』にはなりたくありませんの」
「むっ……!」
ミューア様の眉がピクリと跳ねました。
「生意気ね……。いいわ、今日こそ貴女に恥をかかせてやるんだから」
彼女が小声で呟いたのを、私は聞き逃しませんでした。
音楽が変わり、歓談の時間になります。
給仕たちがトレイにワインやシャンパンを乗せて行き交い始めました。
ミューア様が、通りがかりの給仕から赤ワインの入ったグラスを手に取ります。
そして、アレン様に目配せをしました。
(……来るわね)
私は直感しました。
悪役令嬢ものの定番イベント、「ドレスにワインをかける嫌がらせ」です。
あまりにもベタすぎて、あくびが出そうになります。
ミューア様はグラスを持って、私の目の前へとにじり寄ってきました。
「ねえ、ニナリー様ぁ。せっかくですから、乾杯しましょうよぉ」
「乾杯、ですか?」
「ええ! 和解の印に! 私、ニナリー様と仲良くしたいんですぅ!」
嘘八百を並べながら、彼女は距離を詰めてきます。
その足取りは、わざとらしいほど不安定です。
そして、私のドレスの裾が届く距離に入った瞬間。
「あっ! 足がぁ!」
ミューア様が何もない床で躓く演技をしました。
彼女の手から、なみなみと注がれた赤ワインのグラスが宙を舞います。
軌道は正確に私の胸元を狙っていました。
真っ赤な液体が、スローモーションのように迫ってきます。
「きゃあああ! ごめんなさぁい!」
勝ち誇った顔で叫ぶミューア様。
しかし。
私は一ミリも動じませんでした。
なぜなら、最初から予測していたからです。
私は右足を半歩引き、上半身を優雅に捻りました。
ダンスのステップのように軽やかに。
サッ。
ワインの赤い放物線は、私の鼻先数センチを空しく通過していきました。
「え?」
ミューア様の顔が凍りつきます。
私のドレスには一滴のシミもつきませんでした。
しかし、物理法則に従って飛び出したワインは、消滅するわけではありません。
私の背後にいた「誰か」に向かって、そのまま飛んでいきます。
運悪く、そこには私のエスコート役であるギルバート様が立っていました。
(あっ、しまった!)
私が思った時には、もう遅く。
バシャッ!!
「……む?」
ギルバート様の純白の礼服の胸元に、赤ワインが直撃しました。
見事なまでの赤いシミが広がります。
会場が一瞬、静まり返りました。
「あ……」
ミューア様の顔から血の気が引きました。
相手は「氷の騎士」にして「近衛騎士団総長」。
しかも、今はアレン様よりも怖いオーラを纏っているギルバート様です。
「……やってくれたな」
低い声。
ギルバート様は、胸元のシミを指で拭うと、ゆっくりとミューア様を見下ろしました。
「あ、あわわ……ち、違うんですぅ! ニナリー様が避けるからぁ!」
ミューア様はパニックになって責任転嫁しました。
「私が避ける? 当たり前でしょう」
私は冷ややかに言い放ちました。
「ナイフが飛んできたら避けますわよね? 私にとって、貴女の持つワインは凶器と同じですもの」
「ひどぉい! わざとじゃないのにぃ!」
「わざとではない? では、なぜグラスを持つ手が、躓く前にスナップを利かせて投げる動作をしていましたの?」
「うぐっ……!」
「それに、足元は何もない平らな床です。ここで転ぶような運動神経なら、ダンスなんて踊れませんわよ?」
私が理詰めで追い詰めると、ミューア様は涙目になってアレン様に縋り付きました。
「アレン様ぁ! ニナリー様がいじめるぅ! わざとギルバート様にかけさせたのよぉ!」
「そ、そうだ! ニナリー、お前が動かなければ、ギルバートの服は汚れなかったんだぞ!」
アレン様がトンチンカンな擁護を始めました。
「私のドレスが汚れればよかったと仰るの?」
「そうだ! ギルバートの服より、お前のドレスの方が……いや、違う! とにかく、ミューアは悪くない!」
支離滅裂です。
周囲の貴族たちが、冷ややかな目でアレン様とミューア様を見てヒソヒソと話し始めました。
「今の、わざとよね?」
「完全に狙ってたわね」
「殿下の言い訳、苦しすぎるだろう……」
「それに比べて、ニナリー様の身のこなし、美しかったわ」
形勢は明らかにこちらに有利です。
しかし、ギルバート様の礼服が汚れてしまったのは事実。
私はハンカチを取り出し、彼の胸元を拭こうとしました。
「申し訳ありません、ギルバート様。私のせいで……」
「いや、気にするな」
ギルバート様は私の手を取り、優しく微笑みました。
「貴殿が汚れなかったのなら、私の服など雑巾で構わない」
「ギルバート様……」
「それに、これは勲章のようなものだ。貴殿を守った証だからな」
なんてカッコいいことを言うのでしょう。
私は胸がキュンとしましたが、同時に怒りも湧いてきました。
私の大切な人の晴れ姿を、こんな安いワインで台無しにしたことへの怒りが。
「……ミューア様」
私は扇を閉じ、切っ先を彼女に向けました。
「私の婚約者の服を汚した代償、高くつきますわよ?」
「な、なによぉ! クリーニング代くらい払うわよ!」
「お金の問題ではありません」
私はニヤリと、悪役令嬢らしい笑みを浮かべました。
「この落とし前は、ダンスでつけていただきますわ。……逃げませんわよね?」
「だ、ダンスぅ!?」
「ええ。今から始まるファーストダンス。どちらが主役にふさわしいか、実力で勝負しましょう」
私はアレン様にも視線を向けました。
「殿下も、望むところでしょう? 『格の違い』を見せつける絶好の機会ですわ」
「の、望むところだ!」
アレン様は売り言葉に買い言葉で叫びました。
「見ていろ! 私とミューアの愛の舞で、お前たちをギャフンと言わせてやる!」
「楽しみにしておりますわ」
私はギルバート様の腕を取り、フロアの中央へと歩き出しました。
「行けますか? ギルバート様」
「ああ。……シミがついたままだが、恥ずかしくはないか?」
「いいえ。世界一カッコいいシミですわ」
私たちは顔を見合わせて笑いました。
音楽が始まります。
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