君のような悪女とは婚約破棄だ!と言われたので帰ります

パリパリかぷちーの

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「ニナリー様! 素晴らしい演説でした!」

「我が領地でもぜひ、その『悪役令嬢流・財政改革』のご指導を!」

「いやいや、まずは我が家へ! 息子を紹介させてください!」

アレン王子たちの退場後、大広間は私を中心とした熱狂の渦に包まれていました。

断罪劇の興奮冷めやらぬ貴族たちが、まるで蜜に群がる蜂のように押し寄せてきます。

私は扇を片手に、絶え間なく愛想笑いを浮かべていました。

「ええ、ありがとうございます。……ご子息? あいにく婚約者がおりますので」

「まあ、今度のお茶会でぜひ。……ええ、財政再建のご相談も承りますわ(有料で)」

対応は完璧にこなしていますが、さすがに顔の筋肉が引きつってきました。

シャンパンの酔いも回ってきたのか、頭が少しクラクラします。

(……疲れましたわ。そろそろ限界ね)

私が小さなため息をついた、その時でした。

「失礼。少し道を空けていただこう」

低い声と共に、人垣が割れました。

ギルバート様が、私の腰に手を回し、強引に引き寄せたのです。

「ギルバート様?」

「ニナリー嬢は少し酔われたようだ。夜風に当たってくる」

彼は周囲の貴族たちを、あの「氷の騎士」の眼光で一瞥しました。

「……彼女を独占したいのは山々だろうが、今の彼女には休息が必要だ。これ以上の拘束は、婚約者として許可できないな」

その威圧感と、有無を言わせぬ独占欲に、貴族たちは「は、はいっ!」「失礼しました!」と慌てて道を譲りました。

「行こう、ニナリー」

「……ええ、助かりますわ」

私たちは騒がしい大広間を背に、バルコニーへと続くガラス戸をくぐり抜けました。



外に出た瞬間、冷たく澄んだ夜風が頬を撫でました。

バルコニーは静寂に包まれており、聞こえるのは遠くの音楽と、庭園の木々が風に揺れる音だけ。

見上げれば、吸い込まれそうな満天の星空が広がっています。

「……ふぅ。生き返りましたわ」

私は手すりに寄りかかり、大きく深呼吸をしました。

「ありがとう、ギルバート様。あのままでは、人混みに圧死するところでした」

「気にするな。……それに、本音を言えば」

ギルバート様が私の隣に並び、夜景を見つめながら呟きました。

「他の男たちが、貴殿を熱っぽい目で見ているのが面白くなかっただけだ」

「あら」

私はクスリと笑いました。

「嫉妬ですか? 騎士団総長ともあろうお方が」

「……ああ、そうだ。嫉妬だ」

彼は隠そうともせず、真っ直ぐに私を見ました。

「貴殿が魅力的すぎるのが悪い。あんな凛とした姿を見せられては、誰だって心を奪われる」

素直すぎる言葉に、私の心臓がトクンと跳ねました。

以前の不器用さはどこへやら。

今日の彼は、少しだけ強引で、そして大人の色気を纏っています。

「……お上手になりましたわね、口説き文句が」

「本心だ。……寒くはないか?」

彼が自分のジャケットを脱ぎ、私の肩にかけてくれました。

残った彼の体温と、微かな香水(と焼き菓子)の匂いが私を包み込みます。

「温かい……」

「ならよかった」

彼は満足げに微笑み、私の髪を一筋、指ですくいました。

「ニナリー。……終わったな」

「ええ。終わりました」

私はアレン様たちが連行されていった方向を見つめました。

「長い戦いでしたわ。婚約破棄から始まり、領地への逃避行、そして今日の断罪劇……」

思い返せば、怒涛のような数週間でした。

でも、不思議と辛かった記憶はありません。

「最初は、ただ悔しくて。アレン様を見返してやろうという復讐心だけで動いていました。でも……」

私はギルバート様を見上げました。

「途中からは、楽しかったですわ。貴方がいてくれたから」

「……私もだ」

彼の手が、私の頬に触れました。

大きくて、少しゴツゴツとした指先。

でも、そのタッチは羽毛のように優しいのです。

「貴殿と出会って、私の世界は変わった。ただ剣を振るうだけだった灰色の日常が、色鮮やかになったんだ」

「ギルバート様……」

「熊の木彫りを作り、激辛スパイスに悶絶し、壁を破壊し……」

「ふふっ、ろくな思い出がありませんわね」

「いや、最高の日々だ」

彼は真剣な眼差しで言いました。

「これからも、私の隣で笑っていてほしい。……貴殿のその高笑いが、私の生きる糧なんだ」

「変な糧ですこと」

私は笑い、彼のジャケットの襟を直してあげました。

「でも、いいですわ。……私も、貴方の隣が一番落ち着きますもの」

沈黙が降りました。

でも、それは気まずいものではなく、甘く、溶けるような沈黙でした。

彼の顔が、ゆっくりと近づいてきます。

月明かりに照らされた彼の瞳は、サファイアのように深く、私だけを映していました。

(……キス、されるのかしら)

私は期待半分、緊張半分で、自然と目を閉じかけました。

その時です。

「……あ」

ギルバート様が動きを止めました。

「どうしましたの?」

「……いや、その」

彼は少しバツが悪そうに視線を逸らしました。

「壁がないな、と思って」

「は?」

「以前、壁ドンに失敗しただろう? 今日こそはスマートに決めたかったのだが……ここはバルコニーだ。手すりしかない」

「……」

私は呆れて、そして吹き出しました。

「何を気にしていらっしゃるの? そんな演出、必要ありませんわ」

「だが、雰囲気が……」

「雰囲気なら、もう十分にあります。それに……」

私は一歩踏み出し、彼との距離をゼロにしました。

「壁がないなら、私が貴方の胸に飛び込めばいいだけですわ」

私はつま先立ちになり、彼に抱きつきました。

「……ッ!」

ギルバート様の体が硬直しましたが、すぐに力強い腕が私の腰に回されました。

「ニナリー……」

「愛していますわ、ギルバート様。……不器用な熊さん」

「……愛している。私の最強の悪役令嬢」

彼の唇が、私の唇に重なりました。

それはアレン様との形式的なキスとは違う、熱く、魂が触れ合うような口づけでした。

長く、甘く。

時折、彼が不慣れなせいで鼻がぶつかったりもしましたが、それさえも愛おしく感じられました。

星空の下、私たちは一つになっていました。

会場の喧騒も、過去のしがらみも、すべてが遠くへ消えていきます。

ただ、互いの体温と鼓動だけが、確かな現実としてそこにありました。

「……ん」

唇が離れた後も、私たちは額を合わせたまま見つめ合っていました。

「……悪くない」

ギルバート様が、いつかの馬車の中でクッキーを食べた時と同じ感想を漏らしました。

「それだけですの?」

「いや。……おかわりが欲しい」

「まあ、欲張りなこと」

私はクスクスと笑い、彼の首に腕を回しました。

「いいですわよ。今夜は長いですもの」

二度目の口づけを交わそうとしたその時、バルコニーの下から何やら怪しい物音が聞こえてきました。

ガサゴソ……。

「……? 何かの動物か?」

ギルバート様が騎士の顔に戻り、下を覗き込みました。

そこには、茂みの中で蠢く怪しい影。

「くそっ……まだだ……私はまだ諦めんぞ……」

聞き覚えのある、怨念めいた声。

「……アレン様?」

なんと、連行されたはずのアレン王子が、衛兵の隙を突いて脱走し、執念で戻ってきたようです。

泥だらけになりながら、彼はバルコニーを見上げました。

「ニナリー! そこにいるのか! 待ってろ、今そこへ……!」

彼はツタを掴んで登ってこようとしましたが、

「……お邪魔虫ですわね」

私は冷めた目で見下ろしました。

「ギルバート様。……お願いします」

「御意」

ギルバート様は近くにあった植木鉢(中身はサボテン)を手に取りました。

「殿下。……頭を冷やしていただきましょう」

そして、躊躇なく投下しました。

ドカッ!!

「ぎゃああああああ!!」

「……ストライクですわ」

下から聞こえる悲鳴を確認し、私たちは何事もなかったかのように向き直りました。

「さて、邪魔者も消えましたし」

「ああ。……続きをしようか」

私たちは再び、甘い夜の世界へと戻っていきました。

月だけが、私たちの共犯者として静かに輝いていました。

こうして、波乱の夜会は、最高のハッピーエンド(と、元王子のサボテンまみれの悲劇)で幕を閉じたのでした。
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