断罪された悪役令嬢ですが、ハッピーエンド(仮)を目指します!

パリパリかぷちーの

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「三冊ですわ。さあ、始めなさい」

「うぐ…くっ…!」

マリア・ベルは、もはや涙も枯れ果て、怨念のこもった目で、頭上の三冊の法典を睨みつけていた。
教導室でのスパルタ教育は、二日目に突入していた。

一日目の「起立」と「歩行」で、マリアのプライドはズタズタにされた。
そして二日目の今日は、「テーブルマナー」の実践だった。

「違いますわ」

ルーナの、氷のように冷たい声が響く。
目の前には、王宮の料理長が(ルーナの威圧に負けて)しぶしぶ用意した、完璧なフルコース料理が並べられている。
もちろん、マリアは、一口も食べることを許されていない。

「マリア様。あなた様は、今、魚料理用のナイフで、スープを飲もうとなさいましたわ」

「ひっ…! わ、わざとでは…!」

「では、本気でしたの? スープ皿を、ナイフで突き刺すおつもりで?」

「そ、そんなわけ…!」

「わたくしが、昨日から、口を酸っぱくして申し上げているはずですわ。カトラリー(銀食器)は、外側から順に使う、と。それとも、あなた様の目には、このスプーンとナイフの区別が、つきませんこと?」

「うぅ…!」

マリアは、震える手で、慌てて一番外側にあったスプーン(スープ用)に持ち替えた。
そして、緊張しながら、そっとスープをすくおうと…

カシャン!

緊張のあまり、手が滑り、スプーンが皿に当たって、甲高い音を立てた。

「…はぁ」

ルーナは、教鞭で、トン、と床を叩いた。

「音を立てるな、と、申し上げましたわよね? 晩餐会とは、会話と食事を楽しむ場。あなた様が立てるその下品な雑音は、同席する方々の、高尚な会話を妨げますわ」

「だ、だ、だって…! 緊張して…!」

「緊張なさる、結構ですわ。ですが、それを、食器に八つ当たりしてはいけません」

「い、イジメですわ! こんなの、ただのイジメですわ!」

マリアは、ついにスプーンを(音を立てて)皿に放り投げた。

「そうよ! あなたは、わたくしがエリオット様に選ばれたのが、妬ましいだけなのですわ! だから、こんな、重箱の隅をつつくような、陰湿なイジメを!」

「あら」

ルーナは、初めて、小さく、楽しそうに笑った。

「重箱の隅、ですって? マリア様。スープの音を立て、食器の順番も分からず、パンをナイフで切ろうとする。これは、重箱の隅ではございませんわ」

ルーナは、マリアの目の前に、顔をぐっと近づけた。

「これは、重箱の『ど真ん中』に鎮座する、致命的な『無知』ですわよ」

「ひぃ…!」

「わたくしが、妬ましい?」

ルーナは、心底おかしそうに、肩をすくめた。

「あなた様が、今、必死になって学ぼうとしている、この『地獄』。わたくしは、この地獄から、あなた様のおかげで、ようやく解放されましたのよ?」

「え…?」

「わたくしは、今、あなた様に、心の底から感謝しておりますの。わたくしの代わりに、あの面倒な王子の隣に、収まってくださって」

「な…なんですって…!」

マリアは、愕然とした。
ルーナの目には、嫉妬の色など、微塵もなかった。
あるのは、面倒な作業を肩代わりしてくれた人間に対するような、純粋な「憐れみ」と「感謝」だけだった。

(この女…本気で、エリオット様にも、王妃の座にも、興味がない…!?)

それは、マリアにとって、自分がルーナを陥れた「大義名分」(王子を奪った可哀想な私)が、根底から崩れる瞬間だった。

「もうイヤ! もう、あなたのお顔など、見たくありませんわ!」

プライドが、完全に砕け散った。
マリアは、椅子を蹴立てるように立ち上がると、教導室を飛び出した。

「あら、どちらへ? 授業は、まだ終わっておりませんわよ」

ルーナは、追いかけようともせず、冷静に、その背中に声をかけた。

「エリオット様に、言いつけに行きますのよ! あなたが、わたくしを、どれだけ酷くイジメたか、全部、お話しして、二度とわたくしの前に、顔を出せないようにしていただきますわ!」

バタン!
扉が、乱暴に閉められた。

「…行ってしまいましたわね」

部屋には、ルーナと、扉の陰で控えていたアンナ、そして、石像のように動かないアレクシスだけが残された。

「さて」

ルーナは、手つかずのまま冷めていくフルコース料理を、残念そうに見つめた。

「アンナ。せっかく料理長が作ってくださった、このオマール海老の前菜。このまま下げさせるのは、あまりにもったいないですわ」

「お嬢様…」

「わたくしの『検分』用に、温め直して、持ってきてちょうだい。ああ、もちろん、厨房(わたくしの戦場)の方へ、ね」

「かしこまりました」

ルーナは、鼻歌交じりで、教導室を後にした。
(これで、やっと、あのオーブンと戯れられますわ!)
マリアの教育など、彼女にとっては、最高級厨房を使うための「入場料」にすぎなかった。

***

その頃、王子の執務室。
エリオットは、積み上がった決済書類の山に、頭を抱えていた。
そのほとんどが、ここ一ヶ月で、王宮の予算から支出された、用途不明瞭な「雑費」だった。

(なんだ、これは! 『お茶会用のリボン代』!? 『夜会用の羽飾り代』!?)
どれも、ルーナが婚約者だった頃には、見たこともない勘定項目ばかりだ。
そして、その全てに、『マリア・ベル様御用達』の印が押されている。

(まさか…いや、あの女は、金銭に疎いだけだ)
(そう思っていたが…!)

バンッ!
その時、執務室の扉が、ノックもなしに、乱暴に開かれた。

「エリオット様ぁぁぁぁぁ! うわぁぁぁん!」

「!」

マリアが、顔を涙でぐしゃぐしゃにして、部屋に飛び込んできた。

「また貴様か! ノックをしろと、あれほど…!」

「聞いてくださいまし、エリオット様! わたくし、もう、耐えられません!」

マリアは、いつものように、エリオットの胸に飛び込もうと、駆け寄った。

「離れろ!」

「えっ!」

エリオットは、マリアの体を、冷たく、突き放した。
マリアは、信じられないという顔で、その場に尻餅をついた。

「エ、エリオット、さま…? なぜ…」

「なぜ、だと?」

エリオットは、机の上の、一枚の請求書(インボイス)を、ひらりと掴んだ。
それは、今しがた届けられたばかりの、王宮御用達の、最高級宝石商からのものだった。

「…マリア。これは、なんだ」

「そ、それは…?」

「『ルビーと真珠のネックレス。ならびに、お揃いのイヤリング。代金、金貨五十枚』…」

エリオットの声は、怒りを通り越して、冷え切っていた。
金貨五十枚。
それは、騎士団の隊長クラスの、年収に匹敵する額だ。

「貴様は、確か、俺に、こう言ったな。『お父様の、古い知人の方から、婚約のお祝いに頂いた』と」

「あ…あ…」

マリアの顔から、血の気が、さーっと引いていく。

「答えろ、マリア!」

「そ、それは…! ち、違いますの!」

マリアは、最後の切り札を使った。

「ルーナ様ですわ! ルーナ様が、わたくしを陥れるために、こんな請求書を、偽造したのですわ!」

「…」

エリオットは、マリアを、じっと、見つめた。
その目は、もはや、彼女を「可憐なヒロイン」として見てはいなかった。
得体の知れない、何かを、値踏みするような目だった。

「ルーナ、か」

エリオットは、ゆっくりと、机の上の、他の請求書の束を、無造作に掴んだ。
ドレス代、靴代、夜会用の馬車代…

「これもか」

バサッ。
請求書の束が、マリアの目の前に、投げ捨てられた。

「これも、あれも、それも、全部、ルーナが、お前を陥れるために、やったことだと言うのか」

「あ、あぅ…」

「あの女は、今、教導室で、お前の教育をしているはずだ。いつ、そんな暇があった? あの女が、どうやって、王宮の全ての業者に、お前の名のサインをさせて回るんだ!」

「ひっ…! そ、それは…!」

マリアは、答えられなかった。
彼女の「素直さ」と「無知」の仮面が、金銭という、あまりにも生々しい証拠の前で、音を立てて剥がれていく。

エリオットの脳裏に、あの「疑惑」が、ついに「確信」として、突き刺さった。

(そうか…)

(俺は、騙されていたのか)

(この女は、俺の『庇護欲』を利用して、ただ、俺の…王家の予算を、使い込んでいただけだったのか…!)

(ルーナは、俺に金を使わせることなど、一度もなかった)
(それどころか、いつも『殿下、予算は大丈夫ですか』と、俺の財政を心配さえしていた)

「…エリオット様…わたくし、わたくしは…!」

マリアは、まだ泣き落としが通用すると信じて必死にエリオットに這い寄ろうとした。

「…下がれ」

「え…?」

「今日はもう、顔も見たくない」

エリオットは、マリアに背を向け窓の外を見つめた。

「そんな…エリオット様ぁぁ…!」

「警備兵!」

エリオットが叫ぶと、扉の外にいた兵士が飛び込んできた。

「マリア嬢を、彼女の自室へお連れしろ。教育が終わるまで、執務室への出入りを固く禁ずる」

「はっ!」

「いや! いやぁぁぁ! エリオット様! わたくしを見捨てないで!」

マリアの絶叫が、兵士によって引きずられながら遠ざかっていく。

執務室には、エリオットと床に散らばった大量の請求書だけが残された。
彼は、自分が何という「愚行」をしでかしたのかをようやくはっきりと自覚した。
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