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パリパリかぷちーの

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 私の再就職初日から、三日が経過した。

 職場環境は、驚くほど快適だった。

 ブラック企業と噂されていた宰相府だが、私にとっては天国に近い。

 なぜなら、ここには「私の邪魔をする人間」が存在しないからだ。

 話の通じないナルシストも、ぶりっ子の浮気相手も、小言を言う教育係もいない。

 あるのは、静寂と、最高級の紅茶と、そして――。

「……シャロ。その書類、もう終わったのか?」

「はい。国境警備隊からの予算増額申請ですね。必要経費と遊興費の水増しを分別しておきました。却下分には赤ペンを入れてあります」

「……この『北方森林伐採計画』の認可は?」

「環境保護条約の第4項に抵触する恐れがあったので、代替案を作成して添付しました。業者の選定も見直しています」

 執務机の向かい側から、アレクセイ様が呆れたような声を出す。

 私は羽ペンを置き、手元のティーカップを優雅に傾けた。

「何か不備がございましたか?」

「いや。完璧すぎて怖いと言っているんだ」

 アレクセイ様は眼鏡を外し、こめかみを揉んだ。

「通常、文官たちが三日三晩会議をして揉める案件だぞ。それを君は、紅茶一杯飲む間に片付けてしまった」

「あら。文官の方々は議論がお好きなのですね。私は結論が好きです」

 効率化。

 それは私の至上命題だ。

 仕事を早く終わらせれば、それだけ早く帰れる。

 早く帰れば、それだけ長く眠れる。

 単純な理屈だ。

 その時、執務室の扉が勢いよく開かれた。

「か、閣下! 大変です! 緊急事態です!」

 飛び込んできたのは、青ざめた顔の若い秘書官だった。

 アレクセイ様が眉をひそめる。

「騒がしいな。何があった」

「だ、第二王子殿下が……! 王都の中央広場に、『ミナとの永遠の愛を誓う黄金の像』を建立すると仰って……! すでに建設業者に発注をかけたそうです!」

「……は?」

 アレクセイ様のこめかみに青筋が浮かぶのが見えた。

「黄金の像だと? 予算はどこから出るつもりだ」

「『国の象徴である王子の結婚は国益であるから、国庫から出すのが当然』と……! 金額は金貨一千万枚です!」

「あのバカ……!」

 アレクセイ様が立ち上がりかけた。

 その目には明確な殺意が宿っている。

 このままでは王子が「物理的に」排除されかねない。

「閣下、座っていてください。血圧が上がりますよ」

 私は冷静に声をかけ、秘書官に向き直った。

「発注書はありますか?」

「は、はい! これです!」

 渡された羊皮紙に目を通す。

 確かにジェラルド殿下の署名入りで、ふざけたデザインの像の発注がなされていた。

 抱き合う男女の像。台座には『真実の愛』の文字。

 美的センスを疑う。

「……なるほど。これを国庫負担で、と」

「はい……。業者は王室御用達の工房で、殿下の命令となれば断れないと……」

「貸してちょうだい」

 私は発注書をひったくると、さらさらと余白に書き込みを入れた。

 そして、通信用の魔道具(受話器のようなもの)を手に取る。

「もしもし? 宰相府です。ええ、先ほどのジェラルド殿下の発注についてですが」

 私は声をワントーン低くし、事務的かつ威圧的に告げた。

『王室典範第18条に基づき、正式な婚約者ではない女性との記念碑建立は認められません。また、本予算は財務省の審査を通っておりませんので、このまま着工された場合、費用は全額「殿下の私費」となります』

 向こう側で、工房の親方が「ひえっ」と悲鳴を上げるのが聞こえた。

『殿下の個人資産状況はこちらで把握しておりますが、金貨一千万枚をお支払いできる残高はございません。つまり、未払いによる踏み倒しになりますが、それでもよろしいですか?』

『め、滅相もございません! キャンセルで! 今すぐキャンセルしますぅ!』

『賢明なご判断です。では』

 ガチャリ。

 通話を切ると、私は秘書官に書類を返した。

「解決しました。像は建ちません」

 室内がシーンと静まり返る。

 秘書官は口をパクパクさせ、アレクセイ様は目を見開いて私を凝視していた。

「……シャロ」

「はい」

「君は、魔法使いか何かか?」

「いいえ、ただのリアリストです。殿下の財布の紐が緩いのは昔からですので、締め方を知っているだけです」

 私はこともなげに言い、時計を見た。

 午後五時。

 ちょうど、王城の鐘がゴーン、ゴーンと鳴り響く。

「あ、定時ですね」

 私は椅子から立ち上がり、エプロンドレスの埃を払った。

「本日の業務は終了いたします。お疲れ様でした」

「ま、待て!」

 アレクセイ様が慌てて呼び止める。

「もう帰るのか?」

「はい。契約通り、残業はいたしません」

「だが、まだ君に相談したい案件が山ほど……いや、もっと単純に、君と話がしたいのだが」

 アレクセイ様が珍しく、駄々っ子のような顔をしている。

 少し可愛いと思ってしまったのは秘密だ。

 だが、ここで絆されてはいけない。

 一度でも残業を許せば、なし崩し的にこのブラック職場に飲み込まれてしまう。

「閣下。私の定時は十七時です。これ以降の拘束は、時間外労働手当が発生しますがよろしいですか?」

「金なら払う。いくらでも」

「お金の問題ではありません。私のプライベートな時間の価値は、金貨よりも重いのです」

 きっぱりと言い放つ。

「私はこれから帰って、愛猫(エア猫)を撫で回し、半身浴をして、ふかふかのベッドで泥のように眠るという重要なミッションがあるのです」

「……君、猫を飼っていたか?」

「イメージトレーニングです。いつか飼うための」

「…………」

 アレクセイ様が絶句している隙に、私は鞄を掴んだ。

「では、明日また十時に。失礼いたします!」

 私は最敬礼をし、風のように執務室を後にした。

 背後で「素晴らしい……一生ここにいてくれないか……」というアレクセイ様の呟きが聞こえた気がしたが、空耳ということにしておこう。

 廊下に出ると、私は小さくガッツポーズをした。

「よし! 今日も定時退社達成!」

 足取りは軽い。

 元婚約者の尻拭いも、仕事として割り切れば案外悪くない。

 何より、あのアレクセイ様をやり込めて(?)帰る瞬間の爽快感は、何物にも代え難いものがあった。

 だが、私はまだ気づいていなかった。

 私のこの「塩対応」こそが、アレクセイ様の執着心に油を注いでいるという事実に。

(明日のおやつは何にしようかしら)

 のんきに晩ご飯の献立を考えながら、私は王城の廊下をスキップ気味に歩いていった。

 悪役令嬢(候補)の噂が、少しずつ形を変えて広まっていることも知らずに。
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