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パリパリかぷちーの

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 建国記念パーティー当日の朝。
 決戦の火蓋が切られる数時間前、私たちは優雅にティータイムを楽しんでいた。

 場所は、宰相執務室。
 かつては殺風景な仕事場だったこの部屋も、今では私の私物(クッションや茶器)が増え、すっかり居心地の良いサロンと化している。

「ん~っ! 美味しいですぅ! このマカロン、ほっぺたが落ちそうですぅ!」

 ソファで足をバタつかせながら絶叫しているのは、ミナ様だ。
 昨夜の亡命劇から一夜明け、彼女はすっかり元気を取り戻していた。
 ちなみに着ているのは、私が貸した予備のドレス(シンプルな若草色)だが、ピンク色のフリフリよりもよっぽど似合っている。

「よかったわね、ミナ。それは王都でも予約三ヶ月待ちのパティスリー『レーヴ』の新作よ」

「そんな貴重なものを! ジェラルド様なんて、いつも『僕の笑顔が一番のスイーツだろ?』とか言って、何も食べさせてくれなかったのに!」

「……それは虐待に近いわね」

 私は呆れながら、自分の分の紅茶を啜った。
 糖分補給は重要だ。
 これから始まる茶番劇(バトル)には、大量のカロリーを消費するだろうから。

「それで、閣下。会場の準備は?」

 デスクで最後の書類確認をしていたアレクセイ様に声をかける。
 彼は顔を上げ、不敵な笑みを浮かべた。

「万全だ。ジェラルド殿下の要望通り、スポットライトと音響機材は配置してある。ただし、オペレーターは私の息のかかった者にすり替えておいた」

「あら。殿下の演出をそのまま通すのですか?」

「いや。殿下が合図を出した瞬間に、少しばかり『機材トラブル』が起きるように細工をしてある。……例えば、悲劇的なBGMが、間抜けなファンファーレに変わるとかな」

「ぷっ……! それ、絶対笑っちゃいますぅ!」

 ミナ様がマカロンを吹き出しそうになる。

「さらに、殿下がシャロを断罪しようと口を開いたタイミングで、会場のスクリーンに『ある映像』が流れる手はずだ」

「映像?」

「ああ。昨日、ミナ嬢から提供された『殿下のリハーサル風景』を、魔法で映像化したものだ」

「ええっ!? あ、あれを使うんですかぁ!?」

 ミナ様が目を丸くする。
 例の、『今の角度、決まった!』と自画自賛している、あの恥ずかしい一人芝居のことだろう。

「公開処刑ですね」

「彼が望んだ『公開断罪』だ。主語が入れ替わるだけだよ」

 アレクセイ様は楽しそうに言った。
 恐ろしい男だ。
 物理的に吊るし上げるのではなく、羞恥心で精神を焼き尽くす作戦か。

「それにしても、外が騒がしいですね」

 私は窓の外を見下ろした。
 王城の前広場には、すでに多くの馬車が集まり始めている。
 建国記念パーティーは、国内外の有力者が集う国最大行事だ。

「シャロ。緊張しているか?」

 アレクセイ様が席を立ち、私の隣に座った。
 その自然な距離の近さに、未だにドキリとしてしまう。

「いいえ。緊張というより、面倒くさいという感情が九割です。早く終わらせて、家に帰って眠りたいです」

「ふっ、君らしいな。だが、今日の君は帰さないぞ」

「……はい?」

「パーティーの後は、夜通し祝賀会だ。君は私のパートナーとして、最後まで付き合ってもらう」

「えー……残業ですか? 手当は出ますか?」

「ああ。私の『生涯の愛』という、プライスレスな手当を出そう」

「……インフレを起こしそうなので、現金でお願いします」

 私が即答すると、アレクセイ様は声を上げて笑った。
 最近、彼はよく笑うようになった気がする。
 氷の宰相が溶けてきているのは良いことだが、その分、私への溺愛(過干渉)度が上がっているのが悩みどころだ。

「あのぉ、お二人とも。イチャイチャするのはいいんですけどぉ、作戦の最終確認をしなくていいんですかぁ?」

 ミナ様がジト目でこちらを見ている。

「コホン。……そうね。ミナ、貴女の役割は覚えている?」

「はいっ! 殿下が『シャロこそ悪女だ!』と叫んだら、私が飛び出して行って、『いいえ違います、殿下が悪いんですぅ!』と泣き崩れる役ですね!」

「その通り。そして、トランクの中の『金色のタキシード』と『ガラスの指輪』を証拠品として提出する」

「完璧ですぅ。演技派女優(わたし)の見せ場ですね!」

 ミナ様は頼もしい。
 かつては敵として厄介だったその「天然の行動力」が、味方になるとこれほど心強いとは。

「閣下、殿下の側近たちの動きは?」

「封じてある。彼らが余計な茶々を入れないよう、会場の警備兵には『不審な動きをした者は即座に拘束せよ』と命令済みだ」

「不審な動きの定義は?」

「『殿下を擁護する発言』すべてだ」

「……独裁政治ですね」

「今日だけはな。私の愛しい君を傷つける可能性のある因子は、すべて排除する」

 アレクセイ様が私の手を取り、指先に口づけを落とした。

「シャロ。君はただ、私の隣で微笑んでいればいい。泥を被る役も、剣を振るう役も、すべて私が引き受ける」

「……過保護すぎますよ。私だって、自分の喧嘩くらい自分で買えます」

「知っている。君なら一人でも殿下を論破できるだろう。だが、させてくれ。……好きな女性を守らせてくれない男なんて、存在する価値がない」

 真剣な瞳で見つめられ、私は言葉に詰まった。
 こういう時、どう返せばいいのか、王妃教育では習わなかった。

「……分かりました。では、盾として利用させていただきます」

「ああ、存分に使ってくれ」

 アレクセイ様は嬉しそうに目を細めた。
 利用されることすら喜ぶとは、だいぶ重症だ。

 その時、執務室の時計が正午を告げた。
 パーティーの開始まで、あと六時間。
 準備(着替え)の時間を考えれば、そろそろ動き出さなければならない。

「さて、時間だ。そろそろ行こうか、シャロ」

「はい。……あ、マリーが来ていませんね。着付けはどうしましょう?」

「心配ない。すでに別室に、国一番のデザイナーとメイクアップアーティストを待機させてある」

「えっ、マリーじゃないんですか?」

「マリーもいるが、今日は特別だ。君を『世界一の美女』に仕上げるためのプロフェッショナル・チームを編成した」

 アレクセイ様が立ち上がり、私に手を差し伸べた。

「昨日のドレスも美しかったが、今日はもっと凄いぞ。……覚悟しておけ」

「……凄いって、まさか電飾でも付いているんですか?」

「行ってのお楽しみだ」

 私は一抹の不安を抱えつつ、彼の手を取った。
 ミナ様も立ち上がり、最後のマカロンを口に放り込む。

「行きましょう、師匠! 悪役令嬢チーム、出陣ですぅ!」

「誰が悪役令嬢よ。……まあ、いいわ」

 私たちは執務室を出た。
 廊下を歩く足音は、三者三様だが、不思議とリズムが合っていた。

 向かうは戦場。
 武器は真実と、合理性と、そして少しのユーモア。

 ジェラルド殿下。
 貴方が用意した舞台、私たちが乗っ取らせていただきます。

(さあ、最後の仕上げと行きましょうか)

 私は心の中で戦闘モード(省エネ仕様)にスイッチを入れた。
 嵐の前の静けさは、もう終わりだ。
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