微睡む宵闇 揺蕩う薫香

萩尾雅縁

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三章

51 誤算

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 鏡よ鏡、世界で一番哀れなのはだあれ?
 それはあなた、と鏡は答える
 それはきみだよ、と僕は嗤う




 梟に逢いたい。

 まったくもって誤算続きだ。
 今の寮長、スコットランド訛りの太った鼠のような田舎者のこいつのことは、学年代表だった頃から知っているのに、まさかこんなに頭の硬い奴だとは思わなかった。

 こいつ、僕にジョイントを売ってくれないんだ!
 要求だけはきっちりしてきたくせに! その場で吸うだけだなんて!

 ジョイントは、生徒会、監督生、寮長、各部役職にしか売らない。そういうルールなのだそうだ。なぜかって? 役職にある連中は、持ち物検査がないからさ。だって、検査を行う立場だからね。一般生徒から没収した、酒や煙草を手元に持っているなんて日常茶飯事だもの。
 子爵さまがいつでも平気でジョイントを持ち歩いていたのも、そんな理由からだ。

「生徒会入りが決まったら、きみにも売ってあげるよ」

 そう言って、田舎鼠は、ひひっといやらしく笑った。

 おまけに、我慢して相手をしてやったのに、報酬は薄いジョイントが一本だけ! けちくさいのにもほどがあるってものだろう!




 こんなんじゃ、僕の不機嫌は収まらない。

 クリスマス休暇は、鳥の巣頭の家で過ごす。クリスマス当日は身内で、新年は、鳥の巣頭のボート部の友人たちを招いてパーティーを開くと言っていた。

 初めてあいつの家で迎えたクリスマスはベッドの中だった。新年も、パーティーに出られるような状態ではなかった。

 僕はパーティーなんか面倒くさい。でも、ボート部の奴らと知り合って、梟の連絡先を知っている奴を探さなければ……。


 オックスフォードのあの事件のせいで、梟に連絡が取れなくなった。アヌビスでさえ知らない。梟は、住所や電話番号は一切明かさないということだった。どうやってジョイントを買っているのかというと、梟の方からたまに連絡してくるのだそうだ。
「僕が逢いたがっていると伝えて」と、アヌビスに頼んだけれど、あいつは、ふん、と鼻を鳴らして「欲しけりゃ俺に言え」と、せせら笑った。

 もちろん、田舎鼠も知らなかった。ジョイントは、別の奴から仕入れている、って。「でも、いくらきみにでも、これを明かすわけにはいかないね。命が惜しいからね」と田舎鼠は自慢げに鼻をヒクつかせた。どこからどこまでも下品な奴だ。いったい何が自慢なのか、僕にはまったく解らなかったけれどね。





 子爵さまは相変わらず天使くんを追いかけているようだ。それでも、たまに苛立たしげに僕のところへも来る。いつも突然で僕の都合はおかまいなし。いきなり寮に電話があって、今から行く、だもの。

 僕は急いでシャワーを浴びて地下室へ走る。鳥の巣頭と一緒にいたときなんて、本当、最悪。でも、こいつに文句が言えるはずがない。梟の頃からの約束だからね。子爵さまが、乱暴なラグビー部や生徒会の面々を抑えてくれていることくらい、鳥の巣頭にだって解っている。




 子爵さまは今日も不機嫌だ。あの天使くんを思うようにできなくてイライラしている。

 あれから何度か天使くんを捕まえることもできたらしい。でも、あの天使くん、ああ見えて強情で、相手が子爵さまでも言うことを聞かないらしかった。

 僕は子爵さまのお坊ちゃんぶりに、吐息を漏らした。

「何のために写真を撮ったんです? あの写真で脅せばいいじゃないですか」
「でも、それじゃあ、余りにも――」

 愛して欲しいとでも思っているの、お坊ちゃん?

 僕の冷めた瞳に、子爵さまは拗ねたように顔を逸らして――。

 好きにすればいいよ。
 どんな手段を取ろうと、あの子があなたを愛することはない。
 僕がアヌビスを愛することがないようにね。

 
 僕は哀れな子爵さまの唇を啄んだ。首筋を撫であげ、背中に腕を廻す。

 大好きな先輩にも、その先輩に瓜二つの弟くんにも相手にされない子爵さま。何でも手に入って当然だと信じて疑わないお馬鹿さん……。


 ジョイントの白い煙は虚しく揺蕩う。

 この煙はもう、あなたに甘い夢を見せてくれない。あなたの瞳に刻まれているのは、もう先輩の笑顔じゃない。歪んで泣き叫ぶあの子の顔だ。あなたを決して映すことのないあの子の瞳だ。

 深淵を覗き込んだとき、水面に映る顔はあの子の顔だと思っていたのに、まさかあなたの顔だったなんて、僕は思いもしなかったよ。



 あなたを見て微笑むことなんて決してないあの子の代わりに、僕があなたを嗤ってあげる。





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