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最終章
170 十一月 ポスター
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泰然とした山々は
風に震える
梢の連なり
体調も良くなって、授業にも、生徒会にも復帰してみると、やはりあのポスターは生徒間で恰好の話題の的になっていた。
あの二人、デキているとか、いないとか、企業の宣伝なのだからまったく関係ないに決まっているとか。皆、好き勝手な噂話をふりまいている。
そんな噂なんてものともせず、大鴉は今まで通り自由気ままでいてくれたし、天使くんは天使くんで変わりなく彼の背中を追いかけていて。
そんな二人を見ていると微笑ましくて、僕は口さがない連中の言うことなんかに耳を傾けることはなかった。
でも銀狐の言うことには、お兄さんの一存で勝手に自分の写真を宣伝に使われた大鴉は、かなり憤慨しているのだそうだ。だからあのポスターはあまり出回ることなく、新しいポスターに切り替えられるらしい。
銀狐と一緒に行ったパブの壁面に飾られていた話題のポスターに、「僕も欲しかったな」と呟くと、銀狐にじろりと睨まれた。「無駄だよ、僕にねだっても」と彼は釘を刺すのも忘れない。僕は苦笑いを浮かべて首をすくめた。
そこで食べた大鴉の作ったアップルパイは、なぜだか懐かしい味がした。彼は東洋人なのに、僕の郷愁をかき立てる。そんな不思議なスパイスが彼の作る料理には入れられている。それはジョイントの陶酔にも似た中毒性のある甘美。僕だけじゃない、誰もが彼に惹きつけられてやまない理由のひとつ、なのかもしれない。
十一月になって、天使くんの新しいポスターが発表された。前回の大鴉と一緒のもの以上の大騒ぎになった。
銀狐は眉根を寄せ、しかめっ面で歩いている。監督生執務室に出向いて、監督生たちと長々と話し合っていることが多くなった。
新ポスターの何が問題だったかというと――。
天使くんの表情が扇情的だ、っていうのだから、僕は話を聞いて、実際にそのポスターの画像を見て、思わず吹きだしてしまったよ。
『 At the break of dawn (夜明け前)』と、コピーの入ったそのポスターは、暁の空をバックにガーデンチェアーに足を組んで腰かけた天使くんが、指先にコーヒーカップを持ったまま、上方を見つめてかすかに微笑んでいる構図だ。ただそれだけ。
ちょっと、彼の着ている白いシャツがくしゃくしゃで、乱れた髪の下のセレストブルーの瞳がしっとりと潤んでいて、ほのかに紅潮した頬に浮かぶ半開きの紅い唇が匂いたちそうな薔薇の花弁を思わせるだけで。
彼の視線の先には大鴉がいるのかな、と、そんなことを想像させる表情ではあるけれど。
こんなポスターひとつで、理性のタガを飛ばされる、っていうのだから……。うちの学校の奴ら、初心なのか、獣なのか。多分、その両方なのだろう。
とにかく、銀狐は、天使くんの所属するカレッジ寮の寮長でもある訳だし、同じくカレッジ寮の一員でもある監督生代表と話しあって、天使くんに同寮生の護衛をつけることにしたらしい。
大鴉の投資レポート問題の時でもそうしたように。いじめに発展しかねない状況に、当時の寮長は大鴉を守る護衛をつけていた。
結束が固いというか、なんというか――。
これが本来の寮長の在り方なのだろうか? 自分の寮の子を寮一丸で守る……。
僕の寮では考えられなかったことだ。この学校のヒエラルキーのトップである奨学生たちの寮だからこそできることなのか? それとも、寮長、寮生含めての、僕たちとの根本的な意識の違いなのか……。
もしも奨学生になれていたら、僕の過去は変わっていただろうか――?
冷たい木枯らしにその身を縮め、かき乱される髪の毛をしなやかな指先で押さえている天使くんは、ポスターさながらに頬を林檎色に染め、嬉しそうに微笑んでいる。横を歩く大鴉を見つめて――。少し遅れて、そんな二人を護衛らしき奨学生が見守っている。
「マシュー、もう窓を閉めて。冷えてきた」
銀狐が机に視線を落としたまま、そう告げた。「了解」、僕は、ぱたんと窓を閉めた。
「先輩、」
勢いよくドアを開け入ってきた彼らを一瞥し、僕は身を屈めて銀狐を背後から抱きしめ、その首筋に顔を埋め、唇を押し当てた。
銀狐の面が跳ねあがる。執務室のドアは叩きつけられるように閉められた後だ。
「きみ、何をしているんだ?」
彼は身を捩って僕に顔を向けた。
「ん? ああ、あの子たち、後輩たちが面倒でね」
彼に回していた腕を解いて、申し訳ないと苦笑を浮かべる。
「あれ、きみ照れてるんだ?」
顔を赤らめている彼に、僕の方が驚いた。
「いきなりそんな真似をされたら、驚くに決まってるだろ!」
銀狐はすぐにしかめっ面をする。僕はくすくす笑って、彼の隣の空いている副総監の席に座った。
「キスしたって顔色ひとつ変えなかったくせに」
銀狐はちらっと僕を横目で見やると、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
「――ジョナスに言いつけてやる」
「ひどいな! 僕らの仲を裂こうって言うの!」
僕は笑って文句を言う。
「冗談だよ」
「知ってる」
銀狐はため息をひとつついて、僕に向き直った。
「見えなかったんだ。あの子たちって、誰? 面倒なことになっているの?」
僕は机に頬杖をつき、ちょっと考えた。
「……平気。皆ボート部の子だし。僕に対してどうこう、っていうんじゃないんだ」
副寮長とあのボート部の二人組が、見ていて鬱陶しいほど互いを牽制し合っているだけで――。僕の気を引いてみたところで、どうなるって訳でもないのに。
ボート部の子は、僕をどうこうなんてことはしない。狼にきつく言われているんだ。狼が躰で注文をとってこいなんて言わないのも、僕が舐められると規律が緩んで、これまで連綿と秘密裡に保たれていた運動部内のジョイントの販売網が漏れてしまう可能性があるからだもの。
あの、死んだ奨学生のときのように。
ジョイントの売買にも、使用にも、誰もが口を堅く閉ざしていたのに、そこに僕が絡んだだけで、あっさり漏れ伝わってしまったのだから。「月下美人」の花の香に、その芳香に紛れて――。
「ややこしいことになりそうなら、早めに言うんだよ」
僕を心配する怒り顔に、僕は微笑って「うん」と応えた。
風に震える
梢の連なり
体調も良くなって、授業にも、生徒会にも復帰してみると、やはりあのポスターは生徒間で恰好の話題の的になっていた。
あの二人、デキているとか、いないとか、企業の宣伝なのだからまったく関係ないに決まっているとか。皆、好き勝手な噂話をふりまいている。
そんな噂なんてものともせず、大鴉は今まで通り自由気ままでいてくれたし、天使くんは天使くんで変わりなく彼の背中を追いかけていて。
そんな二人を見ていると微笑ましくて、僕は口さがない連中の言うことなんかに耳を傾けることはなかった。
でも銀狐の言うことには、お兄さんの一存で勝手に自分の写真を宣伝に使われた大鴉は、かなり憤慨しているのだそうだ。だからあのポスターはあまり出回ることなく、新しいポスターに切り替えられるらしい。
銀狐と一緒に行ったパブの壁面に飾られていた話題のポスターに、「僕も欲しかったな」と呟くと、銀狐にじろりと睨まれた。「無駄だよ、僕にねだっても」と彼は釘を刺すのも忘れない。僕は苦笑いを浮かべて首をすくめた。
そこで食べた大鴉の作ったアップルパイは、なぜだか懐かしい味がした。彼は東洋人なのに、僕の郷愁をかき立てる。そんな不思議なスパイスが彼の作る料理には入れられている。それはジョイントの陶酔にも似た中毒性のある甘美。僕だけじゃない、誰もが彼に惹きつけられてやまない理由のひとつ、なのかもしれない。
十一月になって、天使くんの新しいポスターが発表された。前回の大鴉と一緒のもの以上の大騒ぎになった。
銀狐は眉根を寄せ、しかめっ面で歩いている。監督生執務室に出向いて、監督生たちと長々と話し合っていることが多くなった。
新ポスターの何が問題だったかというと――。
天使くんの表情が扇情的だ、っていうのだから、僕は話を聞いて、実際にそのポスターの画像を見て、思わず吹きだしてしまったよ。
『 At the break of dawn (夜明け前)』と、コピーの入ったそのポスターは、暁の空をバックにガーデンチェアーに足を組んで腰かけた天使くんが、指先にコーヒーカップを持ったまま、上方を見つめてかすかに微笑んでいる構図だ。ただそれだけ。
ちょっと、彼の着ている白いシャツがくしゃくしゃで、乱れた髪の下のセレストブルーの瞳がしっとりと潤んでいて、ほのかに紅潮した頬に浮かぶ半開きの紅い唇が匂いたちそうな薔薇の花弁を思わせるだけで。
彼の視線の先には大鴉がいるのかな、と、そんなことを想像させる表情ではあるけれど。
こんなポスターひとつで、理性のタガを飛ばされる、っていうのだから……。うちの学校の奴ら、初心なのか、獣なのか。多分、その両方なのだろう。
とにかく、銀狐は、天使くんの所属するカレッジ寮の寮長でもある訳だし、同じくカレッジ寮の一員でもある監督生代表と話しあって、天使くんに同寮生の護衛をつけることにしたらしい。
大鴉の投資レポート問題の時でもそうしたように。いじめに発展しかねない状況に、当時の寮長は大鴉を守る護衛をつけていた。
結束が固いというか、なんというか――。
これが本来の寮長の在り方なのだろうか? 自分の寮の子を寮一丸で守る……。
僕の寮では考えられなかったことだ。この学校のヒエラルキーのトップである奨学生たちの寮だからこそできることなのか? それとも、寮長、寮生含めての、僕たちとの根本的な意識の違いなのか……。
もしも奨学生になれていたら、僕の過去は変わっていただろうか――?
冷たい木枯らしにその身を縮め、かき乱される髪の毛をしなやかな指先で押さえている天使くんは、ポスターさながらに頬を林檎色に染め、嬉しそうに微笑んでいる。横を歩く大鴉を見つめて――。少し遅れて、そんな二人を護衛らしき奨学生が見守っている。
「マシュー、もう窓を閉めて。冷えてきた」
銀狐が机に視線を落としたまま、そう告げた。「了解」、僕は、ぱたんと窓を閉めた。
「先輩、」
勢いよくドアを開け入ってきた彼らを一瞥し、僕は身を屈めて銀狐を背後から抱きしめ、その首筋に顔を埋め、唇を押し当てた。
銀狐の面が跳ねあがる。執務室のドアは叩きつけられるように閉められた後だ。
「きみ、何をしているんだ?」
彼は身を捩って僕に顔を向けた。
「ん? ああ、あの子たち、後輩たちが面倒でね」
彼に回していた腕を解いて、申し訳ないと苦笑を浮かべる。
「あれ、きみ照れてるんだ?」
顔を赤らめている彼に、僕の方が驚いた。
「いきなりそんな真似をされたら、驚くに決まってるだろ!」
銀狐はすぐにしかめっ面をする。僕はくすくす笑って、彼の隣の空いている副総監の席に座った。
「キスしたって顔色ひとつ変えなかったくせに」
銀狐はちらっと僕を横目で見やると、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
「――ジョナスに言いつけてやる」
「ひどいな! 僕らの仲を裂こうって言うの!」
僕は笑って文句を言う。
「冗談だよ」
「知ってる」
銀狐はため息をひとつついて、僕に向き直った。
「見えなかったんだ。あの子たちって、誰? 面倒なことになっているの?」
僕は机に頬杖をつき、ちょっと考えた。
「……平気。皆ボート部の子だし。僕に対してどうこう、っていうんじゃないんだ」
副寮長とあのボート部の二人組が、見ていて鬱陶しいほど互いを牽制し合っているだけで――。僕の気を引いてみたところで、どうなるって訳でもないのに。
ボート部の子は、僕をどうこうなんてことはしない。狼にきつく言われているんだ。狼が躰で注文をとってこいなんて言わないのも、僕が舐められると規律が緩んで、これまで連綿と秘密裡に保たれていた運動部内のジョイントの販売網が漏れてしまう可能性があるからだもの。
あの、死んだ奨学生のときのように。
ジョイントの売買にも、使用にも、誰もが口を堅く閉ざしていたのに、そこに僕が絡んだだけで、あっさり漏れ伝わってしまったのだから。「月下美人」の花の香に、その芳香に紛れて――。
「ややこしいことになりそうなら、早めに言うんだよ」
僕を心配する怒り顔に、僕は微笑って「うん」と応えた。
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