微睡む宵闇 揺蕩う薫香

萩尾雅縁

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最終章

172 十二月 コンサート1

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 十二月のメインイベントは、やはり学期末のクリスマスコンサートだ。学校内だけではない街のコンサートホールでのチャリティー演奏会だから生徒会にかかる責任も大きいし、多くのOBの方々と交流できるという意味ではメリットも多いのだ。
 それまであまり詳しくは知らなかったのだが、各部活、特に運動部の運営は、生徒会の自治で部費を振り分けられるだけでは成り立たないのだそうだ。
 他校どころか他国へ遠征したりもするエリオット校では、OBからの寄付が潤滑な運営に欠かせない。チャリティーとは別に、各部のキャプテンは会場に足を運んでくれた先輩方に、自分たちの部活の後援をお願いするのだという。そしてOBの方々も、演奏だけではなく、直接後輩たちを叱咤激励できるこういった機会を楽しみにされている。
 冬のコンサート、初夏の創立祭はエリオット二大社交イベントとして、僕たちのお祭り行事以上の意味があった。


「大丈夫だよ」
 僕は笑って銀狐を見やる。
「去年だって、僕の持っていた募金箱が一番収益が多かったんだよ」
 彼はまだ渋い顔を崩さない。去年のことがあるからだ。

 あれからもう一年近く経っているなんて、月日の流れるのは信じられないほど早い。
 初心な銀狐は気づかない、と思っていたのに、彼はちゃっかり僕の手をくすぐる握手の意味を理解していた。おまけに、この連中は要注意だと脳内リストに叩き込んでいたらしい。だから今年彼らには、生徒会からの招待チケットは送られていない。身内や、部活からの招待は受けているかもしれないが。

 こういう面で、銀狐は小気味良いほどはっきりしている。大口寄付者だろうと、政財界の有力者だろうと、道徳的不可を付けたら、きっぱり態度に現すのだ。僕はそんな彼を誇らしく思い、同時に心配せずにはいられない。今回だって、去年のことがあるから、僕だけコンサートの当日の手伝いはしなくてもいいと言うのだ。

「さすがにそれは他の子に示しがつかない。贔屓だって思われるよ。ただでさえ僕はしょっちゅう寝込んで皆に迷惑をかけているのだから、こういう時くらい花を持たせてよ」
 校内では陰でどんなことを言われているのか判ったものじゃない僕も、一般受けは良いのだ。特にこんなチャリティーイベントのとき、鳥の巣頭が、「あまり愛想をふりまかないで」といって拗ねるほど周りにひとが集まってくる。普段は上手く皆と交流できない僕も、するべきことが決まりきっているこういう場面では、役に立つことができるのだ。

「ね、今年で最後なんだし」
 それに今回は天使くんが演奏する。あのポスターで今一番の注目を集めている天使くんだ。大成功と大混乱が予想され、会場は猫の手も借りたいほど忙しいはずだ。

「あいつも来るって言っていたしさ」
 鳥の巣頭が来るのに、あいつの前で変な真似ができる訳がないじゃないか。これは生徒会の中で僕がちゃんとやれているってあいつに示せる、いい機会でもあるのだ。

 銀狐は眉根を寄せて首筋を掻いた。痒い訳でもないくせに。何か考え込むときの、最近の彼の癖だ。これ以上何も言わずじっと返事を待っていると、やがて彼は大きくため息をついた。

「変な奴らの相手をするんじゃないよ」
 渋々頷いた銀狐に、僕は安堵の微笑みで応えた。
「名刺を貰うのも禁止」
「それって、失礼にならない?」
「きみは部活はやっていないのだからかまわないだろ? 寄付はこちらで、って窓口にご案内して差しあげればいいんだよ」

 もしかして、銀狐は、彼が梟のフラットに踏み込んで来たときにいた連中が、このコンサートで知り合ったOBだって知っているんじゃないのだろうか――。

 そんな疑問がよぎった。まさかとは思うけれど。
 ありえない、そんなこと。僕は自分の妄想を頭の中でかき消した。

「それから、できるだけ僕の傍を離れるんじゃないよ」
 銀狐は頬杖をついて横目で僕を見やりながら、盛大なため息を吐く。
「了解、総監。精一杯務めさせていただきます!」

 にっこりとした僕に、彼も口の端でにっと笑みを返してくれた。でも、彼の金の瞳はいつになく鈍い輝きを放っていて、決して心から納得している訳ではないことを、語っていた。

 もう梟はいないのだし、僕にちょっかいをかけてくる連中なんてこっちから願い下げだ。僕には皆のように上手く人脈を作って将来に繋げていけるようなスキルはない。せいぜい喰いものにされて、いいように利用されるだけだ。もう充分すぎるほど解っている。

 だから、そんなふうに心配してくれなくても大丈夫だよ。ね、心配性の銀狐。





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