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第一話 拳銃遣いと龍少女

あなたはとっても聞き上手 Part.4

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「レイヴン、その黒い鉄砲って魔具ですよね。見せてもらってもいいです?」

 一瞬、驚きはしたレイヴンだが、魔女と魔法に詳しいうえに、魔力を探知できるアイリスが彼の持つ魔具の存在を察知しているのは、ある意味当然だった。

「やっぱり勘付いてたか」
「ふふ、レイヴンこそ」
「見る分には構わねえけど、素手で触るのはやめとけ。前に俺から銃を奪った奴は、その場でぶっ倒れたから」

 全てが光を吸い込む黒塗りの拳銃が、レイヴンのバックホルスターから引き抜かれる。たき炎をその身に受けても、銃身は奈落のように静まりかえっていて、言い出したアイリスも尻込みするくらいの威圧感を纏っていた。
 アイリスは、シャツの裾を引っ張り出して銃を受け取ると、刻まれているエングレーブを観察していた。

「その銃、一発撃つだけですんげぇ体力持ってかれてたんだが、この間のアイリスの話聞いて納得したわ。鉛と一緒に撃ちだしてたのは、俺が練ってた魔力だったんだな」
「え、知らずに使ってたんです? あぶないですよ。大体レイヴンは、魔具がどういうものなのか理解してるんです?」

 彼は肩を竦めるだけ。
 使える物は何だって使う、魔女を撃つことさできれば何だって良かったがしかし、銃を検めるアイリスの表情は神妙だ。

「魔具とは、神話の時代に月の向こう側の世界から落ちてきた、悪魔の魂の欠片だと言われています。所有者の望む形に姿を変え、力を与えたり破滅に導いたり、伝承は沢山残ってるんです。中には人を操ったりする危険な能力を得た魔具もあるんですよ?」
「俺はガンマンだぞ、銃を使う側で、使われたりはしねえ。……アイリスはさっきから、何を探してるんだ」
「この銃の模様を読もうとしてるんです、文字ですよこれ、悪魔文字です。多分、込められてる魔法が文字になってると思うんですけど……」

 黒い銃身に掘られている上、銃自体が光を吸い込んでしまうので四苦八苦しながらアイリスは解読しようと努力していた。とはいえ、どうも曖昧な知識らしく、まともに見えても解読が捗ったかは怪しい。

「えっとぉ……これがRで、これがEだから……。あれ、ちがうかな……?」
「別に平気だって、これまでもなんともなかった」
「しずかにしててください、集中してるので」
「魔法がこもってようが道具は道具、気にしすぎだ」

 からかい混じりにレイヴンが言っても、考え続けるアイリスには邪魔になるだけで、彼女の黄金の瞳に射られては口を噤むしかない。

「りべりおん、と書いてありますね」
「反逆者リベリオンね、社名じゃないよな。それから?」
「名前はこの魔具が銃をかたどった理由に繋がると思います、あとは所有者の人間性とかを表わしてるかと。う~ん、全部解読できないのなんとも言い切れないんですけど、たぶん、悪い魔法は込められてない思います……」

 ようやく口を開いたアイリスだが、案の上と言うべきか自信はなさげで、むしろ余計な不安を煽られたような感じがするレイヴンである。

「まあ、どうであれ使うがな、魔女に一発ブチ込むにはそいつがいる。もういいか」
「はい。わたしを信じてくれて、ありがとうです」

 他の銃を扱うようにくるりとスピンさせると、レイヴンは魔具――、魔銃をホルスターにしまう。どんなものであれ道具は使われる為にあり、この主従が逆転しては人間が道具に成り下がる。否定する、というよりも確固たる目的を持っていれば操られるなど有り得ないと考えているレイヴンには、いくら曰く付きの代物だろうと銃は銃に過ぎなかった。

 しかし、顔には出さずに彼は考えていた、確かに迂闊だった行動を。

 普通の銃でさえ、おいそれと他人に渡せるものではなく、ましてや強力な魔具ともなれば、奪おうとされても不思議でなのだ、だのに彼女になら持たせても良いだろうと、レイヴンは無意識に感じていて、その事実に彼自身が驚いていた。

 そうだと感じた理由は判っている、だが、容易く信じたことが驚きだった。

「レイヴンが想像したとおり、その魔銃は魔力を弾丸に込めることが出来るみたいですね。一発に込める魔力によっては、山の形を変えたり出来るかもです」
「威力が変わるのは何度か見てるが、そんな大それた事まで出来るのかよ」
「予想ですけどね。ただ、やめたほうが絶対良いです。魔力は生命力と同義ですから、一気に放出しすぎると死んじゃいます。それに人間が練れる魔力量だと、そこまで大きな力は込められないでしょうし」

 その危険性については、魔銃を放った後の感覚からレイヴンも察していた。たかだか数発撃っただけで一日中走り続けたような疲労感に襲われれば、リスクを孕んだ魔具なのだと思い至るのは容易い。元より、仕組みもよく分からない魔具を使う上で危険は承知しているが、アイリスの話にはある種の可能性が含まれていて、レイヴンとしては魔銃を使い続ける上で確認しておきたいことがあったのだが、彼女の……物憂う眼差しに捉えられ言葉を呑み込んでしまった。

「……レイヴンは、魔女を殺すつもり、なんですよね?」

 ヤマアラシを撫でる慎重さで、彼女は核心に触れ、それから続けた。

「わたしが魔女かどうかって訊いたじゃないですか、あの時、わたしが頷いていたら、その…………わたしのことも、撃ちましたか?」
「まさか、お前が魔女だったとしても殺しやしない。恨みあるからって手当たり次第に殺して回ってたら、本人に当たる前に俺が死ぬ、借りのある魔女は一人っきりだ。それに違うんだろ、そんなこと訊いてどうする」
「それはですね、そのぉ……なんていうか……」

 不安と不信。

 言い淀むアイリスの心に渦巻く「こわい」という感情は、彼を信じているからこそ沸いてくる矛盾したもの。そして、自分の向ける一方的な好意に、嫌々ながらも応え、旅の同行を許してくれたレイヴンに対して、彼女は一つの後ろめたさがあった。

 全てを話してくれた相手に、秘め事などと……。

 一言目を発するのにさえ勇気が必要で、アイリスは小さな手を握りしめて、気持ちを奮い立たせた。

「あ、あのですね、レイヴン! 気付いてなかったと思うんですけど、わたし、あなたに隠していたことがありましてッ!」
「ああ、知ってる」
「黙っていてほんとうに…………、え? なんで知ってるんです? 完璧に隠していたのに」

 まともに顔も見れずたき火に縋ったアイリスだが、彼の返事は拍子抜けするくらいあっさりとしたもので、頓狂な声を上げてしまった。

「毎度思うがその根拠のない自信はどっから出てくるんだ。隠し事なんて誰にでもあるし、それにアイリス、お前は見るからに怪しい。子供も騙せやしねえぞ」
「そんなぁ……! 気付いてたなら言ってくださいよ、ひどいです、乙女の心を弄ぶなんて」
「他人の腹を勝手に探るほど野暮なことはねえだろ。話したくねえから話さない、なら俺も訊かねえ。人の過去をあれこれ詮索する暇があるんなら、てめぇを見直せって話だよ」
「レイヴンは、わたしのことキライなんです?」
「人に対する感情は二つじゃないだろ、好きにも嫌いにも種類は沢山ある。お前は、そうだな、そこまで嫌いじゃねえよ。鬱陶しい時はあるが」

 一番言って欲しかった言葉は聞けなかった。それでも、はぐらかすように煙草を探すレイヴンを見ていると、アイリスは頬が緩んでしまう。皮肉屋で、でも優しいところもあって、彼に出会えたことは本当に幸運だったのだと思える。

 だからこそ、黙っているなんて、騙し続けるなんてできなかった。

 アイリスが煌々と照らす月を見上げて静かに立ち上がると、マッチを擦っていたレイヴンは彼女に気付いて顔を上げ、眉根を深く寄せた。


 なにしろ、アイリスは自分の服を脱ぎ始めていたのだから。
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