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第一話 拳銃遣いと龍少女

選択肢《ワースト・オブ・トゥ・オプション》Part.9

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 昨夜の一件以来、レイヴンが初めてクレイトン家の面々と顔を合わせたのは朝食の席だった。連れの女が働いた無礼は、牧場から蹴り出されても文句の言えないものだったはずだが、卵を七つも食わせてくれた辺り、一晩で気持ちの整理を付けたらしい。付け足しておくとボビーの奥さんがこしらえたミートパイが最高に美味かった。皮はぱりっと歯ごたえよく、牛肉の味付けも重労働が待っている牧夫の身体に活を入れる濃いめの味付けである。

 その後は至極当たり前の様に、柵の修理を再開し、午後になってボビーが放牧中の牛の様子を見に行っている間、レイヴンは一息ついていた。降って湧いた夢の為にも、牧場でのイロハを学んでおいて損はなく、龍使いの魔女を追おうにも居場所が分からないのでは動きようもないのだ。
 そして半呼吸くらいの休憩も残念ながら終わりを告げることとなった。誰の所為かはまでは、敢えて言うまでもないだろう。

「にいちゃん! 約束まもっておくれよ!」

 駆け寄ってくる姿を見た時点でレイヴンは諦めていて、強度を確かめていた柵から腰を下ろす。押し問答したところで昨夜の二の舞になるのは明白すぎる表情で迫ってこられては、いっそ折れた方が早くすむのだから。

「親父さんから許可は――」
「もらった! パパも教えてもらいなさいって言ってた」

 親指立てたジョンの笑みは、元気過ぎて鬱陶しいくらいだ。
 提示した条件をクリアしてきたのでは、難癖つけるのも無理である。深い溜息で切り替えると、レイヴンはガンベルトを一撫でして場所を移した。牧場内で練習するにしても、目立たず開けた場所の方が良い。そんなわけで、柵に沿って歩いた二人は空になっている牛柵の中に入っていった。

「んで、なにを教わりたい?」
「早撃ち!」

 即答で、今の返事こそ早撃ちだ。

「僕、レイヴンみたいな早撃ちができるようになりたい!」
「なるほどね……」

 ジョンの要求は一〇段階くらいすっ飛ばしてのリクエストである。銃を扱うにしても牛を育てるにしても、物事には順序があるものだが所詮は子供の考えだ。妹を守る為と、その覚悟は立派だが発想は年相応、しかしやる気は本物のようで顔つきも真剣だ。ならば下手に型に嵌めるより好きに学ばせた方が良いだろう。基本的な銃の扱いを学びたければ、父親に訊けば良いのだ。

 レイヴンは左腰に提げているリボルバーを取り出すと、ローディングゲートを開けて一発一発抜弾、空になったその一挺をジョンに渡した。
 黒鉄に木製のグリップ、数多の決闘をくぐり抜けてきた銃の重さは、生々しく少年の手を沈める。

「うわぁ……本物だ……」
「木彫りの銃じゃ練習にならねえからな、今日はそいつを貸してやる。――どうした?」
「にいちゃん、この銃、壊れてないかい」

 ジョンが不安そうに指さしたのは、拳銃の照星フロントサイト。本来なら狙いを付ける為にあるべき出っ張りが、すっかりなくなっているのだ。これじゃあ狙えないよと彼は言うが、拳銃の距離、ましてや早撃ちが必要になる距離では、そんなもの不要。むしろ抜撃ちの際ホルスターに引っ掛かる可能性がある為、削り落とすのが普通だった。

「抜き易くしてるんだ。いいから始めるぞ、まずは好きにやってみろ。ホルスターから銃を抜け、素早くな」
「なんか適当じゃない? ちゃんとおしえておくれよ」
「俺のやり方がお前にあうとは限らないからな、よっぽど変じゃなきゃ口出しはしねえ。つべこべ言わずにやってみろ」

 早撃ちとは殺しに繋がる技術だ。
 銃を提げる位置に始まり、重心の置き場、銃の握り、抜き方、構える位置と、方法は千差万別でガンマンの数だけ正解がある、つまりそこに正しい形など存在しない。仮に決闘となれば、生き残った方が早撃ちとして正しいのだから、自分のスタイルは自分で身に付けるしかない。

 のだが……、気になる点が多すぎて、レイヴンは色々と口を出してしまうのであった。

「まぁ悪くねえが、その位置だと銃抜きにくいだろ。すこしベルトあげてみろ、グリップは腕を伸ばした時より、ちょい高めの方が抜きやすい。それと、銃が重いんだろうが、力を入れすぎだ。筋肉が緊張しすぎるとかえって遅くなる。……緊張してるのか?」
「ちょこっとね、拳銃は初めてさわるし」

 ガンベルトを調整すると、ジョンは頷いてみせた。やる気がある分わがままを言うかと思えば存外に素直で、レイヴンの口も少しばかり軽くなった。

「早撃ちの練習も大事だが、銃を持っている感覚に慣れた方が良いかもな。木彫りの銃でもいいから、ベルトと一緒に携帯しとけ。そうすりゃいつでも練習できる」
「わかった。どこに銃をもってるのが一番いいの?」
「人それぞれだ。俺みたいに普通に提げてる奴もいれば、グリップを逆向きに挿してる奴もいる。あとはベルトに挟んでたり、ガンベルトを斜めがけしてる奴もいるが、何処に提げてようが、先に撃てなきゃ同じだ」
「じゃあ一番早いのはどれなんだい」
「俺は、普通に提げているのが早いと思うが、絶対とは言い切れないな。とはいえ基本の形ではあるし、練習しといて損はねえから今日はこれで慣らしてみろ」

 才能云々を抜きにして上手くなりたいならば、何事も練習が一番の近道だ、世の中の大抵の事は継続して練習することで上達する。手っ取り早く成果を得たいと思うのは性かもしれないが、その時点で工夫するか、楽をするかで結果は大きく別れてしまう。幸いにしてジョンには集中力という才能があったようで、レイヴンが柵にケツを乗せて眺めている間も、緊張感を保ったまま抜撃ちの練習に励んでいた。

 言葉で語らずとも、額の汗と顔つきだけで、そこにどれだけの思いが込められているかは明らかだ。
 そうなると、助言のもう一つくらいくれてやるかと、レイヴンは手近な小石を拾って投げた。緩やかな放物線を描いた小石は、ジョンの頭でコツンと跳ねる。

「いたっ⁉ なにするんだよ、にいちゃん!」
「今のが弾なら死んでるぞ。まぁ、いい集中力ではあるが……」

 煙草を踏み消してから、後頭部を摩るジョンの所へ歩み寄ったレイヴンは自慢げに口角を吊り上げていた。

「レッスンその2。銃だけに集中するな、だ。常に一対一とは限らねえ、銃を抜く時は周り全部を警戒しとけ。ついでに隠れられる場所の目星も付けといた方がいいな」
「そんなこと言ったって、レイヴン。後ろなんて見えないじゃないか。どうやって隠れろっていうんだよ」
「あ? そんなもん、一回周り見渡せば覚えられるだろ」
「ふ~ん、じゃあにいちゃんは、後ろになにがあるか全部言えるの?」

 試してくるとは上等だ。レイヴンは眉を片方上げると、生意気を吐いたジョンの挑戦を受けて立つ。彼は少年から目を逸らさずに、背にある風景を有事の際、どう用いるかという視点で説明し始めた。

 まず周りを囲んでいる柵は、隙間が多い為身を隠すには向かない。外部から襲撃を受けたなら、左手にある厩に陣取るのが良いだろう。二階があるから狙撃に丁度いいし、そこそこ頑丈だ。ただし、飼葉に隠れるのは弾が抜けてくるからお勧めはしない。それか右手にある小屋か、その手前に置いてある馬車を遮蔽物にするのもありだ、どちらも弾を防ぐには申し分ない。母屋に立てこもるのは最終手段だ、そこまで攻め入られたら、火を点けられて終わりだろうから。

 つらつらと説明してやると、ジョンは目を丸くして「すげぇ」と溢したが、驚くにはまだ早く、レイヴンは背中越しに起きている事態を現在進行形で言い当てた。

「クリスタルとアイリスが、母屋から出て来たな? こっちに歩いてきてるだろ」
「えぇっ⁉ どうしてわかるの⁉」
「お前が教えてくれた、表情が素直すぎるな」

 人の目というのは、止まっている物よりも、動いている物に反応しやすい。それが好きな物となれば余計に。相手の表情が浮かべる僅かな機微を捕まえさえすれば、後ろに目がなくても何かが起きているかぐらいは知ることが出来る。詳細を言い当てるには、その反応示している相手について知っている必要があるが、ジョンは妹が好きすぎるため露骨でさえある。

 レイヴンは続けた。

「二人で楽しそうに話ながらこっちに来てる。……お前になにか、合図したな。アイリスだろ、静かにと、合図を出してる」
「ううん、ちがうよ」

 ジョンは首を振るが、やはり彼も人を騙すには向いていないようだった。視線がちょくちょくレイヴンの背後へと向けられている。

「――そのままでいい、しらばっくれてろ。アイリスはなんとか俺を驚かしたいみたいなんだ。囲いの中に入ってきたな、忍び足だが、よく聞けば足音を消し切れてない。抱きつこうってんだが、そうはいかねえぞアイリス」

 くるり身を躱せば、真白い細腕が空気を抱きしめ、アイリスはぷっくりと頬を膨らませたのだった。彼女の横には、やはりクリスタルも一緒である。
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