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第一話 拳銃遣いと龍少女

選択肢《ワースト・オブ・トゥ・オプション》Part.11

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 開拓されてはいても、一家族が耕せる土地など、そう広くはなく、ましてや牛を放牧しているために殆どが手付かずといっても差し支えない。アトラス人が自然を破壊しているとインディアン達は言うが、よほどの大都市でもない限り、人は所詮自然の一部に過ぎず、日々の糧に感謝し努力を重ねて生活している。

 クレイトン牧場は起伏も少なく開けた場所にあるため、あらゆる物がよく通る。

 それは人であり、風であり、臭いであり、景色であり、そして音である。

 中でも銃声は自然界にないが故に、人間の耳に入りやすい。非情で危険なその咆哮は、龍のそれに近い恐怖を聞く者に味わわせる。誰かの命が奪われる時の音色だ、蒸し暑い日中でも突然冷や水をぶっかけられた様な震えが起きても笑いはしない。
 実際、出先から帰ってきたボビーは馬を急かしたらしく、下馬した時には尋常じゃない汗が額を濡らしていた。

「さっきの銃声は⁉ 何があったんだッ⁉」

 牛用の囲いで集まっているレイヴンを見つけるや彼は詰問した。が、地面にへたり込んでいるジョンを見つけるなり、今度は怒鳴り声を上げたのだった。この事態をある程度予測していたらしい。

「ジョン! パパの言ったことを忘れたのか、銃を持つにはまだ早い・・・・・・・・・・と、昨日話しただろう」
「え?」

 アイリスの頓狂な反応を見咎められていたら言い逃れはできなかったろう、しかしボビーがわんぱくな息子にお冠なおかげで、気付かれずに済んだのは幸いだ。同じく、そんなことだろうと予想していたレイヴンは、しれっと回収した拳銃をホルスターに戻すと、ガンベルトを直して言い放つ。うっかり口を滑らしそうな龍に一瞥くれるのも忘れない。

「なんでもない、ボビー。俺が撃ったんだ」
「撃ったって……、あんたも昨日の話は聞いていただろう、なぜ勝手に銃を教えたんだ。息子にはいずれ俺が教える、必要になるからな」
「そんなことしてねえさ、囲いの点検してたらジョンの足元にお客さんがいたもんでね。声かけるより撃った方が早かった」
「どういう意味――」

 撃つには撃った。しかし、言葉通りにレイヴンが脚をどかした先に、頭部の弾け飛んだ蛇の死体が転がっていれば、ボビーも納得せざるおえない。その上、猛毒を持っているガラガラ蛇の死体となっては、銃声が鳴らなかった時を想像した方が恐ろしかった。大人でも噛まれれば四分六、子供なら九割は命を落とす猛毒を持っているのだから。

 まぁ、ジョンはそんなこと気が付いていなかっただろうし、それよりも銃火に身を晒したショックが大きかったせいか、まだ地面にへたり込んだままである。
 瞬間とはいえ、悪戯心から一転して死の恐怖を味わえば、固まってしまうのは無理からぬ事で、父親に抱きかかえられて母屋に連れて行かれても恥じる必要は無い。それに怪我をしていたとしても膝を擦った程度だろうから、小さい魔女に任せればすぐに治るだろう。クリスタルも兄を心配して一緒に母屋に向かっていた。

「レイヴンは、また嘘をつきましたね。何故です?」

 遠ざかる親子の背中を見送りながらアイリスが問いかける。どうやら彼女は、ジョンを庇った理由が分からないらしいが、これは彼女が龍だからではない、どういった人間を気に入るかの問題だ。

「ジョンが嘘をついたからだ」
「むしろ憤るんじゃないです? あなたなら」
「実害被らなきゃいいさ、それにあいつは学んでるみたいだしな」

 ニタリと、悪そうな笑みを浮かべるレイヴンは、ある意味でジョンを認めてもいた。あの少年は妹を守る為に手段を選ばないと決めたのだから、その決断力は褒めるべき点だ。僅かに一夜、内容は稚拙でこそあったが、その時間でジョンは人を騙す必要性を学んだのだ。学ぶべき相手に嘘をつくなんて、馬鹿らしいが度胸の据わった行動だ。今回はしくじったが度胸の使い方を学んで、頭を巡らせるようになれば長生きできるだろうさ。

 綺麗事で誰かを守れるなら、あらゆる武器は生まれていない、ならば正義を成す為に悪事が必要な場合もある。

 が、アイリスは納得しかねると首を傾げていた。

「良いことをする為に悪いことをするんです? ひどい矛盾を感じますね」
「あほか、世界は矛盾で出来てんだよ。お前を助ける為に俺も人を殺した、これだって善悪の裏表だ。それに実際、蛇を殺したことを誰も責めなかったろうが」

 撃たれた蛇にしてみれば不条理に命を奪われているのだから、レイヴンの行為は咎められるべきだ。しかし、そうはならなかった。蛇が死んだことでジョンが助かったと解釈すれば、命を奪う行為、アイリスの言う食べるわけでもない殺しが正義に変わる。そしてこの考え方で行くと、生物が生きるという行為自体が、食物連鎖の悪によって成り立つ正義となり、生きている以上、アイリスも同じ括りに含まれるのだ。そうなれば、不条理であっても呑み込むほかなく、彼女はしつこく咀嚼しながら意見を腹に収めていった。

「それに知り合いが危ねえ目にあってりゃ、正義だ悪だなんて考えはどっかに消える。悩むのは後になってからだ。お前だって、ジョンが危ないと思ったんだろ?」
「ええ、それは否定しませんけど……。そういえば、レイヴンは何故、毒蛇がいるとわかったんです? 背中を向けていたのに」
「アイリスがジョンを見てた、だから俺は撃てた」

 あの瞬間、レイヴンが反応したのは銃を抜こうとしたジョンの気配ではなく、危機を察知したアイリスの表情だった。仮に客席が無人だったら、ジョンは毒蛇に噛まれていただろう。無事に収まったが、かなり危ない瞬間だったのだ。

 まったくの幸運がジョンを救った。何か一つでも掛け違いがあれば、向こうに見える家族の背中は別の感情を現わしていただろう。

「ステキです、人間の家族というのは……」
「そこでどうして俺を見る」
「ふふ、な~んでありません! ……ん? レイヴン、あれ見てください」

 笑顔から一転、眉を顰めたアイリスに釣られて目を向ければ、クレイトンが牧場のど真ん中で突っ立っている。ジョンをまだ抱えたままだし、クリスタルは彼の足にしがみついていて、なんだか様子がおかしい。

 不審に思って近づけばボビーは遠くの稜線を見つめていた。
 馬に乗った人影が三つある、ガンマンだ。

「……厄介な客みたいだな、手ぇ貸そうか」
「いや、結構。――お嬢さん、すまんが子供達を頼まれてくれるか」
「抱かせてくれるんです? もちろん、いいですよ。さぁジョン、クリスタル。クレイトンさんはお仕事があるようですので、お家に入りましょうか」
「俺はむしろ、お前の方が心配だ、面倒見れるのかよ」
「当たり前じゃないですか。レイヴンはわたしの事を侮っています、侮りすぎです」
「抜けてっからなぁ……。クリスタル、アイリスの面倒見てやってくれ」
「……うんなの。パパ、れいぶん、きをつけてね」

 不安げなクリスタルを元気づけると、状況を知ってか知らずか、アイリスは呑気に子供達を母屋に連れて行く、しかしボビーのところに残った男が一人いた。

「あんたも、家に入っててくれ。厄介なことになる、これは家族の問題なんだ」
「そう言うなよ、例の魔女絡みだな?」
「……そんなところだ。下僕の連中が話し合いに来ただけだろう、穏便に済ませたい」
「力関係が対等じゃなきゃ話し合いにもならんぜ、どうにも気に入らねえ予感がする。あちらさんはヤル気だ、腕利きのガンマンが横にいりゃ、あんたも安心できるだろ?」

 善意によるものでは決してない提案だ、レイヴンも彼等に伝えたいことがあるのだから。
 彼が湛える眼光は銃身が如く鈍い。だが、実力があり信じられたとしても、同席を許すかは別の問題だ、ボビーが最も危惧しているのは家族に危害が及ぶことなのだから。

「あんたも家に入っててくれ。どうか、頼む」

 決意は固そうだ。
 家長の意思を尊重したレイヴンは、肩を竦めて母屋へと入っていく。
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