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第二話 イザリス砦に棲む獣

エピローグ 陽が沈むほうへ――

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 夢の中にいるのか、それともすでに目覚めているのか。

 判然としない記憶を順繰りにつなげ合わせながら、重たい瞼を上げてみれば朝焼けに似た光が、暗闇の隅でちらちらと揺れていた。
 手足は沼に沈んでいるみたいに気怠く、考えだってまとまりをみせようとしない。一個記憶を拾い上げても、次の欠片を探す間に手からポロポロ零れていってしまっているようで、なんとも無駄な作業をしている気になってしまうのだ。

 しかし、……とりあえず、生きてはいるんだろう。
 恐ろしいほどの倦怠感に苛まれてこそいるが、それこそ無事でいる証である。とはいえ、身体はやはり重すぎ、起き上がるにはもう一眠りくらいは必要だ。そう思って大人しく瞼を閉じて寝返りを打とうとしたら、弾力のある枕がもぞりと動くのを感じた。

「…………ん?」

 ふと――、いやようやく、と言えるかもしれないが、朝焼けにぼやけた地平線のようだったレイヴンの思考がくっきりと形を持つ。

 ――横になっているのはなんとなく分かるが、一体どこで横になっているのだろう。
 その疑問に答えるようにして、顔に被さっていたハットがどかされると、木陰から差し込む眩しすぎる日差しに彼は顔をしかめる。
 起き抜けに太陽を見るのは突然熱湯を飲まされるくらい辛いものだ、だが、うっすらと目を開いた先で、こちらをのぞき込んでくる笑顔を見つければ、むしろ安堵が広がった。

「目が覚めましたです?」
「アイリス……」

 膝枕の上でレイヴンがつぶやくと、彼女は優しく微笑みを返した。

「……無事だったか」
「はい、レイヴンのおかげでなんとか。――気分はどうです?」
「ひでぇモンだ、二日酔いのままロデオをやった感じだよ」
「ふふ、元気そうで何よりです、レイヴン」

 それからアイリスは、近くで草を食んでいるシェルビィに声をかけた。「もう安心ですよ」そう彼女が言うと、興奮した低い嘶きが響く。
 明らかに苛々した声だった。

「……あいつ、なんだって?」
「怒ってます、『いつまで寝てるんだ』って。――もう、素直じゃないですよ、シェルビィ!」

 なんてアイリスが言っても、シェルビィは顔を背けて食事に戻ってしまう。まぁ、勝ち気な牝馬だ。情けない姿を晒している乗り手を叱咤くらいはするし、反論が思いつかないレイヴンは苦笑いするしかなかった。

「ヴァネッサも感謝してましたよ、いま砦の様子を見に行ってくれてるんですけど……、あ、ちょうど帰ってきたみたいです」

 颯爽と地を蹴る地鳴り、視界の外だったが、馬が近づいてきている事はレイヴンにも感じ取れ、しばらく気持ちのいいリズムに耳を傾けていると、はんなりと下馬した人物が軽く草を踏む気配がした。

「ふぅむ……、もう少し時間をかけた方が良かったかのう?」

 木陰で膝枕しながら佇む男女、仲睦まじい様子を茶化すみたいに口元を歪めながらヴァネッサは言い、アイリスの膝上で横になったまま見下ろされるのが居心地悪いレイヴンが起き上がろうとすると、彼女はさらに悪戯っぽい笑みを刻む。

「無理をするな小僧、動けぬ吾等を運んでくれたのはアイリスだぞ? 困らせるな。恥ずかしがらずそのまま休んでいればよいではないか。もうしばらくすれば魔力が巡って動けるようになるからのう。……それとも、本当はすでにうごけるのかのう? ふふふっ」
「この……、バカにしやがって…………」
「ほらレイヴン、大人しく寝ててくださいです」

 腹に力込めて起き上がろうとしてみても、頭が少し上がるくらいで、アイリスは彼の反抗を指先一つで太股に押し返してからヴァネッサに砦の様子を尋ねる。
 分かり切ってはいたが、惨状だと、ヴァネッサは頭を振った。

「明るくなるとよく分かる、酷いものだ。建物の半分は破壊されていたよ、遺体はほとんど残っていないが生き残ったのは吾等のみだろうのう、昨晩の騒ぎを聞きつけた隣町の者達で溢れかえっていたから、亡くなった者達の供養は彼等がしてくれるだろう。……回収出来たものと言えばこれだけだ」

 ヴァネッサは一見なんの変哲もない革袋を――ベヒモスの革袋――振ってみせる。袋に入るものならばいくらでも持ち運べる魔術がかけられた便利な袋だが、アイリスにはそれよりも、もう一度確かめておきたいことがあった。ヴァネッサも、その為に砦に戻ったと言っても過言ではない。

「……それで、どうでした? 魔具は残っていましたです?」

 ――ふるふる、とヴァネッサはまた頭を振った。
「やはり全て持ち去られていた、小僧の魔銃を除いてのう」
「そう、ですか……」

 持ち去られた魔具を少ないと取るか、それとも多いと取るか。どちらにせよ苦渋を舐めたことには変わりなく、誰しも表情が曇る。奪われた魔具がまた一つにまとめられても、或いは悪意ある者にバラ巻かれても厄介なのだが、彼等の中で一人、別のことに関心を向けている者がいる。

 起き上がれずとも眼光鋭く、レイヴンが問う。あの魔女はどこへ消えたのかと――

「……さてのう、吾には皆目見当も付かぬよ」
「ハッ、そりゃあそうか、気絶してたんだからな」

 つまるところだ、レイヴンにとっては魔具だの邪龍だのは二の次三の次であって、世界を守るのがヴァネッサの使命だとするならば、殺された仲間の仇を討つのが彼にとって使命と言える。そして、その絶好の機会を逃した無念は一夜程度で晴れはしせず、伝わる悔しさを悲しく見つめるアイリスがぽつり、「西へ」と、こぼした。

「あの魔女は、朝陽から逃れるように、宵闇を追うようにして西へと向かいました。きっとここより西の地で、さらなる混乱を巻き起こそうとしているに違いありませんです、憎しみを集わせ邪龍を、完全な姿で復活させるために……」
「あり得るのう。建国から百年も経たず、国土は広大、西部は未だに無法地帯と言って差し支えないからのう。混乱の火種はあちらこちらで燻っている、邪龍復活には好都合だろうな。――ときに小僧」
「なんだ?」
「アイリスから聞かせてもらったが、主は件(くだん)の魔女を追っているのだそうだのう」

 パッ、とアイリスは自分の口をふさいだが、今更慌てたところで言葉は消せないし、申し訳なさそうにしょげている姿を間近で眺めてしまっては、膝上にいるレイヴンも咎める気になれなかった。

「……至極、個人的な理由でな。お前の使命とは無関係だ」
「詮索はせぬさ、魔女を追うなどと大それた事を考えるくらいだ、如何な理由であれ、主の生き方において重要な事なのだろう?」
「さっさと本題に入れよ。先に言っておくが答えはNoだ、協力はしねぇ、あの魔女は俺の獲物だ、俺が殺る」

 手を出すならば、いや横入りするだけでも諸共撃ち抜く、もう一度奴の前に立った時には必ず討つ、間には虫一匹でさえ入ることを許さない。
 眉根を寄せたレイヴンが、三度まみえる瞬間を地平線に望んでいると、ヴァネッサが言う「協力など望んでいないさ」そう微笑んだ彼女は、とつとつと語り始めた。

「主は邪龍復活に力を貸してくれたのだ、これ以上の協力など求めはしない、そして無論、主を止めたりもせぬ、この世の果てまで魔女を追い、思いの丈を晴らすが良い。……しかしのう、小僧。主が望むと望まざるとに関わらず、吾等は協力することになるぞ」

 目的地も出発地点も別々、そして違う道を進んでいても、ある一点で交差するならば顔を合わせる事態には遭遇し、更に言えばヴァネッサは使命を果たすために手段は問わないだろう。
 そこはレイヴンも同意するところ、今回がいい例だ。

「重ねて言うが小僧、主を止めようなどとは微塵も思わぬよ、動機がなんであれ邪龍復活を阻む一矢となるならば子細は問わん。故に吾が協力しよう、主の魔女狩りにのう。狩りの心得がある主ならば獲物について知る重要性を理解しておるだろう、確実に仕留めるためには、時間をかけて相手を知らねば。遅かれ早かれ知る情報を伝えるに過ぎぬが、噛みつくほどに不服かのう?」
「……俺を顎で使おうってか、お前の得はどこにある」

 そう問われていても、ヴァネッサは思慮深く首肯するだけ、まるで「その答えはすでに知っているだろう?」とでも言いたげに瞳を細め、業腹ながら反論できないレイヴンは、一転、真剣な眼差しで口を開く彼女の言葉に耳を傾けるしかなかった。

「さて、伝説の中に残る邪龍を信仰し崇める者共《教団》、彼奴等が邪龍復活を掲げ魔具を集めていること、そして、その首魁が魔女であることはすでに二人に話したな?」
「はいです、蘇らせた邪龍の力を使って世界を我が物にしようとしてると……、けれど――」
「――上手くいくとは思えねぇよな、実際に殺りあった身としちゃあよ」

 二の句を継いだレイヴンに頷きを返すアイリス。尊大にして邪悪、強大にして傲慢、それこそ世界を丸々喰い潰さんばかりに溢れる力を持つ邪龍が、矮小な人間如きに感謝を示して力を貸すなどあり得るはずがなく、甘言を囁いてきたとすれば、その裏には必ず思惑がある。

「それも以前に話したろう、《教団》に属する大多数は邪龍復活の意味するところ、その真意を知らないと。これはあくまで吾の想像だが、魔女と一部の者を除いては都合のいい伝説を信じているに過ぎぬよ」
「んん? ちょっと待ってくださいですヴァネッサ。それじゃあ、レイヴンが追っている魔女と、邪龍を復活させようとしている魔女は――」

 そう、同一人物である。

 悪意ある者に魔具を渡しているのも、レイヴンの仲間を殺害したのも同じ魔女。すべては邪龍を蘇らせるなどという、とびきり迷惑で病的な目的のためだ。
 忘れもしない黒い髪、紅い瞳に龍を従えたあの姿。改めて狙いを定めるようにして、レイヴンは静かに尋ねる。

「奴の名は?」
「教団内ではこう呼ばれているようだ《龍遣いベアトリーチェ》と」
「…………ベアトリーチェ、ベアトリーチェか」

 陽炎にぼやける獲物に弾を撃ち込むのに邪魔なゆらぎ、そいつを取り除きながら、レイヴンは遠く向こうの標的を見据えて反芻する。一度名を口にするごとに、覚悟を身に刻んでいるようだった。

「……しかし、驚いたのう」

 しみじみとヴァネッサが呟く。
 聞けば、これまで教団を主導する魔女がいることは確認されていたが、その容姿についてはまるで判っていなかったと言う。ヴァネッサの仲間も、これまでに教団の魔女と闘った事があるらしいのだが、魔女と出会って帰った者はおらず、現場に残っていたのは魔力の残滓と黒い焼け焦げばかりという話。にもかかわらず――

「ただの人間である主が、良く無事でいられたものだのう。どうやったのだ?」
「関係あるのか? いいから続きを話せよ」
「ふぅむ……、まぁ、とにかく繋いだ命だ、儲けたと考えるべきだろう」

 鼻先をとんとんと叩きながらヴァネッサは考えを巡らせていたが、零した感想は意外とさっぱりとしたもので、すぐに彼女は話を戻した。
 魔女ベアトリーチェ、邪龍に仕えるこの魔女は膨大な魔力を持ち、この世ならざる魔法を扱うという。だが、災厄の天才、そう呼ぶに相応しい力を有しているにもかかわらず、ヴァネッサを含むダークエルフの魔女達さえ、ベアトリーチェの存在を知ったのは、魔具の絡んだ事件が目立ち始めたここ数年の事らしい。

 そこまではいいとしてだ、寄せられたレイヴンの眉根には釈然としないと書いてある。

「……その情報を、どうやって活かせってんだ?」
「僅かでも敵を知っておいて損はなかろうよ。それに、主の存在は魔女に知られてしまった、これからは教団の信者にも狙われることになる。とはいえ、一方的に寝首を掻かれるのは避けたかろう?」
「より一層の用心が必要、ということですね」
「うむ、何処に彼奴等の手先が潜んでいるか見当も付かぬからのう。それから、もう一つ助言をしておこうか。――小僧、魔女を追い詰めたとしてもだ、くれぐれも月夜の晩に深追いはするな、討ち取るのならば陽の下で臨め」

 見つけたときがベアトリーチェの最期の時だと、とっくにそう決めているレイヴンには右から左の戯れ言と同じ、昼だろうが夜だろうが、地獄の門はいつだって開いている。四十五口径の片道切符で向こう側に叩き落としてやるだけだ。

「……聞く耳持たぬなら好きにすれば良い、止めはせぬよ、届かぬとは思うがのう」
「何故、そう言い切れる」
「月ですよ、レイヴン。月光りには魔力を増幅する効果がありますから、わたしが夜だけ呪いを破れるのも月の光のおかげなんですけど、魔女もその恩恵を得るんですよ」
「獲物を狩るのなら、弱っている時を狙うべきだろう。ましてや、敵の領分で闘うなど愚の骨頂、怒りに任せて命を捨てるなよ小僧」

 悲願果たしたその先は断崖ではなく無限の荒野が拡がっている、なりふり構わず絶壁目がけて駆けようとしているレイヴンを諭して、ヴァネッサは二人に背を向けた。

「ヴァネッサはこれからどこへ行くんです?」
「魔具を集めて廻るつもりだが、その前に一度、里に戻るつもりだ。此度の顛末、そしてベアトリーチェについて族長に報告せねばならぬからのう」

 報告にはヴァネッサにとって都合の悪いことも含まれていた、奪われた物が物だけに誤魔化しなど利かないだろうし、なにより使命に嘘を付くことを彼女自身が許せないはずだが、正確な内容を伝えれば伝えるほど立場がなくなる彼女をアイリスは案じていた。

「……怒られたりしません?」
「叱責は覚悟の上だよ、アイリス。よりにもよってベアトリーチェに魔具を奪われたのだ、吾の不徳の致すところ、仕方がないさ」

 集めた魔具を最悪な相手に失ったのは事実であるが、疲弊しきった場面で現れた魔女に対して抗えた者がいるのだろうか、例え万全であったとしても、闘いになったかすら怪しいくらいの差があったことは、あの場にいた全員が肌で感じたこと。なのにヴァネッサが責められるのは些か理不尽ではあるまいか、とアイリスはふくれっ面になる。
 失敗はしたけれど、ヴァネッサは頑張った。褒められる点だって確かにあるのだから、このまま見送るなんてしたくなかった。なので――

「ヴァネッサ、これを持って行ってくださいです」
 そう言ってアイリスが手渡したのはルビーをはめ込んだペンダントだった。

「――ッ⁈ これは、魔具では⁈」
「はいです、ベアトリーチェが蒔いた魔具の一つですが、わたし達よりも貴女が持っていた方が役に立ててくれそうですし。――構いませんよね、レイヴン?」
「俺に訊くなよ、お前の持ち物だろ」

 偽龍遣いの魔女から取り上げた魔具だが、復讐が目的であるレイヴンにしてみればおまけも同然。つっけんどんな返事で好きにさせれば、アイリスはにっこり笑って「――だ、そうです」とヴァネッサに魔具を託した。

「……心遣い感謝するぞ、アイリス」
「ヴァネッサの助けになれば幸いです、貴女も気をつけてくださいね」

 感謝と敬意、一歩下がったヴァネッサは深々と頭を垂れて意を示すと、凜々しい表情で颯爽と《黄金の風》に跨がる。そして、そのまま去ればいいのに、思い出したように彼女は一言余計に付け足していった。浮かべる笑みもまたイヤラシい。

「小僧、くれぐれもアイリスを泣かせぬようにのう」
「……とっとと失せろ!」

 石でも投げつけてやりたいレイヴンだが、ろくに動かない身体ではそれさえ叶わず言い返すのが精一杯で、しかも間近でアイリスがくすくす笑っていては怒る気力も削がれるだけだ。

「はっはっは! ではさらば! 旅路の無事を祈っておるからのう!」

 そして一声、力強くヴァネッサが合図を出せば、《黄金の風》はその名に恥じぬ健脚を以て、彼女を地平線へと運び始める。白髪たなびく後ろ姿が消えるまでさほど時間は掛からず、見送っていたアイリスも、あまりの呆気なさに別れの寂しさを感じなかった。運ばれていくヴァネッサ自身もまた、一陣の風であるかのように――

「……興味深い人でしたね、ヴァネッサは」
「付き合わされる身としちゃあたまったもんじゃねえよ、――おっと」

 レイヴンの身体はまだまだ本調子とはほど遠く、一度掴んだハットが草原にはねた。ただほっぽられて地面に転がるハットは、まるで自分自身の姿を写しているかのように情けない。だが、いつまでも無様なままじゃあない、落ちたのならあとは上がるだけ、自力では無理でも、誰かが手を貸してくれることもある。

 ちょうど拾われたハットが胸に置かれたように。

「ありがとう、アイリス。……興味深いと言えば、変わってたよなヴァネッサの奴」
「そ、そうです? 不思議で素敵な彼女そのままでしたよ?」
「とぼけるのが下手だな、なにか言ったんだろ」

 正体を知るなり膝を折り、あらゆる誠意を持ち寄って接していたヴァネッサが、ほんの数時間の間に、まるで友人と語るかのような振る舞いでアイリスと話していたのだ、何もないはずがない。

「――脅かしたのか?」
「ちゃ~んと頼んだんです、もう、レイヴンってば」

 ふくれっ面のアイリスはそっぽを向きながら言った。
 始まりは森の中、たき火の傍。
 特別なことなど存在しない女同士の友、あの時の間までいようと――。
 ヴァネッサはよく承諾したものだが、かなりの葛藤があったに違いない。まぁ当人同士が納得したなら、口出しは野暮ってものだ。

「さてと、ですレイヴン……、わたし達はこれからどうします?」
「……西へ、奴を追う」
「今すぐです?」

 当然だ、ベアトリーチェがどこに隠れようが見つけ出し、必ずツケを払わせる。デカい貸しだ、奴が太陽から逃げるなら照らして焼いてやる、砂漠の岩に卵を落とすみたいにして、黒焦げになるまで徹底的に。覚悟はとうの昔に固めてある、果たされていない復讐があるのなら、やり遂げなければならない。

「――だがその前に、やらなきゃいけないことがある」
「なんです?」
「寝る」

 今度は落とさずハットを掴んで、レイヴンは降り注ぐ光を遮った。遮光性抜群なハットのおかげで、瞼を下ろせば夜と変わらない。なのに隠された表情を見つめてか、アイリスは柔和に微笑んでいた。

「伝説の邪龍相手に夜通し躍ったんだ、休息が必要だろ。俺にも、お前にも……」
「ふふん、どうでしょう? わたしは元気ですよ?」

 からりと明るく彼女は言った、太陽など比べものにならないくらいに眩しく、きっとその輝きは直視するのは難しいだろう。だからこそ、目隠しがあることに感謝しながら尋ねる卑怯を、どうか許してもらいたい。

「……なぁ、アイリス」
「はい」
「付き合ってくれるか」
「地の果てまで、刻の果てまで、幾久しく」
 そう囁くと、アイリスは包帯に巻かれた手でレイヴンの黒髪を撫でた。


 木陰に佇む影一つ

 二人がこれから歩む道は、荒野の風が語るだろう

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