星間のハンディマン

空戸乃間

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第一話 Killer Likes Candy

Edge of Seventeen 2

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 女神のようだと評した奴がいたらしい。

 ロクサーヌはその美貌を惜しげもなく降り撒きながら、恋人でもあるかのように絹が如き白い肌をヴィンセントにすり寄せている。成熟した女の滑らかなボディラインと対照的な無垢な笑みは一種の凶器で、何人の男が彼女に骨抜きにされてきたか知れない。美女におだてられれば会話も弾み、思わず内緒の小話をこぼす奴もいたりする。

 特にロクサーヌの客として多いのは流れてきた賞金首で、だからこそヴィンセントは彼女を訪ねたのだが、この間は惜しくも仕事中だった。

「オドネルくぅ~ん、女の子との昼食なのに道端でホットドッグはど~かと思うなぁ」
「……の割によく食うぜ、ロクサーヌ」
「おいし~からね~」

 人の金だからって三つも食いやがって。その細身の何処にそれだけ入るんだ?
 弾力のあるソーセージを優しく食むと、ロクサーヌは惜しむように味わってから最後の一切れを嚥下し、にっこりと笑う。

「あ~おいしかった。オドネルくん、ごちそーさま」
「はいはい」
「今度はわたしが奢ってあげるからさ。えへへ、そうだ今からでもいいよ? 遊びにいかない? お酒飲んでさ、それからゆっくり楽しもうよ~」

 ヴィンセントの耳朶をくすぐるようにロクサーヌが囁く。

「だから引っ付くな、仕事中だっつったろ。それに誘惑するには陽が高い」
「あ、そうだったね、きみってマジメだよね~。そういえばオドネルくん、捜し物は見つかったの? 人探してるって聞いたけど」
「手がかり探してるってトコだ、給料の半分も働けてねえ」

 何のこと? とロクサーヌが首を傾げたのでこれまでのあらましを話してやると、彼女はにんまりと悪戯っぽく笑みを浮かべた。

「へへぇ~、つまりつまり、きみはルイーズのお家に泊まってるのかい? なるほどなるほど、へ~、それはそれはキョーミ深いねぇ。だいじょーぶさ、ルイーズは絶対にきみのこと追い出したりしないよ~、ニブチンさんだなぁ~オドネルくん。モテないぞ~?」

 楽しげに知った風な口を利くものだと、ヴィンセントは口をひん曲げて本題に入った。
「……友達から気になる話は聞いてないか? それか近頃変わったことはあるか」
「おこらないでよ~。そうだねぇ、気になるって言ったら大袈裟だけど、お客さんが変わってきてるかな、最近。獣人のお客さんが増えたよ、みんなも同じだと思う」
「その中に怪しいのは?」

 人差し指を顎にあてがいながらロクサーヌは考えるポーズを取り、「う~ん」と唸る。と、思ったらきょろきょろと辺りを見回し始めた。

「あ~見た、見たよ! 獣人っていえば、お客さんじゃないけど変わったヒト。もうチョー怖かったんだから! あ、ちゃんと聞いてよ~」

 語り口が巫山戯ているので、ヴィンセントは鼻で笑ってしまった。馬鹿にしたワケではないのだが、ロクサーヌは御気に召さないようだった。

「ホントに怖かったんだからね! ちょうどここら辺だったかな。ぼーっとしててぶつかちゃってさ、すんごい睨まれたんだから。もう、ガオーって感じでさ、虎って感じ。謝らなきゃって思ったんだけど、その人の毛皮がふかふかでさ、わたし抱きついちゃったんだよ」
「そりゃお前が悪い。よく殴られなかったな……男なら歓迎か、むしろ」
「ううん、女の子だったよ? 『ふかふかでいいなぁ~』って言ったら、むすっとしながらどっか行っちゃったんだよね~。もっかいもふもふしたいな~」

 ロクサーヌは呑気なものだが、なんだか似たような人物を知っているような気がしてヴィンセントの眉根は寄っていた。

「どしたのオドネルくん、むつかしい顔しちゃって」
「その女、何か持ってなかったか?」
「う~ん、どうだったかなぁ。ふかもふが気持ちよくってあんまり覚えてないんだよね」

 からから笑うロクサーヌ。だが、

「あ、でも何か持ってたかも。えっとぉ……そう! あれだよあれ!」
「いや、どれだよ。もうちょい明確にしてくれ」
「楽器入れるやつなんて言うんだっけ? 出てこないよオドネルくん! どうしようムズムズするぅ! あれだよ、ギターとか入れるやつ!」

 ほぼ答えを口にしているじゃないか。嘆息混じりの沈黙の後にヴィンセントが「ギターケース」と答えてやると、ロクサーヌは両手を鳴らして彼を指さすのだった。

「正解ッ、それだァ! …………って、あれ? なんでオドネルくんが知ってるの」
「二メートル超えの虎女だろ、長髪、茶髪の」
「すごぉい! んむぅ? ってことはもしかしてきみのお友達だったりするのかな」

 悪い冗談だが、面倒なので放っておくことにしてヴィンセントは訊く。

「どっちへ行った? その虎女」
「あっちだよ~」

 ロクサーヌがセントラルタワーの方向を指せば、ヴィンセントの目には力が戻る。一つ光明があるだけでも、気の持ちようは大分変わるのである。脳裏に浮かんだ人物とロクサーヌの出会った獣人が同一人物かどうかはひとまず置いておいた。あんなのが何人もいるなんて考えなくない。そもそも賞金首の足跡を追っているだけであって相対する事も無いのだし無用な心配……のはず。そう言い聞かせてヴィンセントは示された方向へと足を向ける。

「ありがとなロクサーヌ」
「またねオドネルくん。あの子にまたもふもふさせてって言っといて~」

 両手をぶんぶん振りながらロクサーヌは無邪気に笑っていた。
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