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第一話 Killer Likes Candy
Edge of Seventeen 9
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……ルイーズは知っていた。
彼が、ヴィンセントが過去にいた場所を。
ふらり得意先にやってきたパイロット。ダンは自信ありげにヴィンセントを売り込んできたが、彼が何処にいたかは知らぬ存ぜぬ、そして語らぬで通し、「腕さえあれば問題ない」と繰り返していた。
後ろ暗い者が多い便利屋や賞金稼ぎの間では、過去について触れないという暗黙の了解があり、実力が伴っていれば目を瞑る。力こそ全て、それが流儀。それはルイーズも承知していたが、大口の護衛依頼をぽっとでのパイロットに預けるのは躊躇われた。
だから彼女は、慎重に男の過去を洗った。
業務上の保険として彼の能力を調べていたのか、或いは個人的な興味によるものだったのかは、今にして思えば曖昧で、結論だけ言えば、詳細については突き止められなかった。
だが、彼がアルバトロス号に乗る以前、どこの空を飛んでいたのかだけは判明した。
見つけたのはとある新聞記事の、小さな写真だった。写っているのは戦闘機を背景にして並び立つ男達。中でもルイーズの目を引いたのは、仲間に荒々しく肩を組まれ、苦笑いを返す黒髪の青年だ。記事を読んでみたが、名前はどこにも載っていなかった。得たのは彼が何をしていたのかを予測する材料だけで、彼女の中にはキーワードが足跡を残していく。
読み進めるごとに背筋が寒くなっていき、動悸が激しくなるのを感じずにはいられない。
――まさか、だ。親しげに振る舞うその男が、獣人殺しのエースだとは。
もう一度、写真の青年に目を向ける。雇われ戦士の青年、その瞳は――
かつて記事を写していたディスプレイの輝きは年が巡っても変わらずルイーズの顔を照らす。涙で腫れた瞼はまだすこしだけ熱を持っていた。
無理に訊くことはしなかった、と言うより出来なかった。ヴィンセントが黙っているということは、話す必要が無いと考えているのか、思い出したくないからだろう。ならば執拗に尋ねるのは憚られる、彼が訊かなかったように。大体、強いて聞き出したところで意味が無い、彼から話してくれなければ全ては全くの無為に終わり、信頼の崩壊を招くだけだ。
それはルイーズとて理解していた筈なのだが、積年の想いは理性を乗り越え、流れ出した感情の濁流は止まらず、その大部分を吐き出した。他人との間には踏み込んではならない一線があるものだが、半歩は踏み出してしまったろうか。
だが後悔しても過ぎた時間は戻らない。
ルイーズは慚愧の念を払い、成すべきを成す為、ヴィンセントに渡していた記録装置をパソコンに繋ぐ。と、画面上に現れたいくつものデータファイルに首を傾げた。
何故現場の映像データがこんなに沢山あるのだろうか。不思議に思い最初の一つをクリックすると、ものの数秒で再生が終わる。残りのデータも似たり寄ったりだった。
「……ああ、そっか」
仕込み眼鏡を渡した時、ルイーズはただカメラとしか説明しなかったのでヴィンセントが勘違いしたのだ。写真を取る要領でボタンを推した結果がこの動画データの山、それでも全部見なければならない。
事務所の扉を一瞥してから、気分を入れ替えるため顔を洗おうとルイーズ洗面台に向かう。水は冷たく、火照った瞼には心地よい。
頬を濡らす冷水、目頭を軽く揉む。
酷い顔だと――彼女を知る者は言うだろう。
では彼は、彼は、なんと言ってくれるのだろうか。
彼が、ヴィンセントが過去にいた場所を。
ふらり得意先にやってきたパイロット。ダンは自信ありげにヴィンセントを売り込んできたが、彼が何処にいたかは知らぬ存ぜぬ、そして語らぬで通し、「腕さえあれば問題ない」と繰り返していた。
後ろ暗い者が多い便利屋や賞金稼ぎの間では、過去について触れないという暗黙の了解があり、実力が伴っていれば目を瞑る。力こそ全て、それが流儀。それはルイーズも承知していたが、大口の護衛依頼をぽっとでのパイロットに預けるのは躊躇われた。
だから彼女は、慎重に男の過去を洗った。
業務上の保険として彼の能力を調べていたのか、或いは個人的な興味によるものだったのかは、今にして思えば曖昧で、結論だけ言えば、詳細については突き止められなかった。
だが、彼がアルバトロス号に乗る以前、どこの空を飛んでいたのかだけは判明した。
見つけたのはとある新聞記事の、小さな写真だった。写っているのは戦闘機を背景にして並び立つ男達。中でもルイーズの目を引いたのは、仲間に荒々しく肩を組まれ、苦笑いを返す黒髪の青年だ。記事を読んでみたが、名前はどこにも載っていなかった。得たのは彼が何をしていたのかを予測する材料だけで、彼女の中にはキーワードが足跡を残していく。
読み進めるごとに背筋が寒くなっていき、動悸が激しくなるのを感じずにはいられない。
――まさか、だ。親しげに振る舞うその男が、獣人殺しのエースだとは。
もう一度、写真の青年に目を向ける。雇われ戦士の青年、その瞳は――
かつて記事を写していたディスプレイの輝きは年が巡っても変わらずルイーズの顔を照らす。涙で腫れた瞼はまだすこしだけ熱を持っていた。
無理に訊くことはしなかった、と言うより出来なかった。ヴィンセントが黙っているということは、話す必要が無いと考えているのか、思い出したくないからだろう。ならば執拗に尋ねるのは憚られる、彼が訊かなかったように。大体、強いて聞き出したところで意味が無い、彼から話してくれなければ全ては全くの無為に終わり、信頼の崩壊を招くだけだ。
それはルイーズとて理解していた筈なのだが、積年の想いは理性を乗り越え、流れ出した感情の濁流は止まらず、その大部分を吐き出した。他人との間には踏み込んではならない一線があるものだが、半歩は踏み出してしまったろうか。
だが後悔しても過ぎた時間は戻らない。
ルイーズは慚愧の念を払い、成すべきを成す為、ヴィンセントに渡していた記録装置をパソコンに繋ぐ。と、画面上に現れたいくつものデータファイルに首を傾げた。
何故現場の映像データがこんなに沢山あるのだろうか。不思議に思い最初の一つをクリックすると、ものの数秒で再生が終わる。残りのデータも似たり寄ったりだった。
「……ああ、そっか」
仕込み眼鏡を渡した時、ルイーズはただカメラとしか説明しなかったのでヴィンセントが勘違いしたのだ。写真を取る要領でボタンを推した結果がこの動画データの山、それでも全部見なければならない。
事務所の扉を一瞥してから、気分を入れ替えるため顔を洗おうとルイーズ洗面台に向かう。水は冷たく、火照った瞼には心地よい。
頬を濡らす冷水、目頭を軽く揉む。
酷い顔だと――彼女を知る者は言うだろう。
では彼は、彼は、なんと言ってくれるのだろうか。
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