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第一話 Killer Likes Candy
PULL THE CRTAIN 1
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見知った顔も知らない顔も、動かなくなれば只の肉の塊だ。
赤子に老人、敵と味方。折り重なった死体の山に、この手で新たなかさを増す。うずたかく積まれた戦果と戦禍。何度も目の当たりにした命の最後、朽ち征く者達の残骸。
人は平等だと誰かが言っていた。しかし、獣人ばかりが目に付くのは――
気配に気付き目を上げる、積み上げられた死体の頂上に女が腰掛けていた。
見つめ合う瞬間に背筋が凍る。
いや、正確には、目は合っていない。彼女の眼窩には、そこに収まっているべき眼球がなく、洞穴の如く穿たれたくぼみが二つ並び、月華の美貌は爛れていた。彼女の顔は左半分が腐り落ち白骨が覘いている。
「御覧なさい。これが貴方の成果なのだから。わたし達も同じなのよ……。でも貴方は殺した……一人、二人? 指の数では足りないほどに。無辜の獣人さえも。……彼等が一体何をしたの? なにもしていない。ただ平穏な生活を営んでいただけ……、そうでしょう? 人間と同じように誰かを愛し、子供を育て、そして幸福のうちに死んでいく筈だった。……なのに殺された、無為に、無残に……貴方にねェ……」
「おれは……」
後ずさると、何かに足を取られた。倒れた身体を支える腕が押しつぶしたのは赤子の頭蓋。女はくぼんだ眼窩で見下ろしながら彼を責める。
「知らなかったのでしょう? 貴方は命令に従っただけだもの、銃爪はさぞ軽かったでしょうね。空に轟く蛮勇。黄金の渡り鴨の面目躍如……屍肉に沈む気分はどうかしら……? 心行くまで楽しみなさいな、仕事の証明じゃない。一人いくらになるの? 自責や後悔などでは彼等は、私は決して許さない」
狼狽していた彼は滑らかすぎる彼女の動きに反応できなかった。
細い指に首を締め上げられ、酸素が不足した頭には靄が立ち思考は不明瞭なっていく。なにが起きているかを遅れて理解し引き剥がそうと彼女の腕を思い切り掴んだ。しかし、
――ずるり
女の腕に指が食い込み、肉がズレる。彼女の腕は想像以上に柔く、脆すぎた。なにしろ掴んだだけで腕の肉が崩れ落ちたのだから。スーツの袖から強烈な腐臭と共に腐肉が垂れ落ち、彼の顔を覆った。
「諦めるにはイイ頃合いじゃない、大人しくしていればいいのよ、すぐに終わるから。それともまだ殺したりないかしら? そのくだらない命がまだ惜しいの?」
骨が露出した腐った腕となっても彼女の力は衰えず、息の根を止めに掛かる。彼の右手は助けを求めて死体の山を弄っていた。
何か――、なんでもいい――、
掴んだ。死体の山の中にあり、それが一体何なのか目で確認することは叶わなかったが、指先が僅かに触れた瞬間から手に馴染む感じがした。
引き抜き、視界へ。
マットブラックの遊底がすらり、5・7㎜の銃口がきらり、女の額に突き付けられる。
「……わたしも殺すのね」
――必要ならな
「まだ生きたいの?」
――まだ死ねねえだけだ
人差し指に力を込めて――。
悪夢は現実に続き、現実は悪夢へと続く。コインの表裏のどちらが救いか、それは誰にも分からない。跳ねるコインの出眼が定まると、最悪のループの最中に電気ショックが走り、痙攣する神経が彼を現へ呼び戻す。飛び起きたヴィンセントは思い切り頭を何かにぶつけ、激痛を堪えて歯を食いしばった。
同時に聞こえた「ぎにゃ~ン!」という黄色い悲鳴、桃色の髪を振り乱してロクサーヌは頭を抑えていた。
「おでこが、頭がイッタいよ、もぉ~!」
「俺の台詞だよ。くっそ、石頭め」
ロクサーヌの石頭はヴィンセントの腹部にもダメージを与えていた。が、唸り噛み締めているヴィンセントに対して、彼女は既にけろっとしている。
「おハロハロ~オドネル君、きみがウンウン言ってたから心配になっちゃってさ。えへへ、ごっつんしちゃったね」
「おかげで目は覚めた、ありがとよロクサーヌ。……ここはどこなんだ?」
「あ、急に動いたらダ~メだってば、三日も寝てたんだよ、きみ」
心配するロクサーヌを制して、ヴィンセントはゆっくり身体を起こす。少なくともルイーズの部屋ではなさそうだった、彼女なら真っ赤な下着をテレビにひっかけたまま放置したりはしない。
「――あたしン家だよ~、ルイーズがいきなり来てさぁ、『部屋を貸して欲しい』って言って。きみなんかホータイでぐるぐる捲きだったし、もうビックリしちゃったよ~。あっ、ぐるぐる捲きなのは今もだね。ずっとう~う~言ってたけどダイジョブ? お顔真っ白けっけだけど」
記憶を探り探り、ヴィンセントは額の汗を拭う。公園での一戦とその結果。そして寝ていた三日の空白――。
「そうだ、ルイーズはッ⁉ ぐっ、いっつぅ……!」
「だぁ~かぁ~らぁ~、動いちゃダメだってば! 刺されたんでしょ? ルイーズなら――」
「ヴィンス……?」
幽霊を見たような呟き、帰ってきたルイーズが抱えていた買い物袋を取り落とした。幾分かへたったスーツ姿だが、妖艶さは健在である。
「よぉ……、少し痩せたか?」
「貴方こそ。……ばか、どうして笑って――なにが可笑しいのよぉ……」
決まってんだろ、と金色の瞳に向けてヴィンセントは弱く笑う。
「生きてることがさ」
赤子に老人、敵と味方。折り重なった死体の山に、この手で新たなかさを増す。うずたかく積まれた戦果と戦禍。何度も目の当たりにした命の最後、朽ち征く者達の残骸。
人は平等だと誰かが言っていた。しかし、獣人ばかりが目に付くのは――
気配に気付き目を上げる、積み上げられた死体の頂上に女が腰掛けていた。
見つめ合う瞬間に背筋が凍る。
いや、正確には、目は合っていない。彼女の眼窩には、そこに収まっているべき眼球がなく、洞穴の如く穿たれたくぼみが二つ並び、月華の美貌は爛れていた。彼女の顔は左半分が腐り落ち白骨が覘いている。
「御覧なさい。これが貴方の成果なのだから。わたし達も同じなのよ……。でも貴方は殺した……一人、二人? 指の数では足りないほどに。無辜の獣人さえも。……彼等が一体何をしたの? なにもしていない。ただ平穏な生活を営んでいただけ……、そうでしょう? 人間と同じように誰かを愛し、子供を育て、そして幸福のうちに死んでいく筈だった。……なのに殺された、無為に、無残に……貴方にねェ……」
「おれは……」
後ずさると、何かに足を取られた。倒れた身体を支える腕が押しつぶしたのは赤子の頭蓋。女はくぼんだ眼窩で見下ろしながら彼を責める。
「知らなかったのでしょう? 貴方は命令に従っただけだもの、銃爪はさぞ軽かったでしょうね。空に轟く蛮勇。黄金の渡り鴨の面目躍如……屍肉に沈む気分はどうかしら……? 心行くまで楽しみなさいな、仕事の証明じゃない。一人いくらになるの? 自責や後悔などでは彼等は、私は決して許さない」
狼狽していた彼は滑らかすぎる彼女の動きに反応できなかった。
細い指に首を締め上げられ、酸素が不足した頭には靄が立ち思考は不明瞭なっていく。なにが起きているかを遅れて理解し引き剥がそうと彼女の腕を思い切り掴んだ。しかし、
――ずるり
女の腕に指が食い込み、肉がズレる。彼女の腕は想像以上に柔く、脆すぎた。なにしろ掴んだだけで腕の肉が崩れ落ちたのだから。スーツの袖から強烈な腐臭と共に腐肉が垂れ落ち、彼の顔を覆った。
「諦めるにはイイ頃合いじゃない、大人しくしていればいいのよ、すぐに終わるから。それともまだ殺したりないかしら? そのくだらない命がまだ惜しいの?」
骨が露出した腐った腕となっても彼女の力は衰えず、息の根を止めに掛かる。彼の右手は助けを求めて死体の山を弄っていた。
何か――、なんでもいい――、
掴んだ。死体の山の中にあり、それが一体何なのか目で確認することは叶わなかったが、指先が僅かに触れた瞬間から手に馴染む感じがした。
引き抜き、視界へ。
マットブラックの遊底がすらり、5・7㎜の銃口がきらり、女の額に突き付けられる。
「……わたしも殺すのね」
――必要ならな
「まだ生きたいの?」
――まだ死ねねえだけだ
人差し指に力を込めて――。
悪夢は現実に続き、現実は悪夢へと続く。コインの表裏のどちらが救いか、それは誰にも分からない。跳ねるコインの出眼が定まると、最悪のループの最中に電気ショックが走り、痙攣する神経が彼を現へ呼び戻す。飛び起きたヴィンセントは思い切り頭を何かにぶつけ、激痛を堪えて歯を食いしばった。
同時に聞こえた「ぎにゃ~ン!」という黄色い悲鳴、桃色の髪を振り乱してロクサーヌは頭を抑えていた。
「おでこが、頭がイッタいよ、もぉ~!」
「俺の台詞だよ。くっそ、石頭め」
ロクサーヌの石頭はヴィンセントの腹部にもダメージを与えていた。が、唸り噛み締めているヴィンセントに対して、彼女は既にけろっとしている。
「おハロハロ~オドネル君、きみがウンウン言ってたから心配になっちゃってさ。えへへ、ごっつんしちゃったね」
「おかげで目は覚めた、ありがとよロクサーヌ。……ここはどこなんだ?」
「あ、急に動いたらダ~メだってば、三日も寝てたんだよ、きみ」
心配するロクサーヌを制して、ヴィンセントはゆっくり身体を起こす。少なくともルイーズの部屋ではなさそうだった、彼女なら真っ赤な下着をテレビにひっかけたまま放置したりはしない。
「――あたしン家だよ~、ルイーズがいきなり来てさぁ、『部屋を貸して欲しい』って言って。きみなんかホータイでぐるぐる捲きだったし、もうビックリしちゃったよ~。あっ、ぐるぐる捲きなのは今もだね。ずっとう~う~言ってたけどダイジョブ? お顔真っ白けっけだけど」
記憶を探り探り、ヴィンセントは額の汗を拭う。公園での一戦とその結果。そして寝ていた三日の空白――。
「そうだ、ルイーズはッ⁉ ぐっ、いっつぅ……!」
「だぁ~かぁ~らぁ~、動いちゃダメだってば! 刺されたんでしょ? ルイーズなら――」
「ヴィンス……?」
幽霊を見たような呟き、帰ってきたルイーズが抱えていた買い物袋を取り落とした。幾分かへたったスーツ姿だが、妖艶さは健在である。
「よぉ……、少し痩せたか?」
「貴方こそ。……ばか、どうして笑って――なにが可笑しいのよぉ……」
決まってんだろ、と金色の瞳に向けてヴィンセントは弱く笑う。
「生きてることがさ」
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