斬り裂くのは運命と識れ【完全版】

怜悧(サトシ)

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「局長!」
 赤茶けた髪をツーブロックに刈り上げた大柄の男は、大声で部署室の中に入ってくると、優秀だと誉れが高い評価を受けているこの部署のトップである局長である鹿狩歩弓に声をかけた。
 神経質そうな整った顔をした彼は、メガネの奥の目を信じられないかのように見開き、端末を眺めたまま顔を真っ青にしていて、男の呼びかけに答えられないようだった。
「局長、大丈夫ですか」
 あまりに尋常ではない様子に、男も心配になり肩を掴んで軽く揺らすと、歩弓はハッとしたように彼を見上げた。
「なんだ、桑嶋……か」
 少し吊りあがり気味の赤茶の瞳に心配そうな光を宿されて、局長である歩弓は威厳を取り戻そうとしてか、椅子に深く座りなおす。
「聞きましたよ。次の副局長をオメガ性の男に任せるとか、人事は何考えてるんだか。大体、オメガ性は事務職なんじゃないですか。普通は。今日、就任ですよね」
 次期副局長と目されていたセルジューク・桑嶋は、今回の人事に信じられないとばかりに不満を漏らす。
「今のご時勢、大声でそういうことを言うと、セクハラで訴えられるぞ」
 漸く局長は端末から顔をあげ、メガネの位置を神経質そうに直しながら、桑嶋の言動に軽く注意をする。
 警視総監の跡継ぎである歩弓は綺麗に整った顔立ちであり、生粋のアルファらしさを醸しだしている。一目で優秀な人材だと分かる容姿であった。
「大体、オメガなんかはヒート期間は休むし、軟弱だから足引っ張るだけでしかないのに。ここの仕事はハードだということを人事はわかってない」
 注意されたにもかかわらず、桑嶋が更に性差別的な不満をこぼすと、歩弓は一瞬ためらうような表情を浮かべて、目の前の端末に映る名前を見返した。
「彼が優秀な……人なのはよく知っている。軟弱ではないし、決して足を引っ張るような人ではないよ」
 歩弓は副局長になる男を、まるで良く知っているかのような口ぶりで桑嶋を諭すが、ひどく具合が悪そうに眉を寄せている。
  そういえば彼がオメガアレルギーらしく、ニオイだけでも蕁麻疹が出る人だったなと桑嶋は思い出して、顔色が悪い理由に気がつく。
「そういえば、局長はオメガアレルギーでしたよね。顔、すごく真っ青だけど大丈夫ですか」
 まったく、局長もいくら優秀でも神経が繊細過ぎるのも困りもんだな。まあ、警視総監の箱入り息子でアルファであれば、後継者として周りから相当大事にされてきたわけだからな。
 過敏な性質なのも、仕方ねえかな。
 桑嶋は肩を聳やかせ、置きクスリの箱から吐き気どめの薬を取り出すと、歩弓に手渡した。


カツン、カツン、ガチャリ

 部屋の扉をノックする音が響き、ギイッと扉が開いた。
 扉の隙間から顔を出したのは、長身の端正な顔立ちの男で、肩に後れ毛がかかるくらいの中途半場な長さの黒髪と、浅黒い肌をしている。
 初日だからかしっかり詰襟の制服を着ているが、なぜか似合ってはいない。辺境によくいるタイプの鍛え抜かれた体の持ち主で、顔つきは野性味を帯びている。
 群れを率いるタイプというのは、もっているオーラが異なる。どちらかといえば生来からのアルファタイプだと認識させるような印象の男である。
 彼は愛嬌のある笑顔を室内に向けて、頭を下げた。

「チース、本日付けで海運捜査局の副局長に配属なった、鹿狩統久です。お世話になりまーす。えーと、前は辺境警備隊の隊長とかしてました。お手軽にカガリンとか呼んでね。お土産に辺境名物巨大イカ焼き煎餅をどーぞ」
 
 鹿狩統久と名乗った男は、少しだけしらけた様子の周りを見回して、すべったかなあと頭を軽く掻きながら、手にしていた煎餅の包みを近くの台に置いた。
 今度の副局長はオメガであるともっぱらの評判だったのだが、目の前の男にはその特徴といわれるたおやかな特性がまったくない。
 男の制服の胸元には5つの金のメダリオンと三つの銀のメダリオンが輝いている。それは、褒章であり実力を示すもので、局長である歩弓にしても、金を一つ取っているにすぎない。
 事前情報でのオメガっていうのはガセネタだったか。
 扉の方に目をやった桑嶋は、首を傾げて彼を再度眺めなおす。褒章の数だけ見れば、この男が副局長などに収まるだけの器ではないことがわかった。
 しかも、総監の息子の局長と同じ鹿狩の苗字である。総監となんらかの由縁がある人間なのは確かである。
 桑嶋がチラと隣に座る歩弓を見ると、呼吸がひどく荒くいつもより顔が火照っているかのように見える。
 いつもは堂々としている局長が、ひどく取り乱しているのを初めて見た気がすると考えながら、再度入ってきた男を見返した。
 ほんのりだが、柔らかいような甘いにおいが漂ってきている気がする。
「すみません。かがりんというのは、局長も鹿狩さんですから、別の愛称を検討してください」
 ドア側に近い席に座っているショーンが、来たばかりの統久へと丁寧な口調ながら果敢に言い放つ。
 ショーンは、部署内でも真面目だけが取り得のイイトコのボンボンである。鼻につくタイプではあるが、悪いやつではないことは桑嶋もわかっていた。
「局長も鹿狩……?」
 統久は一瞬だけショーンに言われた言葉に表情をこわばらせて周囲を見回したが、心を落ち着かせるようにか天井を仰いでふうっと一息ついた。

彼はショーンに軽く頭を下げてから、歩弓の座る奥の席へと近寄り、局長のネームプレートをしばらく眺めると、意を決したように声をかけた。
「……久しぶり、アユミ。えーと、十年ぶりかな」
 ゆっくりと近づいてきた統久に、優しい目で見下された歩弓は僅かに表情を強ばらせた。
 全身を支配して沸騰するかのような欲情を覚えて、歩弓は唇を噛み締めて、統久を見返すが昔と同じように優しさをたたえた表情には変化がない。
 運命の番を身近に感じて、歩弓はしっかり反応しているというのに、彼はまるで何も感じていないような表情をして立っていた。
「お久しぶりです。統久兄様。貴方がオメガの更生施設に行かれてからお会いしていなかったので、てっきり施設でいいご縁にでも恵まれて、ご結婚でもなさっているのかと思ってました」
 大きな声で嫌味にすら聞こえる棘のある口調で、歩弓は統久がオメガであることを周囲に聞こえるように伝えるのに、桑嶋は目を見開いた。
 しかも、更生施設帰りのオメガというのは、大声で性犯罪者だと名指ししているようなものだ。
 桑嶋自身も差別的な発言はしていたのだが、オメガであることを皆にバラすような発言は、完全なるセクシャルハラスメントである。
 先ほどは優秀な人だと擁護するように桑嶋を諭したというのに、まったく逆のことをしているのである。
 どちらかといえばクールなタイプの歩弓にしては珍しい物言いに桑嶋は戸惑って、言われた当の本人の顔を見たが、まったく気にしている様子もなく平然としていた。
「ずっと実家に帰ってなかったからって、そんな言い方はねえだろう。それにさ、もし結婚するなら弟を式に呼ばないわけないだろ」
 そんなに拗ねるなよと統久は優しげに見える笑みを浮かべ、弟の棘のある言葉を大人の対応でさらりとかわす。
「それに……あの更生施設は内情をオヤジにリークしたんで、1年経たずに追い出されたよ。オヤジに頼んで辺境警備隊に志願して、見合いしてたりしたんだが、俺も貴重なオメガだってのに、中々貰い手がいなくてなあ」
 統久にも、オメガであるという事を周りに隠す気持ちはまったくないらしい。
 嫌味と悪意に満ちた言葉に臆すことなく表情すら変えない兄の様子に、歩弓は眉をきゅっと寄せて青白い顔を神経質そうに歪めた。
「それは大変でしたね。資料を見ると辺境警備隊では大活躍だったようですね。統領に抜擢されたのを断って、本部に戻ってきたのはどういうことです?」
 歩弓の嫌味を孕んだ物言いに、統久はため息をもらして斜め上を見上げて、
「そんなもん、統領なんかになったら婚期逃すじゃねえか。海運捜査局は、エリートのアルファばかりだろ。オヤジがさ、種馬探してこいってね。神聖な職場で不純な動機とかって乗り気じゃなかったんだけどね。でも、たった今気が変わったかな」
 彼は、ちらっと悪戯っぽく歩弓を見つめて、その横に立っていた桑嶋の腕をグイッと掴んだ。
 桑嶋の鼻先にもふわりと甘い香りが漂う。
 これは、なんだ。まったく普通の顔しているけど、こいつ発情してるってのか。
「俺の本能が、オマエが俺の運命のなんちゃらだと言っている。とりあえず今日からオマエは俺のバディだ。アユミ、手続きは頼むよ」
 あまりに勝手な物言いに、口をあんぐりあけて目を白黒させる桑嶋をちらっと見てから、歩弓は実の兄を眼鏡の奥で強く睨み返して、机をバンッと叩いた。
 「それが、貴方の答えですか」
 静かにだが恨みを込めたように呟いた歩弓の言葉に、統久は優しい微笑みをただ返した。
 
「何を言っているのかわからないよ、アユミ」

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