斬り裂くのは運命と識れ【完全版】

怜悧(サトシ)

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 最悪だ。

 ずっと逃げて逃げて、逃げまくった。
十年間完璧に逃げおおせたと思っていたのに、父親が仕組んだ人事の意地の悪さに、今更ながらに統久は腹だししく思っていた。

 十年ぶりに会った弟からは、あの頃と変わらない暖かい太陽のようなにおいがしていた。
 運命の相手が、すぐ近くにいると本能が脳の動きを停止させていた。
制服にフェロモンの流出を抑止する樹脂を使っていたが、少し漏れてしまったからか、歩弓がかなり反応していたのはすぐに分かった。
 発情しても平常心を保つ訓練を十年繰り返してきたが、それでも彼のかおりの強さにはかなわず、理性を保つのがかなり限界ギリギリだった。
 あのまま、彼を攫ってしまえたら良かったのにと思う反面、それが絶対に叶わないという思いから、苛立って当てつけのように近くに居た男を自分の運命だと宣言してしまっていた。

 巻き込んだ桑嶋には悪いことをしたと思うが、自分が決めた誓いを破るわけにはいかないのだ。
そんなことをしたら、今度こそ自分を赦す術がなくなる。
 ロッカールームで激昂していた真剣な桑嶋の様子に、統久はなんとなくだが罪悪感を感じていた。

 誰でもいい。それはそうだ、運命の相手でなければ誰でも一緒だ。
 それでも運命に与えられた性とかいうなら、俺はそれを受け入れると決めた。 
 
判定を受ける前は、普通に女性を好きだと思っていた。
しかし、オメガは互いに希少種である女性に相手にはされなくなる。
別にそれでもいいといってくれた女性も中にはいたが、子を成せるオメガと女性が結ばれることは世間が許してはくれないようだった。


 人類が宇宙に飛び出してからというもの、その居住地域の風害のせいで女性が少なくなり、人口の二十パーセントほどしかいない。オメガの人口も十パーセントとなっており、三人に一人しか子供を成せるカップルができない。そんな状況で、オメガが女性を独占するなど許されないことだった。
 好きだとか嫌いだとかいう感情など、どうでもいいと思えるようになったのがいつだったかなんて覚えてない。

 ただ、自分が守りたいのは一人だけだ。
 そのためなら、それができるなら、自分のこれからの人生をすべて投げ打っても構わないと思えた。
 もし、そんな俺をそれでも好いてくれる相手がいるなら、それが一番幸せなんだろうけどな。そこまでの期待はしていない。
 ただ、子供を産んで課せられた使命を果たせればいいと思っている。

 だからといって、俺があの時犯した罪を償えるだなんて、そんなことは考えてはいない。

 ビルの狭間にある暗い裏通りにあるバーへと統久は入り込むと、統久は隅っこの席に座ってマスターにバーボンを頼む。
 
 抑制剤が効かない体を抑え込むために精神の鍛錬を続けていたが、かおりに触発されてすっかり体は受け入れの体勢を作ってしまっている。
 発情期でもないのに運命の番から影響を受けてしまうのは、鍛錬でもどうにもならないもので、アユミから発せられるフェロモンに酔い続けている。
 フェロモンのにおいが漏れないように制服を改造していたのはよかった。正直アルファばかりのあの部屋で正気を保ってられただけでも、自分を褒めたいぐらいだ。
 しばらくトイレに篭り、落ち着いてからロッカールームに行ったのは、英断だったな。

 父親にくらいは本当のことを打ち明けてもよかったかもしれない。このまま、同じ職場にいたら間違いがおこらないとも限らない。

 桑嶋へ宣言したことは防波堤である。大きな波がきたら、流されてしまわないとも限らない。
 どうにか、やりすごす方法を考えないといけない。
 統久は考え込みながら、渡されたボトルを受け取って氷の入ったグラスにからからと注ぐ。

「イケメンのお兄さん。ここはゲイバーだけど、来る店間違えてないか」
 対面の椅子に跨って、サングラスのドレッドヘアの男が声をかけてくる。じゃらじゃらと腕には紐や金属のアクセサリをしている。
「知ってるよ、俺、オメガだからさ、今発情中なんだよね。それで男を漁りにきたってわけ」
 グラスを煽って笑いながら、統久は目の前の男を値踏みするかのように眺める。健康的な体つきをしている。
「へえ、そら珍しいね、ぜんぜん見えない。独り身のオメガがこんなとこにいたら危ないんじゃない」
「オメガに見られないから安全だけどな。今は遊びたくて仕方ないんだよね。アンタ綺麗な子じゃないと勃たない?」
「いや、むしろ君みたいなのも面白くていいかな。俺はベータだけど、俺でもいいの?」
 女性やオメガはアルファを求めることが多く、ベータは相手にされないのが殆どである。
「むしろベータのがいいかな。孕まないようにセーフセックスが望みだけど」
 言い切るとドレッドの男はずるっと椅子を引きずって隣に寄ると、統久の下腹部へと掌を滑らせる。
「孕ませてみたくなること言うね」
 その言葉に、統久は口元を緩めて笑いを浮かべて、
「将来はビックマミーになりたいんだよね。そんだけ作れる甲斐性あるの」
「このご時勢に、ビックマミーとか。お兄さん、面白いオメガだね」
 統久の言い草に、くっと面白がるように笑って、男は触れていた腹をそっと撫で回す。
「よく言われる。俺は統久。すべくって呼んで」
「スベク。オレはジョーイだ。そうだ、何人か誘ってパーティする?」
 ジョーイは統久の言葉に愉しそうに笑みを浮かべて立ち上がるとその腕を引く。
「あー、クスリやらないならいいぜ。キメセクは趣味じゃない。俺のフェロモンだけでも結構刺激的だと思うぜ」
 自信ありげな顔で自分を指差す統久に、ジョーイはぶっとんだオメガだなと噴き出して背中をドンドンと叩く。
 薬の売人を取り締まる警察が、薬を使うだなんて倫理的にもありえないしな。
 統久は腰をあげて、ジョーイの腕に自分のソレを絡み付けて頭ひとつ低い背を見下ろす。
「ホント、おもしれえなあ。かなり背が高いんだな。アンタは体力ありそうだし、あと三人くらい大丈夫?オメガが釣れるなんて珍しいし」
「構わないよ。明日の出勤に間に合うように、三時には解散でいいなら」
 ジョーイは上背のある統久の身体を見上げながら感嘆したような目を向けた。
「意外」
「意外に仕事には真面目なの。俺」
 店を出ると歓楽街へと向けて二人は歩き出した。 

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