竜攘虎搏 Side Tiger

怜悧(サトシ)

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いつもどおりの余裕のある表情を浮かべて、眞壁は答えた。
オレは呆気にとられてマジマジと眞壁の顔を見返した。
こんなことをされたのに、オレに恨みとかそんなのはないのか?
一体何考えてるのか全く分からない。
「ベルト、外して?」
「お、おう」
呆気にとられたまま腕に巻いたベルトを外すと、眞壁は大きく伸びをして体をゴキゴキとならす。
「んっ…………さてと、俺、ハラ減っちゃった。富田君も、ハラ減ったでしょ?今日は俺の得意技のエビフライカレーだぜ」
遊び終わった子供のように、よっこらせと立ち上がり、中に少し残っていた精液が太股を伝うのが淫靡で唾を飲み込んだ。
「その前に、シャワーかなァ、ちょっと待ってて、さくっと浴びてくる」
「オイ、オマエ。なんでそんな普通なんだ……ていうか、体痛くはねえのか」
「痛くなくヤッてくれたから大丈夫。それに、オマエととのセックスは、すげえ気持ちよかったし」
へらっと無邪気な顔で言われると、全く脅迫になっていないことに気づいて、愕然として怒りで体が震えてくる。
まっててねと上機嫌で風呂に向かう眞壁に、オレは再びグツグツと最高潮の苛立ちを感じていた。
 さっきまでの高揚感はすっかり消え去ってしまっていた。
 何故、眞壁をあんなふうに可愛いだなんて思ってしまったのか、自分でも不思議になってきた。
 さっさと帰ろうと思ってスマホを手にすると、動画を撮ったせいか充電がすっかり切れてしまっている。
 運んでこられた時に意識が途切れ途切れで経路は覚えておらず、ここから家に帰るのもスマホ無しでは難しい。
 これから充電させてもらうとしても、すぐには帰れないな。
 暫くして階段をあがってくる音と共に扉が開かれて、濡れ髪の眞壁が顔を出した。
 手には大きなトレーを抱えていて、ふんわりとカレーのいい匂いが漂ってくる。
「帰ろうと思ったんだけどよ。スマホ電池切れてっし、もう、遅くて暗いし道がわかんねえから……」
 まだ此処に留まっていることが、何故か気恥ずかしく思えて小声で言い訳をすると、机の上にトレーを置いて不思議そうな表情で眞壁はオレを見返した。
「最初に泊まっていけって言っただろう。朝、俺がガッコまで送るし。冷めちまうし飯食おうぜ」
 座卓出してきて、眞壁はカレーとグラスを並べて座れといった表情で床を指したので、不満が残りつつも座卓の前に腰を下ろした。
「アンタ、ホントに馬鹿なのか?オレは、アンタのこと犯したんだぞ?それなのに平気でオレを泊めるっていうのか」
「俺は、さっきいつでも股開くと言ったよ。別にオマエを泊めても問題ねえだろ。遠慮なく、いつでも犯れよ」
 確かにそうなのだが、そんなに堂々と犯れと言われるのも、油断されているのもどうにも腹が立って仕方がない。
「アンタに言うだけ無駄か。確かにハラ減ったわ……」
 腹が立つと腹も減ってくるのは確かのようで、置いてあるスプーンを手にして、カレーに手を伸ばした。
 スプーンで掬ったカレーを口に含むと、玉ねぎの甘さとニンジンの香りに豚の味が染み込んでいて、レストランの味にも引けをとらない美味さで思わず頬が緩んだ。
普段一人暮らしで、コンビニ飯しか食べてないとこういう飯が、本当に身に染みる。
無造作に乗ったエビフライもカリッと揚がっていて、少しカレーが衣に少ししみこんで味を増している。
今揚げてきたわけじゃないだろうから、わざわざオーブンで焼き直したのか。
こんな料理を作る彼女は今までもいなかったし、多分これからもいねえだろう。
「……うめえ……。これ、アンタ、作ったの?」
「だろ?かーちゃん、昔から夜いねえからさ。ガキんときから自炊してたんだ」
「ふうん、オヤジさんは?」
 そういえば母親の話は聞いたが、眞壁の口から父親の話はでていなかった。
「離婚した」
 何でもないことのように眞壁は言うが、ほんの少しだけ寂しそうな表情が見えて思わず励ましたくなってしまう。
「そっか……。ホント、そこらのオンナの料理よりうめえんじゃねえの?ああ、いっそオンナになっちまえば、ケツでのセックスも気持ちよかったみたいだしさ」
 励まそうとしたのに、ついつい嫌味を口にしてしまった。言葉選びに失敗してしまって、オレはその顔を見れずに視線を逸らした。
 そんな意地の悪いことを言うつもりはなかったのだ。
「そうだな。まあ、確かに、オンナ抱くよりも富田君のちんこのが気持ちよかったよ」
 オレの言葉に気にした様子もなく、何でもないようなことのように言われた台詞に、オレは食べていたカレーを噴出した。
「ッカハッ、ブッハ、まて、まて、まて、って何、アンタ。何を素で答えてんだよッ、んなこと、今、言うなッ」
 確かに意地の悪いことを言ったのはオレだけど、そんな風にセックスの感想を返されるとは思わず体が熱くなる。
「クスリつかったし、そのせいだろ」
 吐き捨てるように告げると、合点がいったような表情を浮かべて眞壁は自分の体を見下ろしている。
「クスリか……それで熱かったのかな」
「なあ、アンタが全然屈服してくんねえから、イライラがおさまんねえ」


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