竜攘虎搏 Side Tiger

怜悧(サトシ)

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「やっぱり、一人で来ちゃったんだね。士龍ちゃん」
 松葉杖をついて倉庫の入口にふらふらと現れた人影は士龍のようだ。床の上に転がったままの視野角では、逆光でその姿は黒い影にしか見えない。
「なんだよ。一人でこいっつったのはオマエだろ?」
松葉杖を引きずって、こちらに向かってくる士龍の声が聞こえて、オレは嘆息した。
 助けになんか来て欲しくはなかった。
 こんな展開だとしたら、奴らの要求が目に見えて分かる。
 それは、かつてオレが彼に要求したのとまるで同じものだからだ。
「ウチのショーちゃんの腹にナイフをぶちこんだとか?」
「将兵の奴が、俺を邪魔するから仕方なくだ。こっちも肋骨折られるし、ボロボロにやられたんだからよ」
 峰さんが無事だったってことで、なんとなく村澤さんが無事では済んでいないような気がしていたが、予想通りの展開にオレは縛られた拳をぐっと握り込んだ。
 あのまま村澤さんと、峰さんをどうにかして倒した方が得策だったのだ。村澤さんの強さを過信しすぎていた。まさか、ナイフが使われるなんて考えもしなかった。
「喧嘩にひかりモン使ってんじゃねぇよ」
 半キレの士龍は、いつもの穏やかさを欠いている。
自分の右腕を傷つけられたことに憤りが収まらないのだろう。
「まあ、士龍ちゃん。まあ、落ち着けよ。俺らはオマエとマトモに戦争する気はねえよ。分かってんだろ?こっちは人質がいるんだぜ」
ズルッとオレに繋がる縄を引いて、床の上を擦って士龍の前にオレを突き出すと頭を掴んで口に電球が入っていることを見せつけた。
 どうにかして、奴らの要求を飲ませないようにしたくて、オレは必死に何度も頭を横に振った。
 こんな奴らと取引きなんてせずに、さっさとオレを見捨てて帰って言って欲しかった。
「人質をとって、俺をどうしてぇっての?見た通りの怪我人だぜ。抵抗すらできねぇよ」
 怠そうに呟いて士龍は近くのコンテナに腰を下ろして座った。
「ちょ、待って、待って、士龍ちゃん。いま、そこに座る?キャハ、普通にそこで座るとこ?」
「わるいね。俺は手術終わってすぐに来たんだよ。喧嘩するにはタイミング最悪よ。峰ちん。下半身まだ麻酔切れてないしさ。リンチするにしても、怪我人嬲って楽しいかなあ」
士龍は思案するようにオレをちらっと見て、松葉杖で峰を指して、床コンクリートを杖でトントンと叩いている。
「人質いても、士龍ちゃんは上からだよねぇ。キャハハハ、ま、そりゃ、士龍ちゃんだからな。リンチなあ、いやあ、惜しいな、リンだけあってる。リンカンしちゃおうかなって集まったんだけどね」
 士龍は峰の言葉に驚いた様子で、何度もその顔を見返していた。
 予想通りの展開にオレはどうにか逃げて欲しいと士龍に訴える。
「さすがの能天気な士龍ちゃんも、ビビったかよ、キャハハハ」
「ん、マジでビビるわー。まさか俺、今、モテ期なのか?」
 士龍がはじき出したどうしようもないモテキというパワーワードに打ちのめされる。
 確かにモテてはいるのだろう。小倉の気持ちも、オレの気持ちも大した違いがない。
「そんなに女の子に困ってんなら、俺紹介するよ?合コンしちゃう?こんなむっさい男の身体抱いても楽しくないんじゃない?」
 下っ端たちはすぐに士龍の提案に喜びの声をあげるが、小倉がギラッとひと睨みするとその声はすぐに収まった。
「士龍、オレは女子は飽きたから要らんよ。輪姦はしない。ここでオレだけ相手してくれりゃ、その赤毛のバカは返してやんよ。なあ、悪い話じゃねーだろ?」
倉庫の奥から足音を響かせ、士龍の目の前に立った小倉さんは、威圧感のある目を向けて、士龍の顎を指先で掴んで提案した。
絶対に士龍がオレを見捨てるわけが無いことは分かっている。
小倉さんが持ちかけた取引に少しだけ驚いた顔をしたが、士龍はすぐに頷いた。
「あーあ、ハルちゃんも何か趣味悪いよネェ。まあ、身体で屈服させるとか俺にはわからねぇけど。日本の風習みたいだし。それで、たけおを返してもらえんなら安いな」
そんなのは日本の風習じゃねえ。
ツッコミ入れたくなるような士龍の言葉に、オレはショックで目の前が真っ暗になった。
オレが士龍にしたことも、こいつらとなんら変わらない。
こんなことは脅迫とも思いやしない士龍のことだから、リンチされるよりマシとか考えているのかもしれない。
口の中に詰められた電球の玉など噛みちぎって、今すぐやめろと暴れ出したい気持ちを必死に抑える。
「ふうん。こんな弱っちょろいヤツと比べて安いのかよ。じゃあココでヤろうぜ。これは合意だよな?士龍」
士龍は、小倉に掴まれた顎を嫌がるように軽く振って払った。
「取引もしたしな。合意もしてるし、強姦じゃねえんじゃないかな」
ちらっとだけ士龍はオレを見下ろすと、オレの必死の形相を見てから申し訳なさそうな表情で眉を下げた。
「約束、守れなくてごめんな。オマエは目を瞑って待っててくれ」
いつもよりワントーン低い声で、他の奴が聞こえないように囁かれる。
ギシッと士龍が松葉杖を支えにコンテナから立ち上がると、
「なあ、ハルちゃん。身体痛くない場所ねえかな?」
痛いのやだとかいいながら、士龍は小倉さんの肩を叩く。
「我侭言うな。パレットにクッション置いたから、そこでかまわねえだろ」

オレだって士龍に同じことした。

……いや、もっと酷いことをしてきたはずだ。
なんでこんなに、辛いんだ。

小倉は、パレットの上に士龍を押し倒すと、無遠慮に上着をぬがしてシャツを捲る。
「ちょ、さっむいっ、ハルちゃん?マジでここですんの?」
士龍のいつものような余裕ぶった声が聞こえてくる。
余裕なんかないのはわかるのに、オレの耳にはそう聞こえてしまう。
「すぐ熱くなるぜ。金崎から、クスリ貰ったから使ってやるからな」
「クスリは怪我人だからヤメてくんない?もう麻酔きいてるし、副作用とか怖いからさ。大丈夫、俺は慣れてるからよ」
士龍は、小倉の手をぐっと引いて自分から誘うように脚を開いた。
これ以上は、見てられない。いや、見ちゃいけない。
オレは士龍に言われたように目を瞑って、何も聞きたくなくて床に耳を押し付けた。
いくらどんなに目を閉じたって、耳を塞ぐことは出来ない。
聞きたくなんてなくとも、聞こえてしまう。
荒い呼吸と騒めきの中で響くあえやかな少し低めの喘ぎ声。
いつも聞きなれているのに、まるで違うように響く声。
感じている時にあがる嬌声。
どんな状態か見えなくても知りすぎていて分かってしまう。こんな声なんか聞きたくなんかないのに。
 縛られた体では、両耳を閉じることはできない。
 聞きたくなくても入ってきてしまう音に、オレは奥歯をぎゅっと噛みしめるしかなかった。


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