上 下
2 / 13
Mission1 バベルの崩壊

2

しおりを挟む
いきり立つようにイラつく赤毛の自分の船のキャプテンに、彼女は深々とため息を吐き出し、
「あんたが伏兵なのは当たり前でしょ。ここをどこだと思ってるのよ。ブラックマーケットの秘密クラブよ。お客様は皆財閥とか傑家とか各界の著名人ばかりなの。あんたみたいな品性のヒの字もない奴なんて怪しさ満点で、即効つまみ出されるのがオチ」
当然のようにビシッと指を突きつけられて、更に怪しさ満点のところを強調されて、カートはなんとか彼女に反論できないかと頭を巡らせる。

「エドだって変わらねぇだろ。顔がいいから俺より少しはスーツとか似合ってるかもしれねえけど、普段はニヤけた白衣の不審人物じゃねえか」
内部に潜入したエドを引き合いに出すと、その言葉にチェリーはまるで自分自身が批判されたかのように、烈火のような勢いでまくしたてた。
「あんたの目が節穴よ。エド様はいつだって品格と知性に溢れたオーラで包まれてるの。あんたみたいな、バトラー上がりの下賎な猿と一緒にしないでよっ」
叩きつけられた言葉と同じ勢いで、バチンと引っぱたかれて、カートは床に頭を打ち付ける。
「ッてえな、ピンクザル!!!」
カートは理不尽さに思わず怒鳴り返し、睨みつけた。
 バトラーとは、月に1度このブラックマーケットで開かれる無差別格闘技の選手であり、賭博の駒である。選手と言えば聞こえがいいが、彼らは一様に金で売り買いされる奴隷であった。
バトラーの頸動脈の上には選手としての価値を登録したバーコードの刺青が彫られていて、オーナー固有の枷が身体の一部につけられている。
カートの首筋にもバーコードがしっかり刻まれ、首には金属のネックリングが嵌められている。

イヤなことばかり、思い出しちまうじゃねえかよ。
匂いも、この場所もすべて忘れ去りたいのに。

「わりぃな、チェリー」
少しだけ躊躇いを見せてから、行き場を塞ぐ彼女の首筋に手刀を叩きつけた。
た、叩きつけたのだが、その手の甲がひしゃげるような感覚と、腕の芯を伝わる痺れにカートは目を見開いた。
チェリーの身体はそこに崩れ落ちるどころか、ゆっくりと振り返ると、にっこりと笑みを浮かべた。
「蝿でも、首に止まったのかしら?」
カッと足を払われ、カートは床に押し倒されると、チェリーはふふふふふと口元に含み笑いをのぼせて、拳を振り上げた。
「!!げ、話せばわかる!なっ、なっ!!」
焦ったように、彼女の怪力を知るカートは必死に身をずり上がらせて逃げようとするが、チェリーは引き戻して片手でグイッと押さえ込む。
「覚悟しなさいよ!!アンタを気絶させても、ここから動かすわけにはいかないんだから!だって、エド様にそうおおせつかったのだものー」
ヒュッと空気を割くように、恋する乙女の怪力にゴゴッと破裂音が空間にこだまし、カートは紙一重でその拳を避け、拳がめり込んだ床がバリバリと裂けるのが目に入る。

瞬間、メリメリメリッと耳元で不吉な破砕音が響き
身体の支えががくんと失われ、カートは目を見開いた。
ぐあ、ああああん。
「ッおわ、落ちる!!」
さ、い、あ、く、だ!!
落ちていく闇の中で、肌のざわつきにカートは素早く目を走らせて、部屋の端々に設置してある器具を見つけて身体を強ばらせた。
あれは.......!!
天井の強固な鉄の床は、二人の体を乗せて急降下して、最上階の床に轟音を響かせてうちつけられた。
衝撃に跳ね飛ばされ、二人の体はもつれこむように転がっていく。
その空間を割るかのように、部屋の端々から幾条もの光線が走り、それは一つの標的に向かって集まり、それを刺し貫いた。

しおりを挟む

処理中です...