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彼岸花
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桜星会と巨頭を並べる昔気質の広域指定暴力団『久住組』が取り仕切っているこの界隈は、特に賑わいもないが平和な様相である。
組長が名うての武闘派だと耳にするが、そのせいもあるのか中途半端なちんぴらは見かけない。
確かにこんな敵陣の真ん中に東郷がこれるわけがない。
こんなところで彼の姿が見つかれば、すぐに抗争が勃発するだろう。
東郷から渡されたリストに載っている飯島が経営していたという店を、一ヵ月半に渡って高坂は廻り続けた。
分かったことは東郷が言っていたように、彼を陥れた組員が次々に殺されたことと、その後飯島が失脚して出奔したことだけだった。
特に飯島が経営していたSM倶楽部は、スタッフから店員にいたるまですべて変死か失踪してしまったという話だ。
聞いたところ唯一生き残ったのは、久住組の幹部に匿われた調教師一人だけだったという話だ。
その男は久住組がこのシマを制圧してから、久住組の後ろ盾をもって店を開いたという。
後ろ盾が現組長の佐倉だということで、この辺では誰も手は出せない店らしい。
とりあえず危ないのは承知の上でも、なんとか探らなければ何も始まらない。
下手を打って桜星会との繋がりもバレないようにしないといけない。
しかし情報を得るには、ある程度の危険な橋を渡る覚悟はしないといけない。
久住組の後ろ盾のある店へ行くということは、東郷との繋がりがバレた時点で制裁をくだされる可能性がある。
恐る恐る地下へと続く階段を降りていくと、そこにはところ狭しとボンテージやらSMなどの小道具がぎっちりと展示されていた。
こういうとこで東郷が開発されたのだろうか。
セックスの最中に見せるどこか被虐的で艶やかな東郷の表情は、嬲って欲しいと言外に言っているようにも見えた。
今度は何か買ってやっていってもいいかもしれないな、などと考えてしまう思考に、高坂は慌てて自分の趣味とは違うと打ち消した。
「いらっしゃいませ。……一見様ですかね」
穏やかな表情の紳士がゆっくりと近寄ってきた。
年のころは、東郷と変わらない程度だろうか。
動作と態度には風格はあるが、物腰が柔らかく威圧感はない。
調教師のイメージだと、どうしても威圧的なサディストだという先入観しかない。
店のオーナーは調教師だと聞いていたので、柔和なこの男からはサディスティックなオーラが見えずに首を傾げた。
彼はただの店員かもしれないな。だとしたら、オーナーは奥にいるのだろうか。
「客ではなく、ここの店長に会いにきたのだが……。いらっしゃるだろうか」
少しだけ間を置いての問い返しに、紳士は自らの胸に手をあててにこりと笑みを返した。
「私が店長の串崎一真です。どんなご用件でしょうか。……お見受けしたところ、刑事さんですかね」
一目で高坂を刑事なのかと尋ねてくる串崎の観察眼に、高坂は心の中で感嘆しながらも首を横に振って名刺を差し出した。
観察眼の鋭い相手にはごまかしはきかない。危険な賭けになるが、真実を早めに告げたほうがいい。
「高坂と申します。お察しの通り元刑事ではありますが、今は探偵をしています」
軽く頭をさげると、串崎は高坂の顔をしげしげと眺めてどこか懐かしそうな表情を浮かべた。
「そう……。探偵さん。それで、何が知りたいのかしら。もしかして、貴方のお父様に関することかしら」
「父をご存知ですか」
焦りを隠しながら問いかけると、ふっと目を伏せて彼が頷くのに高坂はごくりと息を飲んだ。
「もしかして……私のことは、仁志から教えてもらったのかしらね」
客ではないと告げた高坂への言葉遣いが変わり、柔和な物腰に加えて女性っぽい雰囲気が漂ってくる。
……オネエなのだろうか。格好は男性にしか見えないが、話し言葉はそれに近いかもしれない。
東郷の下の名前を馴れ馴れしく呼ぶ様子から、彼との間に過去にかかわりがあったことが窺われた。
この男は、父親の死の真相を知っている。
そう直感が判断した。
「いいえ。直接ではないです。彼には、飯島の経営リストを渡されただけですよ。彼をご存知ですか」
問い返すと、串崎は高坂を真っ直ぐ見返した。
「……仁志がここを突き止められるようなものを貴方に渡したのなら、質問に答えてあげないといけないわね」
組長が名うての武闘派だと耳にするが、そのせいもあるのか中途半端なちんぴらは見かけない。
確かにこんな敵陣の真ん中に東郷がこれるわけがない。
こんなところで彼の姿が見つかれば、すぐに抗争が勃発するだろう。
東郷から渡されたリストに載っている飯島が経営していたという店を、一ヵ月半に渡って高坂は廻り続けた。
分かったことは東郷が言っていたように、彼を陥れた組員が次々に殺されたことと、その後飯島が失脚して出奔したことだけだった。
特に飯島が経営していたSM倶楽部は、スタッフから店員にいたるまですべて変死か失踪してしまったという話だ。
聞いたところ唯一生き残ったのは、久住組の幹部に匿われた調教師一人だけだったという話だ。
その男は久住組がこのシマを制圧してから、久住組の後ろ盾をもって店を開いたという。
後ろ盾が現組長の佐倉だということで、この辺では誰も手は出せない店らしい。
とりあえず危ないのは承知の上でも、なんとか探らなければ何も始まらない。
下手を打って桜星会との繋がりもバレないようにしないといけない。
しかし情報を得るには、ある程度の危険な橋を渡る覚悟はしないといけない。
久住組の後ろ盾のある店へ行くということは、東郷との繋がりがバレた時点で制裁をくだされる可能性がある。
恐る恐る地下へと続く階段を降りていくと、そこにはところ狭しとボンテージやらSMなどの小道具がぎっちりと展示されていた。
こういうとこで東郷が開発されたのだろうか。
セックスの最中に見せるどこか被虐的で艶やかな東郷の表情は、嬲って欲しいと言外に言っているようにも見えた。
今度は何か買ってやっていってもいいかもしれないな、などと考えてしまう思考に、高坂は慌てて自分の趣味とは違うと打ち消した。
「いらっしゃいませ。……一見様ですかね」
穏やかな表情の紳士がゆっくりと近寄ってきた。
年のころは、東郷と変わらない程度だろうか。
動作と態度には風格はあるが、物腰が柔らかく威圧感はない。
調教師のイメージだと、どうしても威圧的なサディストだという先入観しかない。
店のオーナーは調教師だと聞いていたので、柔和なこの男からはサディスティックなオーラが見えずに首を傾げた。
彼はただの店員かもしれないな。だとしたら、オーナーは奥にいるのだろうか。
「客ではなく、ここの店長に会いにきたのだが……。いらっしゃるだろうか」
少しだけ間を置いての問い返しに、紳士は自らの胸に手をあててにこりと笑みを返した。
「私が店長の串崎一真です。どんなご用件でしょうか。……お見受けしたところ、刑事さんですかね」
一目で高坂を刑事なのかと尋ねてくる串崎の観察眼に、高坂は心の中で感嘆しながらも首を横に振って名刺を差し出した。
観察眼の鋭い相手にはごまかしはきかない。危険な賭けになるが、真実を早めに告げたほうがいい。
「高坂と申します。お察しの通り元刑事ではありますが、今は探偵をしています」
軽く頭をさげると、串崎は高坂の顔をしげしげと眺めてどこか懐かしそうな表情を浮かべた。
「そう……。探偵さん。それで、何が知りたいのかしら。もしかして、貴方のお父様に関することかしら」
「父をご存知ですか」
焦りを隠しながら問いかけると、ふっと目を伏せて彼が頷くのに高坂はごくりと息を飲んだ。
「もしかして……私のことは、仁志から教えてもらったのかしらね」
客ではないと告げた高坂への言葉遣いが変わり、柔和な物腰に加えて女性っぽい雰囲気が漂ってくる。
……オネエなのだろうか。格好は男性にしか見えないが、話し言葉はそれに近いかもしれない。
東郷の下の名前を馴れ馴れしく呼ぶ様子から、彼との間に過去にかかわりがあったことが窺われた。
この男は、父親の死の真相を知っている。
そう直感が判断した。
「いいえ。直接ではないです。彼には、飯島の経営リストを渡されただけですよ。彼をご存知ですか」
問い返すと、串崎は高坂を真っ直ぐ見返した。
「……仁志がここを突き止められるようなものを貴方に渡したのなら、質問に答えてあげないといけないわね」
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