小さな魔法の惑星で

山岡流手

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十一. 獅子

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「我々は、誰よりも強くあらねばならない。わかるな?」

 父は厳しかった。いや、頑なだったといえばいいのだろうか。
 決して曲がることのない信念にがんじがらめに囚われているかのようで、姿を見るのが辛かった。

 彼がいつからこの様になってしまったのかは……もう覚えてはいない。しかし、幼き日の父はとても穏和で、争いを好むような人ではなかったように記憶している。

 父は厳しくなった。

 私は父の顔を見ない。父も私を見ようとはしない。おそらく……目を合わすことは、もう二度とないのだろう。

「お前の祖父は強い人物だったが、ただ一つ、限界という壁には耐えきれなかったのだ。そして、それ故にその身を滅ぼしてしまった」

 父や兄、そして姉達は、何故に強さを求めるのだろうか。祖父の起こした事件により、私達の家系は既に没落してしまっているというのに。
 今更何を取り戻せというのだろうか。それで何が元に戻るというのだろうか。

「世間にどう思われようが構わない。しかし、失われた誇りを取り戻すには、我々がその秘密を解き明かさねばならない。──必ず」

 ──変身魔法。

 もう何百年も研究されているが、未だに境地には至ることのできない神秘的な奇跡。
 その理を理解しているのは賢者達のみ、そして代々変身魔法を得意とするリコルト家のみが秘密を握っている。

「……何をしようと構わぬ。必ずや果たしてみせよ。……我々の悲願、を。そして、王を引きずり下ろせ」

 強さに関心など微塵もなかったが、ただ一つ心が動いたものがあった。

 ──リースレット・リコルト。

 鬼と龍。この因縁を断ち切るには、きっと彼女との協力なくしてはあり得ない。
 応じないようであれば……。

「はい、必ず」
「以上だ。もう行け」

 それが最後に交わした言葉だったと記憶している。──そう、私の……父、との。

  ◇

 彼女の話では、この地にはかつて大きな龍が住んでいたそうだ。おそらくは伝承の類いだろう。

 時にその尖った爪は大地を切り裂き、時にその咆哮は非道な鬼さえも退け、時にその強翼は荒れ狂う嵐をも呼び起こしたという。また、万物の傷を癒し、新たな生命を目覚めさせたという説もある。

 どれも大雑把で、具体性の欠片もない話だ。ついでにいうと、意味もわからない。まさに地方に伝わるお伽話のそれなのだろう。
 ナツノが抱いた感想はそうだった。

 ──ただ、それが魔法使いと関係があるのならば……。例えば、魔法使いが変身した姿であるならば……。

「ま、言い伝え程度だけどね」

 そう言うと、エステルは、がおー、と大袈裟に腕を振り上げた。どうやら、彼女なりの龍の解釈らしい。

 ──そういえば、この惑星にはどんな動物、生き物がいるのだろうか。

 ふと、そんなことが気になった。今のところ、このグィネブルの地で生物を見た記憶はまるでない。

「少し違うかな、それだと獅子になってしまうよ」
「獅子?」

 ナツノとしてはほんのなんでもない言葉であったのだが、彼女の反応はそうでなかった。
 その瞳を覗き込むと、まるでそれを初めて聞いたかのように、きょとんと大きくさせていたからだ。

「獅子、聞いたことない? 百獣の王っていわれてる猛獣なんだけど」
「……百獣の……王?」
「うん、動物の王らしいよ。わからないなら、大きな猫だと思えばいいのかな? うーん、少し違う気もするけど。……猫ってわかる?」

 頭の中ではイメージは出来ているのだが、どうも説明となると勝手が違うものらしい。

「オスとメスで見た目が違うんだよ。特にオスは立派なたてがみ……分かるかな? 髪の毛や髭みたいなものだけど、それが顔を覆っていてね」

 身ぶり手振りを加え、珍しく饒舌になっているナツノをエステルは不思議そうに眺めていた。
 初めて彼の素顔を見た気がして目が離せなかったのだ。

「獅子、見てみたいな」

 思わず口から言葉が漏れる。彼はどんな顔をするのだろうか。
 その表情が曇るのが怖く、後から湧き出るように不安と期待の入り交じった感情が彼女の胸中で渦巻いていく。

「簡単だよ、すぐにでも……うーん、やっぱりすぐには無理かな。でも、いつかは見ることが出来ると思うよ」

 ナツノは少し残念そうに微笑むと、魔法樹を優しく撫でる。そして、立ち上るとそのままどこかへ歩き始めた。

「や、約束よ! 見せてね」

 追うような言葉に返事はなかったものの、どことなくその後ろ姿が頷いているように揺れるのをエステルは見逃さなかった。
 少なくとも、強い拒絶は感じられなかったのだ。

 ──獅子、一緒に見てみたいな。

 エステルは彼の横顔を思い出して微笑んだ。そして、知り得ぬ獅子を彼の姿に重ねて映す。
 吠える彼はとても可愛く、想像すると思わず頭を撫でたくなった。彼はきっと“ねこ”だ。

「あははは! はは……」

 ──彼は一体何者なのだろう。

 笑いはいつしか大地に溶けた。

 ◇

 国境際のバルビルナにある砦では、先の戦いからの態勢を整えるべく慌ただしく動いていた。修復と補給、そして再編成を要する為である。

 幸いなことに傭兵達の活躍もあり、イルヴァルト率いる強襲部隊を辛くも退け、無事に防衛を成し遂げたのは記憶に新しい。その成果もあってか、今のところマクナード砦から侵攻の気配を感じることはなくなっている。
 痛み分け、という感じではないかもしれないが、今はお互いに戦闘を避けることを選択したのだろう。

 ともあれ、バルビルナでは一先ず破壊された箇所は土嚢のような物で代用し、物資が届き次第補修を開始する予定で進められているのである。

「とりあえずは一息つけそうですね、うん」

 砦を見渡しながらトレイズはシゲンに話し掛けた。今、現場の指揮は彼に任されている。

「うむ」

 シゲンは一言だけ発すると、戦場であった場所に目を向け、そして瞑る。その表情はどこか険しい。

 大地に刻まれた傷跡は、忌むべきものなのか。それとも名誉の証なのか。いずれにせよ、果てるように教えた記憶は一切ない。

 奇襲により多くの新兵が負傷することとなり、現在バルビルナは最前線とは思えぬ程に人員不足である。なんとか到着した援軍により人数だけは補われつつあるが、彼が育てていた若者達はもうほとんどここにはいない。

「トレイズよ、傭兵共はなかなか良い働きをしていたようだな。初めは期待などしていなかったが……ふふ、気が変わったぞ」

 砦の様子を気にしたシグマが視察に来たようだ。

「ええ、予想以上ですね、うん。個人的にも面白い人物を見つけられたもので、楽しみが増えたと喜んでいたところですよ、うん」

 トレイズとシグマは互いに目を合わせると頷き合う。

「お前が人を気に入るとは珍しいことがあったもんだな。戦場で玩具でも見つけたのか?」

 驚いた様子を見せるシグマに、トレイズは口元を綻ばせて返事をする。

「白々いですよ、うん。若様のほうこそ、戦場で何かあったご様子では?」
「これは驚いたな、出てしまっていたのか。確かに何人か面白い奴がいたと認めよう」

 今度はシグマが目を細めて口元を吊り上げると、満足そうにほくそ笑む。その瞳は既にトレイズを映していない。

「はしゃぎ過ぎでしょう、あのイルヴァルトにまでぶつけてみるとは。……うん。いつになく入れ込んでいるようにも見えましたが?」
「ああ、お前は見たか? 感じたか? あの得体の知れない雰囲気を。あれは普通じゃない。一見大人しそうに見せているが、あの力……集中力は驚異的だ」

 普通じゃない、と嬉しそうに言い切るシグマは、瞳を爛々と輝かせており、非常に嬉しそうだ。
 トレイズの瞳には、まるで猛獣が獲物を見つけて喜んでいるように映っていた。

「なるほど、あの細身でイルヴァルトの槍を吹き飛ばしたと聞いたときは耳を疑ったのですが……うん。何かまだ隠していそうですね」

 トレイズの言葉にシグマは強く頷いた。

「幸いにも奴の行動拠点には心当たりがあってな。訪れ、もう一度くらい会ってみるのもよかろう」

 ◇

「なんで熱々のスープなわけ?」

 フリット特製のスープの入った器を見るなり、エステルが不満を口にした。

「はぁ? お前、熱があるだろ。病人食だよ。食やいいんだ」

 エステルには、食事ができたからナツノを呼んできてくれと声を掛けていたが、どうしたことかなかなか帰ってこない。それどころか遅れて戻ってくるなりこの有り様である。

「大体な、お前がなかなか戻ってこないから必要以上に熱くなっちまったんじゃねぇか。なんでナツノより帰りが遅いんだよ」
「知らない! それに熱なんか引いたわよ! 嫌よ! こんなの飲んでたら汗だくになるし!」
「ちっ」

 吠えまくるエステルと顔を引きつらせるフリットに交互に目を移した後、ナツノはゆっくりとした動作でスープを一口啜った。

「美味しい」

 実はナツノら魔法使いは体内で生成される魔力エネルギーこそが生命の源であり、食事という形で栄養を摂取する必要がさほどない。とはいえ、身体の活性化という意味では食事が大切になるので、食べるにこしたことはないのは確かである。
 しかし、ナツノは食べない日が多々あった。

「懐かしいね」

 ナツノは久々の食事に懐かしい昔の事を思い出していた。

「はぁ……お前はお前で何を言ってるんだ?」
「なんだか食事をするのが懐かしく思えてね。昔はよく食べたな」
「あはは! 大袈裟よ。毎日食べてるのに」
「……駄目だ、熱さにやられちまったか」

 二人は染々とスープを啜るナツノの姿を不思議そうに眺めていた。

「それより、てっきりみんな暑いのには強いものかと思っていたよ。ほら、特に今日のスープなんてね」

 汗を流しながらスープを啜っているエステルのほうを眺めながら、ナツノは以前から気になっていたことを打ち明けた。

「まぁ……言っとくけどよ、病人食だからな」

 目を逸らしながらフリットは唇を尖らせている。

「熱くさせ過ぎただけよ。ほんとはきっともう少し穏やかよ」
「あ、スープの熱さの事を言ってたんだね」

 ナツノは自分が少し勘違いをしていた事に気が付いた。

「おいおい、お前まで熱が出たなんて言わないでくれよ」
「熱がでたら看病くらいしてあげてもいいよ」
「大丈夫だよ。後で少し休むから」

 ──この調子だと四季なんてないんだろうな。

 そんな事を考えながら、一旦話題を変えてみる。

「それよりエステル、ちゃんと御礼くらい言っておきなよ。フリットはああ見えて随分と心配してくれていたからね」
「そっか、……ありがとね」
「気にすんな」

 二人の間に少しの絆が出来ているような気がして、ナツノは一人微笑んだ。

 ところが、次の瞬間には嫌な予感が駆け抜け、ナツノは一転して顔をしかめる。何か嫌な気配を感じたのである。

 ──あの方向は……一応確認しておくほうがいいか。

「ご馳走さま。少し付近を散歩してくるよ」
「おう、あまり遅くはなるなよ」
「いってらっしゃい」

 二人に手を振ると、ナツノは真っ直ぐに魔法樹を目指して歩き始めた。
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