11 / 52
十一. 獅子
しおりを挟む
「我々は、誰よりも強くあらねばならない。わかるな?」
父は厳しかった。いや、頑なだったといえばいいのだろうか。
決して曲がることのない信念にがんじがらめに囚われているかのようで、姿を見るのが辛かった。
彼がいつからこの様になってしまったのかは……もう覚えてはいない。しかし、幼き日の父はとても穏和で、争いを好むような人ではなかったように記憶している。
父は厳しくなった。
私は父の顔を見ない。父も私を見ようとはしない。おそらく……目を合わすことは、もう二度とないのだろう。
「お前の祖父は強い人物だったが、ただ一つ、限界という壁には耐えきれなかったのだ。そして、それ故にその身を滅ぼしてしまった」
父や兄、そして姉達は、何故に強さを求めるのだろうか。祖父の起こした事件により、私達の家系は既に没落してしまっているというのに。
今更何を取り戻せというのだろうか。それで何が元に戻るというのだろうか。
「世間にどう思われようが構わない。しかし、失われた誇りを取り戻すには、我々がその秘密を解き明かさねばならない。──必ず」
──変身魔法。
もう何百年も研究されているが、未だに境地には至ることのできない神秘的な奇跡。
その理を理解しているのは賢者達のみ、そして代々変身魔法を得意とするリコルト家のみが秘密を握っている。
「……何をしようと構わぬ。必ずや果たしてみせよ。……我々の悲願、を。そして、王を引きずり下ろせ」
強さに関心など微塵もなかったが、ただ一つ心が動いたものがあった。
──リースレット・リコルト。
鬼と龍。この因縁を断ち切るには、きっと彼女との協力なくしてはあり得ない。
応じないようであれば……。
「はい、必ず」
「以上だ。もう行け」
それが最後に交わした言葉だったと記憶している。──そう、私の……父、との。
◇
彼女の話では、この地にはかつて大きな龍が住んでいたそうだ。おそらくは伝承の類いだろう。
時にその尖った爪は大地を切り裂き、時にその咆哮は非道な鬼さえも退け、時にその強翼は荒れ狂う嵐をも呼び起こしたという。また、万物の傷を癒し、新たな生命を目覚めさせたという説もある。
どれも大雑把で、具体性の欠片もない話だ。ついでにいうと、意味もわからない。まさに地方に伝わるお伽話のそれなのだろう。
ナツノが抱いた感想はそうだった。
──ただ、それが魔法使いと関係があるのならば……。例えば、魔法使いが変身した姿であるならば……。
「ま、言い伝え程度だけどね」
そう言うと、エステルは、がおー、と大袈裟に腕を振り上げた。どうやら、彼女なりの龍の解釈らしい。
──そういえば、この惑星にはどんな動物、生き物がいるのだろうか。
ふと、そんなことが気になった。今のところ、このグィネブルの地で生物を見た記憶はまるでない。
「少し違うかな、それだと獅子になってしまうよ」
「獅子?」
ナツノとしてはほんのなんでもない言葉であったのだが、彼女の反応はそうでなかった。
その瞳を覗き込むと、まるでそれを初めて聞いたかのように、きょとんと大きくさせていたからだ。
「獅子、聞いたことない? 百獣の王っていわれてる猛獣なんだけど」
「……百獣の……王?」
「うん、動物の王らしいよ。わからないなら、大きな猫だと思えばいいのかな? うーん、少し違う気もするけど。……猫ってわかる?」
頭の中ではイメージは出来ているのだが、どうも説明となると勝手が違うものらしい。
「オスとメスで見た目が違うんだよ。特にオスは立派なたてがみ……分かるかな? 髪の毛や髭みたいなものだけど、それが顔を覆っていてね」
身ぶり手振りを加え、珍しく饒舌になっているナツノをエステルは不思議そうに眺めていた。
初めて彼の素顔を見た気がして目が離せなかったのだ。
「獅子、見てみたいな」
思わず口から言葉が漏れる。彼はどんな顔をするのだろうか。
その表情が曇るのが怖く、後から湧き出るように不安と期待の入り交じった感情が彼女の胸中で渦巻いていく。
「簡単だよ、すぐにでも……うーん、やっぱりすぐには無理かな。でも、いつかは見ることが出来ると思うよ」
ナツノは少し残念そうに微笑むと、魔法樹を優しく撫でる。そして、立ち上るとそのままどこかへ歩き始めた。
「や、約束よ! 見せてね」
追うような言葉に返事はなかったものの、どことなくその後ろ姿が頷いているように揺れるのをエステルは見逃さなかった。
少なくとも、強い拒絶は感じられなかったのだ。
──獅子、一緒に見てみたいな。
エステルは彼の横顔を思い出して微笑んだ。そして、知り得ぬ獅子を彼の姿に重ねて映す。
吠える彼はとても可愛く、想像すると思わず頭を撫でたくなった。彼はきっと“ねこ”だ。
「あははは! はは……」
──彼は一体何者なのだろう。
笑いはいつしか大地に溶けた。
◇
国境際のバルビルナにある砦では、先の戦いからの態勢を整えるべく慌ただしく動いていた。修復と補給、そして再編成を要する為である。
幸いなことに傭兵達の活躍もあり、イルヴァルト率いる強襲部隊を辛くも退け、無事に防衛を成し遂げたのは記憶に新しい。その成果もあってか、今のところマクナード砦から侵攻の気配を感じることはなくなっている。
痛み分け、という感じではないかもしれないが、今はお互いに戦闘を避けることを選択したのだろう。
ともあれ、バルビルナでは一先ず破壊された箇所は土嚢のような物で代用し、物資が届き次第補修を開始する予定で進められているのである。
「とりあえずは一息つけそうですね、うん」
砦を見渡しながらトレイズはシゲンに話し掛けた。今、現場の指揮は彼に任されている。
「うむ」
シゲンは一言だけ発すると、戦場であった場所に目を向け、そして瞑る。その表情はどこか険しい。
大地に刻まれた傷跡は、忌むべきものなのか。それとも名誉の証なのか。いずれにせよ、果てるように教えた記憶は一切ない。
奇襲により多くの新兵が負傷することとなり、現在バルビルナは最前線とは思えぬ程に人員不足である。なんとか到着した援軍により人数だけは補われつつあるが、彼が育てていた若者達はもうほとんどここにはいない。
「トレイズよ、傭兵共はなかなか良い働きをしていたようだな。初めは期待などしていなかったが……ふふ、気が変わったぞ」
砦の様子を気にしたシグマが視察に来たようだ。
「ええ、予想以上ですね、うん。個人的にも面白い人物を見つけられたもので、楽しみが増えたと喜んでいたところですよ、うん」
トレイズとシグマは互いに目を合わせると頷き合う。
「お前が人を気に入るとは珍しいことがあったもんだな。戦場で玩具でも見つけたのか?」
驚いた様子を見せるシグマに、トレイズは口元を綻ばせて返事をする。
「白々いですよ、うん。若様のほうこそ、戦場で何かあったご様子では?」
「これは驚いたな、出てしまっていたのか。確かに何人か面白い奴がいたと認めよう」
今度はシグマが目を細めて口元を吊り上げると、満足そうにほくそ笑む。その瞳は既にトレイズを映していない。
「はしゃぎ過ぎでしょう、あのイルヴァルトにまでぶつけてみるとは。……うん。いつになく入れ込んでいるようにも見えましたが?」
「ああ、お前は見たか? 感じたか? あの得体の知れない雰囲気を。あれは普通じゃない。一見大人しそうに見せているが、あの力……集中力は驚異的だ」
普通じゃない、と嬉しそうに言い切るシグマは、瞳を爛々と輝かせており、非常に嬉しそうだ。
トレイズの瞳には、まるで猛獣が獲物を見つけて喜んでいるように映っていた。
「なるほど、あの細身でイルヴァルトの槍を吹き飛ばしたと聞いたときは耳を疑ったのですが……うん。何かまだ隠していそうですね」
トレイズの言葉にシグマは強く頷いた。
「幸いにも奴の行動拠点には心当たりがあってな。訪れ、もう一度くらい会ってみるのもよかろう」
◇
「なんで熱々のスープなわけ?」
フリット特製のスープの入った器を見るなり、エステルが不満を口にした。
「はぁ? お前、熱があるだろ。病人食だよ。食やいいんだ」
エステルには、食事ができたからナツノを呼んできてくれと声を掛けていたが、どうしたことかなかなか帰ってこない。それどころか遅れて戻ってくるなりこの有り様である。
「大体な、お前がなかなか戻ってこないから必要以上に熱くなっちまったんじゃねぇか。なんでナツノより帰りが遅いんだよ」
「知らない! それに熱なんか引いたわよ! 嫌よ! こんなの飲んでたら汗だくになるし!」
「ちっ」
吠えまくるエステルと顔を引きつらせるフリットに交互に目を移した後、ナツノはゆっくりとした動作でスープを一口啜った。
「美味しい」
実はナツノら魔法使いは体内で生成される魔力エネルギーこそが生命の源であり、食事という形で栄養を摂取する必要がさほどない。とはいえ、身体の活性化という意味では食事が大切になるので、食べるにこしたことはないのは確かである。
しかし、ナツノは食べない日が多々あった。
「懐かしいね」
ナツノは久々の食事に懐かしい昔の事を思い出していた。
「はぁ……お前はお前で何を言ってるんだ?」
「なんだか食事をするのが懐かしく思えてね。昔はよく食べたな」
「あはは! 大袈裟よ。毎日食べてるのに」
「……駄目だ、熱さにやられちまったか」
二人は染々とスープを啜るナツノの姿を不思議そうに眺めていた。
「それより、てっきりみんな暑いのには強いものかと思っていたよ。ほら、特に今日のスープなんてね」
汗を流しながらスープを啜っているエステルのほうを眺めながら、ナツノは以前から気になっていたことを打ち明けた。
「まぁ……言っとくけどよ、病人食だからな」
目を逸らしながらフリットは唇を尖らせている。
「熱くさせ過ぎただけよ。ほんとはきっともう少し穏やかよ」
「あ、スープの熱さの事を言ってたんだね」
ナツノは自分が少し勘違いをしていた事に気が付いた。
「おいおい、お前まで熱が出たなんて言わないでくれよ」
「熱がでたら看病くらいしてあげてもいいよ」
「大丈夫だよ。後で少し休むから」
──この調子だと四季なんてないんだろうな。
そんな事を考えながら、一旦話題を変えてみる。
「それよりエステル、ちゃんと御礼くらい言っておきなよ。フリットはああ見えて随分と心配してくれていたからね」
「そっか、……ありがとね」
「気にすんな」
二人の間に少しの絆が出来ているような気がして、ナツノは一人微笑んだ。
ところが、次の瞬間には嫌な予感が駆け抜け、ナツノは一転して顔をしかめる。何か嫌な気配を感じたのである。
──あの方向は……一応確認しておくほうがいいか。
「ご馳走さま。少し付近を散歩してくるよ」
「おう、あまり遅くはなるなよ」
「いってらっしゃい」
二人に手を振ると、ナツノは真っ直ぐに魔法樹を目指して歩き始めた。
父は厳しかった。いや、頑なだったといえばいいのだろうか。
決して曲がることのない信念にがんじがらめに囚われているかのようで、姿を見るのが辛かった。
彼がいつからこの様になってしまったのかは……もう覚えてはいない。しかし、幼き日の父はとても穏和で、争いを好むような人ではなかったように記憶している。
父は厳しくなった。
私は父の顔を見ない。父も私を見ようとはしない。おそらく……目を合わすことは、もう二度とないのだろう。
「お前の祖父は強い人物だったが、ただ一つ、限界という壁には耐えきれなかったのだ。そして、それ故にその身を滅ぼしてしまった」
父や兄、そして姉達は、何故に強さを求めるのだろうか。祖父の起こした事件により、私達の家系は既に没落してしまっているというのに。
今更何を取り戻せというのだろうか。それで何が元に戻るというのだろうか。
「世間にどう思われようが構わない。しかし、失われた誇りを取り戻すには、我々がその秘密を解き明かさねばならない。──必ず」
──変身魔法。
もう何百年も研究されているが、未だに境地には至ることのできない神秘的な奇跡。
その理を理解しているのは賢者達のみ、そして代々変身魔法を得意とするリコルト家のみが秘密を握っている。
「……何をしようと構わぬ。必ずや果たしてみせよ。……我々の悲願、を。そして、王を引きずり下ろせ」
強さに関心など微塵もなかったが、ただ一つ心が動いたものがあった。
──リースレット・リコルト。
鬼と龍。この因縁を断ち切るには、きっと彼女との協力なくしてはあり得ない。
応じないようであれば……。
「はい、必ず」
「以上だ。もう行け」
それが最後に交わした言葉だったと記憶している。──そう、私の……父、との。
◇
彼女の話では、この地にはかつて大きな龍が住んでいたそうだ。おそらくは伝承の類いだろう。
時にその尖った爪は大地を切り裂き、時にその咆哮は非道な鬼さえも退け、時にその強翼は荒れ狂う嵐をも呼び起こしたという。また、万物の傷を癒し、新たな生命を目覚めさせたという説もある。
どれも大雑把で、具体性の欠片もない話だ。ついでにいうと、意味もわからない。まさに地方に伝わるお伽話のそれなのだろう。
ナツノが抱いた感想はそうだった。
──ただ、それが魔法使いと関係があるのならば……。例えば、魔法使いが変身した姿であるならば……。
「ま、言い伝え程度だけどね」
そう言うと、エステルは、がおー、と大袈裟に腕を振り上げた。どうやら、彼女なりの龍の解釈らしい。
──そういえば、この惑星にはどんな動物、生き物がいるのだろうか。
ふと、そんなことが気になった。今のところ、このグィネブルの地で生物を見た記憶はまるでない。
「少し違うかな、それだと獅子になってしまうよ」
「獅子?」
ナツノとしてはほんのなんでもない言葉であったのだが、彼女の反応はそうでなかった。
その瞳を覗き込むと、まるでそれを初めて聞いたかのように、きょとんと大きくさせていたからだ。
「獅子、聞いたことない? 百獣の王っていわれてる猛獣なんだけど」
「……百獣の……王?」
「うん、動物の王らしいよ。わからないなら、大きな猫だと思えばいいのかな? うーん、少し違う気もするけど。……猫ってわかる?」
頭の中ではイメージは出来ているのだが、どうも説明となると勝手が違うものらしい。
「オスとメスで見た目が違うんだよ。特にオスは立派なたてがみ……分かるかな? 髪の毛や髭みたいなものだけど、それが顔を覆っていてね」
身ぶり手振りを加え、珍しく饒舌になっているナツノをエステルは不思議そうに眺めていた。
初めて彼の素顔を見た気がして目が離せなかったのだ。
「獅子、見てみたいな」
思わず口から言葉が漏れる。彼はどんな顔をするのだろうか。
その表情が曇るのが怖く、後から湧き出るように不安と期待の入り交じった感情が彼女の胸中で渦巻いていく。
「簡単だよ、すぐにでも……うーん、やっぱりすぐには無理かな。でも、いつかは見ることが出来ると思うよ」
ナツノは少し残念そうに微笑むと、魔法樹を優しく撫でる。そして、立ち上るとそのままどこかへ歩き始めた。
「や、約束よ! 見せてね」
追うような言葉に返事はなかったものの、どことなくその後ろ姿が頷いているように揺れるのをエステルは見逃さなかった。
少なくとも、強い拒絶は感じられなかったのだ。
──獅子、一緒に見てみたいな。
エステルは彼の横顔を思い出して微笑んだ。そして、知り得ぬ獅子を彼の姿に重ねて映す。
吠える彼はとても可愛く、想像すると思わず頭を撫でたくなった。彼はきっと“ねこ”だ。
「あははは! はは……」
──彼は一体何者なのだろう。
笑いはいつしか大地に溶けた。
◇
国境際のバルビルナにある砦では、先の戦いからの態勢を整えるべく慌ただしく動いていた。修復と補給、そして再編成を要する為である。
幸いなことに傭兵達の活躍もあり、イルヴァルト率いる強襲部隊を辛くも退け、無事に防衛を成し遂げたのは記憶に新しい。その成果もあってか、今のところマクナード砦から侵攻の気配を感じることはなくなっている。
痛み分け、という感じではないかもしれないが、今はお互いに戦闘を避けることを選択したのだろう。
ともあれ、バルビルナでは一先ず破壊された箇所は土嚢のような物で代用し、物資が届き次第補修を開始する予定で進められているのである。
「とりあえずは一息つけそうですね、うん」
砦を見渡しながらトレイズはシゲンに話し掛けた。今、現場の指揮は彼に任されている。
「うむ」
シゲンは一言だけ発すると、戦場であった場所に目を向け、そして瞑る。その表情はどこか険しい。
大地に刻まれた傷跡は、忌むべきものなのか。それとも名誉の証なのか。いずれにせよ、果てるように教えた記憶は一切ない。
奇襲により多くの新兵が負傷することとなり、現在バルビルナは最前線とは思えぬ程に人員不足である。なんとか到着した援軍により人数だけは補われつつあるが、彼が育てていた若者達はもうほとんどここにはいない。
「トレイズよ、傭兵共はなかなか良い働きをしていたようだな。初めは期待などしていなかったが……ふふ、気が変わったぞ」
砦の様子を気にしたシグマが視察に来たようだ。
「ええ、予想以上ですね、うん。個人的にも面白い人物を見つけられたもので、楽しみが増えたと喜んでいたところですよ、うん」
トレイズとシグマは互いに目を合わせると頷き合う。
「お前が人を気に入るとは珍しいことがあったもんだな。戦場で玩具でも見つけたのか?」
驚いた様子を見せるシグマに、トレイズは口元を綻ばせて返事をする。
「白々いですよ、うん。若様のほうこそ、戦場で何かあったご様子では?」
「これは驚いたな、出てしまっていたのか。確かに何人か面白い奴がいたと認めよう」
今度はシグマが目を細めて口元を吊り上げると、満足そうにほくそ笑む。その瞳は既にトレイズを映していない。
「はしゃぎ過ぎでしょう、あのイルヴァルトにまでぶつけてみるとは。……うん。いつになく入れ込んでいるようにも見えましたが?」
「ああ、お前は見たか? 感じたか? あの得体の知れない雰囲気を。あれは普通じゃない。一見大人しそうに見せているが、あの力……集中力は驚異的だ」
普通じゃない、と嬉しそうに言い切るシグマは、瞳を爛々と輝かせており、非常に嬉しそうだ。
トレイズの瞳には、まるで猛獣が獲物を見つけて喜んでいるように映っていた。
「なるほど、あの細身でイルヴァルトの槍を吹き飛ばしたと聞いたときは耳を疑ったのですが……うん。何かまだ隠していそうですね」
トレイズの言葉にシグマは強く頷いた。
「幸いにも奴の行動拠点には心当たりがあってな。訪れ、もう一度くらい会ってみるのもよかろう」
◇
「なんで熱々のスープなわけ?」
フリット特製のスープの入った器を見るなり、エステルが不満を口にした。
「はぁ? お前、熱があるだろ。病人食だよ。食やいいんだ」
エステルには、食事ができたからナツノを呼んできてくれと声を掛けていたが、どうしたことかなかなか帰ってこない。それどころか遅れて戻ってくるなりこの有り様である。
「大体な、お前がなかなか戻ってこないから必要以上に熱くなっちまったんじゃねぇか。なんでナツノより帰りが遅いんだよ」
「知らない! それに熱なんか引いたわよ! 嫌よ! こんなの飲んでたら汗だくになるし!」
「ちっ」
吠えまくるエステルと顔を引きつらせるフリットに交互に目を移した後、ナツノはゆっくりとした動作でスープを一口啜った。
「美味しい」
実はナツノら魔法使いは体内で生成される魔力エネルギーこそが生命の源であり、食事という形で栄養を摂取する必要がさほどない。とはいえ、身体の活性化という意味では食事が大切になるので、食べるにこしたことはないのは確かである。
しかし、ナツノは食べない日が多々あった。
「懐かしいね」
ナツノは久々の食事に懐かしい昔の事を思い出していた。
「はぁ……お前はお前で何を言ってるんだ?」
「なんだか食事をするのが懐かしく思えてね。昔はよく食べたな」
「あはは! 大袈裟よ。毎日食べてるのに」
「……駄目だ、熱さにやられちまったか」
二人は染々とスープを啜るナツノの姿を不思議そうに眺めていた。
「それより、てっきりみんな暑いのには強いものかと思っていたよ。ほら、特に今日のスープなんてね」
汗を流しながらスープを啜っているエステルのほうを眺めながら、ナツノは以前から気になっていたことを打ち明けた。
「まぁ……言っとくけどよ、病人食だからな」
目を逸らしながらフリットは唇を尖らせている。
「熱くさせ過ぎただけよ。ほんとはきっともう少し穏やかよ」
「あ、スープの熱さの事を言ってたんだね」
ナツノは自分が少し勘違いをしていた事に気が付いた。
「おいおい、お前まで熱が出たなんて言わないでくれよ」
「熱がでたら看病くらいしてあげてもいいよ」
「大丈夫だよ。後で少し休むから」
──この調子だと四季なんてないんだろうな。
そんな事を考えながら、一旦話題を変えてみる。
「それよりエステル、ちゃんと御礼くらい言っておきなよ。フリットはああ見えて随分と心配してくれていたからね」
「そっか、……ありがとね」
「気にすんな」
二人の間に少しの絆が出来ているような気がして、ナツノは一人微笑んだ。
ところが、次の瞬間には嫌な予感が駆け抜け、ナツノは一転して顔をしかめる。何か嫌な気配を感じたのである。
──あの方向は……一応確認しておくほうがいいか。
「ご馳走さま。少し付近を散歩してくるよ」
「おう、あまり遅くはなるなよ」
「いってらっしゃい」
二人に手を振ると、ナツノは真っ直ぐに魔法樹を目指して歩き始めた。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
金色(こんじき)の龍は、黄昏に鎮魂曲(レクイエム)をうたう
藤原 秋
ファンタジー
高校生活最後の夏休み、友人達と地元で有名な心霊スポットに出掛けた氷上彪(ひかみひょう)は、思いがけぬ事故に遭い山中に独り取り残されてしまう。
人生初の気絶から目覚めた彼を待ち受けていたのは、とても現実とは思えない、悪い夢のような出来事の連続で……!?
ほとほと運の悪い男子高校生と、ひょんなことから彼に固執する(見た目は可愛らしい)蒼い物の怪、謎の白装束姿の少女、古くから地域で語り継がれる伝承とが絡み合う、現代?和風ファンタジー。
※2018年1月9日にタイトルを「キモダメシに行って迷い人になったオレと、蒼き物の怪と、白装束の少女」から改題しました。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる