UNLEASH

いらはらい

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呪縛

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 アキは小ぶりになった雨の中を歩いていた。その足取りは憑依されたかのように重く、目に映る景色に色もなく暗く感じた。それは分厚い雲と、夕刻へと日が傾き始めたからなのだろうか。
 塗れた服が体に張り付き重い。体温が奪われていく。このままでは風邪をひくかもしれないが、それでも良いと思った。マコトを傷付けてしまった自分など、生きている資格はない。
 ただ、解呪を手伝うことができなくなるのが申し訳なかった。ごめんね、と呟くアキの頬に雨と一緒に熱いものが伝った。
 家にはまだ帰りたくないと思いながら、何気に上着のポケットに手を入れると、何かがある事に気づいた。ポケットから取り出し手にすると、それはブランド製のキーケースだった。
「カギ?……なんで?」
 服は返さなくていいと言われ、わざわざ返しにいく義理も無い。どこの鍵だろうか、自分には関係ない。
 ──あんなヤツ……困ってしまえばいい──
 


「情けない……」
 目の前にあるマンションを見上げ、アキは自嘲する。
 困ってしまえばいいと思ったのに、なぜかセイが住むマンションまで来てしまったのだ。
 だがマンションまで来たが、オートロックで中に入ることができないでいた。車にキーケースを置こうかと、地下駐車場を探したが、行くにしても入口が分からなかった。
 「何をボクはしてんだ……バカだよな……ホント、昨日から全て狂ってしまった……」
 そう呟き、マンションに背を向け歩きだした時だった。後ろで自動ドアが開く音がしたが、振り返ることもなくアキはその場から去ろうとした。
「ちょっと!あんた!!何しに来てんのよ!」
 ヒステリックに近い高い声が聴こえたかと思うと、アキは肩をつかまれ声の主へと無理やり向きを変えられた。
 それはセイの部屋を出るときに出逢った女だった。アキは面倒な事になりそうで、その場から早く立ち去りたかった。だが、女はそれを許すことなくアキの腕をがっちり掴んでいる。
 「聞いてんの?何しに来たの?!」
 普通にしてれば綺麗な部類に入るはずの顔が、アキには怖く感じた。女はそんなアキを気にせず、グイグイと問い詰めていく。どう対処すればいいのかアキは戸惑いながらも、一応ここに来た理由をキーケースを見せ女に言ってみることにした。
「……カギが服に入っていたら」
「そんなの郵便でもなんでも送れば良いじゃない!」
 そう言われ、あぁそれもありかと思ったが、正確に住所がわかる訳じゃない。どのみち、ここに来るしか選択はないように思えた。

 こんなことなら、ここに来なければよかった……

 何を言っても、きっと突っかかって来るだろう。そう思いながら、独り騒ぐ女の言葉を半ば聞き流していた。
「聞いてる?あんたが何者か知らないけど!私相手にされなかったのよ?信じられない!セイちゃんを満足させたのが男なんて!」
「……?どういう意味」
「関係ないでしょ!それより早く返して!それは私がセイちゃんにあげた物なのよ!」
 そう言いながら女は強引にアキの手からキーケースを奪い、そのままマンションへと入ろうと振り返ったが、女はその場で立ち止まった。だが、立ち止まったのは女だけではなく、アキもその場で動けなくなった。
 その視線の先にセイがタバコをふかして、立っていたのである。
「おい、入口でデケェ声出すな……」
「いやん!いつからそこに?」
 女は照れながらセイの元へとかけ、その身体に抱きついた。
 「アキ……お前どうした?ずぶ濡れじゃないか……家に帰ったんじゃないのか?」
「また私を無視?」
 プクーっと女は頬を膨らませ、セイの胸に顔を埋める。アキは何も言わず、ただ下を向いていた。
 何も言わないほうがいい。そう思い、来た道を帰ろうとセイ達に背を向けた。
 だが2・3歩ほど歩いた時だった。急に視界がグルリと回ったのである。
「!?」
「やだ!!!何してんのよ!」
 女が信じれれない!と言う声をあげた。セイがアキを抱きかかえ……正確には肩に担ぎ、オートロックを開け、マンション内へと歩いて行くのだった。
「はッ離せ!!!」
「そんな格好でうろうろしてると風邪ひくぞ」
「別に構わない」
「いや、オレがかまう。大事な息子が風邪をこじらせて弱ったら、親として哀しいだろ?」

 何が親としてだよ……

 ボソッとその背中につぶやき、抵抗するのを止め担がれたままでいた。
「ねぇ!!!私は?私はどうすればいいの?」
 異様な光景を目にし、女は少し離れたところからセイに訴える。
 セイは、あぁ……と女の存在を思い出し振り返る。
「お前はいつも通り、家に帰れよ。いいとこの嬢ちゃんがいつまでもここにいたら、そう簡単に家から出させてもらえなくなるだろ?いつものように、良い子の仮面をつけとけ」
 その言葉を聞き、みるみる女の顔が暗なっていく。それを見て、セイは空いてる手を挙げ、女を呼ぶ仕草をした。
 女はパッと表情が明るくなり、うれしそうに駆け寄り、セイはその肩を引き寄せ熱いキスをした。
 唇が離れても女はうっとりと余韻に浸っていた。ほどなくして、エレベーターが着き、アキを担いだまま乗り込み、女に声を掛ける。
「じゃぁな。また今度」
 そう言いおわると当時にエレベーターの扉が閉まった。
「ん~もう!次はいっぱいしてもらうんだから!!」


 ****

 また、抱かれる
 
 そう思い、少し警戒をしていたアキだったが、部屋についてからそういう素振りはなかった。シャワーを浴び、服が乾くまでこれを着ていろと渡された服に着替え、今はソファーに座っていた。
 セイはアキにコーヒーの入ったカップを渡し、隣には座らずローテーブルを挟み正面に座った。
「どうして家に帰らなかった。オレとしてはうれしいが……」
「……ここに来るつもりはなかった……けど、カギがあったし……」
「……オレが憎いのに?」
「憎いさ……憎いのに……」
 どうして、またここに来てしまったんだろうか。こうしていれば普通の父親と変わりはない。幼いころもあの行為以外はどこにでもいる父親と同じだった。

 なぜ……こうなったんだ

 不思議に思いながらも、出されたコーヒーを口にする。
 窓が光り、雷鳴が空気を引き裂いていく。
「近いな……どっかに落ちるか?」
 セイは窓へと近づき、空を眺めていた。
「……今日は何日だ?」
 アキは急な問いかけに驚きながらも、腕時計を確認し、日付は23日と表示されており、そのままセイへと伝えた。
「そう……か……。そう言えばあの日もこんな天気だったよな……」

 あいつの命日だ……

 そう、セイがボソっと呟いたが、その声は雷鳴にかき消され、アキには確認できなかった。
 何を言ったのか聞こうとしたその時、アキの手元からカップが落ち、身体は動かずそのままソファーに倒れ込んだ。
(な……なんだ?何かがボクの身体に入ってくる……御守りの効力が……切れた?)
 ──ごめんね……ちょっと借りるよ?──
 そう言われた気がしたが、確かめる事は出来ず、アキの意識は深く落とされた。
「どうした?気分でも悪いのか?」
 セイは慌てて駆け寄り、アキの身体を抱き起こし、額に手をあてた。だが、熱もなく特に変化はなかった。いったい、なにが起きたのか、セイには理解できずどうするかと思考を巡らせていた時だった。
『やっと、あんたと喋れる』
 口元に笑みを浮かべ、アキがセイに語りかける。セイは驚き、腕に抱えていたアキを見た。アキの目がゆっくりと開いたが、セイはその姿に違和感を覚えた。
「……アキ?」
『どうした……もうオレを忘れた?セイ……』
「……なぜ?どうしてだ。どうしてアキからお前の声が聞けるんだ……?なぜだ」

 ──セツ──

 確信はなかった。だが紛れもない声だった。聞くことも、忘れる事もできない懐かしい声がアキから聴こえた。その名を呟いたセイの表情は、今にも泣きそうな顔をしていた。
 セイの口からその名を呼ばれるのを待っていたかのように、アキ……『セツ』と呼ばれる人物は 満面の笑みを浮かべた。
『よかった。覚えていてくれたんだね。会いたかったよ……セイ』

 
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