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第二話:再会の灯火、一歩の勇気
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「え……あなたは……カイ……? 本当に……カイなの……?」
私の掠れた声に、目の前の青年は力強く頷いた。
日に焼けた肌、少し癖のある栗色の髪。
そして、昔と変わらない、真っ直ぐで優しい鳶色の瞳。
間違いなく、故郷の村で一緒に育った幼馴染のカイだった。
「ああ、リリアだ! やっぱり! こんなところで会えるなんて、夢にも思わなかったよ!」
カイは、汚れた私のみすぼらしい姿など気にも留めない様子で、懐かしそうに顔を綻ばせた。
その屈託のない笑顔は、凍りついていた私の心を、ほんの少しだけ溶かしてくれるようだった。
「カイこそ……どうして、この街に……?」
「俺、冒険者になったんだ。いつかリリアみたいに、広い世界で活躍したくてさ。この街は大きなギルドがあるから、修行も兼ねてここで活動してるんだよ」
そう言って、カイは少し照れくさそうに自分の胸を叩いた。
彼の腰には、使い込まれた様子の剣が下げられている。
昔はやんちゃで泣き虫だった少年が、いつの間にかこんなにも逞しくなって……。
感慨深さと同時に、今の自分の惨めさが身に染みて、私は俯いてしまった。
「リリア……? どうしたんだ? 顔色が悪いぞ。それに、その格好……何かあったのか?」
カイが心配そうに私の顔を覗き込む。
その優しい眼差しに、堰を切ったように感情が溢れ出しそうになるのを、私は必死で堪えた。
「……話すと長くなるの。それに、あまり良い話じゃないわ」
「いいから、聞かせてくれよ。俺で力になれることがあれば、何でもするからさ」
カイは私の腕を掴むと、市場の喧騒から少し離れた路地裏へと導いた。
そして、近くにあった木箱を指差し、座るように促す。
「さあ、ゆっくりでいい。何があったんだ?」
彼の真摯な眼差しに、私はついに重い口を開いた。
勇者パーティー「太陽の剣」にいたこと。
魔法使いとして活動していたこと。
そして、勇者アレスの歪んだ欲望と、それに従わなかったことによる理不尽な追放。
さらに、アレスが流した悪評によって、誰からも依頼を受けられず、日々の食事にも困っていること。
話しているうちに、こらえきれなくなった涙が頬を伝った。
「そんな……酷すぎる……!」
私の話を聞き終えたカイは、自分のことのように憤慨し、拳を握りしめていた。
その瞳には、アレスに対する強い怒りが宿っていた。
「勇者だって聞いてたけど、そんな奴だったなんて……許せないな。リリアは何も悪くないじゃないか!」
「でも……もう、どうしようもないの。勇者の言葉は絶対だもの。誰も、私のことなんて信じてくれない……」
私は弱々しく首を振った。
失った信頼を取り戻すことなど、不可能に思えた。
「そんなことない!」
カイは力強く言った。
「俺は信じる! リリアの魔法がどれだけ凄いか、俺は昔から知ってる! リリアがどれだけ努力家で、優しいかも、俺は知ってるぞ!」
彼の言葉は、乾いた心に染み渡るようだった。
故郷の村にいた頃、私はよくカイに魔法を見せてあげていた。
小さな光を灯したり、花を咲かせたりするだけの、ささやかな魔法。
それでも、カイはいつも目を輝かせて喜んでくれた。
「リリアの魔法は、人を幸せにする魔法だね」と。
「でも、今の私には……もう魔法を使う自信もないわ……」
俯く私に、カイは優しく語りかけた。
「リリア。俺と一緒に、もう一度やってみないか?」
「え……?」
「俺もまだ駆け出しだけど、二人でなら、きっと何かできるはずだ。小さな依頼からでいい。リリアの魔法の力を、もう一度人々のために使おうよ」
カイの提案は、あまりにも眩しく、今の私には現実離れしているように聞こえた。
アレスの悪評が渦巻くこの街で、私が再び魔法使いとして活動するなんて……。
「でも……私と組んだら、カイにも迷惑がかかるわ。私には、悪い噂がつきまとっているもの」
「そんなの、関係ないさ! 噂なんて、いつか消える。真実は必ず伝わるもんだ。それに、俺はリリアの力を信じてる。リリアが隣にいてくれれば、俺は百人力だ!」
カイは真っ直ぐな目で私を見つめ、力強く言った。
その瞳には、一点の曇りもなかった。
彼が本気でそう思ってくれていることが、痛いほど伝わってきた。
「カイ……」
彼の言葉に、心の奥底で何かが揺り動かされるのを感じた。
失いかけていた希望の光が、再び灯ったような気がした。
この人の隣でなら、もう一度頑張れるかもしれない。
「……ありがとう、カイ。私……やってみるわ」
涙を拭い、私は顔を上げた。
カイは、嬉しそうに破顔した。
「本当か、リリア! 良かった!」
その笑顔を見て、私も自然と笑みがこぼれた。
どれくらいぶりに、心から笑えたのだろうか。
◇
翌日、私とカイはギルドを訪れた。
カイは私の手を引き、「大丈夫だ」と何度も励ましてくれた。
しかし、ギルドに入ると、やはり周囲の視線は冷たかった。
「おい、見ろよ……あれ、リリアじゃないか?」
「なんでカイと一緒にいるんだ? あいつも馬鹿だな、あんな女と組むなんて」
「勇者アレス様に逆らった女だろ? 疫病神だよ」
ひそひそと交わされる悪意に満ちた言葉が、容赦なく私に突き刺さる。
思わず俯きそうになる私を、カイが庇うように前に立った。
「俺たちは依頼を受けに来たんだ。何か問題でもあるのか?」
カイの毅然とした態度に、周りの冒険者たちは少し気圧されたように口を噤んだ。
彼は私を促し、依頼ボードへと向かう。
「リリア、大丈夫か?」
「……ええ。ありがとう、カイ」
彼の背中が、とても頼もしく見えた。
依頼ボードには、様々な依頼が張り出されていた。
しかし、私たちが受けられそうなものは限られている。
高ランクの討伐依頼は、今の私たちにはまだ早い。
それに、私がいることで、他のパーティーとの連携も難しいだろう。
「うーん、これなんかどうだ? 『迷いの森の薬草採取』。危険度は低いし、リリアの知識も役立つかもしれない」
カイが見つけてきたのは、比較的安全な採取依頼だった。
報酬は少ないけれど、今の私たちにはちょうどいいかもしれない。
「ええ、それなら……私にもできるわ」
「よし、決まりだな!」
カイは依頼票を剥がすと、受付へと向かった。
受付の女性は、私を見て一瞬眉をひそめたが、カイが堂々とした態度で依頼票を提出すると、渋々といった様子で受理してくれた。
勇者アレスの影響力は、ギルドの職員にまで及んでいるらしかった。
「リリア、準備はいいか? 行こう!」
「うん!」
私たちはギルドを後にし、迷いの森へと向かった。
久しぶりに受ける依頼。
不安がなかったわけではない。
でも、隣にカイがいる。
それだけで、不思議と心が軽かった。
迷いの森は、その名の通り、入り組んだ道が多く、方向感覚を失いやすい場所だった。
しかし、カイは意外にも森の知識が豊富で、迷うことなく薬草の群生地へと私たちを導いた。
「この辺りだと思うんだけど……あった! これだ、ルナリア草」
カイが指差した先には、淡い紫色の花をつけた薬草があった。
「本当だわ。それに、あちらには月光草も。この森は薬草の宝庫ね」
私は薬草の知識を活かし、次々と目的の薬草を見つけ出した。
久しぶりに魔法を使う機会もあった。
薬草の中には、特定の魔力に反応して隠れてしまうものがあるのだ。
「リリア、あの崖の上にもありそうだけど、ちょっと手が届かないな……」
カイが指差す先には、貴重な薬草が自生していたが、足場が悪く、登るのは危険だった。
「待ってて、カイ」
私は杖を構え、軽く詠唱する。
「フロート」
ふわりと体が浮き上がり、私は崖の上へと軽々と到達した。
そして、目的の薬草を採取すると、再びカイの元へと降り立つ。
「すごいな、リリア! やっぱりお前の魔法は最高だ!」
カイは子供のように目を輝かせて私を褒めてくれた。
その言葉が、素直に嬉しかった。
魔法を使う喜びを、少しずつ思い出していく。
順調に薬草を集め、依頼の目標数を達成した私たちは、森の出口へと向かっていた。
その途中、ギルドの休憩所で他の冒険者たちの会話が耳に入ってきた。
「聞いたか? 勇者アレス様のパーティー、また大きな手柄を立てたらしいぜ」
「ああ、さすが『太陽の剣』だな。あのリリアって魔法使いがいなくなっても、全然問題ないみたいじゃないか」
「むしろ、足手まといがいなくなって、動きやすくなったんじゃないのか?」
その言葉に、私の胸がチクリと痛んだ。
俯きそうになる私に、カイがそっと声をかける。
「リリア、気にするな。あいつらは何も分かってないんだ」
「……うん」
カイの優しい言葉に、私は小さく頷いた。
まだ、アレスの影は私を苦しめる。
でも、一人じゃない。
カイがいてくれる。
それだけで、立ち向かう勇気が湧いてくる気がした。
ギルドに戻り、採取した薬草を提出すると、無事に依頼達成となり、報酬を受け取ることができた。
それは決して大きな金額ではなかったけれど、自分たちの力で手に入れた報酬は、格別な重みがあった。
「やったな、リリア! 俺たち、初めての依頼達成だ!」
カイは満面の笑みで私とハイタッチを交わす。
その明るさに、私もつられて笑顔になった。
「ええ。カイのおかげよ」
「何言ってるんだ、リリアの魔法と知識があったからだよ。やっぱり、俺たちならうまくやっていけるさ!」
カイの言葉は、確かな自信に満ちていた。
彼のその自信が、私にも伝播してくるようだった。
その日の夜、私たちは分け合った報酬で、ささやかな夕食をとった。
質素な食事だったけれど、ここ数日間の空腹と孤独を思えば、夢のようなご馳走だった。
「リリア、これからどうしたいとか、何か考えてることはあるか?」
食事を終えた後、カイが真剣な表情で私に尋ねた。
「そうね……まずは、もっとたくさんの依頼をこなして、魔法使いとしての自信を取り戻したい。そして、いつか……アレスが見向きもしなかった、私の魔法の本当の価値を証明したいの」
それは、心の奥底にずっと燻っていた願いだった。
「いいじゃないか、それ! 俺も応援する! リリアの魔法は、絶対に凄いんだからさ」
カイは力強く頷いた。
彼の言葉は、いつも私に勇気をくれる。
追放され、全てを失ったと思っていた。
しかし、カイとの再会が、私に新たな希望を与えてくれた。
まだ道は険しいかもしれない。
アレスの妨害も、これから激しくなるかもしれない。
それでも、この温かい灯火を胸に、私はカイと共に、一歩ずつ前に進んでいこうと心に誓った。
私の掠れた声に、目の前の青年は力強く頷いた。
日に焼けた肌、少し癖のある栗色の髪。
そして、昔と変わらない、真っ直ぐで優しい鳶色の瞳。
間違いなく、故郷の村で一緒に育った幼馴染のカイだった。
「ああ、リリアだ! やっぱり! こんなところで会えるなんて、夢にも思わなかったよ!」
カイは、汚れた私のみすぼらしい姿など気にも留めない様子で、懐かしそうに顔を綻ばせた。
その屈託のない笑顔は、凍りついていた私の心を、ほんの少しだけ溶かしてくれるようだった。
「カイこそ……どうして、この街に……?」
「俺、冒険者になったんだ。いつかリリアみたいに、広い世界で活躍したくてさ。この街は大きなギルドがあるから、修行も兼ねてここで活動してるんだよ」
そう言って、カイは少し照れくさそうに自分の胸を叩いた。
彼の腰には、使い込まれた様子の剣が下げられている。
昔はやんちゃで泣き虫だった少年が、いつの間にかこんなにも逞しくなって……。
感慨深さと同時に、今の自分の惨めさが身に染みて、私は俯いてしまった。
「リリア……? どうしたんだ? 顔色が悪いぞ。それに、その格好……何かあったのか?」
カイが心配そうに私の顔を覗き込む。
その優しい眼差しに、堰を切ったように感情が溢れ出しそうになるのを、私は必死で堪えた。
「……話すと長くなるの。それに、あまり良い話じゃないわ」
「いいから、聞かせてくれよ。俺で力になれることがあれば、何でもするからさ」
カイは私の腕を掴むと、市場の喧騒から少し離れた路地裏へと導いた。
そして、近くにあった木箱を指差し、座るように促す。
「さあ、ゆっくりでいい。何があったんだ?」
彼の真摯な眼差しに、私はついに重い口を開いた。
勇者パーティー「太陽の剣」にいたこと。
魔法使いとして活動していたこと。
そして、勇者アレスの歪んだ欲望と、それに従わなかったことによる理不尽な追放。
さらに、アレスが流した悪評によって、誰からも依頼を受けられず、日々の食事にも困っていること。
話しているうちに、こらえきれなくなった涙が頬を伝った。
「そんな……酷すぎる……!」
私の話を聞き終えたカイは、自分のことのように憤慨し、拳を握りしめていた。
その瞳には、アレスに対する強い怒りが宿っていた。
「勇者だって聞いてたけど、そんな奴だったなんて……許せないな。リリアは何も悪くないじゃないか!」
「でも……もう、どうしようもないの。勇者の言葉は絶対だもの。誰も、私のことなんて信じてくれない……」
私は弱々しく首を振った。
失った信頼を取り戻すことなど、不可能に思えた。
「そんなことない!」
カイは力強く言った。
「俺は信じる! リリアの魔法がどれだけ凄いか、俺は昔から知ってる! リリアがどれだけ努力家で、優しいかも、俺は知ってるぞ!」
彼の言葉は、乾いた心に染み渡るようだった。
故郷の村にいた頃、私はよくカイに魔法を見せてあげていた。
小さな光を灯したり、花を咲かせたりするだけの、ささやかな魔法。
それでも、カイはいつも目を輝かせて喜んでくれた。
「リリアの魔法は、人を幸せにする魔法だね」と。
「でも、今の私には……もう魔法を使う自信もないわ……」
俯く私に、カイは優しく語りかけた。
「リリア。俺と一緒に、もう一度やってみないか?」
「え……?」
「俺もまだ駆け出しだけど、二人でなら、きっと何かできるはずだ。小さな依頼からでいい。リリアの魔法の力を、もう一度人々のために使おうよ」
カイの提案は、あまりにも眩しく、今の私には現実離れしているように聞こえた。
アレスの悪評が渦巻くこの街で、私が再び魔法使いとして活動するなんて……。
「でも……私と組んだら、カイにも迷惑がかかるわ。私には、悪い噂がつきまとっているもの」
「そんなの、関係ないさ! 噂なんて、いつか消える。真実は必ず伝わるもんだ。それに、俺はリリアの力を信じてる。リリアが隣にいてくれれば、俺は百人力だ!」
カイは真っ直ぐな目で私を見つめ、力強く言った。
その瞳には、一点の曇りもなかった。
彼が本気でそう思ってくれていることが、痛いほど伝わってきた。
「カイ……」
彼の言葉に、心の奥底で何かが揺り動かされるのを感じた。
失いかけていた希望の光が、再び灯ったような気がした。
この人の隣でなら、もう一度頑張れるかもしれない。
「……ありがとう、カイ。私……やってみるわ」
涙を拭い、私は顔を上げた。
カイは、嬉しそうに破顔した。
「本当か、リリア! 良かった!」
その笑顔を見て、私も自然と笑みがこぼれた。
どれくらいぶりに、心から笑えたのだろうか。
◇
翌日、私とカイはギルドを訪れた。
カイは私の手を引き、「大丈夫だ」と何度も励ましてくれた。
しかし、ギルドに入ると、やはり周囲の視線は冷たかった。
「おい、見ろよ……あれ、リリアじゃないか?」
「なんでカイと一緒にいるんだ? あいつも馬鹿だな、あんな女と組むなんて」
「勇者アレス様に逆らった女だろ? 疫病神だよ」
ひそひそと交わされる悪意に満ちた言葉が、容赦なく私に突き刺さる。
思わず俯きそうになる私を、カイが庇うように前に立った。
「俺たちは依頼を受けに来たんだ。何か問題でもあるのか?」
カイの毅然とした態度に、周りの冒険者たちは少し気圧されたように口を噤んだ。
彼は私を促し、依頼ボードへと向かう。
「リリア、大丈夫か?」
「……ええ。ありがとう、カイ」
彼の背中が、とても頼もしく見えた。
依頼ボードには、様々な依頼が張り出されていた。
しかし、私たちが受けられそうなものは限られている。
高ランクの討伐依頼は、今の私たちにはまだ早い。
それに、私がいることで、他のパーティーとの連携も難しいだろう。
「うーん、これなんかどうだ? 『迷いの森の薬草採取』。危険度は低いし、リリアの知識も役立つかもしれない」
カイが見つけてきたのは、比較的安全な採取依頼だった。
報酬は少ないけれど、今の私たちにはちょうどいいかもしれない。
「ええ、それなら……私にもできるわ」
「よし、決まりだな!」
カイは依頼票を剥がすと、受付へと向かった。
受付の女性は、私を見て一瞬眉をひそめたが、カイが堂々とした態度で依頼票を提出すると、渋々といった様子で受理してくれた。
勇者アレスの影響力は、ギルドの職員にまで及んでいるらしかった。
「リリア、準備はいいか? 行こう!」
「うん!」
私たちはギルドを後にし、迷いの森へと向かった。
久しぶりに受ける依頼。
不安がなかったわけではない。
でも、隣にカイがいる。
それだけで、不思議と心が軽かった。
迷いの森は、その名の通り、入り組んだ道が多く、方向感覚を失いやすい場所だった。
しかし、カイは意外にも森の知識が豊富で、迷うことなく薬草の群生地へと私たちを導いた。
「この辺りだと思うんだけど……あった! これだ、ルナリア草」
カイが指差した先には、淡い紫色の花をつけた薬草があった。
「本当だわ。それに、あちらには月光草も。この森は薬草の宝庫ね」
私は薬草の知識を活かし、次々と目的の薬草を見つけ出した。
久しぶりに魔法を使う機会もあった。
薬草の中には、特定の魔力に反応して隠れてしまうものがあるのだ。
「リリア、あの崖の上にもありそうだけど、ちょっと手が届かないな……」
カイが指差す先には、貴重な薬草が自生していたが、足場が悪く、登るのは危険だった。
「待ってて、カイ」
私は杖を構え、軽く詠唱する。
「フロート」
ふわりと体が浮き上がり、私は崖の上へと軽々と到達した。
そして、目的の薬草を採取すると、再びカイの元へと降り立つ。
「すごいな、リリア! やっぱりお前の魔法は最高だ!」
カイは子供のように目を輝かせて私を褒めてくれた。
その言葉が、素直に嬉しかった。
魔法を使う喜びを、少しずつ思い出していく。
順調に薬草を集め、依頼の目標数を達成した私たちは、森の出口へと向かっていた。
その途中、ギルドの休憩所で他の冒険者たちの会話が耳に入ってきた。
「聞いたか? 勇者アレス様のパーティー、また大きな手柄を立てたらしいぜ」
「ああ、さすが『太陽の剣』だな。あのリリアって魔法使いがいなくなっても、全然問題ないみたいじゃないか」
「むしろ、足手まといがいなくなって、動きやすくなったんじゃないのか?」
その言葉に、私の胸がチクリと痛んだ。
俯きそうになる私に、カイがそっと声をかける。
「リリア、気にするな。あいつらは何も分かってないんだ」
「……うん」
カイの優しい言葉に、私は小さく頷いた。
まだ、アレスの影は私を苦しめる。
でも、一人じゃない。
カイがいてくれる。
それだけで、立ち向かう勇気が湧いてくる気がした。
ギルドに戻り、採取した薬草を提出すると、無事に依頼達成となり、報酬を受け取ることができた。
それは決して大きな金額ではなかったけれど、自分たちの力で手に入れた報酬は、格別な重みがあった。
「やったな、リリア! 俺たち、初めての依頼達成だ!」
カイは満面の笑みで私とハイタッチを交わす。
その明るさに、私もつられて笑顔になった。
「ええ。カイのおかげよ」
「何言ってるんだ、リリアの魔法と知識があったからだよ。やっぱり、俺たちならうまくやっていけるさ!」
カイの言葉は、確かな自信に満ちていた。
彼のその自信が、私にも伝播してくるようだった。
その日の夜、私たちは分け合った報酬で、ささやかな夕食をとった。
質素な食事だったけれど、ここ数日間の空腹と孤独を思えば、夢のようなご馳走だった。
「リリア、これからどうしたいとか、何か考えてることはあるか?」
食事を終えた後、カイが真剣な表情で私に尋ねた。
「そうね……まずは、もっとたくさんの依頼をこなして、魔法使いとしての自信を取り戻したい。そして、いつか……アレスが見向きもしなかった、私の魔法の本当の価値を証明したいの」
それは、心の奥底にずっと燻っていた願いだった。
「いいじゃないか、それ! 俺も応援する! リリアの魔法は、絶対に凄いんだからさ」
カイは力強く頷いた。
彼の言葉は、いつも私に勇気をくれる。
追放され、全てを失ったと思っていた。
しかし、カイとの再会が、私に新たな希望を与えてくれた。
まだ道は険しいかもしれない。
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