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エピローグ:追放の果て、祝福の毎日
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あの、世界の運命を賭けた戦いから、五年という歳月が流れた。
アレスの魔導書がもたらした混乱は、もう遠い昔の出来事のように、世界は穏やかな平和を取り戻していた。
「リリア、お昼の準備、できたぞー!」
家の裏の畑から、土の匂いと共に、愛しい人の声が聞こえてくる。
私たちは、王都の喧騒から離れ、私たちの始まりの場所である、故郷の村へと戻ってきていた。
王都郊外に小さな家を建て、私は魔法薬の調合や、村の子供たちに文字を教え、カイは畑仕事に精を出しながら、時折、村の自警団に剣術を指南している。
「はーい、今行くわ!」
私は、焼き立てのアップルパイを窓辺で冷ましながら、にこやかに応えた。
私の左手の薬指には、カイが作ってくれた、素朴で温かい木の指輪が輝いている。
あの激しい旅を共にした仲間たちとは、今でも手紙のやり取りが続いていた。
バルガスさんは、ドゥーリンの再建を見事に成し遂げ、今はドワーフの名工として、多くの弟子たちに囲まれて元気にやっているらしい。
エリアス先生は、私たちの冒険で得た知識を元に、『古代竜と世界の夢の相関性』という新たな学問分野を確立し、王立アカデミーで最も尊敬される賢者となったそうだ。
キアラさんは、故郷の森に戻り、自然と動物たちを守りながら、静かに、しかし幸せに暮らしているという。
そして、ミストラル領のリーゼロッテさんからも、年に一度だけ、館で一番美しく咲いたという黒薔薇が届けられる。手紙には、いつも一言、「退屈ですわ」とだけ書かれていた。
「お母さん、お腹すいたー!」
家の中から、小さな女の子の声がして、私の足に抱きついてくる。
カイと同じ鳶色の瞳と、私と同じ亜麻色の髪を持つ、私たちの宝物だ。
「あらあら、もう少しだけ待ってね。お父さんと一緒に食べましょう」
私が娘を抱き上げると、ちょうどカイが汗を拭いながら家に戻ってきた。
彼は、娘をひょいと肩車すると、高らかに笑う。
その姿は、かつて世界を救った「真の勇者」の面影はなく、ただ、家族を愛する一人の優しい父親の顔だった。
彼の内に眠る守護者の力も、今はもう激しく輝くことはない。
ただ、私たち家族を、そしてこの村の平和を、静かに見守る温かい光として、そこにあり続けた。
書斎の棚には、ベルフェの仮面が大切に飾られている。
あのトリックスターがくれた「祝福」とは、きっと、この何気ない日常のことだったのだろう。
追放から始まった私の物語。
それは、絶望の淵で、世界で一番大切な宝物を見つけるための、とても長くて、だけど幸せな回り道だったのかもしれない。
偽りの勇者に全てを奪われた魔法使いは、今、真の勇者の隣で、そして愛しい娘の笑顔に包まれて、世界で一番の幸せを、その両手でしっかりと掴んでいた。
―了―
アレスの魔導書がもたらした混乱は、もう遠い昔の出来事のように、世界は穏やかな平和を取り戻していた。
「リリア、お昼の準備、できたぞー!」
家の裏の畑から、土の匂いと共に、愛しい人の声が聞こえてくる。
私たちは、王都の喧騒から離れ、私たちの始まりの場所である、故郷の村へと戻ってきていた。
王都郊外に小さな家を建て、私は魔法薬の調合や、村の子供たちに文字を教え、カイは畑仕事に精を出しながら、時折、村の自警団に剣術を指南している。
「はーい、今行くわ!」
私は、焼き立てのアップルパイを窓辺で冷ましながら、にこやかに応えた。
私の左手の薬指には、カイが作ってくれた、素朴で温かい木の指輪が輝いている。
あの激しい旅を共にした仲間たちとは、今でも手紙のやり取りが続いていた。
バルガスさんは、ドゥーリンの再建を見事に成し遂げ、今はドワーフの名工として、多くの弟子たちに囲まれて元気にやっているらしい。
エリアス先生は、私たちの冒険で得た知識を元に、『古代竜と世界の夢の相関性』という新たな学問分野を確立し、王立アカデミーで最も尊敬される賢者となったそうだ。
キアラさんは、故郷の森に戻り、自然と動物たちを守りながら、静かに、しかし幸せに暮らしているという。
そして、ミストラル領のリーゼロッテさんからも、年に一度だけ、館で一番美しく咲いたという黒薔薇が届けられる。手紙には、いつも一言、「退屈ですわ」とだけ書かれていた。
「お母さん、お腹すいたー!」
家の中から、小さな女の子の声がして、私の足に抱きついてくる。
カイと同じ鳶色の瞳と、私と同じ亜麻色の髪を持つ、私たちの宝物だ。
「あらあら、もう少しだけ待ってね。お父さんと一緒に食べましょう」
私が娘を抱き上げると、ちょうどカイが汗を拭いながら家に戻ってきた。
彼は、娘をひょいと肩車すると、高らかに笑う。
その姿は、かつて世界を救った「真の勇者」の面影はなく、ただ、家族を愛する一人の優しい父親の顔だった。
彼の内に眠る守護者の力も、今はもう激しく輝くことはない。
ただ、私たち家族を、そしてこの村の平和を、静かに見守る温かい光として、そこにあり続けた。
書斎の棚には、ベルフェの仮面が大切に飾られている。
あのトリックスターがくれた「祝福」とは、きっと、この何気ない日常のことだったのだろう。
追放から始まった私の物語。
それは、絶望の淵で、世界で一番大切な宝物を見つけるための、とても長くて、だけど幸せな回り道だったのかもしれない。
偽りの勇者に全てを奪われた魔法使いは、今、真の勇者の隣で、そして愛しい娘の笑顔に包まれて、世界で一番の幸せを、その両手でしっかりと掴んでいた。
―了―
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