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第二十二話:帰郷とソファと新たな火種
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混沌の王都を後にして、俺は数日ぶりに、懐かしき我がヴァインベルク領へと帰還した。
門をくぐると、出迎えた使用人たちの視線が、以前とは微妙に違うことに気づく。
畏怖、好奇心、そして戸惑い。
どうやら、王都での俺の「武勇伝」が、どこからか漏れ伝わっているらしい。
(面倒なことだ……)
俺はそんな周囲の変化を一切意に介さず、一直線に自室へと向かった。
そして。
「――ああ……。
やはり、こいつが一番だ……!」
俺は、部屋の中央に鎮座する、愛すべき深紅のソファへと、全身でダイブした。
この沈み込むような柔らかさ。
体に馴染む、この完璧なフォルム。
世界中のどんな玉座よりも、俺にとってはこいつが至高の椅子だ。
「お帰りなさいませ、アレン様。
相変わらず、ソファへの愛情表現だけは情熱的ですのね」
呆れたような、しかしどこか嬉しそうなソフィアの声が、俺を迎えてくれた。
領地に帰ってきても、俺の日常は基本的には変わらない。
ソファの上で、ひたすらぐうたらする。
ただ、一つだけ、明確に変わったことがあった。
兄、ルドルフの態度だ。
彼はもう、俺を出来損ないと罵ることはなくなった。
その代わり、鍛錬の合間に、こうして俺の部屋を訪れるようになったのだ。
「……王都の騎士団だが、今回の事件で露呈した課題を元に、編成を大きく見直すらしい」
「へえ」
「それから、『古き理の探求者』について、新たな情報が入った。
奴らは、王国各地の古代遺跡に現れているようだ」
「ふーん」
兄さんは、別に俺に意見を求めているわけではない。
ただ、独り言のように、淡々と報告をするだけだ。
だが、その視線は、明らかに俺の反応を窺っている。
無言のうちに、「お前ならどう考える?」と問いかけてきているのだ。
(本当に、面倒なことになった……)
俺は適当な相槌を打ちながら、この新しい関係性が、くすぐったいやら、面倒くさいやらで、どうにも落ち着かなかった。
そんな、奇妙に変化した平穏な日々を過ごしていたある日。
俺の元に、一通の手紙が届いた。
差出人は、もちろん、あの王都の面倒な探偵さん、セレスティーナ様だ。
封を開けると、美しい文字で、時候の挨拶と共に、実にありがたくない情報が綴られていた。
『……さて、近頃、『古き理の探求者』の残党が、王国各地の古代遺跡で不審な動きを見せている、との報告が上がっております。
特に、あなたの領地であるヴァインベルク領の近く、『嘆きの山脈』と呼ばれる古代遺跡周辺での目撃情報が多発しているとのこと。
古い伝承によれば、『嘆きの山脈』には、かつて『始祖の封印』の一つが置かれていた、と記されております。
くれぐれも、お気をつけくださいませ』
俺は、その手紙を読み終えると、くしゃりと握りつぶしたくなった。
「最悪だ……。
なんで、よりによって俺の家のすぐそばなんだ……」
そして、手紙は、彼女らしい皮肉で締めくくられていた。
『追伸:あなたの平穏な昼寝が、今日も一日、守られますように』
その日の夕方。
セレスティーナ様の手紙が、現実のものとなった。
領地の村から、緊急の報告が入ったのだ。
「嘆きの山脈の麓の村で、ここ数日、家畜が忽然と姿を消しております!
そればかりか、夜な夜な、山頂で奇妙な紫の光が瞬くのが見える、と……!」
紫の光。
その色に、俺も兄さんも、即座に例の連中を思い浮かべた。
父上の執務室では、緊急の対策会議が開かれている。
「調査隊を派遣いたします。
父上、どうかご許可を!」
兄さんが、決意を固めた顔で父上に願い出る。
その時、俺はのっそりと、その部屋に姿を現した。
「兄さん」
俺が声をかけると、兄さんは驚いたようにこちらを振り返った。
「一人で行くのは危険だ。
相手は、ただの魔獣じゃないかもしれないぞ」
俺の、珍しい忠告。
その言葉の裏にある意味を、兄さんは正確に察したようだった。
「……お前も、何か知っているのか?」
「まあ、少しね。
王都の知り合いから、変な噂を聞いただけだ」
俺はセレスティーナ様からの手紙のことは伏せ、適当にはぐらかす。
俺と兄さんの間で交わされる、暗黙の会話。
父上だけが、その奇妙な雰囲気に戸惑っている。
結局、兄さんが公式の調査隊を率いて、明日、嘆きの山脈へ向かうことが決まった。
俺はもちろん、部屋で留守番だ。
……表向きは。
その夜。
俺は自室のソファに寝転がりながら、天井ではなく、一枚の古い地図を眺めていた。
嘆きの山脈とその周辺が記された、軍事用の精密な地図だ。
「また、行かれるのですか、アレン様」
ソフィアが、心配そうな、しかし「どうせ行くと分かってました」と言いたげな顔で尋ねてくる。
「行かないさ。
面倒だ」
俺は、いつものように答えた。
「……だが、俺の安眠を妨害する不届き者たちが、この俺の家の庭先で、うろちょろしているのは、どうにも気分が悪いからな」
俺は地図から顔を上げ、窓の外にそびえる、険しい山脈のシルエットに目をやった。
「少し、様子を見てくるだけだ。
散歩のついでにな」
俺の瞳には、心底面倒くさそうな色と、しかし、見過ごすことはできないという、決意の色が、確かに混じり合っていた。
門をくぐると、出迎えた使用人たちの視線が、以前とは微妙に違うことに気づく。
畏怖、好奇心、そして戸惑い。
どうやら、王都での俺の「武勇伝」が、どこからか漏れ伝わっているらしい。
(面倒なことだ……)
俺はそんな周囲の変化を一切意に介さず、一直線に自室へと向かった。
そして。
「――ああ……。
やはり、こいつが一番だ……!」
俺は、部屋の中央に鎮座する、愛すべき深紅のソファへと、全身でダイブした。
この沈み込むような柔らかさ。
体に馴染む、この完璧なフォルム。
世界中のどんな玉座よりも、俺にとってはこいつが至高の椅子だ。
「お帰りなさいませ、アレン様。
相変わらず、ソファへの愛情表現だけは情熱的ですのね」
呆れたような、しかしどこか嬉しそうなソフィアの声が、俺を迎えてくれた。
領地に帰ってきても、俺の日常は基本的には変わらない。
ソファの上で、ひたすらぐうたらする。
ただ、一つだけ、明確に変わったことがあった。
兄、ルドルフの態度だ。
彼はもう、俺を出来損ないと罵ることはなくなった。
その代わり、鍛錬の合間に、こうして俺の部屋を訪れるようになったのだ。
「……王都の騎士団だが、今回の事件で露呈した課題を元に、編成を大きく見直すらしい」
「へえ」
「それから、『古き理の探求者』について、新たな情報が入った。
奴らは、王国各地の古代遺跡に現れているようだ」
「ふーん」
兄さんは、別に俺に意見を求めているわけではない。
ただ、独り言のように、淡々と報告をするだけだ。
だが、その視線は、明らかに俺の反応を窺っている。
無言のうちに、「お前ならどう考える?」と問いかけてきているのだ。
(本当に、面倒なことになった……)
俺は適当な相槌を打ちながら、この新しい関係性が、くすぐったいやら、面倒くさいやらで、どうにも落ち着かなかった。
そんな、奇妙に変化した平穏な日々を過ごしていたある日。
俺の元に、一通の手紙が届いた。
差出人は、もちろん、あの王都の面倒な探偵さん、セレスティーナ様だ。
封を開けると、美しい文字で、時候の挨拶と共に、実にありがたくない情報が綴られていた。
『……さて、近頃、『古き理の探求者』の残党が、王国各地の古代遺跡で不審な動きを見せている、との報告が上がっております。
特に、あなたの領地であるヴァインベルク領の近く、『嘆きの山脈』と呼ばれる古代遺跡周辺での目撃情報が多発しているとのこと。
古い伝承によれば、『嘆きの山脈』には、かつて『始祖の封印』の一つが置かれていた、と記されております。
くれぐれも、お気をつけくださいませ』
俺は、その手紙を読み終えると、くしゃりと握りつぶしたくなった。
「最悪だ……。
なんで、よりによって俺の家のすぐそばなんだ……」
そして、手紙は、彼女らしい皮肉で締めくくられていた。
『追伸:あなたの平穏な昼寝が、今日も一日、守られますように』
その日の夕方。
セレスティーナ様の手紙が、現実のものとなった。
領地の村から、緊急の報告が入ったのだ。
「嘆きの山脈の麓の村で、ここ数日、家畜が忽然と姿を消しております!
そればかりか、夜な夜な、山頂で奇妙な紫の光が瞬くのが見える、と……!」
紫の光。
その色に、俺も兄さんも、即座に例の連中を思い浮かべた。
父上の執務室では、緊急の対策会議が開かれている。
「調査隊を派遣いたします。
父上、どうかご許可を!」
兄さんが、決意を固めた顔で父上に願い出る。
その時、俺はのっそりと、その部屋に姿を現した。
「兄さん」
俺が声をかけると、兄さんは驚いたようにこちらを振り返った。
「一人で行くのは危険だ。
相手は、ただの魔獣じゃないかもしれないぞ」
俺の、珍しい忠告。
その言葉の裏にある意味を、兄さんは正確に察したようだった。
「……お前も、何か知っているのか?」
「まあ、少しね。
王都の知り合いから、変な噂を聞いただけだ」
俺はセレスティーナ様からの手紙のことは伏せ、適当にはぐらかす。
俺と兄さんの間で交わされる、暗黙の会話。
父上だけが、その奇妙な雰囲気に戸惑っている。
結局、兄さんが公式の調査隊を率いて、明日、嘆きの山脈へ向かうことが決まった。
俺はもちろん、部屋で留守番だ。
……表向きは。
その夜。
俺は自室のソファに寝転がりながら、天井ではなく、一枚の古い地図を眺めていた。
嘆きの山脈とその周辺が記された、軍事用の精密な地図だ。
「また、行かれるのですか、アレン様」
ソフィアが、心配そうな、しかし「どうせ行くと分かってました」と言いたげな顔で尋ねてくる。
「行かないさ。
面倒だ」
俺は、いつものように答えた。
「……だが、俺の安眠を妨害する不届き者たちが、この俺の家の庭先で、うろちょろしているのは、どうにも気分が悪いからな」
俺は地図から顔を上げ、窓の外にそびえる、険しい山脈のシルエットに目をやった。
「少し、様子を見てくるだけだ。
散歩のついでにな」
俺の瞳には、心底面倒くさそうな色と、しかし、見過ごすことはできないという、決意の色が、確かに混じり合っていた。
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