46 / 53
第四十六話:陽動作戦と動き出す影
しおりを挟む
作戦決行の日の朝。
王都アルトハイムは、一つの噂で持ちきりになっていた。
『ヴァインベルク家の次男坊が、四つ目となる始祖の遺物――『封印の欠片』を発見。
本日、王家の厳重な管理下へと移送される』。
セレスティーナ様が、その立場を巧みに利用して流した、真実と嘘を織り交ぜた、絶妙な偽情報だ。
やがて、王都の城門から、物々しい警備に守られた一台の輸送用の馬車が出発した。
部隊を率いるのは、セレスティーナ様の腹心の部下であり、その実直さで知られるマーカス隊長。
輸送されている箱の中身は、もちろん空っぽだ。
ただ、俺が丸一日かけて魔力を込め、本物の『欠片』と寸分違わぬ魔力反応を示すように偽装した、ただの石ころが一つ、入っているだけ。
「……さて、と。
大魚は、この餌に食いついてくれるかね」
俺は、王都の隠れ家の窓からその様子を見下ろしながら、小さく呟いた。
隣では、ソフィアが、魔法の通信機に意識を集中させている。
全体の指揮を執るセレスティーナ様との、唯一の連絡手段だ。
陽動部隊が、王都郊外の、木々の鬱蒼と茂る森の中へと差し掛かった、その時だった。
「……来たな」
俺の魔力探知が、周囲に潜んでいた、多数の敵性魔力の反応を捉えた。
その数は、およそ五十。
『古き理の探求者』の、おそらくは精鋭部隊だ。
彼らは、完璧な包囲網を敷き、輸送部隊の退路を断っていた。
その中心にいる、ひときわ強い魔力を持つリーダー格の男が、冷徹な声で命令を下すのが、手に取るように分かった。
『遺物は、必ず奪え。
抵抗する者は、一人残らず、皆殺しにしろ』と。
「……思ったより、大物も混じってるようだ。
これなら、陽動としては、上出来だな」
「アレン様」
ソフィアが、俺の顔を見上げた。
その瞳に、不安の色はない。
ただ、俺への、絶対的な信頼だけがあった。
「敵の数は、現在確認できるだけで五十二。
後方から、さらに増援と思われる部隊が、接近中です」
「了解だ。
十分で終わらせる」
俺はそう言い残すと、窓から音もなく飛び降り、戦場と化した森へと、影のように駆けていった。
◇
「ぐっ……!
敵の数が多い!
陣形を崩すな!」
マーカス隊長は、必死に叫びながら、次々と襲い来る敵の魔法を、その大盾で防いでいた。
だが、多勢に無勢。
騎士たちが、一人、また一人と倒れていく。
もはや、これまでか。
誰もが、そう覚悟した、その瞬間。
戦場に、まるでそよ風のように、一人の男が舞い降りた。
全身を黒いマントで覆った、謎の男。
「久しぶりだな、探求者の諸君。
また、俺の安眠を妨害しに来たのか?」
その、あまりに場違いで、気の抜けた声。
だが、その声を聞いた探求者たちの顔は、恐怖に引きつっていた。
「……お、お前は!
嘆きの山脈の……!」
「そうだ。
イレギュラーだ!
なぜ、こいつがここに……!」
俺は、そんな彼らの動揺を、意にも介さなかった。
もはや、力を隠す必要も、手加減する理由もない。
俺は、風の刃で森の木々を薙ぎ払い、敵の退路を断つ。
そして、天に手をかざし、無数の雷の槍を呼び寄せ、敵陣のど真ん中へと、容赦なく降り注がせた。
悲鳴と、閃光と、衝撃波。
地獄絵図のような光景を前に、マーカス隊長たちは、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
◇
その頃、セレスティーナ様は、行動を開始していた。
信頼できる数名の部下だけを連れ、商人へと変装し、王都の、今は寂れた『旧市街』の入り口へと、その足を進めていた。
彼女が持つ魔法の通信機から、ソフィアの、冷静な声が聞こえてくる。
『セレスティーナ様。
アレン様が、敵主力の足止めに、完全に成功しました。
予定通り、これより、地下への潜入を開始してください』
「……了解しました。
アレン様には、くれぐれも、無茶だけはなさらないように、と、そうお伝えを」
彼女はそう言うと、旧市街の、古びた下水道へと続く、暗い階段を、静かに降りていった。
その先には、未知の危険と、そして、大導師へと繋がる、唯一の手がかりが、待ち構えているはずだった。
◇
「貴様……!
嘆きの山脈でも、学術都市でも……!
やはり、貴様が、我らが偉大なる計画を、ことごとく阻む、忌々しき『イレギュラー』か!」
敵のリーダー格の男が、憎悪に満ちた目で、俺を睨みつけていた。
俺は、無力化された部下たちが転がる山の上で、静かに、彼と対峙する。
「いかにも。
お前らのせいで、俺は、貴重な昼寝の時間を、もう何度も、何度も、無駄にしてるんでね。
そのツケは、高くつくぜ。
利子も、たっぷりつけてな」
地上と、地下。
二つの戦場で、今、同時に、俺たちの反撃の狼煙が上がった。
大導師の歪んだ理想を、その根元から断ち切るための、危険な二面作戦が、ついに始まった。
王都アルトハイムは、一つの噂で持ちきりになっていた。
『ヴァインベルク家の次男坊が、四つ目となる始祖の遺物――『封印の欠片』を発見。
本日、王家の厳重な管理下へと移送される』。
セレスティーナ様が、その立場を巧みに利用して流した、真実と嘘を織り交ぜた、絶妙な偽情報だ。
やがて、王都の城門から、物々しい警備に守られた一台の輸送用の馬車が出発した。
部隊を率いるのは、セレスティーナ様の腹心の部下であり、その実直さで知られるマーカス隊長。
輸送されている箱の中身は、もちろん空っぽだ。
ただ、俺が丸一日かけて魔力を込め、本物の『欠片』と寸分違わぬ魔力反応を示すように偽装した、ただの石ころが一つ、入っているだけ。
「……さて、と。
大魚は、この餌に食いついてくれるかね」
俺は、王都の隠れ家の窓からその様子を見下ろしながら、小さく呟いた。
隣では、ソフィアが、魔法の通信機に意識を集中させている。
全体の指揮を執るセレスティーナ様との、唯一の連絡手段だ。
陽動部隊が、王都郊外の、木々の鬱蒼と茂る森の中へと差し掛かった、その時だった。
「……来たな」
俺の魔力探知が、周囲に潜んでいた、多数の敵性魔力の反応を捉えた。
その数は、およそ五十。
『古き理の探求者』の、おそらくは精鋭部隊だ。
彼らは、完璧な包囲網を敷き、輸送部隊の退路を断っていた。
その中心にいる、ひときわ強い魔力を持つリーダー格の男が、冷徹な声で命令を下すのが、手に取るように分かった。
『遺物は、必ず奪え。
抵抗する者は、一人残らず、皆殺しにしろ』と。
「……思ったより、大物も混じってるようだ。
これなら、陽動としては、上出来だな」
「アレン様」
ソフィアが、俺の顔を見上げた。
その瞳に、不安の色はない。
ただ、俺への、絶対的な信頼だけがあった。
「敵の数は、現在確認できるだけで五十二。
後方から、さらに増援と思われる部隊が、接近中です」
「了解だ。
十分で終わらせる」
俺はそう言い残すと、窓から音もなく飛び降り、戦場と化した森へと、影のように駆けていった。
◇
「ぐっ……!
敵の数が多い!
陣形を崩すな!」
マーカス隊長は、必死に叫びながら、次々と襲い来る敵の魔法を、その大盾で防いでいた。
だが、多勢に無勢。
騎士たちが、一人、また一人と倒れていく。
もはや、これまでか。
誰もが、そう覚悟した、その瞬間。
戦場に、まるでそよ風のように、一人の男が舞い降りた。
全身を黒いマントで覆った、謎の男。
「久しぶりだな、探求者の諸君。
また、俺の安眠を妨害しに来たのか?」
その、あまりに場違いで、気の抜けた声。
だが、その声を聞いた探求者たちの顔は、恐怖に引きつっていた。
「……お、お前は!
嘆きの山脈の……!」
「そうだ。
イレギュラーだ!
なぜ、こいつがここに……!」
俺は、そんな彼らの動揺を、意にも介さなかった。
もはや、力を隠す必要も、手加減する理由もない。
俺は、風の刃で森の木々を薙ぎ払い、敵の退路を断つ。
そして、天に手をかざし、無数の雷の槍を呼び寄せ、敵陣のど真ん中へと、容赦なく降り注がせた。
悲鳴と、閃光と、衝撃波。
地獄絵図のような光景を前に、マーカス隊長たちは、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
◇
その頃、セレスティーナ様は、行動を開始していた。
信頼できる数名の部下だけを連れ、商人へと変装し、王都の、今は寂れた『旧市街』の入り口へと、その足を進めていた。
彼女が持つ魔法の通信機から、ソフィアの、冷静な声が聞こえてくる。
『セレスティーナ様。
アレン様が、敵主力の足止めに、完全に成功しました。
予定通り、これより、地下への潜入を開始してください』
「……了解しました。
アレン様には、くれぐれも、無茶だけはなさらないように、と、そうお伝えを」
彼女はそう言うと、旧市街の、古びた下水道へと続く、暗い階段を、静かに降りていった。
その先には、未知の危険と、そして、大導師へと繋がる、唯一の手がかりが、待ち構えているはずだった。
◇
「貴様……!
嘆きの山脈でも、学術都市でも……!
やはり、貴様が、我らが偉大なる計画を、ことごとく阻む、忌々しき『イレギュラー』か!」
敵のリーダー格の男が、憎悪に満ちた目で、俺を睨みつけていた。
俺は、無力化された部下たちが転がる山の上で、静かに、彼と対峙する。
「いかにも。
お前らのせいで、俺は、貴重な昼寝の時間を、もう何度も、何度も、無駄にしてるんでね。
そのツケは、高くつくぜ。
利子も、たっぷりつけてな」
地上と、地下。
二つの戦場で、今、同時に、俺たちの反撃の狼煙が上がった。
大導師の歪んだ理想を、その根元から断ち切るための、危険な二面作戦が、ついに始まった。
1
あなたにおすすめの小説
追放された荷物持ち、【分解】と【再構築】で万物創造師になる~今更戻ってこいと言われてももう遅い~
黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティーから「足手まとい」と捨てられた荷物持ちのベルク。しかし、彼が持つ外れスキル【分解】と【再構築】は、万物を意のままに創り変える「神の御業」だった!
覚醒した彼は、虐げられていた聖女ルナを救い、辺境で悠々自適なスローライフを開始する。壊れた伝説の剣を直し、ゴミから最強装備を量産し、やがて彼は世界を救う英雄へ。
一方、彼を捨てた勇者たちは没落の一途を辿り……。
最強の職人が送る、痛快な大逆転&ざまぁファンタジー!
追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!
「お前の代わりはいる」と追放された俺の【万物鑑定】は、実は世界の真実を見抜く【真理の瞳】でした。最高の仲間と辺境で理想郷を創ります
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の代わりはいくらでもいる。もう用済みだ」――勇者パーティーで【万物鑑定】のスキルを持つリアムは、戦闘に役立たないという理由で装備も金もすべて奪われ追放された。
しかし仲間たちは知らなかった。彼のスキルが、物の価値から人の秘めたる才能、土地の未来までも見通す超絶チート能力【真理の瞳】であったことを。
絶望の淵で己の力の真価に気づいたリアムは、辺境の寂れた街で再起を決意する。気弱なヒーラー、臆病な獣人の射手……世間から「無能」の烙印を押された者たちに眠る才能の原石を次々と見出し、最高の仲間たちと共にギルド「方舟(アーク)」を設立。彼らが輝ける理想郷をその手で創り上げていく。
一方、有能な鑑定士を失った元パーティーは急速に凋落の一途を辿り……。
これは不遇職と蔑まれた一人の男が最高の仲間と出会い、世界で一番幸福な場所を創り上げる、爽快な逆転成り上がりファンタジー!
魔力ゼロで出来損ないと追放された俺、前世の物理学知識を魔法代わりに使ったら、天才ドワーフや魔王に懐かれて最強になっていた
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は我が家の恥だ」――。
名門貴族の三男アレンは、魔力を持たずに生まれたというだけで家族に虐げられ、18歳の誕生日にすべてを奪われ追放された。
絶望の中、彼が死の淵で思い出したのは、物理学者として生きた前世の記憶。そして覚醒したのは、魔法とは全く異なる、世界の理そのものを操る力――【概念置換(コンセプト・シフト)】。
運動エネルギーの法則【E = 1/2mv²】で、小石は音速の弾丸と化す。
熱力学第二法則で、敵軍は絶対零度の世界に沈む。
そして、相対性理論【E = mc²】は、神をも打ち砕く一撃となる。
これは、魔力ゼロの少年が、科学という名の「本当の魔法」で理不尽な運命を覆し、心優しき仲間たちと共に、偽りの正義に支配された世界の真実を解き明かす物語。
「君の信じる常識は、本当に正しいのか?」
知的好奇心が、あなたの胸を熱くする。新時代のサイエンス・ファンタジーが、今、幕を開ける。
元商社マンの俺、異世界と日本を行き来できるチートをゲットしたので、のんびり貿易商でも始めます~現代の便利グッズは異世界では最強でした~
黒崎隼人
ファンタジー
「もう限界だ……」
過労で商社を辞めた俺、白石悠斗(28)が次に目覚めた場所は、魔物が闊歩する異世界だった!?
絶体絶命のピンチに発現したのは、現代日本と異世界を自由に行き来できる【往還の門】と、なんでも収納できる【次元倉庫】というとんでもないチートスキル!
「これ、最強すぎないか?」
試しにコンビニのレトルトカレーを村人に振る舞えば「神の食べ物!」と崇められ、百均のカッターナイフが高級品として売れる始末。
元商社マンの知識と現代日本の物資を武器に、俺は異世界で商売を始めることを決意する。
食文化、技術、物流――全てが未発達なこの世界で、現代知識は無双の力を発揮する!
辺境の村から成り上がり、やがては世界経済を、そして二つの世界の運命をも動かしていく。
元サラリーマンの、異世界成り上がり交易ファンタジー、ここに開店!
【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった
黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった!
辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。
一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。
追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!
戦国鍛冶屋のスローライフ!?
山田村
ファンタジー
延徳元年――織田信長が生まれる45年前。
神様の手違いで、俺は鹿島の佐田村、鍛冶屋の矢五郎の次男として転生した。
生まれた時から、鍛冶の神・天目一箇神の手を授かっていたらしい。
直道、6歳。
近くの道場で、剣友となる朝孝(後の塚原卜伝)と出会う。
その後、小田原へ。
北条家をはじめ、いろんな人と知り合い、
たくさんのものを作った。
仕事? したくない。
でも、趣味と食欲のためなら、
人生、悪くない。
異世界カードSHOP『リアのカード工房』本日開店です 〜女神に貰ったカード化スキルは皆を笑顔にさせるギフトでした〜
夢幻の翼
ファンタジー
自分のお店を経営したい!
そんな夢を持つアラサー女子・理愛(リア)はアルバイト中に気を失う。次に気がつけばそこでは平謝りする女神の姿。
死亡理由が故意か過失か分からないままに肉体が無い事を理由に異世界転生を薦められたリアは仕方なしに転生を選択する。
だが、その世界では悪事を働かなければ自由に暮らして良い世界。女神に貰ったスキルを駆使して生前の夢だった店舗経営に乗り出したリア。
少々チートなスキルだけれど皆を笑顔にさせる使い方でたちまち町の人気店に。
商業ギルドのマスターに気に入られていろんな依頼も引き受けながら今日も元気にお店を開く。
異世界カードSHOP『リアのカード工房』本日も開店しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる