【完結】怠惰な天才の夜想曲(ノクターン)~伯爵家の次男は英雄になりたくない~

シマセイ

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第四十六話:陽動作戦と動き出す影

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作戦決行の日の朝。

王都アルトハイムは、一つの噂で持ちきりになっていた。

『ヴァインベルク家の次男坊が、四つ目となる始祖の遺物――『封印の欠片』を発見。

本日、王家の厳重な管理下へと移送される』。

セレスティーナ様が、その立場を巧みに利用して流した、真実と嘘を織り交ぜた、絶妙な偽情報だ。

やがて、王都の城門から、物々しい警備に守られた一台の輸送用の馬車が出発した。

部隊を率いるのは、セレスティーナ様の腹心の部下であり、その実直さで知られるマーカス隊長。

輸送されている箱の中身は、もちろん空っぽだ。

ただ、俺が丸一日かけて魔力を込め、本物の『欠片』と寸分違わぬ魔力反応を示すように偽装した、ただの石ころが一つ、入っているだけ。

「……さて、と。

大魚は、この餌に食いついてくれるかね」

俺は、王都の隠れ家の窓からその様子を見下ろしながら、小さく呟いた。

隣では、ソフィアが、魔法の通信機に意識を集中させている。

全体の指揮を執るセレスティーナ様との、唯一の連絡手段だ。

陽動部隊が、王都郊外の、木々の鬱蒼と茂る森の中へと差し掛かった、その時だった。

「……来たな」

俺の魔力探知が、周囲に潜んでいた、多数の敵性魔力の反応を捉えた。

その数は、およそ五十。

『古き理の探求者』の、おそらくは精鋭部隊だ。

彼らは、完璧な包囲網を敷き、輸送部隊の退路を断っていた。

その中心にいる、ひときわ強い魔力を持つリーダー格の男が、冷徹な声で命令を下すのが、手に取るように分かった。

『遺物は、必ず奪え。

抵抗する者は、一人残らず、皆殺しにしろ』と。

「……思ったより、大物も混じってるようだ。

これなら、陽動としては、上出来だな」

「アレン様」

ソフィアが、俺の顔を見上げた。

その瞳に、不安の色はない。

ただ、俺への、絶対的な信頼だけがあった。

「敵の数は、現在確認できるだけで五十二。

後方から、さらに増援と思われる部隊が、接近中です」

「了解だ。

十分で終わらせる」

俺はそう言い残すと、窓から音もなく飛び降り、戦場と化した森へと、影のように駆けていった。



「ぐっ……!
敵の数が多い!
陣形を崩すな!」

マーカス隊長は、必死に叫びながら、次々と襲い来る敵の魔法を、その大盾で防いでいた。

だが、多勢に無勢。

騎士たちが、一人、また一人と倒れていく。

もはや、これまでか。

誰もが、そう覚悟した、その瞬間。

戦場に、まるでそよ風のように、一人の男が舞い降りた。

全身を黒いマントで覆った、謎の男。

「久しぶりだな、探求者の諸君。

また、俺の安眠を妨害しに来たのか?」

その、あまりに場違いで、気の抜けた声。

だが、その声を聞いた探求者たちの顔は、恐怖に引きつっていた。

「……お、お前は!
嘆きの山脈の……!」

「そうだ。

イレギュラーだ!
なぜ、こいつがここに……!」

俺は、そんな彼らの動揺を、意にも介さなかった。

もはや、力を隠す必要も、手加減する理由もない。

俺は、風の刃で森の木々を薙ぎ払い、敵の退路を断つ。

そして、天に手をかざし、無数の雷の槍を呼び寄せ、敵陣のど真ん中へと、容赦なく降り注がせた。

悲鳴と、閃光と、衝撃波。

地獄絵図のような光景を前に、マーカス隊長たちは、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。



その頃、セレスティーナ様は、行動を開始していた。

信頼できる数名の部下だけを連れ、商人へと変装し、王都の、今は寂れた『旧市街』の入り口へと、その足を進めていた。

彼女が持つ魔法の通信機から、ソフィアの、冷静な声が聞こえてくる。

『セレスティーナ様。

アレン様が、敵主力の足止めに、完全に成功しました。

予定通り、これより、地下への潜入を開始してください』

「……了解しました。

アレン様には、くれぐれも、無茶だけはなさらないように、と、そうお伝えを」

彼女はそう言うと、旧市街の、古びた下水道へと続く、暗い階段を、静かに降りていった。

その先には、未知の危険と、そして、大導師へと繋がる、唯一の手がかりが、待ち構えているはずだった。



「貴様……!
嘆きの山脈でも、学術都市でも……!
やはり、貴様が、我らが偉大なる計画を、ことごとく阻む、忌々しき『イレギュラー』か!」

敵のリーダー格の男が、憎悪に満ちた目で、俺を睨みつけていた。

俺は、無力化された部下たちが転がる山の上で、静かに、彼と対峙する。

「いかにも。

お前らのせいで、俺は、貴重な昼寝の時間を、もう何度も、何度も、無駄にしてるんでね。

そのツケは、高くつくぜ。

利子も、たっぷりつけてな」

地上と、地下。

二つの戦場で、今、同時に、俺たちの反撃の狼煙が上がった。

大導師の歪んだ理想を、その根元から断ち切るための、危険な二面作戦が、ついに始まった。
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