【完結】怠惰な天才の夜想曲(ノクターン)~伯爵家の次男は英雄になりたくない~

シマセイ

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第五十一話:最後の作戦会議とそれぞれの夜

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王都の隠れ家。

テーブルの上に広げられた巨大な地図。

その中央に描かれた王城を、俺たち三人は、静かに見下ろしていた。

全ての元凶、大導師が潜む、最終決戦の舞台だ。

俺たちの、最後の作戦会議が始まった。

「王家に事情を説明し、騎士団の総力を挙げて、王城の地下を調査するべきだ。

それが、最も確実な正攻法だろう」

兄のルドルフが、重々しく口を開いた。

だが、その意見に、セレスティーナ様が静かに首を横に振る。

「それでは、遅すぎますわ、ルドルフ様。

我々が公式に動き出せば、大導師は即座にそれを察知し、儀式を強引に早めてしまうでしょう。

それに、王城の中枢にまで、『探求者』の協力者が紛れ込んでいないとは、断言できません」

「……では、どうするというのだ」

兄さんが悔しそうに唸る。

俺は、そんな二人を横目に、欠伸を一つした。

「決まってるだろ。

正面からノックして、『ごめんください』なんて律儀に入る馬鹿はいない。

裏口から、こっそりお邪魔して、寝首を掻く。

それが、一番スマートで、そして、面倒がないやり方だ」

俺は、地図上の一点を指差した。

そこは、俺たちが以前調査した、旧市街の地下遺跡の、さらに下層。

古代に作られた、今はもう誰も知らないはずの、秘密の通路。

その通路が、方位と深度から計算するに、王城の真下にある地下神殿へと、繋がっている可能性が極めて高かった。

俺は、俺たちの最後の作戦を、簡潔に告げた。

兄さんとセレスティーナ様が、表の世界で、陽動に徹する。

『王城周辺で、異常な魔力反応を確認。

緊急調査を行う』という大義名分を掲げ、騎士団の一部を動かし、大導師の注意を、地上へと引きつける。

その隙に、俺が一人、秘密の通路から地下神殿へと単独で潜入。

儀式が完成する前に、大導師本人を、直接叩く。

「……分かった」

兄さんは、俺の無茶な作戦を、今度はもう、止めようとはしなかった。

ただ、真っ直ぐに俺の目を見て、力強く言った。

「アレン。

お前が、本丸を叩くまで、俺が、この身に代えても、時間を稼いでみせる。

信じているぞ、相棒」

「あなたの『剣』として、あなたのための道を、必ずや切り開いてみせますわ」

セレスティーナ様もまた、その紫の瞳に、覚悟の炎を宿していた。

そして、俺たちの後方支援と、情報の中継役は、ソフィアが担う。

彼女は、何も言わなかった。

ただ、静かに、そして力強く、俺に向かって頷いてみせた。

それが、どんな言葉よりも、俺の心を奮い立たせるには、十分だった。

「ああ、分かってる。

さっさと終わらせて、帰ってきて昼寝する。

それだけだ」

俺は、仲間たちの、その揺るぎない信頼を、背中に感じていた。



決戦の、前夜。

俺たち四人は、それぞれの時間を過ごしていた。

兄さんは、自室で、愛用の剣を、布で何度も、何度も、静かに磨いていた。

その横顔には、迷いはなく、ヴァインベルク家の次期当主として、そして、一人の騎士としての、全ての責任を背負う覚悟が決まっていた。

セレスティーナ様は、隠れ家の窓辺に立ち、ライトアップされた王城を見上げながら、静かに祈りを捧げていた。

この国の未来と、民の平穏と、そして……俺の、無事を。

ソフィアは、キッチンで、いつもと何も変わらない様子で、コトコトと、シチューを煮込んでいた。

俺の、大好物だ。

それが、彼女なりの祈りであり、俺への、最大のエールだった。

そして、俺は。

自室のベッドではなく、隠れ家のかび臭いソファの上で、いつも通り、ぐうぐうと、大いびきをかいて、眠っていた。

明日、世界の運命を賭けた戦いに挑む男とは、到底思えない、気の抜けた寝顔。

そんな俺の体に、そっと、毛布をかけてくれる、優しい気配を感じながら。

俺は、これまでで、一番深く、そして穏やかな眠りに、ついていた。



決戦の日の、夜明け。

俺は、ソフィアが作ってくれた、世界一美味いシチューを腹に入れ、極上の紅茶で、その喉を潤した。

これ以上ないくらいの、最高の朝食。

「……さて、と」

俺は、いつもの黒衣をその身に纏うと、静かに、立ち上がった。

「ちょっと、世界で一番、大きくて、面倒な害虫の駆除に、行ってくる」

その背中を、ソフィアが、深々と、そして、ただ静かに、お辞儀をして見送ってくれた。

俺は、一人、王都の地下へと続く、暗い、暗い、入り口へと向かう。

その頃、別の場所では。

兄さんとセレスティーナ様が、陽動部隊の騎士たちを前に、最後の指示を飛ばしていた。

全ての駒が、決戦の盤面へと、動き出す。

俺の、長くて、面倒で、そして、どうしようもない物語が、幕を開けようとしていた。
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