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第八話:夜明けの攻防と、鳴り響く真実の音
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東の空が、インクを水に溶かしたように、ごく僅かに白み始めた頃。
僕たち三人は、三度、『からくり工房』の前に立っていた。
夜明け前の冷たい空気が、肌を刺す。
これが、僕たちの最後の戦いだ。
「いい?
アルが地下に忍び込むまで、私とエリアス君で、あのじいさんの注意を引きつける。
アルは、絶対に無茶しちゃだめだからね!」
リナが、僕の目を真っ直ぐに見つめて念を押す。
その手には、パンを焼く時に使う、大きな金属製のトレーが二枚、盾のように構えられていた。
「わ、分かっているさ。
僕だって、貴族の名にかけて、アル君が無事に戻るまで、一歩も引くつもりはないからな!」
エリアス君も、震えながらではあるが、固い決意をその青い瞳に宿していた。
「二人とも、ありがとう。
頼んだぞ」
僕が頷くのを見て、二人は覚悟を決めたように顔を見合わせると、工房の正面の扉へと向かった。
そして、次の瞬間。
ガン!
ガン!
ガン!
リナが、トレー同士を力任せに打ち鳴らし、静寂な夜明けの街に、けたたましい金属音を響かせた。
「火事よー!
大変、火事だわー!」
「こら!
開けなさい!
王都衛兵隊だ!
不審な煙が出ているとの通報があったぞ!」
リナの棒読みの叫びと、エリアス君の裏返った声が、それに続く。
なんという、大根役者たちだろうか。
でも、その必死な声は、僕の胸を強く打った。
案の定、数秒も経たないうちに、工房の扉が勢いよく開かれた。
「やかましいぞ、貴様ら!
こんな夜明け前から、何の騒ぎだ!」
寝間着姿のまま飛び出してきたギデオンが、怒りに顔を歪ませて二人を睨みつける。
今だ!
僕は、二人がギデオンの注意を引きつけてくれている、その一瞬の隙を逃さなかった。
裏手へと駆け込み、昨日と同じように小窓から工房へと侵入する。
そして、隠しスイッチを押して、地下へと続く扉を開けた。
「小僧……!
陽動か!」
僕が地下へ消えるのを、ギデオンの鋭い視線が捉えた。
彼はリナたちを振り払い、すぐに踵を返して工房の中へと戻ってくる。
時間がない!
僕は、石の階段を二段飛ばしで駆け下りた。
眼下に広がる、巨大な地下工房。
そして、その中央で禍々しい光を放つ、制御盤。
目的地は、あそこだけだ。
僕が制御盤へと向かって走り出した、その時。
「逃がさんと言ったはずだぞ」
背後から、冷たい声が響いた。
振り返ると、いつの間にか階段を下りてきたギデオンが、僕の前に立ちはだかっていた。
「その小賢しい知恵も、ここまでだ。
貴様も、我が偉大なる計画の、新しい歯車となるがいい」
ギデオンはそう言うと、持っていた杖の柄をひねった。
シュン、という音と共に、杖の先から鋭い刃が飛び出す。
仕込み杖だ。
「くっ……!」
僕は咄嗟に身を翻し、攻撃をかわす。
剣術の心得なんて、僕にはない。
まともに戦えば、一瞬でやられてしまうだろう。
ギデオンが、素早い突きを繰り出してくる。
僕は、近くにあった工具台を蹴り飛ばして、彼の動きを牽制した。
ガシャン!
と、無数の歯車やネジが床に散らばる。
「小賢しい真似を!」
ギデオンは、散らばった部品を踏みつけながら、さらに距離を詰めてくる。
その時、僕は見てしまった。
彼の片眼鏡(モノクル)が、制御盤から発せられる光に呼応するように、微かに明滅しているのを。
あれだ。
あれが、ギデオンと、この巨大な工房を繋ぐ、神経のような役割を果たしているんだ。
僕は、追い詰められながらも、一つの賭けに出ることを決めた。
懐に手を入れると、そこには、リナが「お守りよ」と言って、無理やり持たせてくれた小さな手鏡が入っていた。
「終わりだ、小僧!」
ギデオンの刃が、僕の喉元に迫る。
僕は、その瞬間に、手鏡を懐から取り出し、制御盤から放たれる光を反射させた。
一筋の光が、狙いすましたように、ギデオンの片眼鏡を直撃する。
「ぐわっ!」
予期せぬ強烈な光に、ギデオンが顔を覆ってよろめいた。
彼の動きが、一瞬だけ止まる。
その隙を、僕は逃さなかった。
ギデオンの脇をすり抜け、僕はついに制御盤へとたどり着いた。
しかし、目の前には、無数のスイッチとレバー、そして意味の分からないメーターが並んでいる。
どれをどうすれば、この機械が止まるのか、全く分からない。
焦る僕の耳に、地上からリナたちの悲鳴が聞こえてきた。
どうやら、ギデオンが隠していた、小型のからくり鳥たちが、二人を攻撃し始めたらしい。
もう、時間がない。
その時、僕はポケットの中に入っていた、あの『鳴り続ける歯車』の存在を思い出した。
「ジー……」と、僕の焦りに呼応するかのように、微かに振動している。
これは、この機械の一部のはずだ。
僕は、複雑な制御盤の中を、必死に目で探した。
あった。
中央の、一番目立つ場所に、一つだけ、歯車が欠落しているスロットがある。
形は、僕が持っている歯車と、ぴったり同じだ。
僕は、意を決して、そのスロットに歯車を押し込んだ。
カチリ。
小さな、しかし工房全体に響き渡るような明瞭な音と共に、歯車がスロットにはまった。
その瞬間、僕がはめ込んだ歯車が、青白い光を放ちながら、他の歯車とは逆の方向へと、高速で回転を始めた。
ウウウウウウーーーーーーッ!
工房全体に、耳をつんざくような、甲高い警報音が鳴り響く。
巨大な機械の動きが、ぎこちなくなり、やがて、きしむような音を立てて、その動きを止めていった。
同時に、子供たちを操っていたイヤリングの光も、ぷつりと消える。
糸が切れたマリオネットのように、子供たちは、次々とその場にへたり込んだ。
「……あれ?」
「僕……今まで、何を……?」
あちこちから、困惑した声が上がる。
そばかすの少年――フィン君が、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、失われていた光が、確かに戻っていた。
「エリアス……?」
フィン君が、かすれた声で、親友の名前を呼んだ。
「おのれ、小僧……!
わしの……わがラザフォード家、二百年の夢を……!」
背後で、ギデオンの絶叫が響く。
しかし、その声にはもう力はなかった。
巨大な機械が停止したことで、彼の力もまた、失われてしまったようだ。
彼は、その場にがくりと膝をつき、崩れ落ちた。
僕たちの、勝ちだ。
その時、階段を、リナとエリアス君が駆け下りてきた。
二人の服は少し汚れていたが、大きな怪我はないようだ。
「アル!」
「やったのか!?」
「ああ……。
終わったんだ」
僕は、安堵のあまり、その場にへたり込んだ。
遠くから、たくさんの衛兵たちがこちらへ向かってくる足音が聞こえる。
リナの笛の音を聞いた誰かが、通報してくれたのだろう。
地下工房へと続く扉の隙間から、夜明けの光が、一筋、差し込んできた。
それは、長い夜の終わりと、新しい朝の始まりを告げる、希望の光のように、僕たちの足元を、優しく照らしていた。
僕たち三人は、三度、『からくり工房』の前に立っていた。
夜明け前の冷たい空気が、肌を刺す。
これが、僕たちの最後の戦いだ。
「いい?
アルが地下に忍び込むまで、私とエリアス君で、あのじいさんの注意を引きつける。
アルは、絶対に無茶しちゃだめだからね!」
リナが、僕の目を真っ直ぐに見つめて念を押す。
その手には、パンを焼く時に使う、大きな金属製のトレーが二枚、盾のように構えられていた。
「わ、分かっているさ。
僕だって、貴族の名にかけて、アル君が無事に戻るまで、一歩も引くつもりはないからな!」
エリアス君も、震えながらではあるが、固い決意をその青い瞳に宿していた。
「二人とも、ありがとう。
頼んだぞ」
僕が頷くのを見て、二人は覚悟を決めたように顔を見合わせると、工房の正面の扉へと向かった。
そして、次の瞬間。
ガン!
ガン!
ガン!
リナが、トレー同士を力任せに打ち鳴らし、静寂な夜明けの街に、けたたましい金属音を響かせた。
「火事よー!
大変、火事だわー!」
「こら!
開けなさい!
王都衛兵隊だ!
不審な煙が出ているとの通報があったぞ!」
リナの棒読みの叫びと、エリアス君の裏返った声が、それに続く。
なんという、大根役者たちだろうか。
でも、その必死な声は、僕の胸を強く打った。
案の定、数秒も経たないうちに、工房の扉が勢いよく開かれた。
「やかましいぞ、貴様ら!
こんな夜明け前から、何の騒ぎだ!」
寝間着姿のまま飛び出してきたギデオンが、怒りに顔を歪ませて二人を睨みつける。
今だ!
僕は、二人がギデオンの注意を引きつけてくれている、その一瞬の隙を逃さなかった。
裏手へと駆け込み、昨日と同じように小窓から工房へと侵入する。
そして、隠しスイッチを押して、地下へと続く扉を開けた。
「小僧……!
陽動か!」
僕が地下へ消えるのを、ギデオンの鋭い視線が捉えた。
彼はリナたちを振り払い、すぐに踵を返して工房の中へと戻ってくる。
時間がない!
僕は、石の階段を二段飛ばしで駆け下りた。
眼下に広がる、巨大な地下工房。
そして、その中央で禍々しい光を放つ、制御盤。
目的地は、あそこだけだ。
僕が制御盤へと向かって走り出した、その時。
「逃がさんと言ったはずだぞ」
背後から、冷たい声が響いた。
振り返ると、いつの間にか階段を下りてきたギデオンが、僕の前に立ちはだかっていた。
「その小賢しい知恵も、ここまでだ。
貴様も、我が偉大なる計画の、新しい歯車となるがいい」
ギデオンはそう言うと、持っていた杖の柄をひねった。
シュン、という音と共に、杖の先から鋭い刃が飛び出す。
仕込み杖だ。
「くっ……!」
僕は咄嗟に身を翻し、攻撃をかわす。
剣術の心得なんて、僕にはない。
まともに戦えば、一瞬でやられてしまうだろう。
ギデオンが、素早い突きを繰り出してくる。
僕は、近くにあった工具台を蹴り飛ばして、彼の動きを牽制した。
ガシャン!
と、無数の歯車やネジが床に散らばる。
「小賢しい真似を!」
ギデオンは、散らばった部品を踏みつけながら、さらに距離を詰めてくる。
その時、僕は見てしまった。
彼の片眼鏡(モノクル)が、制御盤から発せられる光に呼応するように、微かに明滅しているのを。
あれだ。
あれが、ギデオンと、この巨大な工房を繋ぐ、神経のような役割を果たしているんだ。
僕は、追い詰められながらも、一つの賭けに出ることを決めた。
懐に手を入れると、そこには、リナが「お守りよ」と言って、無理やり持たせてくれた小さな手鏡が入っていた。
「終わりだ、小僧!」
ギデオンの刃が、僕の喉元に迫る。
僕は、その瞬間に、手鏡を懐から取り出し、制御盤から放たれる光を反射させた。
一筋の光が、狙いすましたように、ギデオンの片眼鏡を直撃する。
「ぐわっ!」
予期せぬ強烈な光に、ギデオンが顔を覆ってよろめいた。
彼の動きが、一瞬だけ止まる。
その隙を、僕は逃さなかった。
ギデオンの脇をすり抜け、僕はついに制御盤へとたどり着いた。
しかし、目の前には、無数のスイッチとレバー、そして意味の分からないメーターが並んでいる。
どれをどうすれば、この機械が止まるのか、全く分からない。
焦る僕の耳に、地上からリナたちの悲鳴が聞こえてきた。
どうやら、ギデオンが隠していた、小型のからくり鳥たちが、二人を攻撃し始めたらしい。
もう、時間がない。
その時、僕はポケットの中に入っていた、あの『鳴り続ける歯車』の存在を思い出した。
「ジー……」と、僕の焦りに呼応するかのように、微かに振動している。
これは、この機械の一部のはずだ。
僕は、複雑な制御盤の中を、必死に目で探した。
あった。
中央の、一番目立つ場所に、一つだけ、歯車が欠落しているスロットがある。
形は、僕が持っている歯車と、ぴったり同じだ。
僕は、意を決して、そのスロットに歯車を押し込んだ。
カチリ。
小さな、しかし工房全体に響き渡るような明瞭な音と共に、歯車がスロットにはまった。
その瞬間、僕がはめ込んだ歯車が、青白い光を放ちながら、他の歯車とは逆の方向へと、高速で回転を始めた。
ウウウウウウーーーーーーッ!
工房全体に、耳をつんざくような、甲高い警報音が鳴り響く。
巨大な機械の動きが、ぎこちなくなり、やがて、きしむような音を立てて、その動きを止めていった。
同時に、子供たちを操っていたイヤリングの光も、ぷつりと消える。
糸が切れたマリオネットのように、子供たちは、次々とその場にへたり込んだ。
「……あれ?」
「僕……今まで、何を……?」
あちこちから、困惑した声が上がる。
そばかすの少年――フィン君が、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、失われていた光が、確かに戻っていた。
「エリアス……?」
フィン君が、かすれた声で、親友の名前を呼んだ。
「おのれ、小僧……!
わしの……わがラザフォード家、二百年の夢を……!」
背後で、ギデオンの絶叫が響く。
しかし、その声にはもう力はなかった。
巨大な機械が停止したことで、彼の力もまた、失われてしまったようだ。
彼は、その場にがくりと膝をつき、崩れ落ちた。
僕たちの、勝ちだ。
その時、階段を、リナとエリアス君が駆け下りてきた。
二人の服は少し汚れていたが、大きな怪我はないようだ。
「アル!」
「やったのか!?」
「ああ……。
終わったんだ」
僕は、安堵のあまり、その場にへたり込んだ。
遠くから、たくさんの衛兵たちがこちらへ向かってくる足音が聞こえる。
リナの笛の音を聞いた誰かが、通報してくれたのだろう。
地下工房へと続く扉の隙間から、夜明けの光が、一筋、差し込んできた。
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