王都の謎は焼きたてパイのあとで ~少年探偵の推理日誌~

シマセイ

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第十話:賢者の視線と、王の影

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謎の訪問者が去った後、『ふくろう亭』のテラス席は、先ほどまでの穏やかな空気が嘘のような、緊張感に包まれていた。
僕たち三人は、テーブルの上に置かれた一通の招待状を、ただ黙って見つめている。
剣と翼が刻まれた、謎の封蝋。
それは、僕たちの平穏な日常に投げ込まれた、小さな爆弾のようだった。

その夜、僕の部屋に集まった僕たちは、改めて招待状を囲んでいた。

「この紋章……。
僕の家の書庫にある紋章一覧にも、載っていなかった」

エリアス君が、悔しそうに首を振る。
王家の公式な紋章でもなければ、主要な騎士団のものでもない。
となると、これは公には存在しない、秘密の組織の紋章ということになる。

「開けてみるしかないんじゃない?
こんなったらかえって気になるわよ!」

リナが、じれたように言う。
彼女の言う通りだ。
これがどんな危険な罠だとしても、この謎を前にして、僕が背を向けることなんてできるはずがない。
これは、あの男が言ったように、僕たちへの「招待状」であり、同時に、僕たちの覚悟を試す「挑戦状」なんだ。

僕は、頷くと、ペーパーナイフを手に取り、慎重に封蝋を切り開いた。
中から現れたのは、一枚の羊皮紙。
しかし、そこに書かれていたのは、日時や場所ではなく、詩のような、不可解な文章だけだった。

『王都で最も高く、星に近い場所。
鐘の音が終わりを告げ、影が最も長くなる時。
真実の扉は、賢者の視線の先に開かれる』

「……なぞなぞ、みたいね」

リナが、不思議そうに呟く。

「『最も高く、星に近い場所』というのは、おそらく大聖堂の鐘楼のことだろう。
王都で一番高い建物だからね」

エリアス君が、すぐに推測する。

「『鐘の音が終わりを告げ、影が最も長くなる時』っていうのは、日没の鐘が鳴り終わる時間のことかな。
太陽が一番低い位置にあるから、影も一番長くなる」

僕も、そこまではすぐに分かった。
問題は、最後の一文だ。

「『真実の扉は、賢者の視線の先に開かれる』……。
賢者って、誰のことだろう」

僕たちは、うーん、と頭を唸らせた。
王都の歴史に名を残す賢者は何人もいる。
どの賢者のことだ?

「あ!」

不意に、リナが声を上げた。

「中央広場に、大きな像があるじゃない!
建国の英雄、賢者ソロスの像よ!
いつも鳩がいっぱいとまってる、あの像!」

リナの言葉に、僕の頭の中で、バラバラだったピースが繋がった。
そうだ。
王都の誰もが知っている「賢者」といえば、賢者ソロスしかいない。

「分かったぞ!
待ち合わせ場所は、大聖堂じゃない。
中央広場の、賢者ソロスの像の前だ!」

僕は、興奮しながら結論を告げた。

「『王都で最も高く、星に近い場所』というのは、建物のことじゃないんだ。
比喩なんだよ。
建国の英雄である賢者ソロスは、王都の誰よりも尊敬され、星のような存在だと考えられている。
だから、『最も高く、星に近い場所』にいる人物、つまり賢者ソロスを指しているんだ!」

そして、最後の一文。
『真実の扉は、賢者の視線の先に開かれる』。
これは、賢者ソロスの像が見つめている方向に、本当の入り口がある、ということだ。
なんて、手の込んだ暗号だろう。
僕の心は、完全に、謎を解く喜びに燃えていた。

約束の日。
僕たちは、夕暮れの中央広場へとやってきた。
日中の喧騒は去り、仕事帰りの人々が家路へと急いでいる。
街のあちこちに、ガス灯の温かい光が灯り始めていた。

広場の中央には、リナの言った通り、巨大な賢者ソロスの像が、威厳をたたえて立っていた。
石でできた賢者は、立派な杖を手に、王都の未来を見据えるかのように、遠くをじっと見つめている。

やがて、街全体に、大聖堂の鐘の音が響き渡った。
ゴーン……、ゴーン……。
日没を告げる、荘厳な音色だ。

鐘の音が完全に鳴り止んだ、その瞬間。
最後の夕日の光を受けて、賢者ソロスの像の影が、石畳の上に、まるで黒い槍のように長く、まっすぐに伸びた。
その影の先端が指し示しているのは、広場の噴水。
しかし、像の「視線」の先は、違った。

僕たちは、像が見つめる方向を追った。
その視線の先にあるのは、一軒の古びた、しかし重厚な石造りの建物だった。
『王立古文書館・別館』。
普段は固く扉が閉ざされ、一般人の立ち入りが禁じられている、謎めいた場所だ。

「……ここだ」

僕たちが建物に近づくと、まるで僕たちが来るのを待っていたかのように、重い木の扉が、音もなく内側から開かれた。
中に立っていたのは、先日『ふくろう亭』に現れた、あの男性だった。

「見事だ、アル君。
そして、勇敢なる仲間たちよ。
よくぞ、この謎を解き明かした」

男性は、僕たちを中へと招き入れた。
中は、薄暗い図書館……ではなかった。
壁には王都の巨大な地図が貼られ、いくつかの駒が置かれている。
そこは、さながら秘密基地の作戦指令室のようだった。

部屋の奥の椅子に、もう一人、鋭い眼光を持つ、威厳のある初老の人物が座っていた。

「ようこそ、アル君。
私は、カシウス。
そして、我々は……」

僕たちを招き入れた男性が、静かに、しかし誇りを持って名乗った。

「王室直属特務機関『銀の翼』。
王の命により、この王都の光が届かぬ闇を討つ、影の存在だ」

剣と翼の紋章は、この『銀の翼』のものだったのだ。
彼らは、衛兵隊や騎士団が表立って介入できない、貴族社会の陰謀や、禁断の技術といった、国家の根幹を揺るがしかねない脅威を、秘密裏に調査・解決する組織らしかった。

「からくり公爵の事件での、君たちの活躍は見させてもらった。
我々は、君たちの力を借りたい」

カシウスと名乗った初老の男が、重々しく口を開いた。

「ギデオンの事件は、まだ終わってはいない。
彼には協力者がおり、彼が開発した技術の一部……特に、人間を微量の音で操る『音響歯車』の小型版が、王都の闇市場に流出したという情報がある」

そして、カシウスは、一枚の肖像画を僕たちに見せた。
描かれているのは、王都で一番美しいと噂される、若き歌姫の姿だった。

「今、王都で最高の人気を誇る歌姫、ソフィア嬢が、数日前から原因不明の喉の不調を訴え、歌えなくなってしまった。
彼女の首には、最近、ある貴族から贈られたという、美しい歯車の首飾りがつけられていたそうだ。
我々は、それが改良された『音響歯車』であり、彼女の声を奪い、さらには彼女自身を操ろうとする陰謀だと睨んでいる」

しかし、相手が有力貴族であるため、『銀の翼』も迂闊には手が出せない。

「そこで、君たちに、非公式に調査を依頼したい。
子供である君たちならば、相手に警戒されずに、歌姫に近づくことができるやもしれん」

王の影の組織からの、極秘依頼。
それは、あまりにも突然で、スケールの大きな話だった。
僕の日常は、もう、どこにもない。

僕は、リナとエリアスの顔を見た。
二人の瞳には、驚きと、少しの恐怖。
そして、それらを上回る、強い好奇心と、僕への信頼の色が浮かんでいた。

僕は、カシウスに向き直り、はっきりと答えた。

「その依頼、引き受けます」

僕たちの、新たな推理が、今、始まる。
歌姫の声を奪ったのは誰か。
そして、その目的とは、一体何なのか。
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