王都の謎は焼きたてパイのあとで ~少年探偵の推理日誌~

シマセイ

文字の大きさ
16 / 32

第十六話:壊れた道標と、旅人のための推理

しおりを挟む
王都アストリアの巨大な東門をくぐり抜けた瞬間、僕たちの目の前には、全く新しい世界が広がっていた。
どこまでも続く、緑の草原。
緩やかな丘の向こうに見える、鬱蒼とした森。
そして、そのさらに奥に霞んで見える、険しい山々のシルエット。
今まで本の中でしか知らなかった、広大な世界が、そこにはあった。

「うわあ……!
すごい!
空が広ーい!」

リナが、子供のようにはしゃぎながら、その場でくるりと一回転した。

「すごいな……。
王都の外が、こんな風になっているなんて、本で読むのとは大違いだ」

エリアス君も、感動したように目を細めている。
僕も同じ気持ちだった。
石畳と建物に囲まれた王都では感じることのできない、生命力に満ちた風が、僕たちの頬を撫でていく。

僕たちの最初の目的地は、「嘆きの森」の手前にある、「リバーサイド」という宿場町だ。
そこまでは、歩いて二日ほどの道のり。

「アル、あんた荷物持ちすぎじゃない?
そんなに沢山の本、本当に必要なの?」

「これは、ただの本じゃない。
『王都近郊の薬草と毒草の見分け方』と、『フィールドにおける応急処置マニュアル』だ。
万が一の時に備えるのは、冒険者の基本だろ」

「はいはい。
じゃあ、その冒険者様は、お昼ご飯のパンの管理、しっかりお願いするわよ」

リナは、食料担当として、僕の背負うリュックの重さを厳しくチェックしている。
エリアス君は、地図担当だ。
彼は、時々立ち止まっては、コンパスと地図を見比べ、僕たちの現在地を正確に把握してくれていた。
僕たちは、自然とそれぞれの役割を見つけ、一つのチームとして機能し始めていた。

王都を出て、数時間。
僕たちは、最初の分岐点に差し掛かった。
道が二つに分かれている。
地図によれば、一方は森をまっすぐ突っ切る近道。
もう一方は、その森をぐるりと迂回する、少し遠回りな街道だ。

しかし、その分岐点には、奇妙な点が二つあった。
一つは、森へ向かう近道の側に立つべき道標が、根元から折られ、あらぬ方向を向いて転がっていたこと。
そしてもう一つは、街道の入り口に、『この先、盗賊注意!』と書かれた、真新しい看板が立てられていたことだ。

「どうする?
安全を考えるなら、遠回りでも街道を行くべきだと思うけど……」

エリアス君が、不安そうに言った。

「でも、街道を行ったら、日が暮れるまでにリバーサイドの町に着けないかもしれないわよ。
野宿なんて、準備してないんだから!」

リナが、反論する。
安全か、時間か。
旅における、最初の、そして最大の選択だ。
僕は、二人の意見を聞きながら、静かに現場を観察していた。

「……おかしい」

僕は、呟いた。

「この道標、見て。
木自体は古くて苔むしているけど、折れた断面は、すごく新しい。
まるで、ついさっき、誰かが意図的に折ったみたいだ」

次に、僕は『盗賊注意』の看板を調べた。

「こっちの看板もだ。
板に書かれた文字は掠れていて、いかにも古そうに見える。
でも、この看板を立てている杭の根元を見て。
周りの地面と違って、ここの土だけが新しく掘り返されて、盛り上がっている。
この看板も、ごく最近、誰かがここに立てたものだ」

「それって、どういうこと?」

リナが、不思議そうに尋ねる。
僕は、二つの事実を頭の中で組み合わせ、一つの結論にたどり着いた。

「これは、罠だ」

「罠!?」

「ああ。
旅人を、わざと危険な街道の方へ誘導するための、巧妙な罠だ。
考えてみて。
もし君が、この道で旅人を襲おうとする盗賊だったら、どうする?」

僕は、二人に問いかける。

「自分たちの縄張りである街道に、わざわざ『盗賊がいますよ』なんて看板を立てるだろうか?
普通は、隠れるものだ。
この看板は、親切な警告に見せかけて、実は旅人を操るための道具なんだ」

「……まさか!」

「盗賊たちは、安全な森の近道の道標をわざと壊して、旅人が道に迷うように仕向けた。
そして、遠回りな街道の入り口に、偽りの警告看板を立てたんだ。
『森の道は危険そうだ、街道の方がまだマシかもしれない』。
そう思わせて、自分たちの待ち伏せしている街道へと、獲物をおびき寄せているんだよ」

つまり、本当に危険なのは、警告看板が立っている、この街道の方だ。

「僕たちの進むべき道は、こっちだ」

僕は、道標が壊された、森の道を指さした。
そこは、木々が鬱蒼と生い茂り、昼間だというのに薄暗い、不気味な道だった。
僕の推理が正しければ、こちらが安全な道のはずだ。
でも、もし間違っていたら……。
僕たちの命が、危険に晒される。
王都での謎解きとは違う、ずっしりとした責任が、僕の肩にのしかかった。

「……分かったわ。
アルの言うことを信じる」

最初に口を開いたのは、リナだった。
彼女は、僕の目をまっすぐに見て、力強く頷いた。

「僕もだ。
君の推理は、いつだって正しい。
今回も、君を信じるよ」

エリアス君も、迷いを振り払うように、そう言ってくれた。
仲間の信頼が、僕の心を強くする。

「よし。
行こう」

僕たちは、王都での事件を解決しただけの、ただの子供じゃない。
危険を予測し、困難を乗り越えていく、本物の冒険者になるんだ。

僕たちは、決意を新たに、薄暗い森の中へと、第一歩を踏み出した。
森の中は、鳥の声一つしないほど静まり返っており、湿った土と、腐葉土の匂いがした。
本当に、この道で合っているのだろうか。
そんな一抹の不安が、僕の心をよぎる。

しばらく、無言で森の中を進んでいった、その時だった。
僕は、道の真ん中に、何か奇妙な痕跡が残されているのを見つけた。
それは、人間の足跡じゃない。
何本もの太い木の枝が、不自然にへし折られ、地面には、何か巨大なものを引きずったような跡が、生々しく残されていた。

まるで、巨大な獣か、何かが、ついさっきここを通り過ぎたかのような……。

「……ねえ、アル」

リナが、震える声で僕の服の袖を掴んだ。

「あんたの推理、本当に、本当に合ってるんでしょうね……?」

盗賊という人間の脅威を避けた先に、僕たちを待ち受けていたのは、あるいは、もっと得体のしれない、原始的な恐怖なのかもしれない。
僕たちの旅は、始まったばかりだというのに、もう、一筋縄ではいかないことを、僕たちは思い知らされていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

道化たちの末路

希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。

社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ

のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
 リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。  目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...