【完結】腹ペコ貴族のスキルは「種」でした

シマセイ

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第1話「クズスキルと木の実のおやつ」

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王都アストライア。

そこは、剣と魔法が息づき、人々の優劣が『スキル』によって決まる、スキル至上主義の世界の中心。

光り輝く白亜の王城を頂点に、貴族たちの豪華な屋敷が立ち並び、活気あふれる城下町が広がっている。

そんな王都の一角に、王立アストライア学院はあった。

貴族から平民まで、十五歳になるまでの少年少女が、己のスキルを磨き、この世界で生き抜くための術を学ぶ場所だ。

「よっと。
今日もいい天気だなー!」

学院へ続く石畳の道を、鼻歌交じりで歩く少年が一人。

彼の名はアレン・リンク。
今年で十二歳になる、下級貴族の家の三男坊だ。

ふわふわの茶色い髪に、くりくりとした大きな瞳。
誰に対しても人懐っこい笑顔を向ける、元気で明るい少年である。

だが、学院での彼の評価は、お世辞にも良いとは言えなかった。

「お、見ろよ。
『種クズ』のアレン様のお出ましだぜ」

「本当だ。
あんなスキルでよく毎日元気に登校できるよな。
俺なら恥ずかしくて家から出られないね」

前方から歩いてきた、いかにも上級貴族といった華美な制服を着た生徒たちが、アレンを見てあからさまに嘲笑の声を上げた。

この世界では、人は五歳の時に受ける『洗礼の儀』で、神からスキルを授かる。

ある者は、灼熱の炎を操る『火炎魔法』を。
ある者は、鋼鉄すら断ち切る『聖剣術』を。

強力なスキルを授かった者はエリートとして将来を約束され、そうでない者は、日陰の道を歩むことを余儀なくされる。

そして、アレンが授かったスキルは――『種』。

「やあ、おはよう。
君たちも朝から元気だね」

アレンは、馬鹿にされていることなど全く気にも留めず、にこやかに手を振った。

「なっ……!」

あまりにも呑気な反応に、貴族生徒たちの方が毒気を抜かれて言葉に詰まる。

アレンのスキル『種』は、文字通り、植物の種を生成するだけの能力だ。

手のひらを上に向け、「スキル発動」と念じれば、ポトリ、と一粒の種が現れる。

アザミの種、タンポポの種、道端に生えている雑草の種。

今のところ、アレンが生成できるのは、その程度のものだった。

戦闘系スキルが尊ばれるこの世界において、何の役にも立たない『種』スキルは、『ゴミ』や『クズ』と同義。

それが、アレンが『種クズ』と呼ばれる所以だった。

「ちっ。
気味の悪いやつめ」

貴族生徒たちは悪態をつきながら、アレンの横を通り過ぎていく。

「さてと。
僕も早く行かないと。
今日の朝ごはんはパンが一個だけだったから、もうお腹が空いちゃった」

ぐぅ、と可愛らしい音を立てるお腹をさすりながら、アレンは再び歩き出したのだった。



「――以上だ。
スキルレベルを効率的に上げるには、日々の鍛錬と魔力の精密なコントロールが不可欠。
特に、ヴァイス君の『火炎魔法』のように、攻撃範囲の広いスキルは、一歩間違えれば味方をも傷つける諸刃の剣となる。
常に緊張感を持って訓練に臨むように」

魔法実技の授業。
教壇に立つ厳格な雰囲気の教師が、一人の生徒に称賛の言葉を送った。

指名されたゼノン・フォン・ヴァイスは、公爵家の嫡男。
学院でも一、二を争う実力者だ。

彼は優雅に立ち上がると、アレンの方をちらりと見やり、フンと鼻を鳴らした。

「ありがとうございます、先生。
鍛錬のし甲斐があるというものです。
そもそも、鍛える価値すらないスキルもあるようですが」

その嫌味な物言いに、教室のあちこちからクスクスと笑いが漏れる。

また始まった、とアレンは内心でため息をついた。

このゼノンという少年は、ことあるごとにアレンに絡んでくる。
自分の優位性を確認しなければ気が済まないらしい。

「アレン・リンク」

教師の低い声が、アレンの名を呼んだ。

「はい!」

アレンは元気よく返事をして立ち上がる。

「お前のスキル『種』だが……。
何か進展はあったか?
例えば、少しは珍しい花の種が出せるようになったとか」

教師の言葉には、期待というよりも、憐れみに近い響きがあった。

学院の教師たちですら、アレンのスキルを役立たずだと判断しているのだ。

「うーん、どうでしょう?
ちょっとやってみますね」

アレンは悪びれもせず、その場で手のひらを上に向ける。

「スキル発動、『種』!」

彼の心の中の呼びかけに応え、その小さな手のひらの上に、淡い光が灯る。

光が収まった後、そこに現れたのは。

「……やはり、タンポポの綿毛か」

教師は大きなため息をつき、ゼノンは腹を抱えて笑い出した。

「ぶはははは!
見たか、皆!
あいつ、またタンポポだぞ!
それで魔物を倒すつもりか?
敵の鼻をくすぐって、くしゃみさせるのか!?」

「まあまあ、ゼノン様。
きっと何か深いお考えが……あるわけないですよね!」

ゼノンの取り巻きたちも、一緒になってアレンを囃し立てる。

だが、当のアレンは、手のひらの上の綿毛をふーっと吹いて飛ばしながら、呑気にこう言った。

「わあ、きれいに飛んでった。
春みたいだ」

「「「……」」」

あまりの緊張感のなさに、教室の笑い声がピタリと止んだ。

(ああ、もう、アレンってば……)

教室の隅の席で、一人の少女が頬に手を当てて、やれやれと首を振っていた。

彼女の名はリナリア・フローレス。
平民出身でありながら、希少な『治癒魔法』のスキルが認められ、特待生として学院に通っている。
アレンの数少ない友人の一人だ。

授業が終わると、リナリアはアレンの席へと駆け寄った。

「アレン!
あなた、またゼノン様にからかわれて!
少しは悔しいとか思わないの?」

「ん?
ああ、リナリア。
おはよう」

アレンは机に突っ伏して、ぐったりとしていた。

「もう『おはよう』の時間じゃないわよ!
それより、聞いてるの?」

「聞いてる聞いてる。
でもさ、お腹が空いてると、怒る元気もなくなっちゃうんだよねぇ……」

「はぁ……。
あなたって子は、本当に……」

リナリアは呆れつつも、カバンから小さな紙袋を取り出した。

「はい、これあげるわ。
今朝、うちの庭で採れたベリーよ」

「わ!
本当かい!?
ありがとう、リナリア!
君は女神だ!」

さっきまでのぐったりが嘘のように、アレンはベリーの入った袋を受け取ると、目を輝かせた。

「もぐもぐ……うん、美味しい!
甘酸っぱくて最高だ!」

「もう、大げさなんだから。
それより、午後の剣術の授業、大丈夫なの?
またゼノン様に何か言われるわよ」

リナリアが心配そうに言う。

剣術の授業では、生徒たちはそれぞれのスキルを応用して戦うことが推奨されている。

炎の剣を作り出す者。
風の刃を飛ばす者。

そんな中で、アレンにできることと言えば……。

「うーん、大丈夫じゃないかな。
たぶん」

アレンはベリーを頬張りながら、曖昧に答えた。



そして、午後の剣術の授業。

案の定、アレンはまたしても笑いものになっていた。

「構え!」

号令と共に、生徒たちが訓練用の木剣を構える。

ゼノンは木剣に自らの魔力を通し、その切っ先を炎で包み込んでいる。
見事な『エンチャント』だ。

他の生徒たちも、多かれ少なかれ、スキルによる補助を木剣に施していた。

そんな中、アレンは。

「スキル発動、『種』!」

ポトリ。

彼の足元に、どんぐりのような、硬そうな木の実の種が一つ、転がった。

「……」

「ぷっ……あはははは!
おい、見たかよ!
あいつ、武器(種)を落としたぞ!」

「剣術の授業だっていうのに!
もうめちゃくちゃだ!」

生徒たちの嘲笑が訓練場に響き渡る。

アレンはそれを気にするでもなく、落ちている木の実の種を拾い上げると、おもむろに口の中に放り込んだ。

ポリポリポリ……。

「……ん、うまっ」

静まり返る訓練場に、アレンが木の実をかじる軽快な音だけが響く。

「なっ……貴様、訓練中に物を食うなーっ!」

教官の怒声が飛ぶが、アレンはどこ吹く風だ。

「だって先生、この木の実、なんだかすごく美味しいんです。
それに、なんだか力が湧いてくるような……?」

ポリポリ。

アレンはもう一つ、スキルで木の実の種を生成すると、それもおやつ代わりに口に運んだ。

「よし、元気出てきた!
先生、もう一回お願いします!」

木の実を食べ終えたアレンは、やけにすっきりとした顔で木剣を構え直した。

その姿を見て、教官も、周りの生徒たちも、ただただ呆気に取られるばかり。

「(あれ?
なんだか、さっきより体の動きが軽いような……?)」

アレンは不思議に思いながらも、まあいっか、とすぐに思考を放棄する。

「行くぞー!」

彼は軽い足取りで、訓練用の的に向かって駆け出した。

アレン・リンクの、なんとも呑気な学院生活の最初のページは、こうしてめくられたのであった。
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